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J-Side
僕の半分(J-Side)2
翌日「また明日。」が本当だったと知った。別れ際に彼が必ず「また明日。」って言うのも。
ハソプさんは僕の就業時間直後にカフェに居て、今夜の僕の時間的余裕を確認した後少し話をして、それが毎日少しずつ話す時間が増えて行って・・・最初は30分だったのが、ハソプさんが明日このビルから引き上げるという日には、カフェの閉店時間まで一緒に居た。
そんなに長い時間、何を話していたっけ?
僕は聞き役だけじゃなかった。だから喉が渇いて、何度かドリンクを追加注文したんだ。何を話していたんだろう。でも、楽しく無かったらそんなに長時間、一緒に居られる筈も無い。
僕の知らないうちに、友達になっていたのかな。
「君、公休に有給足して4日位連休取れる?」
「取れない事も無いですけど、どうして?」
「連れて行きたい場所があるんだけど、ソウルから遠いからね。それにのんびり時間を過ごしたいから、少し余裕があった方がいいなあって。」
「僕たち、一緒に泊りがけ旅行に行くような仲になったんですか?」
僕の問い掛けに、ハソプさんは一瞬固まって、それから吹き出した。
「最初に謝っておくね。俺はよく”言葉足らず”で問題が起きがちなんだ。自覚して注意しているつもりなんだけど、夢中になれば成る程その悪癖が出る。そういう時は遠慮しないで、俺にどんどん聞いて欲しいんだ。」
「じゃあ、何に夢中になって、今、悪癖が出ているんですか?」
「それは・・・今は教えない~」
「答えになってないじゃないですか。」
何だろう、このむず痒いようなやり取りは。
お互いに、盗み見るようにして顔を見るのは何故?わざとハッキリ言わないで、答えを引き出そうとしているのは何の意味があるの?分かるように言って欲しい。そう言えって言ってる側から、含みを持たせて濁す。僕たちは、会話として成立しているの?
「じゃあ、何処に行くのかだけでも教えて下さい。何も知らずに着いていくのは、怖いです。」
「そりゃあそうだね。まだ友達になって一週間だもんね。ごめんごめん。」
そうか。僕たちは友達になれたんだ。僕から望んだ事では無いけれど、少し嬉しい・・・かな。
「どうしたの?」
「何が、ですか?」
「笑ってる。」
ハソプさんが、突然僕の頬を片手で包んで、親指ですうっと撫でた。
「痛っ!」
感電したのかと思った。
ハソプさんが触れた箇所が、火傷したのかと思った。全身が、震えた。痛かったんだろうか?でも、他に言葉が出て来ない。
「ごめん。静電気かな。」
「この暑い時期に、そんな分け、ないじゃないですか。」
僕らはひそひそ話するみたいに笑い合った。でも本当に、あれは何だったんだろう。
「江原道の江陵の手前の物凄いド田舎の村にさ、小さな家があるんだ。ばあちゃんの家だったのを改築して、俺が住んでるの。ソウルとそこと半々に住んでる。君さ、話を聞いてたら自然が大好きみたいでしょ?そこはコンビニも無い位の田舎だからね、好きかなあと思って。」
「そんなところに一軒家ですか?素敵だろうなあ。」
「若い奴らが皆ソウルに出て行ってしまうような、過疎化地帯なんだけどさ。静かで、考え事したり何か作業するのに最高なんだよ。」
「わざわざそこに行ってまでの考え事って?」
「う~ん。今までは、仕事絡みばっかりだね。いつ、行く?」
「いつならいいんですか?」
「取りあえず直近は・・・明後日の土日から休みは取ってる。」
「急だ~僕は明日申請して許可下りるかなあ・・・」
「降りなかったら、君の仕事上がり金曜の夜に出発して、日曜に帰って来よう?」
「・・・何だか、僕を連れて行くの、急いでるみたい。」
「そりゃあそうだよ。田舎の夏は短いからな。今頃はもう、朝晩は寒くなっちゃってる頃だ。君に、夏の景色を見せたいんだよ。」
「はぁ、ありがとうございます。」
「じゃあ、連絡先交換して?」
「え?まだ、だったんだ。」
「ふふっ。毎日会ってるから、とっくに知ってる気になってたでしょ?残念だけど、来月から俺はここには来れないから。」
「じゃあ、何処で会うんですか?」
僕は何かおかしな事を聞いたんだろうか?ハソプさんは眉を上げて驚いた顔をした後、口に拳を当てて顔を背けて笑っていた。
「これからも、会ってくれるんだ?」
「え?あ、はい。毎日会ってたから、そうするのかな・・・って。」
「君も会社員だから経験済だと思うけど、納期迫ると寝る時間すら無くなるからね、毎日は無理かもだけど。うん、なるべく毎日に近い感じで会おう。」
「はい。」
「ほら、また。」
「何ですか?」
ハソプさんがさっきみたいに僕の頬に片手を伸ばして来たけれど、触れる寸前で引っ込めた。
「笑ってる。笑ってる顔を触りたいけど、静電気。」
「どうして、触りたいんですか?」
「・・・気持ちよさそうだから。」
ハソプさんが笑ってた。それを見て、僕も何だか気分が良かったから笑った。二人で顔を見合わせて、ただ、笑った。
「有給取れても取れなくても、金曜の夜から行く?」
ハソプさんの顔がさっきより近い。
「夜道の運転、大丈夫ですか?」
「運転は慣れてるけど、田舎道で獣を轢くのがなあ・・・でも、大丈夫。君を乗せたら、スピード出さない。」
「あの・・・君、じゃなくて・・・」
「ああ、名前で呼んでいいの?ジユル君?」
「はい、ハソプさん。」
僕たちはまた、内緒話みたいに笑い合った。
「恐れ入ります~閉店です~」
顔馴染のバイト君が、僕らの方を向いて頭を下げていた。見渡すと、他に客が全く居なくなってた。
「ごめんなさい。帰ります。ご馳走様でした。」
「あ、トレイはそのままでいいっすよ?気を付けてお帰り下さい~また、明日。」
「はい、おやすみなさい。」
僕はバイト君に頭を下げて店を出ようとした。
「カバン!カバン忘れてる!」
僕のカバンを手にハソプさんが追い掛けて来た。
「あ、ごめんなさい。ありがとうございます。」
「じゃあ、明日、連絡待ってるね。」
「定時には、泊まりの用意を持ってここに居ますよ?」
「あ、そうなの?じゃあ、明日の夜に出発ね。でも、一応、連絡待ってる。」
「はい。電話かメッセか入れますね。じゃあ、僕、こっちなんで。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
歩き出した僕は、何となく気になってカフェの方へ振り向いてみた。まだ、ハソプさんが居た。僕に手を振ってる。僕も振り返して、何だか分けがわからないけど、走って帰宅した。
その夜、準備だけじゃなく、目が冴えて余り眠れなかった。
翌朝、会社に着くなり上司に休暇願を申請して許可されたから、僕は喜びながらすぐにメッセージを送った。
既読が付いたのは、お昼休みだ。それまで、僕は何度スマホの通知を確認しただろうか。今夜カフェで待ち合わせをしているのだから、気にする必要は無かった筈なのにな。
「ジユルさん、今日は珍しい。」
「何がですか?」
隣の席の同僚の女の子に、頭の先から全身を舐めまわすように見られて、何だか恥ずかしかった。
「いつも代わり映えしない服ばっかりなのに、今日の服は色が着いてるのを着てる~」
「色?そう?」
「いつも黒・白・ベージュ・グレーって目立たない色ばっかり着てるでしょう?今日は水色着てるじゃないですか。」
「ああ、そうかあ。考えずに着てきちゃった。」
「うそ~ん。絶対に何かある。デートか何か。」
「何にも無いですよ。」
しつこい同僚を躱すのも、今日はウンザリ・・・じゃなく、少し楽しく感じるのは何故だろう?
お昼休みが過ぎれば、後は仕事の合間合間に時計との睨めっこだ。何回見たってそう変わらないのに。
就業の合図と共に僕はオフィスを飛び出していた。トイレに入ってマウスウォッシュで念入りにうがい。水で前髪を整えて、そこからはエレベーターを待ちきれず、着替えの荷物カバンを持って非常階段を駆け下りた。
出口が外だから、ぐるっとカフェの正面まで回る必要があったけれど、今日の僕の足取りは軽やかだ。
カフェに入ろうとしたら、既に窓際の席に居たハソプさんに手を振られた。僕に気付くの、早すぎだろう?僕も手を振り返して、ハソプさんの席に座った。
「どうして、外から?」
「えっ・・・レベーターが来ないから。」
ハソプさんは笑ってた。
「どうぞ?」
飲み掛けだったけど、アイスアメリカーノを差し出された。
「あの、うがいしちゃったから・・・」
「じゃあ、水は車に積んであるから、もう、出ましょうか。幾ら日が長くても、到着する頃には真っ暗になっちゃうから。」
「はい。運転、よろしくお願いします。」
僕は立ち上がって頭を下げた。夜間の長距離運転が大変なのを、知っている。
ビルの裏の駐車場にハソプさんの車があった。
「ジープだけど、乗り心地はどうかな?車酔いは大丈夫?一応、酔い止めの薬持って来たけど、飲む?」
「ありがとうございます。平気です。」
「じゃあ、乗って。獣を轢かない為にも、少しでも明るいうちに。」
何だか不思議だ。一週間前には知らなかった人なのに、こんなに近くで、車内の密室で、ずっと話が途切れない。流れる景色にどんどん車が少なくなって、生い茂る緑が増えて来てる。夕焼けが眩しくて、ハソプさんはサングラスを掛けた。僕からは目が見えないから、少し不安だな。
さっき僕がコーヒーを断った理由が「うがいをしたから甘味料の飲み物を飲めない」と勘違いしたハソプさんは、お茶とか水とか渡してくれたけど、トイレが心配だったからちびちびと飲んだ。お喋りし過ぎて口が渇くのを湿らせる程度で十分だ。僕はなんでこんなに喋っているのかな。共通点は昔一度会ったって事だけなのに。
二時間位走った所で、高速を下りてすぐの一軒の小さなレストランみたいな店の前で、ハソプさんは車を停めた。
「あと一時間位走るんだけど、この店が道中の最後のレストラン。村に着く頃には、店全部閉まっちゃってるから。ここで夕飯を食べよう。」
簡単なメニューしか無い店で、パスタを食べた。今まで食べたパスタの中で一番美味しく感じた。アイスクリームまでご馳走になってしまったから、次の機会には絶対に僕が払おう。トイレでマウスウォッシュでうがいして、車に乗り込む時には肌寒さまで感じて、僕は自然に半袖の腕を擦っていた。
「ね?言った通り、田舎の朝晩は冷え込むんだって。」
「車に乗ったら、少し暖かいかな。」
「俺のカーディガンを着たらいいよ。」
バックドアを開けてがそごそやって、僕の肩に掛けてくれたんだけど、でかい。背は10センチ以上高いんだろうけど、体格まで僕より断然でかいんだとこの時初めて知った。
満腹になって身体が温まったら、もう睡魔に勝てそうも無かった。
「ごめんなさい、寝ちゃうかも。」
「いいよ。ここから先は信号が殆ど無いから、寝心地良い筈だよ。」
寝ている最中、僕の頬が時々温かく感じたけど、気のせいかな。
何だか凄く気持ちよく眠れて、ハソプさんの家に到着して下車しても夢見心地で、荷下ろしの手伝いもしないで僕は大きなベッドにダイブしてしまった。
夜中、肩の寒さで一度目が覚めたけど、胸から下が暖かかった。どういう分けだか、僕の背からハソプさんがぬいぐるみみたいに抱っこしてくれていたから。そのまま再び僕は眠った。
カチャカチャと食器の鳴る音で目が覚めて、腕時計を見たらもう10時じゃないか。慌てて飛び起きて音の鳴る方へ歩いて行った。
へえ、こんな作りの家だったんだ。まるで僕の実家でお母さんが手入れしてくれてるみたいに、全部行き届いている。生活感溢れている家。本当に、ハソプさんがここで暮らしているんだなあ。
でも、開けっ放しの玄関ドアから見える外のガーデニングとか、男手じゃ無理なんじゃないかな。彼女さんが居るのかな。じゃあ、いつもは彼女さんが寝ているベッドに僕が寝てしまって、悪かったな・・・
「おはよう。どうしたの?ぼーっとして。疲れた?」
「いいえ。おはようございます。寝坊しちゃった。ごめんなさい。」
「寝坊って、起床時間決まってないから。昨日、そのまま寝っちゃったからね、シャワー浴びて着替えておいで。着てたもの、天気が良いから洗濯しよう。洗濯機に入れておいてね。」
「はい。あの、ベッドに寝かせて頂いて、ごめんなさい。」
「ん?どうして謝るの?」
「だって・・・彼女さんに、悪いから・・・・」
「あ~」
ハソプさんが笑いながら、僕をバスルームに案内してくれた。
「今はシャワーだけだけど、今夜はバスタブにお湯を張るから、疲れが取れると思うよ?」
「はい、ありがとうございます。」
「君さ、お気遣いはありがたいけど、週末の連休に・・・彼女が居たら君は此処に居ないでしょう?」
「あ・・・」
僕は瞬間的に赤面するのが自分でも分った。ハソプさんは微笑んだままで、ドアを閉めた。恥ずかしくて恥ずかしくて、僕は顔を冷やす為にも冷たいシャワーを浴びた。
ハソプさんは僕の就業時間直後にカフェに居て、今夜の僕の時間的余裕を確認した後少し話をして、それが毎日少しずつ話す時間が増えて行って・・・最初は30分だったのが、ハソプさんが明日このビルから引き上げるという日には、カフェの閉店時間まで一緒に居た。
そんなに長い時間、何を話していたっけ?
僕は聞き役だけじゃなかった。だから喉が渇いて、何度かドリンクを追加注文したんだ。何を話していたんだろう。でも、楽しく無かったらそんなに長時間、一緒に居られる筈も無い。
僕の知らないうちに、友達になっていたのかな。
「君、公休に有給足して4日位連休取れる?」
「取れない事も無いですけど、どうして?」
「連れて行きたい場所があるんだけど、ソウルから遠いからね。それにのんびり時間を過ごしたいから、少し余裕があった方がいいなあって。」
「僕たち、一緒に泊りがけ旅行に行くような仲になったんですか?」
僕の問い掛けに、ハソプさんは一瞬固まって、それから吹き出した。
「最初に謝っておくね。俺はよく”言葉足らず”で問題が起きがちなんだ。自覚して注意しているつもりなんだけど、夢中になれば成る程その悪癖が出る。そういう時は遠慮しないで、俺にどんどん聞いて欲しいんだ。」
「じゃあ、何に夢中になって、今、悪癖が出ているんですか?」
「それは・・・今は教えない~」
「答えになってないじゃないですか。」
何だろう、このむず痒いようなやり取りは。
お互いに、盗み見るようにして顔を見るのは何故?わざとハッキリ言わないで、答えを引き出そうとしているのは何の意味があるの?分かるように言って欲しい。そう言えって言ってる側から、含みを持たせて濁す。僕たちは、会話として成立しているの?
「じゃあ、何処に行くのかだけでも教えて下さい。何も知らずに着いていくのは、怖いです。」
「そりゃあそうだね。まだ友達になって一週間だもんね。ごめんごめん。」
そうか。僕たちは友達になれたんだ。僕から望んだ事では無いけれど、少し嬉しい・・・かな。
「どうしたの?」
「何が、ですか?」
「笑ってる。」
ハソプさんが、突然僕の頬を片手で包んで、親指ですうっと撫でた。
「痛っ!」
感電したのかと思った。
ハソプさんが触れた箇所が、火傷したのかと思った。全身が、震えた。痛かったんだろうか?でも、他に言葉が出て来ない。
「ごめん。静電気かな。」
「この暑い時期に、そんな分け、ないじゃないですか。」
僕らはひそひそ話するみたいに笑い合った。でも本当に、あれは何だったんだろう。
「江原道の江陵の手前の物凄いド田舎の村にさ、小さな家があるんだ。ばあちゃんの家だったのを改築して、俺が住んでるの。ソウルとそこと半々に住んでる。君さ、話を聞いてたら自然が大好きみたいでしょ?そこはコンビニも無い位の田舎だからね、好きかなあと思って。」
「そんなところに一軒家ですか?素敵だろうなあ。」
「若い奴らが皆ソウルに出て行ってしまうような、過疎化地帯なんだけどさ。静かで、考え事したり何か作業するのに最高なんだよ。」
「わざわざそこに行ってまでの考え事って?」
「う~ん。今までは、仕事絡みばっかりだね。いつ、行く?」
「いつならいいんですか?」
「取りあえず直近は・・・明後日の土日から休みは取ってる。」
「急だ~僕は明日申請して許可下りるかなあ・・・」
「降りなかったら、君の仕事上がり金曜の夜に出発して、日曜に帰って来よう?」
「・・・何だか、僕を連れて行くの、急いでるみたい。」
「そりゃあそうだよ。田舎の夏は短いからな。今頃はもう、朝晩は寒くなっちゃってる頃だ。君に、夏の景色を見せたいんだよ。」
「はぁ、ありがとうございます。」
「じゃあ、連絡先交換して?」
「え?まだ、だったんだ。」
「ふふっ。毎日会ってるから、とっくに知ってる気になってたでしょ?残念だけど、来月から俺はここには来れないから。」
「じゃあ、何処で会うんですか?」
僕は何かおかしな事を聞いたんだろうか?ハソプさんは眉を上げて驚いた顔をした後、口に拳を当てて顔を背けて笑っていた。
「これからも、会ってくれるんだ?」
「え?あ、はい。毎日会ってたから、そうするのかな・・・って。」
「君も会社員だから経験済だと思うけど、納期迫ると寝る時間すら無くなるからね、毎日は無理かもだけど。うん、なるべく毎日に近い感じで会おう。」
「はい。」
「ほら、また。」
「何ですか?」
ハソプさんがさっきみたいに僕の頬に片手を伸ばして来たけれど、触れる寸前で引っ込めた。
「笑ってる。笑ってる顔を触りたいけど、静電気。」
「どうして、触りたいんですか?」
「・・・気持ちよさそうだから。」
ハソプさんが笑ってた。それを見て、僕も何だか気分が良かったから笑った。二人で顔を見合わせて、ただ、笑った。
「有給取れても取れなくても、金曜の夜から行く?」
ハソプさんの顔がさっきより近い。
「夜道の運転、大丈夫ですか?」
「運転は慣れてるけど、田舎道で獣を轢くのがなあ・・・でも、大丈夫。君を乗せたら、スピード出さない。」
「あの・・・君、じゃなくて・・・」
「ああ、名前で呼んでいいの?ジユル君?」
「はい、ハソプさん。」
僕たちはまた、内緒話みたいに笑い合った。
「恐れ入ります~閉店です~」
顔馴染のバイト君が、僕らの方を向いて頭を下げていた。見渡すと、他に客が全く居なくなってた。
「ごめんなさい。帰ります。ご馳走様でした。」
「あ、トレイはそのままでいいっすよ?気を付けてお帰り下さい~また、明日。」
「はい、おやすみなさい。」
僕はバイト君に頭を下げて店を出ようとした。
「カバン!カバン忘れてる!」
僕のカバンを手にハソプさんが追い掛けて来た。
「あ、ごめんなさい。ありがとうございます。」
「じゃあ、明日、連絡待ってるね。」
「定時には、泊まりの用意を持ってここに居ますよ?」
「あ、そうなの?じゃあ、明日の夜に出発ね。でも、一応、連絡待ってる。」
「はい。電話かメッセか入れますね。じゃあ、僕、こっちなんで。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
歩き出した僕は、何となく気になってカフェの方へ振り向いてみた。まだ、ハソプさんが居た。僕に手を振ってる。僕も振り返して、何だか分けがわからないけど、走って帰宅した。
その夜、準備だけじゃなく、目が冴えて余り眠れなかった。
翌朝、会社に着くなり上司に休暇願を申請して許可されたから、僕は喜びながらすぐにメッセージを送った。
既読が付いたのは、お昼休みだ。それまで、僕は何度スマホの通知を確認しただろうか。今夜カフェで待ち合わせをしているのだから、気にする必要は無かった筈なのにな。
「ジユルさん、今日は珍しい。」
「何がですか?」
隣の席の同僚の女の子に、頭の先から全身を舐めまわすように見られて、何だか恥ずかしかった。
「いつも代わり映えしない服ばっかりなのに、今日の服は色が着いてるのを着てる~」
「色?そう?」
「いつも黒・白・ベージュ・グレーって目立たない色ばっかり着てるでしょう?今日は水色着てるじゃないですか。」
「ああ、そうかあ。考えずに着てきちゃった。」
「うそ~ん。絶対に何かある。デートか何か。」
「何にも無いですよ。」
しつこい同僚を躱すのも、今日はウンザリ・・・じゃなく、少し楽しく感じるのは何故だろう?
お昼休みが過ぎれば、後は仕事の合間合間に時計との睨めっこだ。何回見たってそう変わらないのに。
就業の合図と共に僕はオフィスを飛び出していた。トイレに入ってマウスウォッシュで念入りにうがい。水で前髪を整えて、そこからはエレベーターを待ちきれず、着替えの荷物カバンを持って非常階段を駆け下りた。
出口が外だから、ぐるっとカフェの正面まで回る必要があったけれど、今日の僕の足取りは軽やかだ。
カフェに入ろうとしたら、既に窓際の席に居たハソプさんに手を振られた。僕に気付くの、早すぎだろう?僕も手を振り返して、ハソプさんの席に座った。
「どうして、外から?」
「えっ・・・レベーターが来ないから。」
ハソプさんは笑ってた。
「どうぞ?」
飲み掛けだったけど、アイスアメリカーノを差し出された。
「あの、うがいしちゃったから・・・」
「じゃあ、水は車に積んであるから、もう、出ましょうか。幾ら日が長くても、到着する頃には真っ暗になっちゃうから。」
「はい。運転、よろしくお願いします。」
僕は立ち上がって頭を下げた。夜間の長距離運転が大変なのを、知っている。
ビルの裏の駐車場にハソプさんの車があった。
「ジープだけど、乗り心地はどうかな?車酔いは大丈夫?一応、酔い止めの薬持って来たけど、飲む?」
「ありがとうございます。平気です。」
「じゃあ、乗って。獣を轢かない為にも、少しでも明るいうちに。」
何だか不思議だ。一週間前には知らなかった人なのに、こんなに近くで、車内の密室で、ずっと話が途切れない。流れる景色にどんどん車が少なくなって、生い茂る緑が増えて来てる。夕焼けが眩しくて、ハソプさんはサングラスを掛けた。僕からは目が見えないから、少し不安だな。
さっき僕がコーヒーを断った理由が「うがいをしたから甘味料の飲み物を飲めない」と勘違いしたハソプさんは、お茶とか水とか渡してくれたけど、トイレが心配だったからちびちびと飲んだ。お喋りし過ぎて口が渇くのを湿らせる程度で十分だ。僕はなんでこんなに喋っているのかな。共通点は昔一度会ったって事だけなのに。
二時間位走った所で、高速を下りてすぐの一軒の小さなレストランみたいな店の前で、ハソプさんは車を停めた。
「あと一時間位走るんだけど、この店が道中の最後のレストラン。村に着く頃には、店全部閉まっちゃってるから。ここで夕飯を食べよう。」
簡単なメニューしか無い店で、パスタを食べた。今まで食べたパスタの中で一番美味しく感じた。アイスクリームまでご馳走になってしまったから、次の機会には絶対に僕が払おう。トイレでマウスウォッシュでうがいして、車に乗り込む時には肌寒さまで感じて、僕は自然に半袖の腕を擦っていた。
「ね?言った通り、田舎の朝晩は冷え込むんだって。」
「車に乗ったら、少し暖かいかな。」
「俺のカーディガンを着たらいいよ。」
バックドアを開けてがそごそやって、僕の肩に掛けてくれたんだけど、でかい。背は10センチ以上高いんだろうけど、体格まで僕より断然でかいんだとこの時初めて知った。
満腹になって身体が温まったら、もう睡魔に勝てそうも無かった。
「ごめんなさい、寝ちゃうかも。」
「いいよ。ここから先は信号が殆ど無いから、寝心地良い筈だよ。」
寝ている最中、僕の頬が時々温かく感じたけど、気のせいかな。
何だか凄く気持ちよく眠れて、ハソプさんの家に到着して下車しても夢見心地で、荷下ろしの手伝いもしないで僕は大きなベッドにダイブしてしまった。
夜中、肩の寒さで一度目が覚めたけど、胸から下が暖かかった。どういう分けだか、僕の背からハソプさんがぬいぐるみみたいに抱っこしてくれていたから。そのまま再び僕は眠った。
カチャカチャと食器の鳴る音で目が覚めて、腕時計を見たらもう10時じゃないか。慌てて飛び起きて音の鳴る方へ歩いて行った。
へえ、こんな作りの家だったんだ。まるで僕の実家でお母さんが手入れしてくれてるみたいに、全部行き届いている。生活感溢れている家。本当に、ハソプさんがここで暮らしているんだなあ。
でも、開けっ放しの玄関ドアから見える外のガーデニングとか、男手じゃ無理なんじゃないかな。彼女さんが居るのかな。じゃあ、いつもは彼女さんが寝ているベッドに僕が寝てしまって、悪かったな・・・
「おはよう。どうしたの?ぼーっとして。疲れた?」
「いいえ。おはようございます。寝坊しちゃった。ごめんなさい。」
「寝坊って、起床時間決まってないから。昨日、そのまま寝っちゃったからね、シャワー浴びて着替えておいで。着てたもの、天気が良いから洗濯しよう。洗濯機に入れておいてね。」
「はい。あの、ベッドに寝かせて頂いて、ごめんなさい。」
「ん?どうして謝るの?」
「だって・・・彼女さんに、悪いから・・・・」
「あ~」
ハソプさんが笑いながら、僕をバスルームに案内してくれた。
「今はシャワーだけだけど、今夜はバスタブにお湯を張るから、疲れが取れると思うよ?」
「はい、ありがとうございます。」
「君さ、お気遣いはありがたいけど、週末の連休に・・・彼女が居たら君は此処に居ないでしょう?」
「あ・・・」
僕は瞬間的に赤面するのが自分でも分った。ハソプさんは微笑んだままで、ドアを閉めた。恥ずかしくて恥ずかしくて、僕は顔を冷やす為にも冷たいシャワーを浴びた。
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