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僕の半分<あびき>副振動
僕の半分<あびき>副振動 3
エンジン音がハイブリッドで、コンパクトカーの運転席のドアが下がり、ひょいと顔を出したジユルにハソプは顔を抑えて突然キスをした。ジユルは目を丸くして驚いたが、素直にそれを受けていた。
「えへっ。ただいま・・・でいいのかな?ご心配お掛けしました。」
「本当に、寿命が随分縮まった・・・」
ジユルは暗がりの中、庭のハソプのジープの隣に車を停め、大きなバッグを後部座席から取り出せばすぐにハソプがそれを受け取り、二人は家の中に入って行った。
玄関の鍵を掛け、荷物を置いてすぐに二人は固く抱き合い、キスを交わした。
「ミントの香りがしますね。僕に気遣いを?」
「待ってる間、ヘビースモーカーになっちゃったからね。エチケット。」
「ご飯は食べましたか?」
「食べれるわけ無いでしょう!」
二人は顔を見合わせて笑った。さっきまでのイライラや不安が嘘のように払拭されて、ハソプは胸が一杯になった。
「ご飯より、君を食べたいよ。」
「僕はお腹が空きました。ピザを買ってきたんです。温め直して食べましょう。今夜は、お仕事は続けますか?」
「・・・なわけ、無いでしょう?君が、随分久しぶりに目の前に居てくれるのに!」
「ふふっ。ピザ、食べましょう。」
ピザを食べて、バスタブに湯を張って二人で入り、そこで久々に交じり合い、余韻を残して寝室へ濡れた身体のまま向かい、思い切り互いの身体を貪り合った。実に、飢えていた、という形容詞がぴったりな程情熱的に絡み合った。
「明日、明後日、ご飯とベッドだけは一緒にしたいです。他は、僕を構わなくて大丈夫です。お仕事をして下さい。」
喘ぎ過ぎて、叫び過ぎて、声を枯らしてしまったジユルが、小さなベッドライトに照らされながら蕩けるような眼差しでハソプを見詰めていた。
「・・・ありがとう。会いに来てくれて。」
ハソプの腕が伸びて来て、ジユルの顔をそっと掌で包んだ。ジユルはその掌に小さく音を発てて口付けた。
「会いたかったから。我慢出来なかったから。ハソプさんが大変な時なのに、会いたい自分に負けました。ごめんなさい。」
「俺も、心配して待つだけだったら迎えに行けば良かった。ごめん。」
「キス、二回。」
二人はそっと顔を近付け合って、チュッチュと音を発てた。
「今はまだ・・・なんだけど、もう少し後に・・・君に話さなきゃならない事がある。」
「はい。」
「一通り全部聞いて欲しい。その後で、君の意見を聞きたい。」
「はい。」
疲れたのか、ジユルは目を閉じて返事をしながら寝息を立てていた。ハソプはもう一度唇に短いキスをして、灯りを落とした。
翌朝、久しぶりに熟睡したハソプが目覚めると、ジユルの姿は無かった。下着姿にコートを羽織って外に出てみると、車が二台並んでいる。昨夜暗がりでよく見えなかったジユルのコンパクトカーのカラーを見て、ハソプは瞬時に涙が込み上げてしまい、口元に手を当てた。
あの時ハソプが「好きな色を押し付けた」と言ってプレゼントしたパジャマの色と同じ、黄色だった。
ハソプの言葉を真摯に受け止め、子供の時以降選ばなかった色を、愛車に着せたのだ。
ジユルの純粋な想いが、何より嬉しかった。
「ああ、こんなの、アリかよ・・・・」
未だ秘密を抱えたままのハソプは、嬉しさを罪悪感が覆い隠し、切なく苦しくなった。至上の幸福感を味わっているのに、真実を打ち明けてしまったら奈落の底に自らダイブしなければならないかもしれない。
今が刹那でしか無いのを、見せつけられている気分だった。
とぼとぼと家の中に戻り、シャワーを浴びようとキッチンを過った時、ふと見るとテーブルの上にサンドイッチとメモがあった。
「昨日買ったものです。起きたら食べて仕事してください。僕は散歩してきます。何かあればスマホへ。」
可愛らしい文字に指をなぞらせてから、ハソプはシャワーを浴びた。
サンドイッチを食べた後は切り替えて、ハソプは執筆アイテムに欠かせない筈の煙草も吸わず、時間が経つのも、ジユルの存在さえ忘れ掛けて、パソコンに向かっていた。
次々に浮かぶ脳裏のストーリー展開に、指が追い付いていかない。指の関節が痛みを感じていたが、タイピングは一日中続いていた。
ハソプがトイレに行くのも飲食も忘れて打ち込む様を、ジユルは寡黙に見詰め続けながら、自ら先に言った「空気」のようにその日を過ごした。
デスクの傍らに時々温かい飲み物と軽食を置いては下げ、それを何度か繰り返していた。いつもとは違うハソプの横顔。時々マグカップに口を付けていたけれど、何故それが温かいのかに気付く余裕も無いのが分かっていたから、ジユルはただ飲み物を温かいものに交換するのを繰り返していた。
夜10時を過ぎ、ジユルはシャワーを浴びて、独りベッドへ寝転んだ。スマホに30分タイマーを掛けて、通知のバイブが鳴ったら飲み物を交換して、今度はチョコレートを添えてあげよう・・・などと考えながら、うとうととしていた。
昨夜、寝入り間際に「後で話がある」と言っていた気がする。
多分、今抱えている仕事が済んだら聞かされるのだろうが、その内容の見当が付かない。一緒に暮らそう・・・かな?でも、ぬか喜びはしないでおこう・・・などと夢うつつで考えていると耳音で振動が響いた。
慌てて起きて、湯を沸かしコーヒーを入れて、カップソーサーににチョコレートを添えた。これで頭の疲れが癒されればいいなと思えば、自然に口元に笑みが浮かんだ。寝室の隣の狭い部屋にそっと入り、パソコンから少し離れた場所にコーヒーセットを置いて、前の冷めたカップと交換した。
今夜はこれでもう寝ようと決めて、広いベッドに独り横になって灯りを落とした。睡魔はすぐに訪れた。
それから・・・夜更けだったか、ひやりとした感触に目が覚めた。
「・・・今日はもう、終わりですか?」
背後から抱き締められ、ハソプの冷たい手がジユルのパジャマを掻い潜って、肌に触れて来たせいだった。
「うん。ごめん、起こしちゃったね・・・手が冷たくて・・・ごめん、温めて。」
「はい。お疲れ様でした。明日、マッサージしてあげますよ。」
「うん。温かい飲み物、ありがとう。お礼を言えなくて、ごめん。」
「はい。明日・・・沢山キスしてください。」
「今・・・でも、いい?」
「・・・はい。」
ハソプの猛りをぐいと腰に当てられ、ジユルは承諾の意味で尻を突き出してそれを押し返した。疲れ果てると男は無性に勃ってしまうのを、ジユルも同じ男として知り得ている。
「ふふっ・・・いいんだ?」
「今更、聞きます?僕を悦ばせなくていいので、よく眠れる為に、どうぞ?」
ジユルは身を翻し、自分から唇を重ねた。乾燥してカサカサしているハソプの唇を潤すように、舌先で何度も唇を撫で回した。
「君が居てくれるから、頑張れる。君の為に書き上げたい。」
ジユルは言葉の意味を深くは受け止めず、ベッドボードに手を伸ばしてジェルとコンドームを取り、自分で準備を済ませるとハソプの猛りにゴムを装着させた。そして、片足をハソプの腰に跨がせて自らが串刺しになってみせたのだ。
そのまま身を起こし馬乗りになると、腰を回転させながらゆっくりと深く収めた。軽く上下に動いただけで、ハソプは息を詰めた。
ジユルの身体は全く満たされてはいなかったが、5年前のあの頃のような気持ちにはならなかった。
未だジユルの身体の中に居ながら軽く寝息を立て始めたハソプを愛し気に見下ろしながら、ジユルは身を引いて手早く後始末を済ませ、ハソプの片腕を首の下に敷いて目を閉じた。
本当の朝が来てから、ハソプにお礼の倍返しをされ、ジユルは悦びに鳴き続けた。幸せだった。
まだ陽が高いうちに家を出ようと支度をするジユルを、ハソプは名残惜しそうに、まるで引き留めるかのように抱き締めていた。
「これからまたどんどん忙しくなる。君の会社の繁忙期がずっと、永遠に続くような感じのスケジュールになるんだ。」
「あの・・・昨夜の仕事上がりの時、ぐっすり眠れましたか?」
「うん。君には済まない事をしたけれど・・・」
「僕、ハソプさんが帰宅しようと出来まいと、週末にハソプさんの部屋で過ごしましょうか?タイミングが合えば、昨夜みたいにしてくれて・・・いいので・・・・」
「それじゃあ君、まるで・・・そんな事、しちゃだめだ。」
「何故ですか?無理強いじゃなくて、僕から提案している事なのに。」
「そんな都合のいい女みたいな真似、させられない。」
背後から抱き締められていたのを、ジユルはくるりと身を翻してハソプの泣いてしまいそうな顔を両手で抱き締めた。
「ずっとそれが続けば、前みたいな事の繰り返しになっちゃいますが・・・一時の事です。会えないのは僕だって辛いし悲しい。どんな形でも、ハソプさんを感じられたらそれが僕の幸せなんです。」
「ジユル君・・・君の優しさに俺が付け込んで・・・俺を悪い男にさせるつもりなの?」
「ドラマみたいなセリフ、自分が言われるだなんて不思議。」
そう言ってジユルは笑った。
「ソウルのハソプさんの部屋の近くのPK、探しておきますね。また来週、会いましょう。会えなくても、その次の週に又行きます。その次もまた次も・・・」
ハソプはジユルを力強く抱き締めた。ふぅっふぅっ・・・と粗い息遣いを起こしてハソプが泣いているのを察知したから、ジユルは黙ってその背を撫でていた。
暫くして、ハソプから腕を解いた。真っ赤な目でジユルを見詰め、そして塩辛い味のキスをした。
「こんな味もあるんですね。」
ジユルは笑って荷物を掴んだ。ハソプは掛ける言葉が見付からず、黙ったままで車まで見送りに出た。
「気を付けて、運転するんだよ?」
「はい。」
「着いたら必ず電話して。」
「はい。ハソプさん?」
ジユルは車窓から少し顔を出して手招きした。ハソプの顔が近付いた所で、身を乗り出して短いキスを贈った。
「来週末、部屋で待ってますね。」
「うん。ありがとう。」
「じゃ・・・行ってきます、なのかな?」
「そうだね。いってらっしゃい。」
ジユルの黄色いコンパクトカーが、ゆっくりと家を後にした。その姿が見えなくなるまでハソプは手を降り続け、家に戻ってからまた少し泣いた。
ジユルが帰った後、ハソプは小さな家の中で呆然と立ち尽くしていた。
この家が、こんなに広く感じてしまう事があるだなんて・・・
元々は祖母が住んでいた家を改築してはいるものの、背丈の小さい女性の為の家は大柄のハソプには天井もスペースも小さいと感じてばかり居た筈だ。
それが、人ひとり居なくなっただけで家が広壮にさえ感じ、この虚無感は例えようも無い。これが、寂しさというやつなんだろうか。
ハソプは三十路にして初めて知る感情の多さに、瞠目するばかりだ。言葉を売る商売をしているというのに、まだまだ知らない事の多さに愕然とした。
「ダメだ、こんな事じゃ。来週末に会うんだから。」
自分で両頬をパチンと挟み打ちし、大きく伸びをしてからパソコンの前に座った。電源を入れ、セキュリティーソフトが巡回を終えるまでの間、また、ジユルの事を思い出している。これでは、ちっとも捗らない。もう一度頬を打って、キーに指を置いた。
そこからは別世界にでも行っていたかのように、時間軸が消えて作業に没頭していた。
我に返ったのは、ジユルからの到着報告の電話だった。時計を見れば、夜7時前だ。移動が三時間半で済んだ計算になる。
「ハソプさん、凄いでしょう?全然迷わなかったし、疲れてないんだよ!」
「ああ、無事に着いて安心したよ。運転お疲れ様。」
「週末、ハソプさんの部屋で待ってますね。」
「ねえ、ジユル君、俺、困った事があるんだ。」
「え?何ですか?」
「もう、会いたいんだ。」
「ふふっ。僕もです。でも、やらなきゃならない事を片付けていかなきゃね。頑張って。応援しています。」
「うん。ありがとう。明日も連絡は入れるけど、週末に会おうな。」
「はい。じゃ、僕も明日の出勤に備えて早く寝ますね。」
「また、あした。」
電話を切って、温かな気持ちの中からどんどん寂しさが湧いてきて、すぐに心の全部を覆い隠そうとしていた。だが、この寂しさでさえ糧にしてみせる。言葉を売る商売なのだから、経験という身を切るのは当然の事だ。でも今は・・・ジユルの身まで切っているかの罪悪感が募る。
ハソプは脳裏で自分と会話するのを止め、再び脚本の中の異空間へ飛び込んだ。
連日、寝たも起きたも無いような、時間軸を無くした毎日をハソプは過ごしていた。会社とのWeb会議の呼び出しで、辛うじて日中だと分かる程度だ。
夢中になると食欲も無くす。一日一個のカップ麺と、ジユルの置き土産のチョコレートだけで日々を凌いでいた。
そして明日ソウルに帰る、という予定の日の午後。全て書き終えたハソプは「俺もやればできるんだな。」などと自画自賛し、冴えてしまった頭を鎮める為にも家を出る準備に取り掛かった。
掃除をして、水回りの点検と外のガーデニングの手入れなど。
ゴミを纏めている時に、寝室のゴミ箱に山盛りの使用済ティッシュと結んだコンドームを目にし、一人苦笑いした。
眠るのが勿体なくて一日早くソウルに戻る事に決めて、ハソプは家を出発した。
「えへっ。ただいま・・・でいいのかな?ご心配お掛けしました。」
「本当に、寿命が随分縮まった・・・」
ジユルは暗がりの中、庭のハソプのジープの隣に車を停め、大きなバッグを後部座席から取り出せばすぐにハソプがそれを受け取り、二人は家の中に入って行った。
玄関の鍵を掛け、荷物を置いてすぐに二人は固く抱き合い、キスを交わした。
「ミントの香りがしますね。僕に気遣いを?」
「待ってる間、ヘビースモーカーになっちゃったからね。エチケット。」
「ご飯は食べましたか?」
「食べれるわけ無いでしょう!」
二人は顔を見合わせて笑った。さっきまでのイライラや不安が嘘のように払拭されて、ハソプは胸が一杯になった。
「ご飯より、君を食べたいよ。」
「僕はお腹が空きました。ピザを買ってきたんです。温め直して食べましょう。今夜は、お仕事は続けますか?」
「・・・なわけ、無いでしょう?君が、随分久しぶりに目の前に居てくれるのに!」
「ふふっ。ピザ、食べましょう。」
ピザを食べて、バスタブに湯を張って二人で入り、そこで久々に交じり合い、余韻を残して寝室へ濡れた身体のまま向かい、思い切り互いの身体を貪り合った。実に、飢えていた、という形容詞がぴったりな程情熱的に絡み合った。
「明日、明後日、ご飯とベッドだけは一緒にしたいです。他は、僕を構わなくて大丈夫です。お仕事をして下さい。」
喘ぎ過ぎて、叫び過ぎて、声を枯らしてしまったジユルが、小さなベッドライトに照らされながら蕩けるような眼差しでハソプを見詰めていた。
「・・・ありがとう。会いに来てくれて。」
ハソプの腕が伸びて来て、ジユルの顔をそっと掌で包んだ。ジユルはその掌に小さく音を発てて口付けた。
「会いたかったから。我慢出来なかったから。ハソプさんが大変な時なのに、会いたい自分に負けました。ごめんなさい。」
「俺も、心配して待つだけだったら迎えに行けば良かった。ごめん。」
「キス、二回。」
二人はそっと顔を近付け合って、チュッチュと音を発てた。
「今はまだ・・・なんだけど、もう少し後に・・・君に話さなきゃならない事がある。」
「はい。」
「一通り全部聞いて欲しい。その後で、君の意見を聞きたい。」
「はい。」
疲れたのか、ジユルは目を閉じて返事をしながら寝息を立てていた。ハソプはもう一度唇に短いキスをして、灯りを落とした。
翌朝、久しぶりに熟睡したハソプが目覚めると、ジユルの姿は無かった。下着姿にコートを羽織って外に出てみると、車が二台並んでいる。昨夜暗がりでよく見えなかったジユルのコンパクトカーのカラーを見て、ハソプは瞬時に涙が込み上げてしまい、口元に手を当てた。
あの時ハソプが「好きな色を押し付けた」と言ってプレゼントしたパジャマの色と同じ、黄色だった。
ハソプの言葉を真摯に受け止め、子供の時以降選ばなかった色を、愛車に着せたのだ。
ジユルの純粋な想いが、何より嬉しかった。
「ああ、こんなの、アリかよ・・・・」
未だ秘密を抱えたままのハソプは、嬉しさを罪悪感が覆い隠し、切なく苦しくなった。至上の幸福感を味わっているのに、真実を打ち明けてしまったら奈落の底に自らダイブしなければならないかもしれない。
今が刹那でしか無いのを、見せつけられている気分だった。
とぼとぼと家の中に戻り、シャワーを浴びようとキッチンを過った時、ふと見るとテーブルの上にサンドイッチとメモがあった。
「昨日買ったものです。起きたら食べて仕事してください。僕は散歩してきます。何かあればスマホへ。」
可愛らしい文字に指をなぞらせてから、ハソプはシャワーを浴びた。
サンドイッチを食べた後は切り替えて、ハソプは執筆アイテムに欠かせない筈の煙草も吸わず、時間が経つのも、ジユルの存在さえ忘れ掛けて、パソコンに向かっていた。
次々に浮かぶ脳裏のストーリー展開に、指が追い付いていかない。指の関節が痛みを感じていたが、タイピングは一日中続いていた。
ハソプがトイレに行くのも飲食も忘れて打ち込む様を、ジユルは寡黙に見詰め続けながら、自ら先に言った「空気」のようにその日を過ごした。
デスクの傍らに時々温かい飲み物と軽食を置いては下げ、それを何度か繰り返していた。いつもとは違うハソプの横顔。時々マグカップに口を付けていたけれど、何故それが温かいのかに気付く余裕も無いのが分かっていたから、ジユルはただ飲み物を温かいものに交換するのを繰り返していた。
夜10時を過ぎ、ジユルはシャワーを浴びて、独りベッドへ寝転んだ。スマホに30分タイマーを掛けて、通知のバイブが鳴ったら飲み物を交換して、今度はチョコレートを添えてあげよう・・・などと考えながら、うとうととしていた。
昨夜、寝入り間際に「後で話がある」と言っていた気がする。
多分、今抱えている仕事が済んだら聞かされるのだろうが、その内容の見当が付かない。一緒に暮らそう・・・かな?でも、ぬか喜びはしないでおこう・・・などと夢うつつで考えていると耳音で振動が響いた。
慌てて起きて、湯を沸かしコーヒーを入れて、カップソーサーににチョコレートを添えた。これで頭の疲れが癒されればいいなと思えば、自然に口元に笑みが浮かんだ。寝室の隣の狭い部屋にそっと入り、パソコンから少し離れた場所にコーヒーセットを置いて、前の冷めたカップと交換した。
今夜はこれでもう寝ようと決めて、広いベッドに独り横になって灯りを落とした。睡魔はすぐに訪れた。
それから・・・夜更けだったか、ひやりとした感触に目が覚めた。
「・・・今日はもう、終わりですか?」
背後から抱き締められ、ハソプの冷たい手がジユルのパジャマを掻い潜って、肌に触れて来たせいだった。
「うん。ごめん、起こしちゃったね・・・手が冷たくて・・・ごめん、温めて。」
「はい。お疲れ様でした。明日、マッサージしてあげますよ。」
「うん。温かい飲み物、ありがとう。お礼を言えなくて、ごめん。」
「はい。明日・・・沢山キスしてください。」
「今・・・でも、いい?」
「・・・はい。」
ハソプの猛りをぐいと腰に当てられ、ジユルは承諾の意味で尻を突き出してそれを押し返した。疲れ果てると男は無性に勃ってしまうのを、ジユルも同じ男として知り得ている。
「ふふっ・・・いいんだ?」
「今更、聞きます?僕を悦ばせなくていいので、よく眠れる為に、どうぞ?」
ジユルは身を翻し、自分から唇を重ねた。乾燥してカサカサしているハソプの唇を潤すように、舌先で何度も唇を撫で回した。
「君が居てくれるから、頑張れる。君の為に書き上げたい。」
ジユルは言葉の意味を深くは受け止めず、ベッドボードに手を伸ばしてジェルとコンドームを取り、自分で準備を済ませるとハソプの猛りにゴムを装着させた。そして、片足をハソプの腰に跨がせて自らが串刺しになってみせたのだ。
そのまま身を起こし馬乗りになると、腰を回転させながらゆっくりと深く収めた。軽く上下に動いただけで、ハソプは息を詰めた。
ジユルの身体は全く満たされてはいなかったが、5年前のあの頃のような気持ちにはならなかった。
未だジユルの身体の中に居ながら軽く寝息を立て始めたハソプを愛し気に見下ろしながら、ジユルは身を引いて手早く後始末を済ませ、ハソプの片腕を首の下に敷いて目を閉じた。
本当の朝が来てから、ハソプにお礼の倍返しをされ、ジユルは悦びに鳴き続けた。幸せだった。
まだ陽が高いうちに家を出ようと支度をするジユルを、ハソプは名残惜しそうに、まるで引き留めるかのように抱き締めていた。
「これからまたどんどん忙しくなる。君の会社の繁忙期がずっと、永遠に続くような感じのスケジュールになるんだ。」
「あの・・・昨夜の仕事上がりの時、ぐっすり眠れましたか?」
「うん。君には済まない事をしたけれど・・・」
「僕、ハソプさんが帰宅しようと出来まいと、週末にハソプさんの部屋で過ごしましょうか?タイミングが合えば、昨夜みたいにしてくれて・・・いいので・・・・」
「それじゃあ君、まるで・・・そんな事、しちゃだめだ。」
「何故ですか?無理強いじゃなくて、僕から提案している事なのに。」
「そんな都合のいい女みたいな真似、させられない。」
背後から抱き締められていたのを、ジユルはくるりと身を翻してハソプの泣いてしまいそうな顔を両手で抱き締めた。
「ずっとそれが続けば、前みたいな事の繰り返しになっちゃいますが・・・一時の事です。会えないのは僕だって辛いし悲しい。どんな形でも、ハソプさんを感じられたらそれが僕の幸せなんです。」
「ジユル君・・・君の優しさに俺が付け込んで・・・俺を悪い男にさせるつもりなの?」
「ドラマみたいなセリフ、自分が言われるだなんて不思議。」
そう言ってジユルは笑った。
「ソウルのハソプさんの部屋の近くのPK、探しておきますね。また来週、会いましょう。会えなくても、その次の週に又行きます。その次もまた次も・・・」
ハソプはジユルを力強く抱き締めた。ふぅっふぅっ・・・と粗い息遣いを起こしてハソプが泣いているのを察知したから、ジユルは黙ってその背を撫でていた。
暫くして、ハソプから腕を解いた。真っ赤な目でジユルを見詰め、そして塩辛い味のキスをした。
「こんな味もあるんですね。」
ジユルは笑って荷物を掴んだ。ハソプは掛ける言葉が見付からず、黙ったままで車まで見送りに出た。
「気を付けて、運転するんだよ?」
「はい。」
「着いたら必ず電話して。」
「はい。ハソプさん?」
ジユルは車窓から少し顔を出して手招きした。ハソプの顔が近付いた所で、身を乗り出して短いキスを贈った。
「来週末、部屋で待ってますね。」
「うん。ありがとう。」
「じゃ・・・行ってきます、なのかな?」
「そうだね。いってらっしゃい。」
ジユルの黄色いコンパクトカーが、ゆっくりと家を後にした。その姿が見えなくなるまでハソプは手を降り続け、家に戻ってからまた少し泣いた。
ジユルが帰った後、ハソプは小さな家の中で呆然と立ち尽くしていた。
この家が、こんなに広く感じてしまう事があるだなんて・・・
元々は祖母が住んでいた家を改築してはいるものの、背丈の小さい女性の為の家は大柄のハソプには天井もスペースも小さいと感じてばかり居た筈だ。
それが、人ひとり居なくなっただけで家が広壮にさえ感じ、この虚無感は例えようも無い。これが、寂しさというやつなんだろうか。
ハソプは三十路にして初めて知る感情の多さに、瞠目するばかりだ。言葉を売る商売をしているというのに、まだまだ知らない事の多さに愕然とした。
「ダメだ、こんな事じゃ。来週末に会うんだから。」
自分で両頬をパチンと挟み打ちし、大きく伸びをしてからパソコンの前に座った。電源を入れ、セキュリティーソフトが巡回を終えるまでの間、また、ジユルの事を思い出している。これでは、ちっとも捗らない。もう一度頬を打って、キーに指を置いた。
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我に返ったのは、ジユルからの到着報告の電話だった。時計を見れば、夜7時前だ。移動が三時間半で済んだ計算になる。
「ハソプさん、凄いでしょう?全然迷わなかったし、疲れてないんだよ!」
「ああ、無事に着いて安心したよ。運転お疲れ様。」
「週末、ハソプさんの部屋で待ってますね。」
「ねえ、ジユル君、俺、困った事があるんだ。」
「え?何ですか?」
「もう、会いたいんだ。」
「ふふっ。僕もです。でも、やらなきゃならない事を片付けていかなきゃね。頑張って。応援しています。」
「うん。ありがとう。明日も連絡は入れるけど、週末に会おうな。」
「はい。じゃ、僕も明日の出勤に備えて早く寝ますね。」
「また、あした。」
電話を切って、温かな気持ちの中からどんどん寂しさが湧いてきて、すぐに心の全部を覆い隠そうとしていた。だが、この寂しさでさえ糧にしてみせる。言葉を売る商売なのだから、経験という身を切るのは当然の事だ。でも今は・・・ジユルの身まで切っているかの罪悪感が募る。
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夢中になると食欲も無くす。一日一個のカップ麺と、ジユルの置き土産のチョコレートだけで日々を凌いでいた。
そして明日ソウルに帰る、という予定の日の午後。全て書き終えたハソプは「俺もやればできるんだな。」などと自画自賛し、冴えてしまった頭を鎮める為にも家を出る準備に取り掛かった。
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