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僕の半分<あびき>副振動
僕の半分<あびき>副振動 6
初冬の陽射しは暖かく、乾燥した風は冷たい。冬の散歩には適した天候だった。
「ハソプさん、改めてなんですけど・・・昨日、色々打ち明けてくれて、嬉しかったです。ありがとうございます。」
カフェに到着する間際にジユルにそう言われて、ハソプは何とも苦しそうな顔付をしていた。
「お腹いっぱいになったら、少し、昼寝でもしましょうか。ハソプさん、昨日、あんまり眠れてないでしょう?」
「う・・・ううん。よく分からない。寝苦しかった気もするけど・・・ジユル君、色々ごめん。」
ジユルは突然つま先立ちでハソプの耳を掴んで引っ張り、顔が近付いた所で耳元に音を発ててキスをした。ハソプが驚いて辺りを見回せば、行きかう人々は二人に注目などしていない。胸を撫で下ろした。
「ハソプさんから言ったんですよ?口癖みたいにごめんって言ったら、何処でも、街中でも、キスするって。」
笑顔で言って、ハソプの手を握ってカフェに入店した。
ランチを食べて来た道を引き返し、部屋に到着してすぐ、二人は歯磨きと着替えとで昼寝の準備をした。遮光カーテンを引き、部屋を薄暗くして二人でベッドに横たわった。
「ハソプさん、途中で寝ちゃってもいいですよ。僕、一人で喋るけど・・・」
「ううん。聞いてるよ。」
二人は枕を並べているだけで、腕枕をするでもなく、至近距離で向き合って横たわっていた。
「昨日、僕は、結構ショックでした。」
「・・・ごめん。」
「ん、もうっ!禁止っ!」
ジユルはハソプの顔を両手で強く抑え込み、ぐーっと尖らせた唇を強く押し付けた。
「僕がショックだったのは、ハソプさんが僕が何をしても勃たなかった事です。今まで、もう止めてって言う位収まらなかったのに、全然で。」
「・・・ごめっ」
ジユルの人差し指と親指が、ハソプの唇を掴んで閉じさせていた。
「疲れてるとかそんなんじゃなくて・・・僕に失望?ガッカリして落ち込んでしまったからですよね?」
「違うよ!俺が・・・俺が身の程知らずで・・・勝手に・・・」
「勝手に期待して、勝手に裏切られた・・・そんな感じですか?」
ハソプは息を詰めた後、目を閉じて小さく頷いた。ジユルはハソプの髪を撫でながら、一度唇を固く結んだ。
「イ・ジンに振られたから、僕を抱けない位に落ち込んでしまったハソプさんを・・・僕は、どちらに怒りを向けたらいいんでしょうか?」
「え・・・・?」
ジユルの意外な言葉にハソプは目を開け、まじまじと顔を見詰めた。
「ハソプさんは、僕より、イ・ジンの方が好きなんですよね?」
「違っ!そんなことなっ・・・!」
「イ・ジンに失恋したショックで、目の前の僕を抱けないだなんて・・・結構、屈辱じゃないですか?7年と3か月じゃ、勝ち目無いですかね?」
「ジユル君・・・本当に、そんなんじゃないんだ。自分の馬鹿さ加減に・・・落胆してるなら、それしか無いんだよ。」
「以前ハソプさんは、僕の過去の人の悪口を言いませんでした。過去の僕を否定したくないから、その人も否定しないって。僕も同じように考えてみたら、ハソプさんのイ・ジンへの想いを否定するだなんて事、出来ません。ハソプさんを愛・・・しているから、否定したくありません。」
「ジユル君・・・・」
「どうしたら、僕はイ・ジンに勝てるんですか?ハソプさんが僕を今までみたいに抱けるには、どうしたらいいんですか?」
「・・・・」
「悔しいですよ。僕はハソプさんが大好きで、僕をこんな風に変えておきながら・・・プラトニックラブに変更しろって・・・今更・・・酷くないですか?」
「ジユル君、俺の気持ちの整理がついたら、元に戻れるから!必ず、きっと、すぐにだよ!」
「あのカフェでハソプさんが口説いたのは、僕?それとも、イ・ジン?」
ジユルは冷めた瞳で、ハソプは戦慄く唇で、互いに反らさずに無言で見詰め合った。
「・・・君だよ。ジユル君。君に引き合わせてくれたのはイ・ジン君だけど、今の君を見て、俺は君に惹かれたんだ。君を好きになって・・・君を愛した。」
「じゃあ、もう、イ・ジンの事はいいんですね?過去の人・・・僕にとって5年前の先輩みたいに。それで。」
「・・・・・」
「僕がイ・ジンと対等になれる方法は限られています。イ・ジン同様、過去の人になるか・・・」
「ジユル君、俺を捨てないでくれ!」
ハソプにしては珍しく、ジユルの言葉を遮って縋り付いていた。
「・・・話を最後まで黙って聞いてくれるところが、ハソプさんの素晴らしい長所でしょう?僕はまだ、話の途中ですよ?」
抱き返すわけでも無く、ただそこに横たわったままのジユルが静かに言った。
「ごめん。ちゃんと、聞くよ。」
「俳優辞めた時のように、過去に置いて来たイ・ジンのように僕が過去の人になるか、イ・ジンを取り込んで僕が生まれ変わるか。ハソプさんに僕が愛して貰えるようになるには、二者択一でしょうね。」
「え・・・それって、どういう・・・?」
「僕も昨夜の話を聞いてから、色々と整理しながら、過去も含めて自分と対話しています。まだ途中だから、答えが出るには時間が掛かりそうかな。僕が答えを出すのと、ハソプさんが僕を口説き直してくれるのと、どちらが先かな。」
「ん・・・・?意味が・・・・」
ジユルは身を起こし、ハソプの顔の両脇に腕を着いて見下ろした。
「本気で、僕を口説いてみたら如何ですか?それに靡く靡かないは、僕の自由ですけれど。」
「・・・・えっ?望みが・・・あるの・・・?」
「それはどうか分かりません。口説き方次第、じゃないですか?そんな情熱、あるかどうか分かりませんけど。」
「ジユル君・・・・」
ハソプは深い溜息を吐きながら、ジユルを抱き締めくるりと下敷きにした。それでも、ジユルは抱き締め返そうとはしない。未だ、ハソプから答えを聞いていないからだ。
「なんですか?」
素っ気ないジユルの声に、ハソプは声を出さずに笑っていた。肩を震わせる振動がジユルにも伝わって、首を少し上げて様子を伺った。
「折角チャンスを貰ったから、俺、頑張って、今まで以上に、真剣に君を口説き落としてみせる。しつこいのは、元ストーカーだからお手の物だ。」
「・・・そうですか。何で、笑ってるんですか?真面目な話ですよ?」
憮然とした口調のジユルの片手を取って、ハソプは二人が重なる胸から下方にずらして当ててみせた。
「なっ!!」
「君にチャンスを貰えた事で、君にも、イ・ジン君にも、俺は振られてないって分った。」
ハソプは昨日とは全く別人のように、ジユルの欲しがったものが熱く固く蘇っていた。それを、ジユルに確認させたのだ。
「・・・あからさますぎやしませんか?」
「分かりやすくて、いいじゃない?俺は、君次第でこうなるって事だよ。」
ハソプは半ば乱暴にジユルのパジャマを脱がせに掛かった。
「ちょっ!やめっ!やめて!」
身を捩り、口では拒絶しているものの、合間合間に笑い合っているから、ジユルも嬉しくて仕方なかったのだろう。
そのうち、ハソプの胸を押し返していたジユルの掌がゆっくりと肩に回され、唇を2回鳴らしてキスを強請った。笑顔のハソプの顔が降りて来て、暫くは鼻先だけを擦り合ってもどかしさを楽しんだ。
「君が居なけりゃもう・・・俺は何も出来ない人になっちゃってる。」
「本気で、口説いてみて下さい。イ・ジンは、僕みたいに簡単に落ちないと思いますよ?」
「君だって、簡単じゃなかっただろ?」
「僕は・・・一目惚れでは無かったので、多少は時間を要しました。でも今は・・・ハソプさんの全部が欲しい位にはなってます。」
「あげるよ。全部、あげる。」
二人は深く唇を合わせ、互いの猛りに触れ合い、どれ程求め合っているかを確かめ合い、唇を離して微笑み合った。
「ハソプさんはイ・ジンと僕と両方手に入れたいだなんて、欲深いなあと思いますけど・・・僕も今、ハソプさんの全部が欲しいです。こっから先の生きる時間全部も・・・」
「欲ってさ、生きる証だから。それが無くなったら、お終いだから。君が欲しいよ、ジユル君。」
「はい。僕も。」
二人は穏やかに、絡み合い、求め合い、与え合った。それは同時に、イ・ジンを巡っての、二人の闘いの火蓋が切られた瞬間でもあった。
それから連日、ハソプの”イ・ジン”口説き作戦は始まった。
元・ストーカーを自称するだけあり、口説きの観点が尋常ではない事にジユルは驚いた。脚本家だけあって、ジユルが興味を持ち最後まで見る気を起こさせる文章と添付ファイル。それが巧妙な組み立てで、連続ドラマ同様に”次回”を待つ心まで引き出すのだから、手に負えない。
ジユルは口説かれているのを忘れ、ハソプの動画解説に夢中になってしまった。
というのも、ジユルが出演した全ての作品、ドラマだけで無く、CM、チラシ広告モデル、Web広告、それ程ヒットしなかった歌手のMV出演に至るまで、イ・ジン出演の全てを一回一作品、詳細情報と演技感想などの解説付きで送られてくるのだ。否が応でも、興味をそそられてしまう。
実際、ジユルが覚えているのは、送られてきた内の四分の一程度でしか無い。その他大勢での出演や撮影など、覚えている訳が無い。エンタメ業界に居るのだから、どうにかしてそれらの資料を入手する事は出来るかもしれないが、有名人でも無い自分の細かな仕事などどうやって探し当てたのか、そちらの方にジユルの興味が湧く位だ。
ジユル提案の週末同棲には、その話題は一切出してこないのも謎だった。だから、ジユルは思い切ってハソプに聞くことにした。
「ハソプさん、こうして会っている時に・・・直接口説いた方が反応も見れますし、簡単じゃないですか?」
「俺はね、今、アン・ジユル君と一緒に居ます。他の人の話出されて、君は気分いいの?俺なら、嫌かもなあ。」
「え?」
「それとさ、口説きが簡単で済むってのは、それだけ相手の気持ちも簡単だし、関係も簡単になっちゃうと思わない?ビビンパだって、手間掛けてよく混ぜるから美味しいんだろ?君はビビンパを混ぜないで、好きな具だけ食べるタイプ?」
ハソプの返しに、ジユルは閉口した。
例えは分かりやすいが、ビビンパと自分を同系列に語るとは・・・呆れが高じて、笑うしか無かった。
「ジユル君、イ・ジン君に伝言してくれる?俺が送り続ける資料、年代順になってるんだけど、子供と同じでちゃんと成長記録になっているんだよって。どんどん上手くなっていく演技や表情に、刮目して欲しいって。」
それだけ一方的に笑顔で言って、ハソプは二人で居る間に仕事をしたりもしたが、イ・ジンの話題に触れる事は無かった。
毎週末の二人は、ジユルが人混みが苦手なので、よく散歩をした。通り掛けに見付けた店に飛び込んで、衝動買いを楽しんだり、思ってもみなかった美味しい店を発見したりもした。帰りにスーパーに立ち寄り、誰も居ない小路では手を繋いだ。他愛のない話に花を咲かせ、陽のあるうちから抱き合ったりもした。
ジユルは殊の外ハソプを口で昴めるのを好み、「小腹が空きましたね。」がその合図であり、ハソプは困惑しながらもそれを内心待ち焦がれたりもした。
ハソプはジユルが何か別の事をしている時に悪戯らをするのが好きで、何処まで堪え切れるのか毎回試すのが楽しみだった。
ごく普通の恋人同士の週末が過ぎれば、朝晩の挨拶のメッセージ以外は、淡々とイ・ジンの口説き構文がスマホに送られてくる。
そんな日々を三週間ばかり過ごしただろうか。ジユルの心境に変化が起きていた。
ハソプの言葉をヒントに、送られて来る資料を見ながら初めて記憶を蘇らせていたのだ。確かに、年代が進めば、僅かではあったが演技や表情の固さが取れ、表現が豊かになって行ったような気がした。
その時々で周囲の大人達が「上手だね」「よく出来たね」と褒めそやしたが、それは撮影を早く済ませる為の常套句のようにジユルは感じていたから、自分の演技を褒められたと実感した記憶が無かった。
高校を卒業する頃だっただろうか。俳優最後の作品だ。その時のドラマ監督が、やけに自分を褒めていたのを思い出していた。その時、いつものように聞き流してしまったが、あれはもしかしたら監督の心底素直な感想であり、掛け値無い言葉だったのかもしれない。
ジユルは退勤してすぐにネット検索をした。何処かの配信会社で、そのドラマを観たいと思ったからだ。簡単にヒットした。説明文に「不朽の名作」とまで書いてある。そういう扱いになっていたとも、今の今まで知らなかった。
その配信会社に会員登録し、課金し、そのドラマを初めて見返していた。
自分の出番でさえ記憶が曖昧なのだ。一視聴者として、ジユルはドラマにのめり込んだ。そして・・・自分の役に気持ちを投影する余り、演技云々では無く、まるでドラマの中に自分が立っているような錯覚まで覚えていた。実際、その役で出演しているのだから当然なのだが、時間が経っている事と敢えて思い出しもしなかった事で、ドラマには没頭しつつ、一方で一人の登場人物としての俳優イ・ジンを見詰める事が出来た。
「意外に・・・いい顔するものだなあ・・・」
まるで他人事のように自分の配役を見ていると、少しではあったが、7年前に俳優を辞めるのを引き留められた理由も分ったような気がした。
しかし如何せん自分の事である。自画自賛なだけかもしれない。
ジユルはとうとう我慢がならなくなった。
ドラマを最終話まで観て、翌日の朝の挨拶メッセージで「ハソプさん、今日、時間取れますか?」と送っていた。
出勤するのに玄関を出た所で、ハソプから電話が掛かってきた。
「おはよう。会社?」
「おはようございます。今、家を出たところです。歩きながらですが、いいですか?」
「ううん、危ないなあ。心配だから会社に着いたら電話じゃダメ?」
「はい。じゃあ、そうします。」
電話を切って、徒歩10分の距離をジユルは駆け出していた。日頃の運動不足かすぐに息が上がったけれど、始業30分前には会社の席に着席するような毎日だったから、ハソプと話す余裕はある。だが、心が逸っていた。一刻も早く、イ・ジンの事で話がしたかった。
「ハソプさん、改めてなんですけど・・・昨日、色々打ち明けてくれて、嬉しかったです。ありがとうございます。」
カフェに到着する間際にジユルにそう言われて、ハソプは何とも苦しそうな顔付をしていた。
「お腹いっぱいになったら、少し、昼寝でもしましょうか。ハソプさん、昨日、あんまり眠れてないでしょう?」
「う・・・ううん。よく分からない。寝苦しかった気もするけど・・・ジユル君、色々ごめん。」
ジユルは突然つま先立ちでハソプの耳を掴んで引っ張り、顔が近付いた所で耳元に音を発ててキスをした。ハソプが驚いて辺りを見回せば、行きかう人々は二人に注目などしていない。胸を撫で下ろした。
「ハソプさんから言ったんですよ?口癖みたいにごめんって言ったら、何処でも、街中でも、キスするって。」
笑顔で言って、ハソプの手を握ってカフェに入店した。
ランチを食べて来た道を引き返し、部屋に到着してすぐ、二人は歯磨きと着替えとで昼寝の準備をした。遮光カーテンを引き、部屋を薄暗くして二人でベッドに横たわった。
「ハソプさん、途中で寝ちゃってもいいですよ。僕、一人で喋るけど・・・」
「ううん。聞いてるよ。」
二人は枕を並べているだけで、腕枕をするでもなく、至近距離で向き合って横たわっていた。
「昨日、僕は、結構ショックでした。」
「・・・ごめん。」
「ん、もうっ!禁止っ!」
ジユルはハソプの顔を両手で強く抑え込み、ぐーっと尖らせた唇を強く押し付けた。
「僕がショックだったのは、ハソプさんが僕が何をしても勃たなかった事です。今まで、もう止めてって言う位収まらなかったのに、全然で。」
「・・・ごめっ」
ジユルの人差し指と親指が、ハソプの唇を掴んで閉じさせていた。
「疲れてるとかそんなんじゃなくて・・・僕に失望?ガッカリして落ち込んでしまったからですよね?」
「違うよ!俺が・・・俺が身の程知らずで・・・勝手に・・・」
「勝手に期待して、勝手に裏切られた・・・そんな感じですか?」
ハソプは息を詰めた後、目を閉じて小さく頷いた。ジユルはハソプの髪を撫でながら、一度唇を固く結んだ。
「イ・ジンに振られたから、僕を抱けない位に落ち込んでしまったハソプさんを・・・僕は、どちらに怒りを向けたらいいんでしょうか?」
「え・・・・?」
ジユルの意外な言葉にハソプは目を開け、まじまじと顔を見詰めた。
「ハソプさんは、僕より、イ・ジンの方が好きなんですよね?」
「違っ!そんなことなっ・・・!」
「イ・ジンに失恋したショックで、目の前の僕を抱けないだなんて・・・結構、屈辱じゃないですか?7年と3か月じゃ、勝ち目無いですかね?」
「ジユル君・・・本当に、そんなんじゃないんだ。自分の馬鹿さ加減に・・・落胆してるなら、それしか無いんだよ。」
「以前ハソプさんは、僕の過去の人の悪口を言いませんでした。過去の僕を否定したくないから、その人も否定しないって。僕も同じように考えてみたら、ハソプさんのイ・ジンへの想いを否定するだなんて事、出来ません。ハソプさんを愛・・・しているから、否定したくありません。」
「ジユル君・・・・」
「どうしたら、僕はイ・ジンに勝てるんですか?ハソプさんが僕を今までみたいに抱けるには、どうしたらいいんですか?」
「・・・・」
「悔しいですよ。僕はハソプさんが大好きで、僕をこんな風に変えておきながら・・・プラトニックラブに変更しろって・・・今更・・・酷くないですか?」
「ジユル君、俺の気持ちの整理がついたら、元に戻れるから!必ず、きっと、すぐにだよ!」
「あのカフェでハソプさんが口説いたのは、僕?それとも、イ・ジン?」
ジユルは冷めた瞳で、ハソプは戦慄く唇で、互いに反らさずに無言で見詰め合った。
「・・・君だよ。ジユル君。君に引き合わせてくれたのはイ・ジン君だけど、今の君を見て、俺は君に惹かれたんだ。君を好きになって・・・君を愛した。」
「じゃあ、もう、イ・ジンの事はいいんですね?過去の人・・・僕にとって5年前の先輩みたいに。それで。」
「・・・・・」
「僕がイ・ジンと対等になれる方法は限られています。イ・ジン同様、過去の人になるか・・・」
「ジユル君、俺を捨てないでくれ!」
ハソプにしては珍しく、ジユルの言葉を遮って縋り付いていた。
「・・・話を最後まで黙って聞いてくれるところが、ハソプさんの素晴らしい長所でしょう?僕はまだ、話の途中ですよ?」
抱き返すわけでも無く、ただそこに横たわったままのジユルが静かに言った。
「ごめん。ちゃんと、聞くよ。」
「俳優辞めた時のように、過去に置いて来たイ・ジンのように僕が過去の人になるか、イ・ジンを取り込んで僕が生まれ変わるか。ハソプさんに僕が愛して貰えるようになるには、二者択一でしょうね。」
「え・・・それって、どういう・・・?」
「僕も昨夜の話を聞いてから、色々と整理しながら、過去も含めて自分と対話しています。まだ途中だから、答えが出るには時間が掛かりそうかな。僕が答えを出すのと、ハソプさんが僕を口説き直してくれるのと、どちらが先かな。」
「ん・・・・?意味が・・・・」
ジユルは身を起こし、ハソプの顔の両脇に腕を着いて見下ろした。
「本気で、僕を口説いてみたら如何ですか?それに靡く靡かないは、僕の自由ですけれど。」
「・・・・えっ?望みが・・・あるの・・・?」
「それはどうか分かりません。口説き方次第、じゃないですか?そんな情熱、あるかどうか分かりませんけど。」
「ジユル君・・・・」
ハソプは深い溜息を吐きながら、ジユルを抱き締めくるりと下敷きにした。それでも、ジユルは抱き締め返そうとはしない。未だ、ハソプから答えを聞いていないからだ。
「なんですか?」
素っ気ないジユルの声に、ハソプは声を出さずに笑っていた。肩を震わせる振動がジユルにも伝わって、首を少し上げて様子を伺った。
「折角チャンスを貰ったから、俺、頑張って、今まで以上に、真剣に君を口説き落としてみせる。しつこいのは、元ストーカーだからお手の物だ。」
「・・・そうですか。何で、笑ってるんですか?真面目な話ですよ?」
憮然とした口調のジユルの片手を取って、ハソプは二人が重なる胸から下方にずらして当ててみせた。
「なっ!!」
「君にチャンスを貰えた事で、君にも、イ・ジン君にも、俺は振られてないって分った。」
ハソプは昨日とは全く別人のように、ジユルの欲しがったものが熱く固く蘇っていた。それを、ジユルに確認させたのだ。
「・・・あからさますぎやしませんか?」
「分かりやすくて、いいじゃない?俺は、君次第でこうなるって事だよ。」
ハソプは半ば乱暴にジユルのパジャマを脱がせに掛かった。
「ちょっ!やめっ!やめて!」
身を捩り、口では拒絶しているものの、合間合間に笑い合っているから、ジユルも嬉しくて仕方なかったのだろう。
そのうち、ハソプの胸を押し返していたジユルの掌がゆっくりと肩に回され、唇を2回鳴らしてキスを強請った。笑顔のハソプの顔が降りて来て、暫くは鼻先だけを擦り合ってもどかしさを楽しんだ。
「君が居なけりゃもう・・・俺は何も出来ない人になっちゃってる。」
「本気で、口説いてみて下さい。イ・ジンは、僕みたいに簡単に落ちないと思いますよ?」
「君だって、簡単じゃなかっただろ?」
「僕は・・・一目惚れでは無かったので、多少は時間を要しました。でも今は・・・ハソプさんの全部が欲しい位にはなってます。」
「あげるよ。全部、あげる。」
二人は深く唇を合わせ、互いの猛りに触れ合い、どれ程求め合っているかを確かめ合い、唇を離して微笑み合った。
「ハソプさんはイ・ジンと僕と両方手に入れたいだなんて、欲深いなあと思いますけど・・・僕も今、ハソプさんの全部が欲しいです。こっから先の生きる時間全部も・・・」
「欲ってさ、生きる証だから。それが無くなったら、お終いだから。君が欲しいよ、ジユル君。」
「はい。僕も。」
二人は穏やかに、絡み合い、求め合い、与え合った。それは同時に、イ・ジンを巡っての、二人の闘いの火蓋が切られた瞬間でもあった。
それから連日、ハソプの”イ・ジン”口説き作戦は始まった。
元・ストーカーを自称するだけあり、口説きの観点が尋常ではない事にジユルは驚いた。脚本家だけあって、ジユルが興味を持ち最後まで見る気を起こさせる文章と添付ファイル。それが巧妙な組み立てで、連続ドラマ同様に”次回”を待つ心まで引き出すのだから、手に負えない。
ジユルは口説かれているのを忘れ、ハソプの動画解説に夢中になってしまった。
というのも、ジユルが出演した全ての作品、ドラマだけで無く、CM、チラシ広告モデル、Web広告、それ程ヒットしなかった歌手のMV出演に至るまで、イ・ジン出演の全てを一回一作品、詳細情報と演技感想などの解説付きで送られてくるのだ。否が応でも、興味をそそられてしまう。
実際、ジユルが覚えているのは、送られてきた内の四分の一程度でしか無い。その他大勢での出演や撮影など、覚えている訳が無い。エンタメ業界に居るのだから、どうにかしてそれらの資料を入手する事は出来るかもしれないが、有名人でも無い自分の細かな仕事などどうやって探し当てたのか、そちらの方にジユルの興味が湧く位だ。
ジユル提案の週末同棲には、その話題は一切出してこないのも謎だった。だから、ジユルは思い切ってハソプに聞くことにした。
「ハソプさん、こうして会っている時に・・・直接口説いた方が反応も見れますし、簡単じゃないですか?」
「俺はね、今、アン・ジユル君と一緒に居ます。他の人の話出されて、君は気分いいの?俺なら、嫌かもなあ。」
「え?」
「それとさ、口説きが簡単で済むってのは、それだけ相手の気持ちも簡単だし、関係も簡単になっちゃうと思わない?ビビンパだって、手間掛けてよく混ぜるから美味しいんだろ?君はビビンパを混ぜないで、好きな具だけ食べるタイプ?」
ハソプの返しに、ジユルは閉口した。
例えは分かりやすいが、ビビンパと自分を同系列に語るとは・・・呆れが高じて、笑うしか無かった。
「ジユル君、イ・ジン君に伝言してくれる?俺が送り続ける資料、年代順になってるんだけど、子供と同じでちゃんと成長記録になっているんだよって。どんどん上手くなっていく演技や表情に、刮目して欲しいって。」
それだけ一方的に笑顔で言って、ハソプは二人で居る間に仕事をしたりもしたが、イ・ジンの話題に触れる事は無かった。
毎週末の二人は、ジユルが人混みが苦手なので、よく散歩をした。通り掛けに見付けた店に飛び込んで、衝動買いを楽しんだり、思ってもみなかった美味しい店を発見したりもした。帰りにスーパーに立ち寄り、誰も居ない小路では手を繋いだ。他愛のない話に花を咲かせ、陽のあるうちから抱き合ったりもした。
ジユルは殊の外ハソプを口で昴めるのを好み、「小腹が空きましたね。」がその合図であり、ハソプは困惑しながらもそれを内心待ち焦がれたりもした。
ハソプはジユルが何か別の事をしている時に悪戯らをするのが好きで、何処まで堪え切れるのか毎回試すのが楽しみだった。
ごく普通の恋人同士の週末が過ぎれば、朝晩の挨拶のメッセージ以外は、淡々とイ・ジンの口説き構文がスマホに送られてくる。
そんな日々を三週間ばかり過ごしただろうか。ジユルの心境に変化が起きていた。
ハソプの言葉をヒントに、送られて来る資料を見ながら初めて記憶を蘇らせていたのだ。確かに、年代が進めば、僅かではあったが演技や表情の固さが取れ、表現が豊かになって行ったような気がした。
その時々で周囲の大人達が「上手だね」「よく出来たね」と褒めそやしたが、それは撮影を早く済ませる為の常套句のようにジユルは感じていたから、自分の演技を褒められたと実感した記憶が無かった。
高校を卒業する頃だっただろうか。俳優最後の作品だ。その時のドラマ監督が、やけに自分を褒めていたのを思い出していた。その時、いつものように聞き流してしまったが、あれはもしかしたら監督の心底素直な感想であり、掛け値無い言葉だったのかもしれない。
ジユルは退勤してすぐにネット検索をした。何処かの配信会社で、そのドラマを観たいと思ったからだ。簡単にヒットした。説明文に「不朽の名作」とまで書いてある。そういう扱いになっていたとも、今の今まで知らなかった。
その配信会社に会員登録し、課金し、そのドラマを初めて見返していた。
自分の出番でさえ記憶が曖昧なのだ。一視聴者として、ジユルはドラマにのめり込んだ。そして・・・自分の役に気持ちを投影する余り、演技云々では無く、まるでドラマの中に自分が立っているような錯覚まで覚えていた。実際、その役で出演しているのだから当然なのだが、時間が経っている事と敢えて思い出しもしなかった事で、ドラマには没頭しつつ、一方で一人の登場人物としての俳優イ・ジンを見詰める事が出来た。
「意外に・・・いい顔するものだなあ・・・」
まるで他人事のように自分の配役を見ていると、少しではあったが、7年前に俳優を辞めるのを引き留められた理由も分ったような気がした。
しかし如何せん自分の事である。自画自賛なだけかもしれない。
ジユルはとうとう我慢がならなくなった。
ドラマを最終話まで観て、翌日の朝の挨拶メッセージで「ハソプさん、今日、時間取れますか?」と送っていた。
出勤するのに玄関を出た所で、ハソプから電話が掛かってきた。
「おはよう。会社?」
「おはようございます。今、家を出たところです。歩きながらですが、いいですか?」
「ううん、危ないなあ。心配だから会社に着いたら電話じゃダメ?」
「はい。じゃあ、そうします。」
電話を切って、徒歩10分の距離をジユルは駆け出していた。日頃の運動不足かすぐに息が上がったけれど、始業30分前には会社の席に着席するような毎日だったから、ハソプと話す余裕はある。だが、心が逸っていた。一刻も早く、イ・ジンの事で話がしたかった。
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だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。