僕の半分ーDye it, mix it, what color will it be?ー

neko-aroma(ねこ)

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僕の半分<sound of WAVES>

僕の半分<sound of WAVES> 1





オーディション当日、ジユルは指定時間通りに会場に到着していた。
トイレの心配があるからと水分は口を潤す程度にしていたのに、反してトイレが異様に近い。緊張しているせいだろう。糖分を入れて気持ちを落ち着かせて・・・と飴を舐めてみても、焼け石に水だった。
2時間程待たされ漸く番号を呼ばれて会場のドアを開けると、ずらりと並ぶ審査員の中にハソプを見付けた。リラックス出来たかと思いきやそれも一瞬で、心臓の高鳴りが煩い程に耳元で響いていた。
「お名前からどうぞ。」
「こんにちは。85番、〇〇事務所所属、アン・ジユルです。よろしくお願いします。」
挨拶で声が裏返ったが、慌てることなくジユルはにっこりと笑顔を浮かべてみせた。
「台本をお渡しします。1分以内にセリフを覚えて、こちらが用意した相手役の俳優と絡んでみて下さい。演技の後、こちらから幾つか質問があれば答えて頂きます。」
「よろしくお願いします。」
渡された台本のシーンは、ジユルが狙う”通訳の人”のセリフだ。相手は無能上司。何故こんな事も分からないのか、現状を見て欲しい、と訴えるシーンである。
ジユルが演じやすいようにと、ハソプがこのシーンをテスト用脚本に当てた事をジユルは知らない。
ジユルはいつもとは違い、簡単に想像が適った。元の職場でのワンシーンと同じだ。同僚の、熱血社員のジスさんを写せばいい。ジユルは自分でも驚く程に、伸び伸びと演技をしていた。
「はい、ありがとうございました。質問がある方は・・・どうぞ?」
幾つか挙手があり、まずは制作大元の配給会社から、次は監督、次はハソプの会社、と幾つも質問が飛んだがジユルは全て落ち着いて笑顔で答えた。
「君、演技経験、あるんだよね?僕も見覚えがあるんだけど、子役じゃなかった?」
「はい。仰る通りです。子役経験があります。」
「どうして続けなかったの?」
「役の中で別の人生を生きられる喜びが、幼くてまだよく分かりませんでした。社会人になって、それがどんなに素晴らしい事だったか、漸く分かりました。僕の、二度目の人生を預けたかったんです。」
「君の得意な演技は、なに?」
「写し、です。僕の考えでは無くて、監督さんや演技指導の方に写して頂けるのなら、その通り演じる事が出来ると思います。」
「ふうん、面白い。じゃあね、ちょっと見せて貰える?君、別の台本を渡して?アン・ジユルさん、これを一読して下さい。」
机上から垂れ下がる紙に「監督」とある席に座る男性から、新たな指示が追加された。
「読んだね?役はさっきと同じ役。僕が今君に演技を”写す”から、その通りに演じてみてくれるかい?」
「はい、ありがとうございます。」
監督はセリフの声色、表情、感情、受ける相手の心境などをジユルに指導した。
「では、始めて。」
ジユルは、ほぼ100%監督の指示通りに演技する事が適った。
「ストーリーも分からない、相手も誰だか分からない、演じている自分も分からないのに、これだけ写せるものなのか。良かったよ、お疲れ様でした。」
監督は数回拍手して見せたので、ジユルは深く一礼した。
「結果は数日後に事務所にお知らせが行きます。」
「お時間頂きまして、ありがとうございました。」
ジユルは一瞬だけハソプを盗み見してから、会場を後にした。
ドアを閉めると同時に床に崩れ落ち、身体を支える腕の間にぽたぽたと汗粒が落ちていた。ポケットに振動が起きてスマホを取り出すと、審査中にも関わらずハソプからのメッセージが届いて居た。
親指を立てるGoodの絵文字が一つだけ。
ジユルは笑って、初めて全ての緊張が緩み、喉が渇いていたのと空腹だったのを思い出した。
雇ってくれた事務所に報告を入れ、バーガーショップでいつもは食べきれないセットメニューを平らげ、ハソプの部屋へと帰宅した。
その夜、ハソプの顔を見た途端、会場での興奮状態が蘇ってしまい、ジユルはなかなかハソプを離さなかった。



「ジユル君、明日だよ。明日、各事務所に通達が行く。」
オーディション後、ジユルは毎日のようにハソプの家に入り浸っていた。着替えを取りにと忘れていたゴミ出しをする為に、自室に一度戻ったきりだ。
ハソプが帰宅する度に、灯りが点いた温かい部屋に帰る喜びは計り知れない。例え、疲れているのに食事の支度をしなければならなくても、だ。
「そうですか・・・もし落選したら、僕の貯金を食いつぶす前に、何か小さな役でも頂けるように、稽古に励まなければなりませんね。」
「君、毎日事務所に行ってるんだって?」
「はい。僕なんかを雇って頂いたので、稽古が無くてもご挨拶位は・・・」
「すっごい、社会人っぽい。会社勤めしてた甲斐があるね。ずっとフリーターだと、そういうの気付かないから。小さな事の積み重ねで、信頼感って大きな貯金になるものだからね。」
「はい・・・ありがとうございます・・・」
「なに、緊張してきちゃった?」
「ハソプさんは審査員もなさっていたんだから、当然、結果はご存じなんですよね?」
「まあ、うん、でも、企画した大手配給会社が土壇場でひっくり返す事も少なくないからね。知ってて知らない、って感じかな。」
「左様でございますか・・・」
「どうしたの?しっかりして!」
「あーーーやっぱり自分の部屋に戻ろうかなあ。眠れる気がしないので、一晩中裁縫でもしていようかなあ。」
「じゃあ、しっかり眠れるようにしてあげるよ?」
「催眠術か何かですか?」
「ベッドに行く前に、ホットミルクにハチミツとブランデー入れたのを飲んで、更に俺が温めてあげる。」
「明日、平日なのに・・・」
「君はもう、週休二日じゃないだろ?」
「んふふ。準備して来ます。」
ジユルは軽い足取りでバスルームへ消えて行った。
若いせいなのか、見た目とは裏腹にジユルはセックスが好きだ。
受け身だから、身体の負担を考えたらそうそうしたいとも思えないのだが・・・と、ハソプはいつも思う。以前の相手との”痛い、苦しい”だけの営みでは無いからだろうか、昔の反動もあるのかな?などと様々に考えるのだが、ジユルの白い肌が目の前で露わになると、どうでも良くなってしまうのも毎回お決まりのパターンだった。


翌日、通達の予定時刻に、ジユルは所属事務所の応接室に社長と二人で”その時”を待っていた。
「君がもし決まったなら、うちの事務所開設以来の大快挙だ。ギャラも米国会社のアレは凄いらしいしな。」
「捕らぬ狸の皮算用にならないといいですね。」
「なんだ?浮かない顔をして。ダメだったらすぐに別の仕事入れるから、心配するなって。」
「はい・・・」
「もし、君に決まったら何か要望はあるかい?」
「演技が分かるマネージャーさんを付けて頂きたいです。”写し”が出来る位に分かる方を。」
「よし。それは約束する。しかし遅いなあ・・・」
それから5分位経っただろうか。テーブルに置いた社長のスマホが、バイブ振動に動き出していた。
「きたきた。当落無関係に通知だけは来るって書いてあったからな。どれどれ、メール開封するぞ?」
「・・・はい。」
社長がスマホを操作した後、突然ソファーから立ち上がり事務室にすっ飛んで行った。
「当落は・・・?」
すぐに事務室から歓声やら悲鳴やら叫びやらが上がり、ジユルは応接室のドアから顔だけ出して事務室を見た。
ジユルに気付いた大柄な女子スタッフの一人が事務室を飛び出し、ジユルを抱き上げてくるくると回った。
「あ・・・え・・・?」
「おめでとうございます!明日からクランクインですよ!!」
「え?本当に?なんで社長は僕に知らせず・・・」
「ああ、そうですよね。失礼ですよね。でも、おめでとうございます!」
又してもくるくると回されている間に、ぞろぞろとスタッフたちが応接室に雪崩れ込んで来た。
口々に拍手をしながらおめでとうと叫び、中には泣き出すスタッフも居た。
「ジユル君、おめでとう。」
抱き上げていた女子スタッフから漸く下ろされたジユルは、今度は社長に抱き上げられていた。社長の身長は先程の女子より低く、ジユルと同等位だ。妙な感じになった。
「恥ずかしいので、もう、降りたいです。」
ジユルの顔は真っ赤だった。何処からか「かわいい」と声が上がり、尚更顔が赤さを増した。
「ジユル君、おめでとう。明日から君に優秀なマネージャーを付けるからね。演技を理解している”写し”が出来る人。」
「はい、ありがとうございます。そんなに優秀なら、先輩俳優さんから奪う形になってしまうのでは?」
「大丈夫。心配しないで。約束は果たすから。」
「何故、真っ先に僕に合格を知らせて下さらなかったんですか?」
「これはね、大快挙な事で、君が居なければ成し遂げられない事だったんだけど・・・ギャラがけた違いなのよ。となると、日々懸命に細々しい事で働いてくれているスタッフの皆さんのお給料に影響するわけ。」
「はい・・・」
「小さな事務所だけど、君はこの仕事でスタッフの皆さんの生活まで支えるんだ。凄い事だろ?」
「はい・・・よろしくお願いします。」
ジユルが頭を下げると、その場に居合わせた全員が深々とお辞儀を返した。
「我々も出来る精一杯でジユル君を援護しよう!」
「はい!」
「では、解散。持ち場に戻れ。ジユル君、明日提出する書類を今プリントして持ってくるからね。」
実感が沸かず他人事のようにぼんやりと社長を待っていると、スマホの通知ランプが光っているのに気付いて手に取った。
ハソプからのメッセージはホールケーキ、クラッカー、シャンパンの絵文字が三つ。
「これ、誕生日のお祝いメッセじゃない?」
ジユルは一人でくすくす笑った。
「そうだ、君、芸名はどうするの?本名そのまま?」
「あ!考えてもみませんでした。」
「ポスター撮影とかWebニュースとかで名前がばーんっと出るよ。何か考えてる芸名があるなら、出してみて。」
「う~ん。どうしましょうか。」
「君、子役時代の芸名は?」
「あれは使いません。どうせ僕が子役上がりだってすぐに知れ渡るでしょうけど、別名にしたいです。」
「そうか。明日、この書類を持って集合しなきゃだからなあ。」
「マネージャーさんも一緒に来て下さるんですか?」
「当然だよ。君を演技に集中させるべく、雑用、送迎、スケジュール調整、なんでもするんだ。」
「その方にご挨拶したいです。今日は他の俳優さんに着いてらっしゃるんですか?不在でしょうか?」
「居るよ。」
「どちらにですか?」
「ここ。ここに。」
社長は自分を指差していた。
「えええ!?どうして社長さんが!?社長さんの業務はどうするんですか?」
「そんなの優秀なスタッフで何とでもなるよ。俺も久々の現場だから、腕が鳴る鳴る。」
「演技の”写し”の件は・・・」
「心配するなって。君、ハソプから何も聞いてないんだね。」
「はい・・・コネで無理を押し付けてしまって・・・そこまで図々しく出来なくて・・・」
「俺はね、大学の先輩。あいつが2年生の時に兵役で休学して、それで演劇部辞めちゃったんだけど、俺が卒業するまでの一年間、ずっと脚本書いて貰ってたんだよ。あいつは部員じゃないのに。それを俺は演じながら劇を作ったんだ。俺は卒業してから演じる方じゃなくて裏方に回って今なんだけど、舞台監督の経験もあるし、”写し”は得意な方だと思うよ?」
「そうだったんですね・・・全部、見極めて選んでくれてたんだ・・・」
「君はハソプとはどんな関係なの?年も離れているし、学校も違うだろ?履歴書見たら、芸大だもんな。」
「はい・・・何と言ってご説明したら良いのか・・・偶然出会って、それ以降弟みたいに可愛がって頂いています。」
「そうか、友達なんだ。君をうちの事務所に・・・って売り文句がかなり、何というか、鼻息荒かったから。」
そう言って社長は笑っていた。
本当に有言実行で、ハソプはあらゆる面をサポートしてくれていたのだと知り、ジユルは涙ぐんでしまった。
「あれ?どうしたの?今頃、時間差で嬉し涙?」
「あ、はい。そうです。ごめんなさい。」
「じゃあさ、芸名と、君のキャラクター設定を決めよう。これからインタビュー受けたりグラビア撮ったり、君個人の露出も増えていくからね。こういう人、こういう俳優ってこっちから先に作っておいた方が、ターゲット層も決めやすいし。25才だから、ギリ、アイドル路線でもいけるかなあ~」
期待の新人を作り上げていく作業に、社長の心が浮きだっているのが一目瞭然だった。応接室の机に大きな紙を広げて、ジユルの芸名からキャラクター設定まで思いつく限りの事を書き込んでいた。
「君、今まで付き合ってた人は?酷い別れ方してない?有名になると、すぐにネットの噂話掲示板に色んな事書き込まれるよ?そこら辺、把握しとかないとさ。うちも対応するのに何かとね。勿論、君を守る為の事務所でもあるわけだから。そこは正直に言って?」
「はい。大学生の時に初めて女の子と・・・でも、いざそうなると僕がダメで・・・三か月位でお別れしました。きちんと謝って、向こうも同意してくれました。その後は・・・何もありません。」
「って事は、君、童貞なの?」
「はい。」
「じゃあ、そういうキャラ設定にしようか。」
「はい?」
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