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僕の半分<sound of WAVES>
僕の半分<sound of WAVES> 5
「では、期待の新星ファン・ジユル君、自己紹介の次はアピールポイントをどうぞ?」
「最近僕をご覧になられた方は、広報写真の一枚だけだと思いますので、その時と同じ服装で参りました。思い出して頂けましたか?僕は25歳で、最近までサラリーマンでした。大変充実していました。」
「ジユル君とちゃんとお話しするのが、実は今日初めてなんです。ジユル君、うちの会社に来てすぐに忙しくなっちゃったから。ね?」
「はい。美味しいチキンを持ってご挨拶に伺う所を、大変失礼致しました。申し訳ございません。」
「ふふっ。ジユル君のこの話し方、キャラ作ってるのかなあ?って皆さん、思うでしょう?誰にでもこんな感じなんですよ。お若いのに珍しい。」
「あれっ?ビョル先輩は僕より・・・ヌナ(姉)なんですか?」
「やだっ!真面目な顔してふざけたお世辞してますよ?誰がどうみても・・・むしろ、オモニ(母)でしょうよ?」
スタッフの笑い声が響いて、ジユルはビョルと顔を見合わせて笑っていた。
「折角来て頂いたからね、コメントとか見てみましょうか。あらっ!チャットログ流れるスピード早すぎて、読めないんですけど!大人気なんじゃない?」
「えへへ、多くの関心をありがとうございます。」
「あ!これ、拾いますね。ジユル君て名前じゃなかったけど、見覚えがありますよ。ドラマに出てましたよね?ですって。どうですか?」
「はい、少しの間子役で出てた事もあります。覚えていて下さってありがとうございます。」
「子役期間が終わってからどうしていましたか?」
「はい。美術系の大学に通って、途中、兵役で社会服務要員で休学して、卒業して会社に入って・・・今です。ご縁があって、社長に拾って頂きました。」
「じゃあ、演技は久しぶりなんだ?私は次の作品までのインターバルが長すぎると、演技自体あれ?なんだっけ?どうやってやるんだっけ?ってなっちゃうんだけど、ジユル君はどうでしたか?」
「はい。ビョル先輩と、同様でした。でも、社長さんの演技指導が物凄く素晴らしくて・・・どんくさい僕にも根気よく指導して下さって、何とか形になっています。」
「そうなんですよ~皆さん、うちの社長を検索してみて下さいね~舞台ファンの方なら意外にご存じの名前ですよ。次はどのコメントにしようかな・・・あ、これは?どうしますか?答えづらいかな?スルーします?」
勿体付けたかのようなビョルの言い方に、視聴数がぐっと上がった。ビョルがわざとらしくマイクに手を被せて、ジユルに耳打ちの仕草をカメラに見せ付けた。
「時間、たっぷり使ってくれていいですからね。頑張って。」
ジユルは何度も頷いて、耳打ちを返した。
「ありがとうございます。ここの数を見ながら抑揚付けたらいいんですね?」
「そうよ、教えた通り。やってごらんなさい。側でヘルプしてあげるから。」
「心強いです。」
ビョルがマイクから手を離した。
「質問コメントにジユル君が答えるそうです。どうぞ。」
「えっと・・・お受けするご質問なんですが・・・少々お待ち下さい。」
ジユルは服のポケットからスマホを取り出して画面操作を始めた。視聴数は増え続け、コメント欄のスピードが増した。
「カメラはこっちでいいですか?」
ジユルが向けたスマホ画面には、例の掲示板のスクショ画面が表示されていた。その間も天井知らずで閲覧数が伸びている。
「この画面の写真は、顔が半分隠れていますが僕です。そして撮られた記憶が全くありません。」
コメント欄の流れが早すぎてとても目で追えるものでは無かったが、偶然目に留まったものに「しらばっくれるのか?」と文字が見えた。
「でも、写真の持ち主は・・・多分、僕がよく知っている人です。このお話をする前に、一言申し上げたいのですが。」
ジユルはビョルに顔を向け、頷くのを見届けてから胸に片手を当てた。
「僕の事を、あの広報の写真一枚でしかご存じない大勢の方々が、まだ先が見えない僕の事を沢山励まして下さいました。」
「もしかして、掲示板を読んだの?」
「はい。全部閲覧しました。中には、こんなプライベートな写真を撮らせる僕へのお叱りも勿論沢山ありました。僕が知らない間に撮られたものではありますが、お言葉の通りですので真摯に受け止め以後注意致します。ご不快な思いをさせてしまって、申し訳ございませんでした。それと、書き込みの中でのそのお叱りに対して、沢山の方が僕を庇って下さいました。何の実績も無くて、今からでしか無い僕を、まだ作品で正式に出会えていない皆さんがこんなに温かく受け入れて下さるとは思ってもみなくて・・・凄く嬉しかったんです。ありがとうございました。」
ジユルは座ったままで深く頭を下げ、暫くそれは続いた。その間に流れるコメントが「謝るな!」「そんなに頭下げなくていい!」「頭を下げ続けるのは韓国人じゃないぞ!」など、ジユルを激励するもので埋め尽くされていた。
漸く頭を上げたジユルは短い溜息の後、にっこりと笑ってカメラを見据えた。
「あの写真の説明になりますが・・・僕が大学生の頃、当時仲良くして下さった学友の男性の方が、よく部屋に遊びに来てくれました。僕は暑がりで、シャワーの後そのまま眠ってしまう事もよくあって・・・ふざけて撮られたんだと思います。でも、貼られた写真を見て・・・」
そこでジユルは言葉に詰まったような顔付を浮かべ、少しだけカメラから顔を背けた。心配そうに覗き込むビョルに頷き、再びカメラに向けた顔には薄っすらと涙の膜が張っているのが見えた。
「何の面白みも無い僕を、こんなに綺麗に撮ってくれて、今まで持っていてくれた事に・・・感謝したいです。そこにあったキャンプションに”いつ見ても”ってあったので、いつも見られてたのかぁ~と恥ずかしかったです。気が回らなくて、ごめんなさい。人前でだらしない格好をするのを、もう止めたいと思います。」
そう言って笑った拍子に、涙が一筋頬に流れた。それを無言でビョルが指で拭ってやり、ジユルは大人しくそれを受けていた。
「大学生の頃の思い出は、僕にはとても大切なもので・・・本当はしまっておきたいものです。でも僕が察しが悪くて、気が回らなくて、誰かを不快にさせてばかりいた結果、こういう形で皆さんにお披露目になっちゃいました。皆さんがこんな僕を受け入れて下さって、許して下さるのなら・・・この大切な僕の思い出を、気に掛けて下さった皆さんと一緒に、もう一度仕舞い直して頂け無いでしょうか。大切だから、鍵を掛けてしまっておきたいんです。」
もう片方の目からもすっと涙が流れ落ちて、ビョルはジユルの肩を抱きしめるようにして背を叩いた。
「あはっ、すみません。ビョル先輩にまでご心配お掛けしてしまって・・・きっと、こういうのがダメな所なんですね、僕。ご迷惑を・・・」
「そんな事無いよ!ジユル君、君を応援してくれるみんなには、いい仕事をするしか恩返しの方法が無いからね。頑張ろう?」
「はい。ありがとうございます。頑張って一杯良い仕事をして、皆さんと、ビョル先輩と、社長に恩返しします。」
「そうね。今、撮影で多忙なんですものね。リリースが決まったらまた報告に来て貰いましょう。」
「よろしくお願いします。大勢の皆さん、お時間頂きましてありがとうございました。」
ジユルは立ち上がって深く頭を下げた。
「で、個人的な挨拶はいつ来てくれるの?」
「はい、近いうちに、チキン一羽で良かったですか?もっと?」
「君ね、私を大食いジャンルだと思ってない?2羽でも余裕でイケるけどさ。じゃあお仕事に戻ってね。今日のゲストはうちの会社の期待の新星、ファン・ジユル君でした!」
ビョルが立ち上がって拍手をした事で、ジユルの出番は終了となった。
カメラが切れると、切り出し映像がネットに溢れた。中にはヘイトに塗れたものもあったが、それらは閲覧数が伸びずにすぐに埋もれていった。
ジユルが自ら疑惑の写真を認めた潔さと、多くは語らずとも涙の意味する想い、自分以外の誰をも責めない姿勢が大勢の視聴者から好感を得た。
ただ、涙の憶測は様々な解釈の論議の的になった。
ジユルの発言で撮影者が男性だと判明したことで、性癖への疑惑や異性との色恋沙汰ではないからと新たな女性ファン増加やら、混沌としていた。
Webに蔓延する取材をしない2次ニュース(通称:アームチェア・ジャーナリズム)も、翌日まではジユルの記事が多く上がった。
だが、人の興味は移ろいやすい。すぐにまた別の刺激的なニュースの話題に切り替わっていった。
番組出演を終えると、ビョルがジユルに駆け寄って強く抱き締めていた。
「新人君なのに、落ち着いていて上出来よ。君の素直なコメントに、きっと、世間が味方になってくれる。」
「駆け出しの僕に貴重な場をありがとうございました。感謝します。」
「本気でチキン持ってきなさいよ?」
「はい。」
ビョルに頭をぐしゃぐしゃに撫でられて、ジユルは笑顔を浮かべ丁寧に挨拶をしてスタジオを出た。
廊下に待っていた社長とハソプの姿を目にした途端、一気に緊張が解けて脱力し床に崩れ落ちそうになった。それをハソプが片手で抱き留めて、そのまま自分の懐に抱き入れた。
「おい、そこはそっちじゃなくて、俺にだろ?」
社長はそっとジユルを抱き寄せて、奪われたハソプに咬み付くような顔をしてみせた。
「・・・ありがとうございました。しっかり、仕事でお返ししていきます。」
「よし。後は俺に任せろ。君は現場で一杯稼いでくれ。今日はこれで上がりだな?じゃあ、お前、帰る方角が一緒ならついでに乗せて行ってやれよ。」
社長はジユルの身をハソプに押し返すと、電話をしながら去って行った。
「俺も今日はこのまま上がるから、帰ろうか。寝不足だしな。」
「・・・はい。」
帰り道もジユルはずっと寡黙なままで、車窓から流れる景色をぼんやりと見詰めているだけだった。
そこにさっき別れたばかりの社長から電話があり、ジユルはスピーカーに切り替えてハソプにも聞かせた。
「例の掲示板から、最初の書き込みが消されて、その後も所々消されてるコメントがあったらしいから、多分、本人がさっきの生放送見てたんだろう。このまま大人しく引き下がってくれたらいいんだけどな。」
「沢山ご迷惑お掛けしました。」
「うん、貰い事故みたいなもんだし、後はその・・・ハソプとのこと、気を付けろよ?」
「先輩、そこは大丈夫。外でヤったりしないから。」
「ばっ、バカか。デスパッチにやられる前に俺が警察に通報してやる!ジユル君、今回の件で君はグレーゾーンになっちゃったけど、明日からも童貞キャラ継続で行くからな。徹底してそう務めろよ?」
「はい。分かりました。ありがとうございました。」
「うん、ゆっくり寝ろよ。明日迎えに行くから。ハソプ、うちのタレント、ちゃんと寝かせろよ!」
「はーい。先輩もお疲れ様でしたー」
電話が切れて、二人は軽く微笑み合うだけでその後も無言のままだった。
ジユルの部屋に入り玄関先でハソプが抱き締めたが、ジユルは掌で顔を押し退けそのままバスルームに駆け込んで行ってしまった。すぐに響く嘔吐の呻きに、ハソプは慌ててドアを開けた。
「どうした?平気?」
「・・・平気じゃな・・・うえっ・・・・出て・・・あっち行っ・・・・」
便器に顔を突っ込む勢いで嘔吐しているジユルの片腕が何度も外を指差しているので、ハソプは仕方なくバスルームを出た。
一気に緊張が解けて気が緩み、具合が悪くなったのだろう。もしかしたら朝から不調だったのかもしれない。
ただ待つのも辛かったので、ハソプは一旦自室に戻って冷蔵庫の食材を手にジユルの部屋に戻って来た。お粥でも作ってあげようと思い付いたのだ。まだ嘔吐の音が聞こえていた。キッチンで作業をしている間に、今度はシャワーの音が聞こえて来たのですぐに食べられる支度にとりかかった。
ガチャッと音がして、ハソプはバスルームの前に駆け寄った。頭から滴をぽたぽた落としたままのジユルは、腰にバスタオルを一枚巻いただけの姿で立ち尽くしていた。
「髪、乾かしてあげるよ。こっちにおいで。」
ジユルは無言で大人しくされるがままだった。ハソプからは何も聞き出さない。口に出来る程楽になってから、どんな話でも聞いてあげようと決めていた。
「お粥、作ったんだ。今日、君は食事をしていないだろう?だから余計に気持ち悪くなっちゃったのかもね。」
「・・・はい。」
ハソプがよそったお玉一杯分の粥をやっとの思いで飲み込んでいるのが、見て取れた。煩く勧めず、ジユルの好きにさせた。時間が早かったが、昨夜殆ど眠っていないので、二人は明日の準備を整えてベッドに横たわった。
ジユルはハソプの胸にぐりぐりと頭を擦り付けて、長い腕が自分を包んでくれるのを待っていた。
「今日は、ありがとうございました。僕にはハソプさんが居てくれるんだって、今までで一番強く思いました。さっきは・・・ごめんなさい。」
「いいよ、そんなこと。俺だって吐いてる姿なんか見られたくないもん。君は・・・よくやったね。見えないファンに向かって、先輩って人に向かって、凄く誠意に溢れてたと思うよ?こんな子が俺のステディだと思えばさ・・・世界中に自慢したいのを堪えるのに必死だったよ。ね?」
ハソプの胸に埋めたままのジユルの顔を掌でそっと上げて、目を合わせた。
「さっき・・・シャワーの時に泣きました。一気に色んな記憶や感情が出てきて、受け止めきれなくて・・・普段、こんなに想像力働かないのに、こんな時だけ、何だか分かっちゃったんです。」
「最近僕をご覧になられた方は、広報写真の一枚だけだと思いますので、その時と同じ服装で参りました。思い出して頂けましたか?僕は25歳で、最近までサラリーマンでした。大変充実していました。」
「ジユル君とちゃんとお話しするのが、実は今日初めてなんです。ジユル君、うちの会社に来てすぐに忙しくなっちゃったから。ね?」
「はい。美味しいチキンを持ってご挨拶に伺う所を、大変失礼致しました。申し訳ございません。」
「ふふっ。ジユル君のこの話し方、キャラ作ってるのかなあ?って皆さん、思うでしょう?誰にでもこんな感じなんですよ。お若いのに珍しい。」
「あれっ?ビョル先輩は僕より・・・ヌナ(姉)なんですか?」
「やだっ!真面目な顔してふざけたお世辞してますよ?誰がどうみても・・・むしろ、オモニ(母)でしょうよ?」
スタッフの笑い声が響いて、ジユルはビョルと顔を見合わせて笑っていた。
「折角来て頂いたからね、コメントとか見てみましょうか。あらっ!チャットログ流れるスピード早すぎて、読めないんですけど!大人気なんじゃない?」
「えへへ、多くの関心をありがとうございます。」
「あ!これ、拾いますね。ジユル君て名前じゃなかったけど、見覚えがありますよ。ドラマに出てましたよね?ですって。どうですか?」
「はい、少しの間子役で出てた事もあります。覚えていて下さってありがとうございます。」
「子役期間が終わってからどうしていましたか?」
「はい。美術系の大学に通って、途中、兵役で社会服務要員で休学して、卒業して会社に入って・・・今です。ご縁があって、社長に拾って頂きました。」
「じゃあ、演技は久しぶりなんだ?私は次の作品までのインターバルが長すぎると、演技自体あれ?なんだっけ?どうやってやるんだっけ?ってなっちゃうんだけど、ジユル君はどうでしたか?」
「はい。ビョル先輩と、同様でした。でも、社長さんの演技指導が物凄く素晴らしくて・・・どんくさい僕にも根気よく指導して下さって、何とか形になっています。」
「そうなんですよ~皆さん、うちの社長を検索してみて下さいね~舞台ファンの方なら意外にご存じの名前ですよ。次はどのコメントにしようかな・・・あ、これは?どうしますか?答えづらいかな?スルーします?」
勿体付けたかのようなビョルの言い方に、視聴数がぐっと上がった。ビョルがわざとらしくマイクに手を被せて、ジユルに耳打ちの仕草をカメラに見せ付けた。
「時間、たっぷり使ってくれていいですからね。頑張って。」
ジユルは何度も頷いて、耳打ちを返した。
「ありがとうございます。ここの数を見ながら抑揚付けたらいいんですね?」
「そうよ、教えた通り。やってごらんなさい。側でヘルプしてあげるから。」
「心強いです。」
ビョルがマイクから手を離した。
「質問コメントにジユル君が答えるそうです。どうぞ。」
「えっと・・・お受けするご質問なんですが・・・少々お待ち下さい。」
ジユルは服のポケットからスマホを取り出して画面操作を始めた。視聴数は増え続け、コメント欄のスピードが増した。
「カメラはこっちでいいですか?」
ジユルが向けたスマホ画面には、例の掲示板のスクショ画面が表示されていた。その間も天井知らずで閲覧数が伸びている。
「この画面の写真は、顔が半分隠れていますが僕です。そして撮られた記憶が全くありません。」
コメント欄の流れが早すぎてとても目で追えるものでは無かったが、偶然目に留まったものに「しらばっくれるのか?」と文字が見えた。
「でも、写真の持ち主は・・・多分、僕がよく知っている人です。このお話をする前に、一言申し上げたいのですが。」
ジユルはビョルに顔を向け、頷くのを見届けてから胸に片手を当てた。
「僕の事を、あの広報の写真一枚でしかご存じない大勢の方々が、まだ先が見えない僕の事を沢山励まして下さいました。」
「もしかして、掲示板を読んだの?」
「はい。全部閲覧しました。中には、こんなプライベートな写真を撮らせる僕へのお叱りも勿論沢山ありました。僕が知らない間に撮られたものではありますが、お言葉の通りですので真摯に受け止め以後注意致します。ご不快な思いをさせてしまって、申し訳ございませんでした。それと、書き込みの中でのそのお叱りに対して、沢山の方が僕を庇って下さいました。何の実績も無くて、今からでしか無い僕を、まだ作品で正式に出会えていない皆さんがこんなに温かく受け入れて下さるとは思ってもみなくて・・・凄く嬉しかったんです。ありがとうございました。」
ジユルは座ったままで深く頭を下げ、暫くそれは続いた。その間に流れるコメントが「謝るな!」「そんなに頭下げなくていい!」「頭を下げ続けるのは韓国人じゃないぞ!」など、ジユルを激励するもので埋め尽くされていた。
漸く頭を上げたジユルは短い溜息の後、にっこりと笑ってカメラを見据えた。
「あの写真の説明になりますが・・・僕が大学生の頃、当時仲良くして下さった学友の男性の方が、よく部屋に遊びに来てくれました。僕は暑がりで、シャワーの後そのまま眠ってしまう事もよくあって・・・ふざけて撮られたんだと思います。でも、貼られた写真を見て・・・」
そこでジユルは言葉に詰まったような顔付を浮かべ、少しだけカメラから顔を背けた。心配そうに覗き込むビョルに頷き、再びカメラに向けた顔には薄っすらと涙の膜が張っているのが見えた。
「何の面白みも無い僕を、こんなに綺麗に撮ってくれて、今まで持っていてくれた事に・・・感謝したいです。そこにあったキャンプションに”いつ見ても”ってあったので、いつも見られてたのかぁ~と恥ずかしかったです。気が回らなくて、ごめんなさい。人前でだらしない格好をするのを、もう止めたいと思います。」
そう言って笑った拍子に、涙が一筋頬に流れた。それを無言でビョルが指で拭ってやり、ジユルは大人しくそれを受けていた。
「大学生の頃の思い出は、僕にはとても大切なもので・・・本当はしまっておきたいものです。でも僕が察しが悪くて、気が回らなくて、誰かを不快にさせてばかりいた結果、こういう形で皆さんにお披露目になっちゃいました。皆さんがこんな僕を受け入れて下さって、許して下さるのなら・・・この大切な僕の思い出を、気に掛けて下さった皆さんと一緒に、もう一度仕舞い直して頂け無いでしょうか。大切だから、鍵を掛けてしまっておきたいんです。」
もう片方の目からもすっと涙が流れ落ちて、ビョルはジユルの肩を抱きしめるようにして背を叩いた。
「あはっ、すみません。ビョル先輩にまでご心配お掛けしてしまって・・・きっと、こういうのがダメな所なんですね、僕。ご迷惑を・・・」
「そんな事無いよ!ジユル君、君を応援してくれるみんなには、いい仕事をするしか恩返しの方法が無いからね。頑張ろう?」
「はい。ありがとうございます。頑張って一杯良い仕事をして、皆さんと、ビョル先輩と、社長に恩返しします。」
「そうね。今、撮影で多忙なんですものね。リリースが決まったらまた報告に来て貰いましょう。」
「よろしくお願いします。大勢の皆さん、お時間頂きましてありがとうございました。」
ジユルは立ち上がって深く頭を下げた。
「で、個人的な挨拶はいつ来てくれるの?」
「はい、近いうちに、チキン一羽で良かったですか?もっと?」
「君ね、私を大食いジャンルだと思ってない?2羽でも余裕でイケるけどさ。じゃあお仕事に戻ってね。今日のゲストはうちの会社の期待の新星、ファン・ジユル君でした!」
ビョルが立ち上がって拍手をした事で、ジユルの出番は終了となった。
カメラが切れると、切り出し映像がネットに溢れた。中にはヘイトに塗れたものもあったが、それらは閲覧数が伸びずにすぐに埋もれていった。
ジユルが自ら疑惑の写真を認めた潔さと、多くは語らずとも涙の意味する想い、自分以外の誰をも責めない姿勢が大勢の視聴者から好感を得た。
ただ、涙の憶測は様々な解釈の論議の的になった。
ジユルの発言で撮影者が男性だと判明したことで、性癖への疑惑や異性との色恋沙汰ではないからと新たな女性ファン増加やら、混沌としていた。
Webに蔓延する取材をしない2次ニュース(通称:アームチェア・ジャーナリズム)も、翌日まではジユルの記事が多く上がった。
だが、人の興味は移ろいやすい。すぐにまた別の刺激的なニュースの話題に切り替わっていった。
番組出演を終えると、ビョルがジユルに駆け寄って強く抱き締めていた。
「新人君なのに、落ち着いていて上出来よ。君の素直なコメントに、きっと、世間が味方になってくれる。」
「駆け出しの僕に貴重な場をありがとうございました。感謝します。」
「本気でチキン持ってきなさいよ?」
「はい。」
ビョルに頭をぐしゃぐしゃに撫でられて、ジユルは笑顔を浮かべ丁寧に挨拶をしてスタジオを出た。
廊下に待っていた社長とハソプの姿を目にした途端、一気に緊張が解けて脱力し床に崩れ落ちそうになった。それをハソプが片手で抱き留めて、そのまま自分の懐に抱き入れた。
「おい、そこはそっちじゃなくて、俺にだろ?」
社長はそっとジユルを抱き寄せて、奪われたハソプに咬み付くような顔をしてみせた。
「・・・ありがとうございました。しっかり、仕事でお返ししていきます。」
「よし。後は俺に任せろ。君は現場で一杯稼いでくれ。今日はこれで上がりだな?じゃあ、お前、帰る方角が一緒ならついでに乗せて行ってやれよ。」
社長はジユルの身をハソプに押し返すと、電話をしながら去って行った。
「俺も今日はこのまま上がるから、帰ろうか。寝不足だしな。」
「・・・はい。」
帰り道もジユルはずっと寡黙なままで、車窓から流れる景色をぼんやりと見詰めているだけだった。
そこにさっき別れたばかりの社長から電話があり、ジユルはスピーカーに切り替えてハソプにも聞かせた。
「例の掲示板から、最初の書き込みが消されて、その後も所々消されてるコメントがあったらしいから、多分、本人がさっきの生放送見てたんだろう。このまま大人しく引き下がってくれたらいいんだけどな。」
「沢山ご迷惑お掛けしました。」
「うん、貰い事故みたいなもんだし、後はその・・・ハソプとのこと、気を付けろよ?」
「先輩、そこは大丈夫。外でヤったりしないから。」
「ばっ、バカか。デスパッチにやられる前に俺が警察に通報してやる!ジユル君、今回の件で君はグレーゾーンになっちゃったけど、明日からも童貞キャラ継続で行くからな。徹底してそう務めろよ?」
「はい。分かりました。ありがとうございました。」
「うん、ゆっくり寝ろよ。明日迎えに行くから。ハソプ、うちのタレント、ちゃんと寝かせろよ!」
「はーい。先輩もお疲れ様でしたー」
電話が切れて、二人は軽く微笑み合うだけでその後も無言のままだった。
ジユルの部屋に入り玄関先でハソプが抱き締めたが、ジユルは掌で顔を押し退けそのままバスルームに駆け込んで行ってしまった。すぐに響く嘔吐の呻きに、ハソプは慌ててドアを開けた。
「どうした?平気?」
「・・・平気じゃな・・・うえっ・・・・出て・・・あっち行っ・・・・」
便器に顔を突っ込む勢いで嘔吐しているジユルの片腕が何度も外を指差しているので、ハソプは仕方なくバスルームを出た。
一気に緊張が解けて気が緩み、具合が悪くなったのだろう。もしかしたら朝から不調だったのかもしれない。
ただ待つのも辛かったので、ハソプは一旦自室に戻って冷蔵庫の食材を手にジユルの部屋に戻って来た。お粥でも作ってあげようと思い付いたのだ。まだ嘔吐の音が聞こえていた。キッチンで作業をしている間に、今度はシャワーの音が聞こえて来たのですぐに食べられる支度にとりかかった。
ガチャッと音がして、ハソプはバスルームの前に駆け寄った。頭から滴をぽたぽた落としたままのジユルは、腰にバスタオルを一枚巻いただけの姿で立ち尽くしていた。
「髪、乾かしてあげるよ。こっちにおいで。」
ジユルは無言で大人しくされるがままだった。ハソプからは何も聞き出さない。口に出来る程楽になってから、どんな話でも聞いてあげようと決めていた。
「お粥、作ったんだ。今日、君は食事をしていないだろう?だから余計に気持ち悪くなっちゃったのかもね。」
「・・・はい。」
ハソプがよそったお玉一杯分の粥をやっとの思いで飲み込んでいるのが、見て取れた。煩く勧めず、ジユルの好きにさせた。時間が早かったが、昨夜殆ど眠っていないので、二人は明日の準備を整えてベッドに横たわった。
ジユルはハソプの胸にぐりぐりと頭を擦り付けて、長い腕が自分を包んでくれるのを待っていた。
「今日は、ありがとうございました。僕にはハソプさんが居てくれるんだって、今までで一番強く思いました。さっきは・・・ごめんなさい。」
「いいよ、そんなこと。俺だって吐いてる姿なんか見られたくないもん。君は・・・よくやったね。見えないファンに向かって、先輩って人に向かって、凄く誠意に溢れてたと思うよ?こんな子が俺のステディだと思えばさ・・・世界中に自慢したいのを堪えるのに必死だったよ。ね?」
ハソプの胸に埋めたままのジユルの顔を掌でそっと上げて、目を合わせた。
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