Irregular

neko-aroma(ねこ)

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Irregular 13

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それからSは週末までN宅で過ごし、クラス変更になった陶芸教室の前日に自室に戻った。
窓を全開にし大掃除をして、わざと生鮮食品を置かない冷蔵庫の中身をチェックした。ドリンク類と非常用インスタントだけは補充が必要だ。
今まで深く考えた事が無かったが、退職してから当然のように週の半分以上N宅で過ごしている。
家賃の事も考えると、Nの提案に乗った方が経済的だ。今でも、N宅での飲食代や光熱費などは全てNが持っている。それを当然などと思ってはいないが、実質自分は無職なわけだから甘えてしまっているのだ。
では、同居・・・同棲になるのだろうか。その先は、何が待つのだろう。
結婚も出来ず子供も持てない自分たちは、幾ら自称した所で”家族”にはなれない。もし別れの時が訪れたなら、自分が同居宅を出て行けば綺麗に終わるものなのだろうか・・・
終わったその先は・・・?
Nは自分より3才年上だ。
三十路になれば、周囲から結婚話を持ち掛けられもするだろう。その時、どうするつもりなのか。
年齢だけ見れば、自分の三年後の姿がNと言う事になる。この甘やかで居心地の良い時を、あと少しもう少しと引き延ばした先に何があるのだろう。
『今の積み重ねが未来だから。』
Nの言葉が蘇ったが、何処を目指して毎日何を積み上げているのだろうか・・・
一人になった夜に、Sは初めて二人の先について頭を悩ませていた。
「出品用のデザイン描かないと・・・」
そこにスマホ通知のライトが点滅した。開けば、Kからのトークだ。
『明日、講義終わりにまた飲みに行きますか?』
先日の失態があったばかりだから、Sは敬遠したかった。だがこれと言った予定は無いし、この胸に渦巻く答えの無い悩みを吐き出したい思いもあった。
『元彼が調香師』
先日、Kはさらっと爆弾発言をしていた。と言う事は、ゲイという事なのだろうか。それとも、自分同様性の嗜好が不明だけれどもたまたま好きになった相手が同性という事だろうか。
Sは自分の悩みを聞いて貰う事よりも、Kそのものに興味が湧いて来ている事に気付いていない。関係に親密度が上がるとするならば、共通する切っ掛けは何事も”興味”が始まりだ。
「今の所予定はありませんが、当日にならないと分かりません。」
Sは知らずに、気を持たせるような返信をしていた。
『じゃあ、予約無しで目ぼしい店を幾つかピックアップしておきます。』
「先日のバルも楽しかったですが、もう少し静かな店だと喉が楽かもしれません。」
『了解。明日の教室でね。』
「はい。おやすみなさい。」
トークが終わってスケッチブックに鉛筆を走らせていると、今度はビデオコールの呼び出し音が鳴った。相手は勿論Nだ。
「どうしたの?」
『何してた?』
「デザインスケッチ。僕の腕で作れる範囲が狭いから、結構限られちゃって・・・Nさんはどうしたの?」
『・・・眠れないから。』
「ふふっ。じゃあ、繋いでおく?僕のスケッチ見てれば、つまらなくて眠気が来るかもよ?」
『つまんなくは無いけど、眠くはなるかも。』
「なんだよ、それ。」
デザイン画を描きながら、二人は他愛もない話を続けた。
「先生が気を使ってくれてね、僕でも出品出来る現代アート展示会を探してくれたんだ。新人部門で幾つか賞があるらしいんだ。無理だと思うけど、何か取れたらいいなあって。それのデザインなんだよ。」
『コンテストに出すって事は、Sはその道を目指すのか?』
「ううん。大学の時にやってみたかっただけ。それが終わったら、一旦終了。センス無いって分ったし。就活もそろそろ考え無きゃだしね。」
『やりたい仕事、見付かりそうか?』
「どうかなあ。僕の場合、やりたい、よりもやれるかどうか、かな。前の会社の辞め方がね・・・アレだから。」
『俺さ、Sの仕事の事でちょっと思い付いた事があるんだけど・・・出しゃばりかな。』
「そんな事無いよ。僕の狭い視野じゃ分からない事、Nさんは沢山知ってるし・・・最近の僕をよく見てくれているから・・・僕よりも僕の事に詳しいかもね?」
『そう言ってくれると安心だけど・・・こっちにいつ帰って来るんだ?』
”来るのか”では無く”帰って来るのか”という言葉遣いに、既にNの中では同棲が始まっていたんだな・・・と、何だか可愛らしく思えてSは口に拳を当てて声を殺して笑った。
『なんだ?何がおかしいんだ?』
「いいえ。おかしくありません。」
『・・・おまえが居ないと家が涼しい。』
「うん。明日は教室の後、また打ち合わせとかあるかもだから、明後日帰るね。」
『・・・分かった。』
「Nさん、これ。」
Sはインカメラを自分に向けて、手の上にキスをして息で飛ばす真似をしてみせた。
『おーーー!それ、見た事あるぞ!アイドルがよくやるやつだ!ファンサービスだ!』
「もうっ。はしゃぎすぎ。」
『もう一回、もう一回やってくれ!』
「お客様、お時間です。また応募して下さいね~おやすみなさい~~~」
Nが何か騒いでいたが、Sはオフを押した。
こんなにも穏やかな気持ちになるなんて・・・SはNの顔を思い浮かべながらスケッチに鉛筆を走らせた。





「うん、力の抜け具合が上手く出来るようになったね。」
「ありがとうございます。」
「始めたばっかりの人達は皆最初から手が込み過ぎなのをチョイスしがちなんだけど、基本はシンプルイズベスト。如何に土と話し合いが上手く行ってるかってのを見られるし、仕上がりに出ちゃうしね。」
「先生、詩人ですね。」
「お?褒められた?S君、もう少し高さを調節しようか。余り高いと、乾燥の段階でちょっと厳しいかな。」
「はい。」
「陶芸も、パティシエも、建築家もそういう傾向が強いんだけど・・・男性が何か作ろうとすると高さを求めがちになるんだよ。」
「高さ・・・プライドって事ですか?」
「それだけじゃないんだ。承認欲求だったり、マウントだったり・・・とにかく男性とはそういうサガ(性)なんだろうね。自分は一番高い所から全てを見下ろしたい願望。女性は違うよ。高さじゃなく、深さを求めるから。」
「お話が・・・深いですね。僕には理解は難しいや。」
「フォルムの美しさを考えて高さを求めたデザインにしたんだろうけど、そこにも君の男性としてのサガは含まれているというわけさ。」
「へえ~自分が男だから〇〇とか、考えた事が無かったです。」
「世の中はジェンダーレス化してはいるけど・・・身体に着いてるモノが違ううちはね・・・完全なジェンダーレスとはいかないよね。」
「なんだか、どんどん難しい話に・・・」
「ああ、ごめんごめん。じゃあ、もう一回作り直してしっぴきで切り離してみようか。」
「はい。」
その日は幾つか試作品を乾燥棚に置いて作業を切り上げた。
「どう?何か予定は入った?」
「いいえ。フリーです。」
「じゃあ、今からお店の予約を入れるね。静かな感じがいいんだよね?」
「はい。」
工房から徒歩10分位の場所に、その店があった。
路地裏の途中から民家がちらほらと見えてくるような場所に、竹林で覆われている一箇所があった。雑誌でよく見る”隠れ家的云々”そのものだった。
「こんなところに・・・先生はこの辺に詳しいんですね。」
「まあね、地元だから。」
「料亭・・・なんですか?僕、払えるかなあ~」
「ぷっ。普通の居酒屋。チェーン店と値段変わらないよ。今日は君の奢りだから、どんどん頼んじゃおうっと。」
「え・・・はい・・・どうぞ・・・」
「冗談だよ。休職中の人を困らせたりしないって。」
店に入ると着物姿のスタッフに案内されたが、長い廊下を歩いた先には掘りごたつ式の席がある個室だった。
「こんな感じ、初めてです。」
「今日は平日だから静かだけど、シーズンになるとね、それなりに騒がしいよ。」
店内には現代風アレンジの琴の曲が低く流れていた。

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