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Irregular 40
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Kが言うには、カメラマンとしての腕には自信が無い為幾つかカメラを設置し、Sの表情と全身を録画し続けるのだという。
後から見返して幾つか候補になるカットを切り出し、顔の表情やポージングの幾つかを粘土で試作品を作り、注文者とweb会議を繰り返してから最終的なデザインを決めるのだという。
「手間が掛かりますね。」
「そうだよ。それなりの値段だ。俺の技術料というよりは時給って感じかな。納期によって時給が上がるしね。」
「あの・・・こんな事は個人情報だから聞いちゃあいけないのかもしれませんが・・・どんなフィギュアを求めているんでしょうか?」
「う~ん。それ言ってしまったら、君が自然体じゃなくなってしまう気がするんだよね。」
「僕、モデルも俳優も無縁の人生ですよ?言われたからって表情を作り込める技量なんかあるわけないじゃないですか。」
「・・・この件は、俺を信じて何も考えずにモデルになってくれないかな。君の”素”の部分をどうしても引き出したいし、俺の手元には残らないけどこの世に作品としてもう一人の君を生もうとしているんだ。」
「僕なんて、そこらへんに居る一般人で顔も体もモブ並でしか無いのに。」
「君の言う通りだったら、俺はこんなに惹かれて無いよ。」
真顔でKに言われ、Sは驚いて唇を固く噛み顔を後ろに引いた。
「あっ・・・そういう意味じゃないよ。君にはれっきとした彼氏が居るんだもの。じゃ、話を続けるね。」
ビデオ録画を回しっぱなしにはするが、マイクオフのまま録画するのだと言う。撮影中の会話はあくまでモデルとしての表情を得る手段のひとつに過ぎず、作品が注文者の元へ渡ったら全てのデーターをSに返却または目前で消去する取り決めがあった。
「何を・・・僕に聞くんですか?」
Sは少しばかり恐怖感が湧いていた。しかし、高額な代金を支払う発注者や、Kの信用問題、何よりKに悪く思われたくない気持ちがSをそこに留まらせていた。Nという恋人が居ながら、言語化出来ないKへの想いがある。
「じゃ、始めようか。乗って来たら1~2時間作業を続けてしまうかもしれない。トイレは大丈夫?」
「あ・・・じゃあ、行って来ようかな。」
Sは再び洗面所の鏡に自分を映し出した。顔色が悪い。
「あれ・・・?」
正面から見えるか否かの微妙な場所が、小さく赤くなっていた。
「これって・・・キスマーク?」
首から肩に掛かる場所に手を当てたが、それでそれが消えるわけも無い。Kに知られてしまうのが嫌だった。それが何故だかは分からない。Sには恋人が居て、二人きりの営みがあると知られている筈なのに。
Sは顔を何度も冷水で洗って、口を漱いだ。
「じゃあ、筋肉がよく見えるように下着姿になってくれる?靴下も脱いで。」
Sは言われたままに従った。白いタンクトップとグレーのボクサーパンツ姿だ。
「ああ・・・君に美味しい物を沢山食べさせてあげたい。今日終わったら、ギャラとは別にステーキご馳走するからね?」
突然何を言われたのかSは小首を傾げたが、すぐに暗に『痩せすぎだ』と言われているのに気付いて赤面した。
「最初はね、そこの椅子に腰掛けて・・・」
Sの赤面には気付かぬ振りで、様々なポージング、様々な表情、何故か歌を歌わされたりもした。KはSに指示を与えながら時々雑談を挟み、その分量が指示を上回る頃にはSは場所を変えてベッドの上に居た。
朝方二人で眠ったベッドとは異なり、真っ白な大きなカバーが被せられていた。
「まずは自然に寝転んでみて?仰向けと横向きと君の好きに動いてね。俺に背を向けるのは無しだよ。」
Kはカメラの位置を確認しつつ、画角から自分が外れるギリギリのSの頭の位置から少し上の方で床に座り込んだ。
「ここからは・・・俺の質問に答えてね。わざと答えにくい事を聞くよ。どうしても嫌なら答えなくてもいい。でも、その時々の君の表情を撮りたいんだ。ここでの話は撮影が終わったら無かった事にする。一時でも、君のプライバシーを僕の仕事の道具にしちゃうわけだから。先に謝るね。ごめん、対価があるとは言え、君を利用しているんだ。」
「・・・」
「君、男性はNさんが初めてなの?」
「え・・・あ・・・はい。男性というか・・・ちゃんとした恋愛が・・・初めてです。」
「俺の目を見て話してね。その方が、君の表情が豊かになる筈だから。」
Sは小さく鼻先で溜息を吐き、仰向けをくるりと翻してうつ伏せになり頬付えをついた。
そこから暫くは、Nとの出逢いや馴れ初めや想いなどのQ&Aを比較的テンポよく会話した。
Kから見るSの表情は、幼く見えたが少年と言うよりは時折無垢な少女のようにも見えた。
『肌にキスマークを付けて来るような事をしてるってのに、無垢?』
Kは脳内で自問自答し、苦笑していた。
身を横たえているせいか、寝不足のSは暫くするとうつらうつらし始めた。
重くなる瞼を必死にこじ開けようと、強く瞬きをしたり目頭を掴んだりと抵抗を見せていたが、やがてKの問い掛けには寝息だけが答えていた。
KはSを起こそうと伸ばした手をSに触れる寸前で止めた。
設置したカメラの全てのスイッチをオフにしてから、起こさぬようにそっとSの間近に身を横たえた。
鼻先が触れる程の距離に顔を置き、まじまじと寝顔を見詰めてみた。
睫毛が思ったより長い。そのせいで普段アイラインを引いたように目が際立っているのだろう。
鼻は低からず高からず、鼻筋は通っているのに小鼻の先が丸いから愛らしい印象になるのか。
少し乾燥している唇は、眠る時は尖らせるのが癖なのか。作り笑顔をする時はかなり大きく感じる口元は、伸縮自在というところか。
この唇の・・・口腔は広いのか狭いのか。舌を潜らせてみればそれが分かるだろうが・・・
Sの先が尖った少し変わった形の耳に沿って人差し指をそっと辿ってみる。
「んっ。」と小さな声が出てこそばゆさに肩を竦め、今朝方のようにSからKの胸元に頭をぐりぐりと押し付けてきて、下敷きになっていない腕をKの背に回していた。
「Nさん・・・眠いよ・・・起きれない・・・・どうしよ・・・遅刻・・・・」
寝言まで甘く、仕草は今朝のリプレイだ。
Kは呆れたような溜息を吐き、掌でSの頬を抱いて上向かせた。
「起きろ。」
「ん~~~起こしてぇ~~~」
そう言いながら目を閉じたまま唇を突き出して来る。
KはSに鼻先をくっ付けると、唇が触れるギリギリのところで息を吹きかけた。
「キスで起こして欲しいの?」
目を閉じたままSはコクコクと頷いた。
「じゃあ、君からそうして?」
Sがどう出るのか期待でKの心臓は高鳴った。
「ねえ、起こして。」
SからKの頭に手が回され、唇が押し付けられた。
KはわざとSの成すがままになり、唇は半開きのままで薄笑いを浮かべていた。
「うう・・・ん」
唇が塞がれているせいで時折詰まる息遣いやねだるような甘い喘ぎがSの鼻先から漏れていて、Kは今すぐにでもベッドに押し倒したい衝動に駆られた。
だが”人の者には自分からは手を出さない”の不文律がある。
頑なに厳守したとして、一体何のための誰に対する禁忌だったか。
Sの舌は薄い。それがKの厚みのある舌に絡みつくように口腔を蠢いていた。
Kは自分からは舌を動かさず、Sの成すがままだった。
にじみ出て口腔を満たす唾液が甘く感じた。これも脳の誤作動で、相手に好意を持ち興奮状態に起きる錯覚だとKは知っている。
Kは眉間に皺を寄せては、目を固く閉じていた。
背筋に電流が走るような感覚が何度も置き、背を反らす度に密着する下半身が互いに熱を主張し合って、痛みを伴う程だ。
それでも・・・Kはまるでマネキンのように横たわったまま自らアクションを起こさなかった。
それにしても、甘い。
Sの唾液、舌先、唇、吐息、体臭、全てが甘い匂いを漂わせている。
Kは露店のクレープ屋の前を通り過ぎた時にいつも感じる感覚が蘇っていた。
今後、甘い菓子のような匂いは全て、Sとの記憶に直結するのだろう。
寝惚けている筈なのに、KをNと間違っている筈なのに、Sの舌先は執拗にKの反応を求めて舌先でKの舌の裏を擽っていた。
Kの頭を自分に押し付けるようにして抱いていたSの手は、長髪を束ねている事でむき出しになっているKのうなじへと滑り落ちた。
ぞくっと背筋に何かが這うような感触が走り、Kは背を反らせた事でますます下半身を押し付ける態勢になってしまった。
「これ以上は・・・耐え切れない。」
KはSを押し退けるのか抱き締めるのか、細い両天秤の支点の上で左右に揺れている錯覚を覚えた。
Nに対しての罪悪感や忖度などは皆無だ。
自戒を込めた鉄則は、二度と会う事も無いだろうかつての恋人を失った時からずっと厳守し続けている。その掟を破ったら、その後の自分が取る行動の予測がつかない。だからこそ、畏怖であり防波堤でもあるのだ。
無意識の筈が、Sの舌の熱さと蠢きがどんどん奔放さを増してきていた。
柔らかな舌先で固くて高い筈のKの壁を溶かし崩そうと翻弄しているかのようだ。
脳の誤作動か、現実がそうなのか、Sから感じ取る甘い匂いはもはや吐き気を催す直前までにKを追い詰めていた。
Kは耳元では無い何処か別のところから”プツン”と何かが切れる音を聞いた気がした。
耐えて耐えて、今まで無反応に徹していた舌で初めてSの舌を絡めとった。
ぴくりとSの全身が震えたのを合図かのようにして、重なった顔の角度を傾け鼻先がSの頬にめり込む程深く唇を合わせ直し、まさに”貪る”という言葉が似合わしくなる程にSの唇に食らいついていた。
「うう・・・ん」
その呻きに気付いてKが薄っすらと目を開けると、Sは息苦しさに眉を寄せてはいるものの薄笑みを浮かべているようにKには見えた。
漂うような色香とは、Sのこの顔を指すに相応しい。
苦悶と悦楽が混じり合う瞬間の表情など、直に目に触れる機会など一生のうち一度あるか無いかだろう。それ程妖艶な人物など、そうそう存在し得ない。
Kは全ての設置カメラの電源を落としていた事を悔やんだ。
接吻けひとつでこの変わりようだ。身体を繋げてしまったら、どれだけの表情をするのか想像すら難しい。
「はぁ・・・はぁ・・・Nさん、今日、激しっ・・・・」
接吻けの合間にSの掠れた声が、Kに冷水を浴びせるように忘我の境地から救い出してくれた。
後から見返して幾つか候補になるカットを切り出し、顔の表情やポージングの幾つかを粘土で試作品を作り、注文者とweb会議を繰り返してから最終的なデザインを決めるのだという。
「手間が掛かりますね。」
「そうだよ。それなりの値段だ。俺の技術料というよりは時給って感じかな。納期によって時給が上がるしね。」
「あの・・・こんな事は個人情報だから聞いちゃあいけないのかもしれませんが・・・どんなフィギュアを求めているんでしょうか?」
「う~ん。それ言ってしまったら、君が自然体じゃなくなってしまう気がするんだよね。」
「僕、モデルも俳優も無縁の人生ですよ?言われたからって表情を作り込める技量なんかあるわけないじゃないですか。」
「・・・この件は、俺を信じて何も考えずにモデルになってくれないかな。君の”素”の部分をどうしても引き出したいし、俺の手元には残らないけどこの世に作品としてもう一人の君を生もうとしているんだ。」
「僕なんて、そこらへんに居る一般人で顔も体もモブ並でしか無いのに。」
「君の言う通りだったら、俺はこんなに惹かれて無いよ。」
真顔でKに言われ、Sは驚いて唇を固く噛み顔を後ろに引いた。
「あっ・・・そういう意味じゃないよ。君にはれっきとした彼氏が居るんだもの。じゃ、話を続けるね。」
ビデオ録画を回しっぱなしにはするが、マイクオフのまま録画するのだと言う。撮影中の会話はあくまでモデルとしての表情を得る手段のひとつに過ぎず、作品が注文者の元へ渡ったら全てのデーターをSに返却または目前で消去する取り決めがあった。
「何を・・・僕に聞くんですか?」
Sは少しばかり恐怖感が湧いていた。しかし、高額な代金を支払う発注者や、Kの信用問題、何よりKに悪く思われたくない気持ちがSをそこに留まらせていた。Nという恋人が居ながら、言語化出来ないKへの想いがある。
「じゃ、始めようか。乗って来たら1~2時間作業を続けてしまうかもしれない。トイレは大丈夫?」
「あ・・・じゃあ、行って来ようかな。」
Sは再び洗面所の鏡に自分を映し出した。顔色が悪い。
「あれ・・・?」
正面から見えるか否かの微妙な場所が、小さく赤くなっていた。
「これって・・・キスマーク?」
首から肩に掛かる場所に手を当てたが、それでそれが消えるわけも無い。Kに知られてしまうのが嫌だった。それが何故だかは分からない。Sには恋人が居て、二人きりの営みがあると知られている筈なのに。
Sは顔を何度も冷水で洗って、口を漱いだ。
「じゃあ、筋肉がよく見えるように下着姿になってくれる?靴下も脱いで。」
Sは言われたままに従った。白いタンクトップとグレーのボクサーパンツ姿だ。
「ああ・・・君に美味しい物を沢山食べさせてあげたい。今日終わったら、ギャラとは別にステーキご馳走するからね?」
突然何を言われたのかSは小首を傾げたが、すぐに暗に『痩せすぎだ』と言われているのに気付いて赤面した。
「最初はね、そこの椅子に腰掛けて・・・」
Sの赤面には気付かぬ振りで、様々なポージング、様々な表情、何故か歌を歌わされたりもした。KはSに指示を与えながら時々雑談を挟み、その分量が指示を上回る頃にはSは場所を変えてベッドの上に居た。
朝方二人で眠ったベッドとは異なり、真っ白な大きなカバーが被せられていた。
「まずは自然に寝転んでみて?仰向けと横向きと君の好きに動いてね。俺に背を向けるのは無しだよ。」
Kはカメラの位置を確認しつつ、画角から自分が外れるギリギリのSの頭の位置から少し上の方で床に座り込んだ。
「ここからは・・・俺の質問に答えてね。わざと答えにくい事を聞くよ。どうしても嫌なら答えなくてもいい。でも、その時々の君の表情を撮りたいんだ。ここでの話は撮影が終わったら無かった事にする。一時でも、君のプライバシーを僕の仕事の道具にしちゃうわけだから。先に謝るね。ごめん、対価があるとは言え、君を利用しているんだ。」
「・・・」
「君、男性はNさんが初めてなの?」
「え・・・あ・・・はい。男性というか・・・ちゃんとした恋愛が・・・初めてです。」
「俺の目を見て話してね。その方が、君の表情が豊かになる筈だから。」
Sは小さく鼻先で溜息を吐き、仰向けをくるりと翻してうつ伏せになり頬付えをついた。
そこから暫くは、Nとの出逢いや馴れ初めや想いなどのQ&Aを比較的テンポよく会話した。
Kから見るSの表情は、幼く見えたが少年と言うよりは時折無垢な少女のようにも見えた。
『肌にキスマークを付けて来るような事をしてるってのに、無垢?』
Kは脳内で自問自答し、苦笑していた。
身を横たえているせいか、寝不足のSは暫くするとうつらうつらし始めた。
重くなる瞼を必死にこじ開けようと、強く瞬きをしたり目頭を掴んだりと抵抗を見せていたが、やがてKの問い掛けには寝息だけが答えていた。
KはSを起こそうと伸ばした手をSに触れる寸前で止めた。
設置したカメラの全てのスイッチをオフにしてから、起こさぬようにそっとSの間近に身を横たえた。
鼻先が触れる程の距離に顔を置き、まじまじと寝顔を見詰めてみた。
睫毛が思ったより長い。そのせいで普段アイラインを引いたように目が際立っているのだろう。
鼻は低からず高からず、鼻筋は通っているのに小鼻の先が丸いから愛らしい印象になるのか。
少し乾燥している唇は、眠る時は尖らせるのが癖なのか。作り笑顔をする時はかなり大きく感じる口元は、伸縮自在というところか。
この唇の・・・口腔は広いのか狭いのか。舌を潜らせてみればそれが分かるだろうが・・・
Sの先が尖った少し変わった形の耳に沿って人差し指をそっと辿ってみる。
「んっ。」と小さな声が出てこそばゆさに肩を竦め、今朝方のようにSからKの胸元に頭をぐりぐりと押し付けてきて、下敷きになっていない腕をKの背に回していた。
「Nさん・・・眠いよ・・・起きれない・・・・どうしよ・・・遅刻・・・・」
寝言まで甘く、仕草は今朝のリプレイだ。
Kは呆れたような溜息を吐き、掌でSの頬を抱いて上向かせた。
「起きろ。」
「ん~~~起こしてぇ~~~」
そう言いながら目を閉じたまま唇を突き出して来る。
KはSに鼻先をくっ付けると、唇が触れるギリギリのところで息を吹きかけた。
「キスで起こして欲しいの?」
目を閉じたままSはコクコクと頷いた。
「じゃあ、君からそうして?」
Sがどう出るのか期待でKの心臓は高鳴った。
「ねえ、起こして。」
SからKの頭に手が回され、唇が押し付けられた。
KはわざとSの成すがままになり、唇は半開きのままで薄笑いを浮かべていた。
「うう・・・ん」
唇が塞がれているせいで時折詰まる息遣いやねだるような甘い喘ぎがSの鼻先から漏れていて、Kは今すぐにでもベッドに押し倒したい衝動に駆られた。
だが”人の者には自分からは手を出さない”の不文律がある。
頑なに厳守したとして、一体何のための誰に対する禁忌だったか。
Sの舌は薄い。それがKの厚みのある舌に絡みつくように口腔を蠢いていた。
Kは自分からは舌を動かさず、Sの成すがままだった。
にじみ出て口腔を満たす唾液が甘く感じた。これも脳の誤作動で、相手に好意を持ち興奮状態に起きる錯覚だとKは知っている。
Kは眉間に皺を寄せては、目を固く閉じていた。
背筋に電流が走るような感覚が何度も置き、背を反らす度に密着する下半身が互いに熱を主張し合って、痛みを伴う程だ。
それでも・・・Kはまるでマネキンのように横たわったまま自らアクションを起こさなかった。
それにしても、甘い。
Sの唾液、舌先、唇、吐息、体臭、全てが甘い匂いを漂わせている。
Kは露店のクレープ屋の前を通り過ぎた時にいつも感じる感覚が蘇っていた。
今後、甘い菓子のような匂いは全て、Sとの記憶に直結するのだろう。
寝惚けている筈なのに、KをNと間違っている筈なのに、Sの舌先は執拗にKの反応を求めて舌先でKの舌の裏を擽っていた。
Kの頭を自分に押し付けるようにして抱いていたSの手は、長髪を束ねている事でむき出しになっているKのうなじへと滑り落ちた。
ぞくっと背筋に何かが這うような感触が走り、Kは背を反らせた事でますます下半身を押し付ける態勢になってしまった。
「これ以上は・・・耐え切れない。」
KはSを押し退けるのか抱き締めるのか、細い両天秤の支点の上で左右に揺れている錯覚を覚えた。
Nに対しての罪悪感や忖度などは皆無だ。
自戒を込めた鉄則は、二度と会う事も無いだろうかつての恋人を失った時からずっと厳守し続けている。その掟を破ったら、その後の自分が取る行動の予測がつかない。だからこそ、畏怖であり防波堤でもあるのだ。
無意識の筈が、Sの舌の熱さと蠢きがどんどん奔放さを増してきていた。
柔らかな舌先で固くて高い筈のKの壁を溶かし崩そうと翻弄しているかのようだ。
脳の誤作動か、現実がそうなのか、Sから感じ取る甘い匂いはもはや吐き気を催す直前までにKを追い詰めていた。
Kは耳元では無い何処か別のところから”プツン”と何かが切れる音を聞いた気がした。
耐えて耐えて、今まで無反応に徹していた舌で初めてSの舌を絡めとった。
ぴくりとSの全身が震えたのを合図かのようにして、重なった顔の角度を傾け鼻先がSの頬にめり込む程深く唇を合わせ直し、まさに”貪る”という言葉が似合わしくなる程にSの唇に食らいついていた。
「うう・・・ん」
その呻きに気付いてKが薄っすらと目を開けると、Sは息苦しさに眉を寄せてはいるものの薄笑みを浮かべているようにKには見えた。
漂うような色香とは、Sのこの顔を指すに相応しい。
苦悶と悦楽が混じり合う瞬間の表情など、直に目に触れる機会など一生のうち一度あるか無いかだろう。それ程妖艶な人物など、そうそう存在し得ない。
Kは全ての設置カメラの電源を落としていた事を悔やんだ。
接吻けひとつでこの変わりようだ。身体を繋げてしまったら、どれだけの表情をするのか想像すら難しい。
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