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我が家に来た日
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2012年の夏、コムギは北関東の自然豊かな地で生を受けた。
産まれたばかりの子犬たちに会うために僕たちが電車を乗り継いでその地を訪れると、コムギは一緒に生まれた妹とともに連れられてきた。
芝生の上に放たれたコムギは傍にいた妹をぎゅっと踏みつけながら起ち上がると遠い空の彼方を凛と見上げた。
降り注ぐ夏の日差しに霞みながらも大地にその存在を刻むかのような凛々しい立ち姿に魅了された僕たちはコムギと共に生きていくことを決めた。
コムギの母親にも会った。
今でもその姿を脳裏に浮かべると目頭が熱くなってしまうくらいに母親は成長したコムギとそっくりだった。
慣れない手つきでコムギを抱き上げた瞬間、この子のためなら何でも出来ると自分でも戸惑ってしまうくらいに早くもそんな感情におそわれていた。
それまでもずっと犬のことは好きではあったのだが、一緒に生活をしたいとまでは思ってはいなかった。
だが散歩をしている後ろ姿の画像を収集するくらいに柴犬が大好きだった彼女に如何に柴犬は可愛いか、千代の富士を彷彿とさせるそのお尻が如何に猛々しいか、天空に向かって螺旋を描く尻尾がどれだけ凛々しいかを諭されているうちにすっかり感化されてしまい、気が付くと僕の方から柴犬との生活を提案するようになっていた。
中型犬を飼育可能な賃貸の一軒家を見つけて引っ越もした。
新しい家での生活が始まると、物の少ないがらんとした家のあちらこちらに、まだいもしない柴犬の姿をふたりして想像しては楽しんでいた。
その後、縁を得てコムギと出会ってからは、それはそれは楽しく迎える準備をした。
ゲージを買い、柴犬飼育ハウツー本を買い勉強をしたり、寂しがらないようにと小さな恐竜のぬいぐるみを買ったり、犬が夢中になると触れ込みのおもちゃを買ったり、結局使うことのなかったサークルを買ったり。
届いた大きなサークルを段ボールから引っ張り出す際に力が入りすぎて、ぎっくり腰になったことを覚えている。
大自然の中で初めて抱き上げてから1ヶ月程してコムギは我が家にやってきた。
我が家の隣には貸主であるオーナーさんが住んでいるのだが、コムギがやって来る日を伝えていたので、一緒に出迎えてくれて到着するとすぐに抱きしめてくれた。コムギはその日からオーナーさんのことが大好きになった。
コムギを家に入れて床の上に降ろすとクンクンと辺りの匂いを嗅ぎ始めた。
室内犬を飼うことが初めての僕たちにとって、普段生活している空間に子犬がいることが俄かには信じられなかった。
床の上をよちよちと歩く姿や僕たちが普段座るソファーの上でうずくまっている姿など、そのすべてが新鮮に映った。
それまで暮らしていた環境から離れていきなり我が家に来たというのにコムギは不安そうな素振りを見せることもなく、リビングの片隅に設置したゲージの中で落ち着いていて、何ならふてぶてしいくらいに余裕があるようにも見えた。
僕たちはまだ夢見心地で、でも確かにそこに存在してくれていることが現実であると認識するかのようにコムギを見つめ続けた。
夜になりコムギを1階のリビングのゲージに残して僕たちは普段寝ている2階に上がった。
講読したハウツー本に幼犬期にその傍で寝てしまうと犬の自立心の成長に支障をきたし甘るようになってしまう、というような事が書かれていたことに素直に従ってのことだった。
ベッドに入って暫くするとどこからか小鳥のさえずりのような声が聞こえてきた。
こんな時間に鳥が鳴くなんて不思議だな、なんて思ったりもしたのだが、よくよく聞くとそれは1階のリビングから聞こえてきていて、その声の主はコムギだった。
夜鳴きだった。
ハウツー本にはどんなに鳴かれて可哀想に思っても我慢して無視するべきと書かれていたので、2階でふたりで声を潜めてどう対応するべきかを相談をした結果、本に従うことにした。
夜鳴きは辺りが明るくなるまで続いた。
心に訴えかけてくるような本当に切ない響きで、コムギが可哀想に思えるのと同時に近所に鳴り響いていて迷惑を掛けているのではと思うと朝まで寝れなかった。
3日ほど夜鳴きが止まらない夜が続き寝不足の頭で手土産でも持って近所に謝りに行こうかとも考えていたのだが、思い切ってハウツー本を無視してコムギが眠るゲージのすぐ隣に布団を敷いて寝てみたらその日から夜鳴きをしなくなった。
それまで家族と一緒に寝てたのに急に知らない場所で一人になってしまい不安だったのだろう。
ごめんね、と思いながらも自分がその不安を解消できるような存在になれた様な気がして嬉しく思った。
段々と我が家での生活に慣れ始めてきたある夜にコムギが下痢をした。
初めての下痢だったのでふたりして周章狼狽し、すでに病院は閉まっている時間だったため夜間病院を探し回って連れて行った。
血液検査をしてレントゲンも撮ったのだがどこも異常は無く、環境が変わったことへのストレスが原因かもしれないと言われた。
コムギの身体に異常は無くて安心はしたのだが会計時に金額を見てその高さに驚いた。
深夜料金も含まれているので、今からすると当然の金額ではあるのだが、可愛いという感情だけでは飼ってはいけない、何かが起きても対応してあげられるだけのそれなりの経済力や強い責任感が必要なのだと改めて認識した。
我が家での生活にも慣れて成長していくのに比例してコムギが本来その内に秘めていた凶暴性も増大していった。
野生に近い環境で産まれ育ったその本能がそうさせるのか、もしくはただ単純に僕たちのしつけが甘いのかコムギは大いに暴れ回った。
姉妹で奪い合うかのように食事でもしていたのか、とりわけ食べ物への執着は凄ましかった。
食べ終わった器を片付けようとすると、もうこの先二度とご飯にありつけないと思い定めているかのような覚悟で僕たちに唸り飛びかかってきた。
様々な作戦、例えば器を取りあげる際に待てをさせる(それが出来たら苦労はしないのだが)、リードをしたまま食事をさせて飛びかかってこないようにする、長い棒を用意して食後に遠くからこっそりと器を取り寄せる、などを考えて実行していったのだがどれも上手くはいかなかった。
困り果てた僕たちは結局プロのしつけトレーナーにお願いをすることにした。
1ヶ月に渡るトレーニングの結果、コムギの暴れっぷりは大分抑制されたのだが、もしあの時にトレーニングをしていなかったら、こんなに穏やかな心持で思い出を振りることなんてできていなかったかもしれない、と思ってしまうこともある。
思い起こすとコムギにはふたりしてよく噛まれた。
幼犬の頃は少々出血するくらいで可愛いものだったが、成長するにつれてその強度が増していき、噛まれるとまるで指をドアに思い切り挟まれたような痛みがやってきて大量に出血をする。
3歳を超えたあたりからコムギは噛まないようになったが、まだ手に残るコムギに噛まれた傷跡を見かけると、ふとその当時の記憶に耽ってしまうことがある。
傷跡から想起される記憶は痛みや悲しさといった負の感情に侵されたものでは無くて、その当時の今と変わらなく愛おしいコムギとの明るく幸せな感情に彩られた情景だ。
今でもふと手に残る傷跡を追ってしまう習慣がある。
家では乱暴者のコムギだったが、外では大人しくなる典型的な内弁慶だった。
飲食店に連れていっても必ずお店の人に「お人形さんみたいに大人しくていい子ですね。」なんて言われるくらいにいつもテーブルの下で静かにしていた。
そんな外ではいつも大人しいコムギだったので週末はペット可の飲食店を探してはいつも一緒に出掛けていた。
見慣れた新宿の繁華街や神楽坂の石畳、中野の公園の光景もコムギと一緒にいるとそれまで見えていた景色とはまるで違って映った。
コムギは店内では厨房を眺めたり外席では道ゆく人をまるで映画でも見るかのように飽きることなく眺めていた。
旅行も一緒に色々なところへ行った。
白馬、軽井沢、草津、館山、福島、奥多摩登山、あげたらきりがないくらい。
コムギを我が家に迎えてからの僕たちの思い出にはいつだってその姿がある。
家にやって来たばかりの頃は1日の大半をゲージの中で過ごして、時折ゲージから出しては遊ばせてはまた戻していたのだが、少しづつゲージの外で過ごす時間が増えていき、やがてある日、遊び疲れたコムギが僕たちの膝の上で眠ってしまうことがあった。
ゲージの外では常にエネルギッシュに動き回っていたコムギが初めて外で寝た瞬間だった。
その可愛らしさと言ったら!
ふたりでコムギを起こさないように息を殺しながらもずっとその天使のような姿を見つめ続けていた。
コムギが我が家を、そして僕たちを完全に受け入れてくれたと思い今までに感じたことのない充足感に満たされた。
ゲージの外でもリラックスするようになると、僕たちはコムギ用の小さなソファーを買ってリビングの窓の近くに置いた。
コムギは誰に教えられたわけでもないのに、ソファーを見かけると何の迷いもなく乗っかり肘掛に顎を乗せてくつろぎ始めた。
自分用のソファーはすぐにコムギのお気に入りの場所となった。
この頃からコムギはゲージの外で一日中を過ごすようになった。
自分のソファーを中心にいつしか我が家のリビングはコムギが何よりも愛する場所となった。
窓際で絨毯に寝そべりながら庭を眺めていたかと思うと、僕たちの腰高なソファーに飛び乗り台所でいそいそと動き回る僕たちをぼんやり眺めて、リビングのダイニングテーブルで食事をしているとその下で僕たちの足の甲に顎を乗っけて寛いだりして、風呂上がりにリビングに戻ると自分のソファーで眠っている。
コムギは立派な番犬でもあった。こちらから特に頼んだつもりはなかったけれども我が家に近づいてくるものは何でも知らせてくれた。
職務に忠実で、開けてある窓から入ってくる風を浴びて気持ち良さそうにコの字に横になりながらも来訪者を伝えてくれる。
庭を眺めるコムギ、寝ぼけながら警備の仕事をするコムギ、どれも僕の大好きな情景だ。
産まれたばかりの子犬たちに会うために僕たちが電車を乗り継いでその地を訪れると、コムギは一緒に生まれた妹とともに連れられてきた。
芝生の上に放たれたコムギは傍にいた妹をぎゅっと踏みつけながら起ち上がると遠い空の彼方を凛と見上げた。
降り注ぐ夏の日差しに霞みながらも大地にその存在を刻むかのような凛々しい立ち姿に魅了された僕たちはコムギと共に生きていくことを決めた。
コムギの母親にも会った。
今でもその姿を脳裏に浮かべると目頭が熱くなってしまうくらいに母親は成長したコムギとそっくりだった。
慣れない手つきでコムギを抱き上げた瞬間、この子のためなら何でも出来ると自分でも戸惑ってしまうくらいに早くもそんな感情におそわれていた。
それまでもずっと犬のことは好きではあったのだが、一緒に生活をしたいとまでは思ってはいなかった。
だが散歩をしている後ろ姿の画像を収集するくらいに柴犬が大好きだった彼女に如何に柴犬は可愛いか、千代の富士を彷彿とさせるそのお尻が如何に猛々しいか、天空に向かって螺旋を描く尻尾がどれだけ凛々しいかを諭されているうちにすっかり感化されてしまい、気が付くと僕の方から柴犬との生活を提案するようになっていた。
中型犬を飼育可能な賃貸の一軒家を見つけて引っ越もした。
新しい家での生活が始まると、物の少ないがらんとした家のあちらこちらに、まだいもしない柴犬の姿をふたりして想像しては楽しんでいた。
その後、縁を得てコムギと出会ってからは、それはそれは楽しく迎える準備をした。
ゲージを買い、柴犬飼育ハウツー本を買い勉強をしたり、寂しがらないようにと小さな恐竜のぬいぐるみを買ったり、犬が夢中になると触れ込みのおもちゃを買ったり、結局使うことのなかったサークルを買ったり。
届いた大きなサークルを段ボールから引っ張り出す際に力が入りすぎて、ぎっくり腰になったことを覚えている。
大自然の中で初めて抱き上げてから1ヶ月程してコムギは我が家にやってきた。
我が家の隣には貸主であるオーナーさんが住んでいるのだが、コムギがやって来る日を伝えていたので、一緒に出迎えてくれて到着するとすぐに抱きしめてくれた。コムギはその日からオーナーさんのことが大好きになった。
コムギを家に入れて床の上に降ろすとクンクンと辺りの匂いを嗅ぎ始めた。
室内犬を飼うことが初めての僕たちにとって、普段生活している空間に子犬がいることが俄かには信じられなかった。
床の上をよちよちと歩く姿や僕たちが普段座るソファーの上でうずくまっている姿など、そのすべてが新鮮に映った。
それまで暮らしていた環境から離れていきなり我が家に来たというのにコムギは不安そうな素振りを見せることもなく、リビングの片隅に設置したゲージの中で落ち着いていて、何ならふてぶてしいくらいに余裕があるようにも見えた。
僕たちはまだ夢見心地で、でも確かにそこに存在してくれていることが現実であると認識するかのようにコムギを見つめ続けた。
夜になりコムギを1階のリビングのゲージに残して僕たちは普段寝ている2階に上がった。
講読したハウツー本に幼犬期にその傍で寝てしまうと犬の自立心の成長に支障をきたし甘るようになってしまう、というような事が書かれていたことに素直に従ってのことだった。
ベッドに入って暫くするとどこからか小鳥のさえずりのような声が聞こえてきた。
こんな時間に鳥が鳴くなんて不思議だな、なんて思ったりもしたのだが、よくよく聞くとそれは1階のリビングから聞こえてきていて、その声の主はコムギだった。
夜鳴きだった。
ハウツー本にはどんなに鳴かれて可哀想に思っても我慢して無視するべきと書かれていたので、2階でふたりで声を潜めてどう対応するべきかを相談をした結果、本に従うことにした。
夜鳴きは辺りが明るくなるまで続いた。
心に訴えかけてくるような本当に切ない響きで、コムギが可哀想に思えるのと同時に近所に鳴り響いていて迷惑を掛けているのではと思うと朝まで寝れなかった。
3日ほど夜鳴きが止まらない夜が続き寝不足の頭で手土産でも持って近所に謝りに行こうかとも考えていたのだが、思い切ってハウツー本を無視してコムギが眠るゲージのすぐ隣に布団を敷いて寝てみたらその日から夜鳴きをしなくなった。
それまで家族と一緒に寝てたのに急に知らない場所で一人になってしまい不安だったのだろう。
ごめんね、と思いながらも自分がその不安を解消できるような存在になれた様な気がして嬉しく思った。
段々と我が家での生活に慣れ始めてきたある夜にコムギが下痢をした。
初めての下痢だったのでふたりして周章狼狽し、すでに病院は閉まっている時間だったため夜間病院を探し回って連れて行った。
血液検査をしてレントゲンも撮ったのだがどこも異常は無く、環境が変わったことへのストレスが原因かもしれないと言われた。
コムギの身体に異常は無くて安心はしたのだが会計時に金額を見てその高さに驚いた。
深夜料金も含まれているので、今からすると当然の金額ではあるのだが、可愛いという感情だけでは飼ってはいけない、何かが起きても対応してあげられるだけのそれなりの経済力や強い責任感が必要なのだと改めて認識した。
我が家での生活にも慣れて成長していくのに比例してコムギが本来その内に秘めていた凶暴性も増大していった。
野生に近い環境で産まれ育ったその本能がそうさせるのか、もしくはただ単純に僕たちのしつけが甘いのかコムギは大いに暴れ回った。
姉妹で奪い合うかのように食事でもしていたのか、とりわけ食べ物への執着は凄ましかった。
食べ終わった器を片付けようとすると、もうこの先二度とご飯にありつけないと思い定めているかのような覚悟で僕たちに唸り飛びかかってきた。
様々な作戦、例えば器を取りあげる際に待てをさせる(それが出来たら苦労はしないのだが)、リードをしたまま食事をさせて飛びかかってこないようにする、長い棒を用意して食後に遠くからこっそりと器を取り寄せる、などを考えて実行していったのだがどれも上手くはいかなかった。
困り果てた僕たちは結局プロのしつけトレーナーにお願いをすることにした。
1ヶ月に渡るトレーニングの結果、コムギの暴れっぷりは大分抑制されたのだが、もしあの時にトレーニングをしていなかったら、こんなに穏やかな心持で思い出を振りることなんてできていなかったかもしれない、と思ってしまうこともある。
思い起こすとコムギにはふたりしてよく噛まれた。
幼犬の頃は少々出血するくらいで可愛いものだったが、成長するにつれてその強度が増していき、噛まれるとまるで指をドアに思い切り挟まれたような痛みがやってきて大量に出血をする。
3歳を超えたあたりからコムギは噛まないようになったが、まだ手に残るコムギに噛まれた傷跡を見かけると、ふとその当時の記憶に耽ってしまうことがある。
傷跡から想起される記憶は痛みや悲しさといった負の感情に侵されたものでは無くて、その当時の今と変わらなく愛おしいコムギとの明るく幸せな感情に彩られた情景だ。
今でもふと手に残る傷跡を追ってしまう習慣がある。
家では乱暴者のコムギだったが、外では大人しくなる典型的な内弁慶だった。
飲食店に連れていっても必ずお店の人に「お人形さんみたいに大人しくていい子ですね。」なんて言われるくらいにいつもテーブルの下で静かにしていた。
そんな外ではいつも大人しいコムギだったので週末はペット可の飲食店を探してはいつも一緒に出掛けていた。
見慣れた新宿の繁華街や神楽坂の石畳、中野の公園の光景もコムギと一緒にいるとそれまで見えていた景色とはまるで違って映った。
コムギは店内では厨房を眺めたり外席では道ゆく人をまるで映画でも見るかのように飽きることなく眺めていた。
旅行も一緒に色々なところへ行った。
白馬、軽井沢、草津、館山、福島、奥多摩登山、あげたらきりがないくらい。
コムギを我が家に迎えてからの僕たちの思い出にはいつだってその姿がある。
家にやって来たばかりの頃は1日の大半をゲージの中で過ごして、時折ゲージから出しては遊ばせてはまた戻していたのだが、少しづつゲージの外で過ごす時間が増えていき、やがてある日、遊び疲れたコムギが僕たちの膝の上で眠ってしまうことがあった。
ゲージの外では常にエネルギッシュに動き回っていたコムギが初めて外で寝た瞬間だった。
その可愛らしさと言ったら!
ふたりでコムギを起こさないように息を殺しながらもずっとその天使のような姿を見つめ続けていた。
コムギが我が家を、そして僕たちを完全に受け入れてくれたと思い今までに感じたことのない充足感に満たされた。
ゲージの外でもリラックスするようになると、僕たちはコムギ用の小さなソファーを買ってリビングの窓の近くに置いた。
コムギは誰に教えられたわけでもないのに、ソファーを見かけると何の迷いもなく乗っかり肘掛に顎を乗せてくつろぎ始めた。
自分用のソファーはすぐにコムギのお気に入りの場所となった。
この頃からコムギはゲージの外で一日中を過ごすようになった。
自分のソファーを中心にいつしか我が家のリビングはコムギが何よりも愛する場所となった。
窓際で絨毯に寝そべりながら庭を眺めていたかと思うと、僕たちの腰高なソファーに飛び乗り台所でいそいそと動き回る僕たちをぼんやり眺めて、リビングのダイニングテーブルで食事をしているとその下で僕たちの足の甲に顎を乗っけて寛いだりして、風呂上がりにリビングに戻ると自分のソファーで眠っている。
コムギは立派な番犬でもあった。こちらから特に頼んだつもりはなかったけれども我が家に近づいてくるものは何でも知らせてくれた。
職務に忠実で、開けてある窓から入ってくる風を浴びて気持ち良さそうにコの字に横になりながらも来訪者を伝えてくれる。
庭を眺めるコムギ、寝ぼけながら警備の仕事をするコムギ、どれも僕の大好きな情景だ。
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