生意気令息ジゼルくんは幸せ(になりたい)。

西日すがめ

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5.真夜中の訪問者




 どうしてこんなことになったんだ。
 目の前には寝間着にローブ姿の兄上がいる。僕も寝る準備を済ませたところだ。日中に眠れたおかげで、多少眠れなくとも明日くらいは頑張れるか、と腹を括ってベッドに入る寸前で、部屋の扉がノックされた。
 ……それで、開けてみたらこれ。
「兄上、……どうしました?」
「放っておいたらまた寝られないんじゃないかと思ってな。」
「少し寝て体調もいいです、おそらく眠れるかと……。」
「……今日はよく眠れたようだったから、その、兄として少しでも助けになりたいと思ってな。」
 そう、今日、二度寝三度寝をしている時に、いつのまにか、ベッドの近くに座っていた兄上は上半身だけベッドに預けて、僕の頭を抱き寄せていたのだ。……それで僕が意識のないまま兄上に抱きついてよく眠ってしまったものだから、なんというか、優しさと責任感を発揮して、こうして部屋に来てくれたようだった。
「昼は、ありがとうございました。身体は痛くなりませんでしたか?」
「ああ、私は大丈夫だ。」
「よかったです。でも、兄上にそんなに迷惑をかけていられませんし、大丈夫です。」
 僕の悩みの張本人が一緒にベッドに入ってどうする。背中を嫌な汗が流れる。同じベッド、暗い部屋、兄上の匂いなんて嗅いでしまった日にはもう。少し想像しただけでじわ、と心臓のあたりが熱くなる。
「……ジゼル。」
 兄上は悲しそうな顔をする。いつもキリっとして、前のジゼルのときはそれこそああなる前ももっと厳しかった気がする。今世ではジゼルに甘すぎないか。そんなしょんぼりしないでほしい。
「兄上、」
「なあ、ジゼル。今日お前が眠った姿を見て……すごく安心したんだ。」
「あ、……はい。」
「お願いだ、兄の我儘に一晩だけ付き合ってはくれないか?」
 僕の両手をとって、顔を覗き込んでくる兄上。もちろん兄上には感謝しているし、でも、……ベッドの中で、僕が、変に、なったら。兄上もびっくりしてしまうかもしれない、し、……そんなとこ、見せたくない。のに、じっと見つめられては、なんだかこちらが悪いことをしているような気分になってくる。
「……じゃあ、今日だけ……。」
見つめられて根負けすると、パッと顔を輝かせた兄上に抱き上げられる。
「ちょ、兄上!」
「ありがとうジゼル、可愛い弟。さぁ私の寝室においで。」
 額にキスを落とされ、前を開いた兄上のローブに包まれると、なんだか自分がもっともっと幼い子供になってしまったような気分だ。
「……自分で歩けます。」
「すぐそこだ、我慢しておくれ。いい子だから。」
 こんなに甘やかされてたっけ。なんでこんなあまあまなんだ兄上。むずむずと恥ずかしくて首を引っ込める。

 兄上の寝室に入る時、あの記憶が蘇ってしまうんじゃないか、と、僕はまだ不安だった。
「おじゃまします……。」
 入ってみると、部屋の中は明るく、ほんのり陽の光を感じる暖かさがあった。まるで昼に戻ったみたいに。
「あ、明るい……。」
「暗い方が寝にくいのかと思ってな、魔法で少し明るくしてある。眩しければ少し暗くもするが……。」
「あっ、いえ、明るい方が。」
「じゃあこのままに。」
 ベッドの天蓋から垂れるカーテンも、締め切らずに足元の部分を開けておいてくれた。ベッドに下ろされ、そのまま布団に潜り込む。
「それじゃあ、……眠れなくとも少しは目を閉じているといい。おやすみ、ジゼル。」
「おやすみなさい、兄上。」
 この明るい中では、あの記憶が蘇らない。兄上の匂いも、なんだか安心するものに塗り替えられてしまったような。……でも、
(こんなにしっかり抱き締められるとは聞いてない!)
 為す術もなく兄上に導かれるまま、しっかり抱き合った体勢で眠る羽目になってしまった。この部屋が安心できるとはいえ、こんなに密着して人と寝るのはいつぶりだろう。背中をゆるゆるとさすられて、目を瞑った兄上がまだ起きているのが分かる。
 布団に入って暫くすると、手や足の指先が温まってきた。人の体温ってすごい。触れているところがしっかり温かくなっている。
 そういえば、兄上の魔法って、光魔法だったのか?僕はずっとジゼルでありながら、兄上の魔属性を知らない。昔聞いた時は、難しいからなぁ、もう少し大きくなったら教えてやろう、とはぐらかされた。この部屋一つ分を光魔法で継続的に、しかもリラックスした状態で照らすとなると、かなりの魔力を使うはず。さすが兄上と言ったところ。
 ぱち、と目を開いて見上げると、いつの間にか僕を見つめていた兄上と目が合う。
「やはり眠れないか?」
「あっ、いえ、大丈夫です、身体もあったまってきたし。」
「ん、よしよし……。」
 目を細めて背中を撫でられる。その愛おしげな表情で、僕は、なんか、だめなのに、ちゃんと今、弟として家族愛を注いでもらって、あんな酷いことにならない、あのお兄様とは違うって分かってるのに、急に身体が、あったかいを通り越して、熱く、なって、胸がドキドキして、あれ、あ、れ?なんで?安心してた、はずなのに。暗いお兄様の部屋じゃなくてこの明るい、兄上の部屋なら思い出さないって、思……、
「どうした?ジゼル、」
 ジゼル。ジゼル。あの、名前を呼ぶ声とは違う。優しくて甘い声なのに、僕は、なぜか、胸の、胸が、あつくて、かたく、なって、きて、なんか、違う、これ、だめ、だめだ、やっぱり兄上とくっついちゃうと、こうなっちゃうんだ、
「少し暑いか?」
 兄上が身体を動かして、少し空間を作ろうとしてくれた、その時
「あ……、っ」
 胸に布が擦れて、びく!と身体が反応してしまった。いやだ。いやだいやだ。兄上にこんな情けないところ見られたくない。
「すまない、当たってしまったか?」
 首を振る。涙が込み上げてくる。胸が期待に真っ赤になっている。最悪だ。このままくっついていても身体の形が変わってしまっているのを気付かれるのに、動くと刺激になって変な声が出てくる。
「……ごめんなさい、僕のからだが、変なんです、」
 ぼろ、と涙が零れる。鼻を啜って、我慢しようとしたのにぼろぼろと次から次、涙も鼻水も止まらなかった。

 兄上は涙も鼻水も拭きながら、何も聞かずに、ベッドに座る僕に毛布をかけて、僕が泣き止むまで背中をさすってくれた。
「少し落ち着いたか?」
「はい……すみません……。」
「謝らなくていい、むしろ、強引に連れてきてしまってすまなかった。」
「いえ、僕が……。」
「よし、お互い様ということでこの話は終わりだ、なにか温かいお茶でも持ってこよう。」
 もう一度僕を寝かせて布団をかけてぽんぽんと頭を撫でて、僕が引き止める暇もなく、兄上は寝室を後にした。
 泣いているうちに身体の熱は収まったようだ。羽毛布団の端っこを掴んで少し顔を潜らせる。
 カーテンの開いている足元から程よく光が入って、温かいベッドの中で、とろとろと意識が溶けていく。兄上にちゃんと愛されて、優しくしてもらって、なのにそれをお兄様の記憶で汚してしまうのが悔しかったんだよな、僕は。あんなに恨んでいたのに、今世の兄上はまったくもって弟馬鹿で、気を遣いすぎだしイケメンなのに気取ってないし優しすぎだし僕のこと気にかけすぎだし、あのルートに行くことは、……正直、1000%ないと断言出来る。兄上のことを、僕も大好きになっちゃったんだな。それこそ、とけちゃいそうなくらい、甘やかされて……。
 ぼんやりとした思考が、扉が開く音で途切れる。
「ジゼル、お茶、少し飲めるか?」
「のめます、」
 むくりと起き上がって、ベッドから出ようとすると、そのままで、と、起き上がった姿勢のままカップを渡される。
「生のセージは使い切っていて、あとは乾燥し始めたものだけだったから、カモミールティを持ってきた。」
「あったかい……いい匂いがします。」
「熱いからな、気を付けて飲むといい。」
 ふぅふぅ、と息を吹きかけて、少しずつカモミールティを口に含む。涙でべちゃべちゃになって顔が冷たくなったので、あたたかいのが嬉しい。
「……すみません、その、いろいろ……。」
「世話を焼きたくてしてるんだ、付き合ってくれてありがとうな、ジゼル。」
 お腹があったかくなると、人心地つく。謝っても謝っても足りないのに、兄上はむしろ感謝で返してきてしまう。八方塞がりだ。
「兄上はいいのですか?カモミールティ。」
「ああ、私は泣き虫なジゼルくんと違って大号泣してないからなぁ。それを飲んだらトイレを済ませた方がいい。」
「だ、大号泣はしてません!おねしょだってもっとも~っとちっちゃい頃の話です!」
「はは、そうだったか?ついこの間までしてた気もするが……。」
「兄上がおじさんになっちゃったんじゃないですか?数年経っていることをついこの間って言うマシール叔父様みたいに。」
 兄上がくっと片頬を吊り上げて笑う。ちょっと悪い顔だ。
「とにかく減らず口が戻ってきてよかったよ、安心した。」
「兄上のおかげです。」
 くすくす笑い合って、兄上がカップを片付けてくれて、一緒にトイレも済ませて、やっとベッドに入ったのは、夜が深くなってからだった。

「ジゼル、身体が変だと言ったが……。」
 どき、と心臓が跳ねる。ああ、さっきまで凄く楽しかったのに、僕の、
「皆変なんだ、それと折り合いをつけて生きていかなきゃいけない。」
「皆ですか?」
「ああ、皆だ。コントロールが難しいからな、人間の身体というのは。」
「兄上もですか?」
「ああ……とってもおかしい。」
「とっても?」
「とっても!」
 言い切る兄上がなんだかおかしくて、笑ってしまって……、それ以上聞いてこない優しさに、もう少しだけ甘えようと思った。
「ただ、どうしても辛い時は私にいいなさい。」
「とってもおかしい兄上に?」
「そうだ、とってもおかしいから、ちょっとくらい変なお前の身体について、なにか分かるかもしれない。」
「……じゃあ、兄上を頼ります。」
 兄上は返事変わりに頭をくしゃくしゃ撫でて、僕を抱き締めて、それからすぐに眠ってしまった。僕に付き合って疲れたのだろう。上下する兄上の胸に合わせて、寝息の真似をして目を瞑っていると、僕もすぐに眠りに落ちてしまった。






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