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上弦の章 帝国内乱
死を司る使徒は思い出を蘇生する 3
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「はあっ……は………………っ…………………」
負傷した足を抱え、必死に息を整える少女。
そいつは幾粒もの玉のような汗を顔中から流し、苦悶の表情を浮かべていた。
「………………………………」
死体を操っている能力は未だに使えるが、能力者の肉体そのものが限界を迎えたのだろう。
横で浮いているリカルドと並んでいるとよく分かる。
「死ぬって危機感を覚えたのはこれで2度目…懐かしいなぁ…………………」
「…………………」
オレはそれに答えることはなく、一時の静寂が土煙だらけの空間を支配する。
「1回目は救済の使徒の他の使徒がどんどん死んで追い詰められた時、ヴァルトの追手が瀕死のアタシに襲いかかった時だったなぁ………………」
相槌を期待しない、一人語り。
「確か君が嘆きの聖堂から北へ北へ追い詰められる前、ちょうど肉人形を聖堂に配置する1月前くらいだね」
オレのことを指されたが、こいつが言っている事象に覚えがない。
「アハッ………………笑っちゃうよね…………仮にもアタシ、あの頃は死を司る使徒だったのに………それが死ぬって焦るんだよ?」
その頬が緩む。
無理やり作ったような笑顔とは違う、自然な表情。
その瞳は遠い昔を語るに相応しい、視界に物を捉えているのに、まるでそれを見ていない目だった。
「でもアタシは、怖いと思いつつもそう思える自分が嬉しかったっ! だって、アタシがヴァルトにいた頃なんてほとんど感情が無かったんだから!!」
両腕を広げ、無邪気な幼子の様にその喜びを体で表現した。
表情は少しばかりの悲しみから喜びへ移る。
「才能が無い、それだけでアタシの存在全てが否定されて………………………何をされたと思う?」
そして、
「憂さ晴らしの為の理不尽な暴力、魔術の進歩とか言う建前で守護忠犬みたいに魔術を散々ぶつけられて……………挙げ句の果てに性奴隷みたいに凌辱された……!」
激しい憤りへと変貌した。
「ヴァルトにいた頃のアタシは無垢で無力で無知で無能で何もそれらに対して疑問すら抱かなかった…………痛くても、苦しくても、肉体が反応してるのに感情が反応しなかった……………!!」
過去を振り返るほどに増してゆく殺意。
棺が彼女の怒りに呼応するように悲鳴を上げる。
「だって、それがクローディア・ヴァルトーガにとって当たり前の生活だったから。それ以外の生き方なんて知らないし覚える機会も与えられないしそもそも無かったから…………………籠の中の鳥だったよ……………」
憎しみと悲しみが混ぜられた悲痛な声を出しつつ、棺を置いた。
「そんな所有物の人形みたいだったアタシが感情を手に入れたのは、エラスムスに出会ってからだよ」
武器を下ろす愚かな行為。
オレならその行いに対象を躊躇うことなく刈り取るはずなのだが、彼女の一人語りに体が動きを止める。
見えない力。
決して不可視の強大な力ではない。
だが、その話に体が反応し、動く気力を消す。
何故だ?
「エラスムスに拾われたアタシは、この世界における一般的な常識を学んだ……………それはヴァルトに刻みつけられた掟とはあまりにも違っていて、生まれて初めて違和感を覚えた………」
「……………………………オ…………キテ」
そう答えるリカルドをまたしても殴る。
「その時はまだヴァルトがどうして汚れた薄汚い一族か知らないほど馬鹿だった。でもね、ある日知ったんだよ。エラスムスが信奉していた、女神ダリアの話を聞いてね」
そう言いつつ、胸に手を置く。
「ガラハッド・ヴァルト……………………祖先、ガウェイン・ヴァルトの兄。ヴァルトや帝国の礎となったのに、ダリアと結ばれた結果彼は家にすら使い捨てられた。その話を聞いてアタシは最初の感情として、怒りを覚えた。ヴァルトは家族すら人を人だと思わない。アタシも結局、殴られ、犯され、利用価値が無くなったから処分される一歩手前の消耗玩具だったって! ふざけるなよって思ったよ。それでアタシは人形からようやく脱却した」
棺が開かれる。
「ねぇ、カイン。君はそんな汚物達が蔓延る世界が正しいと思うのかな? ダリア教団にいた頃の君は断罪するの一言しか言わなかったけど、記憶を失って盤上の駒のようになった君がどう思うか、アタシは知りたい」
少女は答えをオレに求める。
「………………………………」
「だろうね」
そう言うと、開かれた棺の中に片足を踏み入れる。
「君は答えを出せない、出せる訳ない。だって今の君はアベルでもカインでもない、昔のアタシと同じ、人形なんだから」
もう片方の足をつけると、少女は棺の中に沈んでゆく。
「アタシはカインを取り戻したい、でもアタシの命を天秤にかける訳にはいかない。ヴァルト、ベルギウスをこの手で破滅させるまでは……………………」
既に下半身が見えなくなる。
「逃げるのか?」
「そう思ってくれても構わないよ」
俺は沈んでゆく少女をただ見続ける。
「次に会ったとき、それが最後の殺し合いになると思うからね」
そして、その体が見えなくなると棺は閉じられ、淡い光を放ちながら死体と共に虚空へ消えた。
🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓
※ソフィーとパンドラのベクトルは全く違いますが、共通点は作りました。
アベルから見ると同じ姿、そして、感情の芽生えです。
人形もキーワードなので、そのうち話します。
ちなみにヴァルツァー以外の家は基本的に大所帯(一口にヴァルトーガと言っても何家族かある)です。
負傷した足を抱え、必死に息を整える少女。
そいつは幾粒もの玉のような汗を顔中から流し、苦悶の表情を浮かべていた。
「………………………………」
死体を操っている能力は未だに使えるが、能力者の肉体そのものが限界を迎えたのだろう。
横で浮いているリカルドと並んでいるとよく分かる。
「死ぬって危機感を覚えたのはこれで2度目…懐かしいなぁ…………………」
「…………………」
オレはそれに答えることはなく、一時の静寂が土煙だらけの空間を支配する。
「1回目は救済の使徒の他の使徒がどんどん死んで追い詰められた時、ヴァルトの追手が瀕死のアタシに襲いかかった時だったなぁ………………」
相槌を期待しない、一人語り。
「確か君が嘆きの聖堂から北へ北へ追い詰められる前、ちょうど肉人形を聖堂に配置する1月前くらいだね」
オレのことを指されたが、こいつが言っている事象に覚えがない。
「アハッ………………笑っちゃうよね…………仮にもアタシ、あの頃は死を司る使徒だったのに………それが死ぬって焦るんだよ?」
その頬が緩む。
無理やり作ったような笑顔とは違う、自然な表情。
その瞳は遠い昔を語るに相応しい、視界に物を捉えているのに、まるでそれを見ていない目だった。
「でもアタシは、怖いと思いつつもそう思える自分が嬉しかったっ! だって、アタシがヴァルトにいた頃なんてほとんど感情が無かったんだから!!」
両腕を広げ、無邪気な幼子の様にその喜びを体で表現した。
表情は少しばかりの悲しみから喜びへ移る。
「才能が無い、それだけでアタシの存在全てが否定されて………………………何をされたと思う?」
そして、
「憂さ晴らしの為の理不尽な暴力、魔術の進歩とか言う建前で守護忠犬みたいに魔術を散々ぶつけられて……………挙げ句の果てに性奴隷みたいに凌辱された……!」
激しい憤りへと変貌した。
「ヴァルトにいた頃のアタシは無垢で無力で無知で無能で何もそれらに対して疑問すら抱かなかった…………痛くても、苦しくても、肉体が反応してるのに感情が反応しなかった……………!!」
過去を振り返るほどに増してゆく殺意。
棺が彼女の怒りに呼応するように悲鳴を上げる。
「だって、それがクローディア・ヴァルトーガにとって当たり前の生活だったから。それ以外の生き方なんて知らないし覚える機会も与えられないしそもそも無かったから…………………籠の中の鳥だったよ……………」
憎しみと悲しみが混ぜられた悲痛な声を出しつつ、棺を置いた。
「そんな所有物の人形みたいだったアタシが感情を手に入れたのは、エラスムスに出会ってからだよ」
武器を下ろす愚かな行為。
オレならその行いに対象を躊躇うことなく刈り取るはずなのだが、彼女の一人語りに体が動きを止める。
見えない力。
決して不可視の強大な力ではない。
だが、その話に体が反応し、動く気力を消す。
何故だ?
「エラスムスに拾われたアタシは、この世界における一般的な常識を学んだ……………それはヴァルトに刻みつけられた掟とはあまりにも違っていて、生まれて初めて違和感を覚えた………」
「……………………………オ…………キテ」
そう答えるリカルドをまたしても殴る。
「その時はまだヴァルトがどうして汚れた薄汚い一族か知らないほど馬鹿だった。でもね、ある日知ったんだよ。エラスムスが信奉していた、女神ダリアの話を聞いてね」
そう言いつつ、胸に手を置く。
「ガラハッド・ヴァルト……………………祖先、ガウェイン・ヴァルトの兄。ヴァルトや帝国の礎となったのに、ダリアと結ばれた結果彼は家にすら使い捨てられた。その話を聞いてアタシは最初の感情として、怒りを覚えた。ヴァルトは家族すら人を人だと思わない。アタシも結局、殴られ、犯され、利用価値が無くなったから処分される一歩手前の消耗玩具だったって! ふざけるなよって思ったよ。それでアタシは人形からようやく脱却した」
棺が開かれる。
「ねぇ、カイン。君はそんな汚物達が蔓延る世界が正しいと思うのかな? ダリア教団にいた頃の君は断罪するの一言しか言わなかったけど、記憶を失って盤上の駒のようになった君がどう思うか、アタシは知りたい」
少女は答えをオレに求める。
「………………………………」
「だろうね」
そう言うと、開かれた棺の中に片足を踏み入れる。
「君は答えを出せない、出せる訳ない。だって今の君はアベルでもカインでもない、昔のアタシと同じ、人形なんだから」
もう片方の足をつけると、少女は棺の中に沈んでゆく。
「アタシはカインを取り戻したい、でもアタシの命を天秤にかける訳にはいかない。ヴァルト、ベルギウスをこの手で破滅させるまでは……………………」
既に下半身が見えなくなる。
「逃げるのか?」
「そう思ってくれても構わないよ」
俺は沈んでゆく少女をただ見続ける。
「次に会ったとき、それが最後の殺し合いになると思うからね」
そして、その体が見えなくなると棺は閉じられ、淡い光を放ちながら死体と共に虚空へ消えた。
🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓
※ソフィーとパンドラのベクトルは全く違いますが、共通点は作りました。
アベルから見ると同じ姿、そして、感情の芽生えです。
人形もキーワードなので、そのうち話します。
ちなみにヴァルツァー以外の家は基本的に大所帯(一口にヴァルトーガと言っても何家族かある)です。
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