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満月の章 ダリアの黙示録
閑話 夢見たウサギは何を思う?
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(痛い)
殴られた。
(苦しい)
ぶつけられた。
(気持ち悪い)
犯された。
(やめて……………………………)
繰り返される日常。
(いや、いや……………………いやっ…………………!)
当たり前の生活。
(違う………………………)
思い込んでいた。
(ふざけるな…………………………)
それが彼女の生き様だと、そう思い込んでいた。
(絶対に………………………)
教団に入るまでは。
(許さない、皆殺しにしないと…………………………ヴァルト)
「………………………ッ!」
木々の隙間から射し込む静かな光が少女の顔を照らす。
(ゆ…………………め)
辺りをキョロキョロと見回すと、そこは林の中だった。
ひとまず外敵の脅威に脅かされる心配が無いと判断した少女は立ち上がると、
「イッッ!」
左足に急激な痛みが走り出し、無様に小柄な体を前へ転倒させる。
(歩けない。腱が………………切れてる)
「あぅっ……………………いったぁ…………………」
何があったのか。痛みに顔を歪めながら少女は眠る前の出来事を思い出した。
(あぁ、そっか。カインに斬られたんだ)
その心の呟きは、うめき声を上げる口とは逆にひどく冷静だった。
(治さないと)
ひとまず少女は治療を試みる事にした。
手を前に組む。
「『遺骸ヲ冒涜セシ大罪ノ棺よ…………』」
薄暗く輝く丸い物体が周囲を舞う。
「『儚い命の灯火を使い………………』」
それらは絶叫、悲鳴、断末魔のような甲高い音を出し続けていた。
「『業を背負った者の為……………………』」
少女の背中に巨大な棺桶が出現する。
「『盟約に従い、アタシに力をっっっ!!』」
小柄な肉体が自然の理を無視して浮遊し、そっと彼女は舞い降りる。
背負っていたのは女性が心臓を抜き取られている絵が描かれている巨大な棺だった。
叫び声が中からも聞こえる。
(リカルドは治癒系統の魔術は不得手だったはず。だったら……………………………)
続けて少女は詠唱をする。
「『魂を糸に、骨肉を傀儡に、名を呪いとして発動する! 肉骸ノ操術! 来たれ、棺の傀儡よ…………トラヴィス・ヴァルチェ』!!!」
棺が妖しく輝き甲高い悲鳴を上げると、自ら這い出てくる死体がその姿を現す。
浮遊する亡骸。
それはかつて、トラヴィス・ヴァルチェと呼ばれていた魔導師。
言わずとしれた、ヴァルト家だった人物。
「やって」
「『レ…………イ……ザス・…………エイ………ディ………オ』」
冷徹な命令によってしわがれた亡骸が放つ無力な言葉。
その詠唱が、少女の傷口を少しずつ癒やす。
左胸、左足の傷からは、ホタルのような微量の光が溢れていた。
(癒やされる………………)
やがて痛みもある程度引いてきた所で、魔術の効果は切れた。
「ひとまずこれで、応急処置はできたかな♪」
(贄血ノ治癒みたいに即効性が高いの使えればなぁ)
少女は道化のように表面上は自身の感情を殺し、独り言を放つ。
それから歩けるかどうか確かめたり、あえて力を込めて地面を蹴ったりした。
(痛い…………)
やはり完治とまでは行かず、今は歩くのが精一杯だった結果に、軽く落ち込む。
「まぁ……………………いいや」
そのまま後ろに倒れる。
棺を背負っていた状態なので、棺桶を寝具代わりにする形だった。
(あたしが準備したことは一通りやった。後は、配下の黙示の賢人達の報告を待ってればいいから、少し休もうかな)
エメラルド色の目を閉じる。
日向ぼっこする猫のように、とても気持ち良さそうに少女は微睡みへと落ちようとした。
しかし、しばらくするとその瞼の裏には、幸せとは言い難い光景が断続的に映ってきた。
『生まれながらに魔術を使えない失敗作が! せいぜい死ぬまで俺達の道具として生涯を過ごすんだなっ!』
『守護忠犬でさえプロテクティオを使えるんだ。お前は犬以下だ』
『こいつ、ヴァルトとしてはゴミクズでも消耗品としては最高じゃないか? 特に、男にとってはだが』
「……………………アァっっっ!!」
少女は跳ね起きると、棺で近くにあった木を殴り倒す。
「ハァ………………………ハァッ!」
嫌な記憶、消してしまいたくても、刻まれたように付き纏う思い出。
「違う違う違う違うっっ!!!!」
それに抵抗することなく受け入れていた過去の自分。
「消えてよっっ! アタシの中からぁぁ!!」
無垢で無力で無知で無能だった、ヴァルトの玩具時代。
「アアアアアアアアアアアアアツツッッ!!」
肉を潰したような音がする。
「………………………ア……………」
気づいたときには、技法で操っていたトラヴィスを棺によって無意識に何度も潰していた。
足がひどく痛む。
せっかく塞いだ傷も開き、血が滲む。
また腱が切れなかったのは幸いだが。
「………………………………………」
少女は感情を爆発させて物を破壊した後、決まって別の事を考える。
「カイン……………………フヘッ、カァイイィン♪」
既に彼女の中では、彼の事でいっぱいだった。
その瞳からは涙が流れる。
「可愛そうなカイン♪ あの女をどうにか駆除して、本当の君を連れ戻すから♪」
女、の部分だけ憎悪を煮込んだくらい、ドロドロした言い方で話す。
「君の永遠の伴侶は、似たもの同士のアタシだって決まってるんだよ♪」
何もない林の中でひたすら叫ぶ少女。
妄想を加速させる。
エメラルド色の瞳は濁り、口角は自然と引きつるように上がった。
「アタシのカイン♪」
(連れ戻す………………)
「カァイイィンンンン♪」
(カインを殺してでも………………)
🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓
※帝国議会議事録(上弦)の話が思ったより複雑で、書いた点に矛盾を感じてしまう愚かなことをしてしまったので、先にこの話を公開します。
あと、章のサブタイなんかしっくりこないんで、もしかしたら変更するかも?
最初の方の()は、その夢を見てる現在のパンドラの心境です。
殴られた。
(苦しい)
ぶつけられた。
(気持ち悪い)
犯された。
(やめて……………………………)
繰り返される日常。
(いや、いや……………………いやっ…………………!)
当たり前の生活。
(違う………………………)
思い込んでいた。
(ふざけるな…………………………)
それが彼女の生き様だと、そう思い込んでいた。
(絶対に………………………)
教団に入るまでは。
(許さない、皆殺しにしないと…………………………ヴァルト)
「………………………ッ!」
木々の隙間から射し込む静かな光が少女の顔を照らす。
(ゆ…………………め)
辺りをキョロキョロと見回すと、そこは林の中だった。
ひとまず外敵の脅威に脅かされる心配が無いと判断した少女は立ち上がると、
「イッッ!」
左足に急激な痛みが走り出し、無様に小柄な体を前へ転倒させる。
(歩けない。腱が………………切れてる)
「あぅっ……………………いったぁ…………………」
何があったのか。痛みに顔を歪めながら少女は眠る前の出来事を思い出した。
(あぁ、そっか。カインに斬られたんだ)
その心の呟きは、うめき声を上げる口とは逆にひどく冷静だった。
(治さないと)
ひとまず少女は治療を試みる事にした。
手を前に組む。
「『遺骸ヲ冒涜セシ大罪ノ棺よ…………』」
薄暗く輝く丸い物体が周囲を舞う。
「『儚い命の灯火を使い………………』」
それらは絶叫、悲鳴、断末魔のような甲高い音を出し続けていた。
「『業を背負った者の為……………………』」
少女の背中に巨大な棺桶が出現する。
「『盟約に従い、アタシに力をっっっ!!』」
小柄な肉体が自然の理を無視して浮遊し、そっと彼女は舞い降りる。
背負っていたのは女性が心臓を抜き取られている絵が描かれている巨大な棺だった。
叫び声が中からも聞こえる。
(リカルドは治癒系統の魔術は不得手だったはず。だったら……………………………)
続けて少女は詠唱をする。
「『魂を糸に、骨肉を傀儡に、名を呪いとして発動する! 肉骸ノ操術! 来たれ、棺の傀儡よ…………トラヴィス・ヴァルチェ』!!!」
棺が妖しく輝き甲高い悲鳴を上げると、自ら這い出てくる死体がその姿を現す。
浮遊する亡骸。
それはかつて、トラヴィス・ヴァルチェと呼ばれていた魔導師。
言わずとしれた、ヴァルト家だった人物。
「やって」
「『レ…………イ……ザス・…………エイ………ディ………オ』」
冷徹な命令によってしわがれた亡骸が放つ無力な言葉。
その詠唱が、少女の傷口を少しずつ癒やす。
左胸、左足の傷からは、ホタルのような微量の光が溢れていた。
(癒やされる………………)
やがて痛みもある程度引いてきた所で、魔術の効果は切れた。
「ひとまずこれで、応急処置はできたかな♪」
(贄血ノ治癒みたいに即効性が高いの使えればなぁ)
少女は道化のように表面上は自身の感情を殺し、独り言を放つ。
それから歩けるかどうか確かめたり、あえて力を込めて地面を蹴ったりした。
(痛い…………)
やはり完治とまでは行かず、今は歩くのが精一杯だった結果に、軽く落ち込む。
「まぁ……………………いいや」
そのまま後ろに倒れる。
棺を背負っていた状態なので、棺桶を寝具代わりにする形だった。
(あたしが準備したことは一通りやった。後は、配下の黙示の賢人達の報告を待ってればいいから、少し休もうかな)
エメラルド色の目を閉じる。
日向ぼっこする猫のように、とても気持ち良さそうに少女は微睡みへと落ちようとした。
しかし、しばらくするとその瞼の裏には、幸せとは言い難い光景が断続的に映ってきた。
『生まれながらに魔術を使えない失敗作が! せいぜい死ぬまで俺達の道具として生涯を過ごすんだなっ!』
『守護忠犬でさえプロテクティオを使えるんだ。お前は犬以下だ』
『こいつ、ヴァルトとしてはゴミクズでも消耗品としては最高じゃないか? 特に、男にとってはだが』
「……………………アァっっっ!!」
少女は跳ね起きると、棺で近くにあった木を殴り倒す。
「ハァ………………………ハァッ!」
嫌な記憶、消してしまいたくても、刻まれたように付き纏う思い出。
「違う違う違う違うっっ!!!!」
それに抵抗することなく受け入れていた過去の自分。
「消えてよっっ! アタシの中からぁぁ!!」
無垢で無力で無知で無能だった、ヴァルトの玩具時代。
「アアアアアアアアアアアアアツツッッ!!」
肉を潰したような音がする。
「………………………ア……………」
気づいたときには、技法で操っていたトラヴィスを棺によって無意識に何度も潰していた。
足がひどく痛む。
せっかく塞いだ傷も開き、血が滲む。
また腱が切れなかったのは幸いだが。
「………………………………………」
少女は感情を爆発させて物を破壊した後、決まって別の事を考える。
「カイン……………………フヘッ、カァイイィン♪」
既に彼女の中では、彼の事でいっぱいだった。
その瞳からは涙が流れる。
「可愛そうなカイン♪ あの女をどうにか駆除して、本当の君を連れ戻すから♪」
女、の部分だけ憎悪を煮込んだくらい、ドロドロした言い方で話す。
「君の永遠の伴侶は、似たもの同士のアタシだって決まってるんだよ♪」
何もない林の中でひたすら叫ぶ少女。
妄想を加速させる。
エメラルド色の瞳は濁り、口角は自然と引きつるように上がった。
「アタシのカイン♪」
(連れ戻す………………)
「カァイイィンンンン♪」
(カインを殺してでも………………)
🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓🌓
※帝国議会議事録(上弦)の話が思ったより複雑で、書いた点に矛盾を感じてしまう愚かなことをしてしまったので、先にこの話を公開します。
あと、章のサブタイなんかしっくりこないんで、もしかしたら変更するかも?
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