断罪のアベル

都沢むくどり

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新月の章 鮮血ヲ喰ライシ断罪ノ鎌

契約労働者アベル その8!

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 肉体、精神ともに疲労の限界を迎えた俺は、すぐさま宿の若い店員さんに追加の宿代を払って今や自分の部屋同然となった一室に入る。

 店員さんの完璧な気遣いが胸に染みた。

 医者を呼ぼうかと言われたが、さきほど食べたエイドマッシュルームの効能が良く効いて、どうにかなりそうだった(呼ぶだけの金もなかった)ので、断った。

 連続で宿の予約を取りたかったが残念なことに、わずかしか金がない。

 飯とか何かあったとき用にある程度蓄えておかないとまずいので、一泊分だけだ。

 でも、明日にはギルドからの依頼達成報酬と盗賊の武器を鍛冶屋に売るのでこれでしばらく連続の予約ができそうだ。

「それにしてもおっさん、結構やさしい人だったな」

 初対面の印象はゴツいコワモテのおっさんだったが。

 ベッドに寝転がり、先ほどもらった治療薬ポーションを掲げる。

 五角形ペンタゴンを組み合わせた様な洒落たガラス容器に入った緑色の液体が夕焼けを反射させ、室内を幻想的な世界に作り替えた。

「礼をしようかな」

 製品だと結構値段が高いんだよな、これ。

 借りを作るのは嫌いな性分だから今度何かしようか。

 何をするか。

「………………………………」

 思い浮かばない。

 今度にしよう。

 容器の蓋を開け、少し傾ける。

 一滴、雫が落ちる。

 ものすごい甘さを口に広げ、すぐに一気飲みした。

 しばらくその甘さに身を委ね、天井を見上げる。

 この味は過去、一回しか味わったことがないが今でもはっきり覚えている。

 いつ飲んだんだっけ。

 どうでもいいことだが、暇つぶしに考えてみる。

 あれは確か………………。

 しかし、思考しようとするがんばるものの睡魔が急に襲って思考を妨害する。

 甘いものを大量に摂取すると、眠くなる。

 確か小さいころに読んだ医学書に書いてあったな。

 おまけに、そろそろ疲労もピークを迎えてきた。

 人間、三大欲求のうち、睡眠欲だけは我慢することが不可能に近いからな。

 そんなしょうもない事を考えながら、薄い掛け布団を肩までかける。

 太陽もとっくに沈んでおり、室内は暗闇に満たされていた。

 唯一、光源として星が微弱な光を放つ。

 新月の寂しい夜。

 今日もまた紅月、聖月、闇月のどれも顔を出していない。

 暦的にも次に朱月を見れるのは約一か月後だ。

 早く見たい。

 窓を見つめることをやめ、ゆっくりと瞼を閉じた。
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