とある護衛の業務日記

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一ヶ月経過②

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 わざわざ門から出ていくのもあほらしいので、そのまま外塀を乗り越えて屋敷の外に降り立った。
 目の前には昼過ぎの城下町の慌ただしい空気に包まれている。

「さぁて。んじゃ行くか」

 やることはいつもと変わらない。追うものが足跡だけではなくなるだけで。
 突如堅牢な屋敷から現れたのに、周囲の人々が驚いているようだが、気にするほどのことでもない。しかし、敵も大胆なものである。おれと同じように出て行ったのなら、余程注目を浴びたろうに。
 すたすたと足を運びながら、つらつらとそんなことを考える。

「んー?待てよ?」

 外塀に残った痕跡を見れば、あそこを伝って賊が出入りしたのは間違いない。その割にこの周辺で騒ぎになっていないのは、如何なものだろうか。何しろそいつらは十歳前後のひと目で貴族とわかる子どもを担いでいたはずだ。言うまでもなくそれがおれの主なわけだが。
 くるりと屋敷を振り返って、ふむと頷いた。

「こりゃーちょっと手間かかるな」

 そう言ってしばらくして、痕跡を追うのを中断して向かったのは、代書屋。

「おーい爺さん、失礼するぜ」
「んお?ああ、あんたか。今度はなんだ?」

 両脇に天井に届くまで高い本棚と、中央に机と椅子、乱雑に積まれた紙の束。代書屋に入れば古い紙の匂いと墨の匂いがする。
 呼びかえに答えたのは、その本棚に脚立を掛けて座っていた好々爺然とした老人だった。降りるのが面倒くさいのか上から見下ろしてくる。

「今からちょちょっと書くから、紙と筆用意してくれ」
「あーそこの勝手に使っちゃって構わんよ。墨はあそこの奥にある」
「いや、墨は持ち合わせがあるからいいわ。それとすぐに届ける手配、できるか?」
「孫が暇して裏で寝とるから叩き起こしていいぞ。……宛先はどっちかの?」
「城の方。直接渡してほしいから、身分証いるな。入場許可証は……これでいいか。よっと」

 さらさらと書きつけた紙を封筒に入れ、近くの糊を拝借して封をする。その上から、首に引っ提げていた巾着の中のはんこを出してぽんと押す。

「じゃあ、あんたの孫借りるぜ。料金はあのおっさんにツケといて」
「……あんた、雇い主に相変わらず失礼なやつじゃの……」

 しれっと無視して店をうろつき、奥で真っ昼間からぐーすか鼾をかいていた少年の耳を持って引きずった。

「え?いっ⁉ちょっ」

 すぐに目を覚ました少年は、ぱちりと目が合うととたんにげっという顔をした。ご挨拶だな。

「ええ……せっかくいい夢見てたのに……」
「仕事しろ。どこの隠居だ」
「えええ……今すぐ?」

 基本怠惰な少年の耳から手を離しつつ、つくづくおれの周りにまともなガキがいないことを思い知らされる。おれがなにをしたっていうんだ。

「今すぐだ。城のディオ当主宛。直接渡して帰ってこい」

 ちらりと押し付けられた手紙を見たクソガキ二号は、にやりと笑った。

「ふうん?わざわざに任せるんだ。特別料金もらうよ?」

 そう来ると思っていたので、その口にクッキーの残りを放り込んだ。

「特別料金分」
「…………」

 もぐもぐしつつ、足りるかこれで、という顔で睨まれたが、全然痛くも痒くもない。

「国内随一の料理人の手作だぞ。だいたい、依頼料のことなら依頼を果たしてから言え」
「……そういうことじゃないんだけど。あんたも胃袋優先なんだねぇ。はー、わかったよ。基本先払いなんだけど、ディオさまの顔に免じてあげよう。手紙渡すだけでいいの?」
「ああ。実行動は。あのおっさんもわかってると思うが、余計なことさせるなよ」
「……ぼく、あんたの伝令じゃないんだけど」

 そう言いつつクソガキ二号は服を改め、手紙と身分証を用意していた。
 その顔は先程までのよだれを垂らしたあほ面とは程遠い。きりりと引き締まった、仕事に誇りを持つ者の顔だった。一番信用できる者の持つ、気品よようなもの。

「ま、いいや。四半時までに渡す」
「それでいい」

 最後ににやりと笑ってやると、なぜかドン引いた目で後退られた。解せぬ。

「いや……だってあんたの顔、まるで最高の虐め道具見つけた顔だもん。超悪役だもん」

 解せぬ。
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