とある護衛の業務日記

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一ヶ月経過④

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「このご時世じゃ、こんな不幸、珍しいものじゃない」

 過去から声が聞こえてくる。しわがれて空っぽな声。擦りきれてぼろぼろになって、希望も絶望もない純然たる結果を淡々と告げるのみの、声。

「ならば」と別の声が遠くから聞こえてくる。

 ――ならば、なぜ貴殿は今なお剣を抜いている?













(あ、やべ。寝てた)

 あんまり退屈だったんで、つい。目の前の捕り物も終盤を迎えている。いい時間潰しにはなったか。

「離せ!はーなーせー!この給料泥棒!性格クズ!顔面凶器!」

 腕の下では、一時間前にようやく合流できたご主人さまがじたばたもがいている。そういや、まだ拳骨してなかったわ。

「あ、手が滑った」
「ぐぅっ!?」
「ヴィオス!坊っちゃんにそのような無体!許されんぞ!」
「あーはいはいどいつもこいつも威勢だけはいいもんだなあ。あいにくとおれはお前らの命令を聞く立場じゃないわけ」
「……っく、貴様、旦那さまに気に入られているからといって……!ろくに仕事もこなせない護衛の分際で!」
「散れ、散れ。ここは屋敷のなかじゃないんだぞ」

 しっしっと手を振るとますます顔はどす黒くなったが、その後ろから王都警備隊の男が「失礼だが、伺いたいことが数点ある」と声をかけた。屋敷の一応同僚に数えるべき守兵は、渋々といったように振り返り、男についていった。
 ……さて。

「おいクソガキ。拗ねんのも大概にしとけ」
「……拗ねて、ない!」
「どこがだ」

 頭を掴んでほとんど地面に押さえつけていた格好だったから、クソガキの手入れの欠かされない髪はぐっしゃぐしゃだ。汗だくなのを見るとずいぶん必死に抵抗して暴れたようだが、おれにとっちゃ雑談(意訳)の片手間で済むこともわかったことだろう。座り直してぶすくれるだけぶすくれてやがる。無力感に苛まれるがいい。

「…………親父さまは、なぜお前のような奴を雇ったんだ。護衛らしいことなんてしてないじゃないか。どうしておれと一緒に捕まったままでいたんだ」
「こっちなりの事情があんだよ」
「事情って」
「お前の『友だち』を紹介してくれるのと交換なら、多少は教えてやってもいいぜ」

 クソガキの目がくっと開かれた。なぜそれを、という間抜け顔を鼻で笑ってやると、クソガキはいつものようにむっとせず、秘密がばれておどおどしていた。

「全体的に甘ぇんだよ。そんで誘拐されてちゃ慈悲もねえ」
「……あれは!」
「だから甘ぇっつってんだ。兄貴のことだろうが、部外者に付け入る隙まで与えるんじゃねえよ」
「……なんで、なんで、お前はそこまで知ってるんだよ!!」

 まるで悲鳴のような叫びだった。周囲は誘拐犯たちをもう外に連行したとはいえ、警備隊やディオ家から来た守兵が事件の検証のためにまだ残っている。そいつらの視線がこっちに向くのが気配だけでわかった。
 叫んだあとのクソガキは泣くのをこらえて俯くばかりで、これじゃまるっきりおれが加害者だ。
 ……さすがに、泣かせるのは契約違反になるか?減給されたらどうしよう。

「あーもう、帰るぞ」
「…………」
「仕方ねえ、特別サービスだ」

 クソガキがどんなに怒り暴れたとて、ここで泣かれるよりましだと思って、肩に俵担ぎにしてさっさと現場を離れていくが……こいつ、抵抗もしやがらねえ。泣くどころか気絶でもしたか?

「あー、その、従者どの……ヴィオスと呼ばれていたかな?」
「あ?」

 呼び止めてきたのは、さっき一応同僚を散らしてくれた男だった。なんか微妙な顔してやがる。

「……その、一応、人からどう見られるかは、気にした方がいいかと思うんだが」
「…………」

 嫌な予感がしてクソガキの背中を掴んで引き剥がして、その顔を覗き込んだ。
 ぱちりと瞬いた。
 既に泣いていた。

「……お前、器用な泣き方するんだな」
「…………黙れ」
「じゅ、従者どの、そのような無体もやめた方が……」

 男に言われて、ぐるりと周囲を見渡す。高位貴族の子どもを猫のようにつまんだ悪人面(あんまり認めたくないが)。事情を知っている連中からすらも変な顔をされているし、目が合うと逸らされるかぎこちなく笑われるか。

「……」

 とりあえず脇に抱え直してみた。

「……いや、あまり印象は変わっていないぞ」
「外の馬車までだから別にいいだろ」
「私も共に出ようか。それか、外で待機している部下たちが誤解しないように言い含めておいた方がいいのではないか」

 ……余計なお世話だが、そう言い切れないのが悲しい世の中である。 


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