とある護衛の業務日記

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四ヶ月経過①

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 昼のいつもの時間にいつもの場所に行くと、執事長がにこにこと待っていた。例にないことなので警戒すると笑顔で間合いに踏み込まれた。この爺。

「旦那さまが感謝しておりますよ、ヴィオスどの」
「……呼び捨てでいいっすよ、執事長。上司が部下に敬称を付けちゃあ体面が悪い」
「おや、君がそれを気にするとは珍しい。永久就職してくれる気になりましたかな?」
「…………。それで、感謝ってなんのことっすか」
「おお、忘れておりました」

 ……この爺の白々しさも大概だ。大袈裟に手を打ちやがってる間にも、おれが暗殺者で今襲いかかったとしても返り討ちにできる隙のなさ。あのおっさん、よくこんな化けもんを手懐けたな。

「それは君も変わりませんよ、ヴィオス」
「……なんで心が読めたのかとか聞かないからなおれは。つか乗っかるんすね」
「貴重なですからね。そうそう、坊っちゃんに剣を教えてやって、はやふた月以上が過ぎたわけですが、健やかな成長ぶりが旦那さまには喜ばしいようです」
「あー……」

 確かにというか、最近身長がぐんと伸びて服を全て新調しなきゃいけないとか侍女長が言ってた気がする。稽古着にしてる服も泥だらけだしあちこち引っかけてすぐほつれるから初めは厳しく怒られたもんだが、それでも嬉しそうにしてたな、あの人。

「成長期だからっすよ」
「身長の話だけではござらんで。日に焼け逞しく、内面もまた……亡きリオネスさまに似通いはじめておられます」
「それ、あんたらにとっちゃ嬉しいことなんで?」
「戦は終わりましたから」

 あ、そう、としか言えない返答だった。残念そうに見られても、おれはそのリオネスとやらは、たったの一度、遠目からしか見たことねーんだって。

「それから、君のことも旦那さまは気にかけていますよ。最近坊っちゃん付きの侍女と仲がいいようではないですか」

 どうなんです?と茶目っ気たっぷりに視線を向けられ、思いきり呆れた。

「下世話っすねあんたら」
「旦那さまはお優しいので、罪悪感もまた得ているのですよ。できれば君にも『人並みの幸せ』をと願っています」

 わざわざゆっくり区切って言いやがったな。思わず睨み付けたが、飄々としたその容貌は怯みも怖れも怒りもない。むしろ面白いという色が増していやがる。この爺。永久就職ってそこに繋がるのかよ。

「……旦那さまが、そう仰ったんで?」
「いえ、単に私が勝手にお気持ちを汲んでいるだけです」
「なら言っときますが、おれとの契約の内容に、おれの身命の無事は入ってないんでそういうもんだと思っといてください」
「おや、手厳しい。それで、サリーとはどうなったのです?」
「…………あれを仲がいいって言う方が馬鹿だと思いますがね。目が合う度に逃げのポーズをされてるんですが、誰があんたにそんな嘘を言ったんですかね?」
「おやおやぁ?」

 爺はにんまりと、この上なく意地汚く笑った。言い方もやけにゆっくりとして、人を煽るように首まで傾げている。嫌な予感しかしない。

「サリーがどの侍女かお分かりのようすですね?名前はいつ知ったんでしょう。そういうところに興味を持たないようにしていたはずの君が、珍しいことです」
「…………」

 ようやく口を滑らせたことに気づいたが、諦めざるを得なかった。あれこれ言い訳したら揚げ足をまた取られる。
 ちっと舌打ちした。

「こんの狸爺め」
「声に出しておりますぞ?」
「これは失敬」
「弁明はされない?」
「してもあんたは信じてくれなさそうなんで」
「達観してますねぇ。まだ二十代でしょう、君。というかまだ二十五にもなってないと伺いましたが」
「自分の年齢なんて数えませんよ」
「それは君のいた部隊だけです。それで?弁明してみても私は信じませんが、坊っちゃんは信じるかもしれませんよ?」

 それだけで情報源がどこかはわかった。

「……あんた、あのクソガキに余計な知恵つけてねぇだろうな?」
「もちろん。遅めの思春期に突入した若者なので、主人らしく温かく見守っていてくださいとお願いしたまでです」
「おい爺、遅めの思春期ってなんだ」
「敬語とタメ口と悪態がぶれぶれですねえ。慣れないなら、君こそ自由にタメ口で構いませんよ。まず悪態を上品につける練習からはじめた方が良さそうですし、敬語はそのあとにどうにでも」

 執事長はひらりと片手を振って、背中を向けた。

「君もそろそろ、坊っちゃんとの稽古の時間でしょう?」
「…………ちっ」

 とことん逃げ方の上手い爺だ。
 この鬱憤もあのクソガキが諸悪の根元と思えば……今から発散してやる。

「骨は折らないでくださいね。一月後にお披露目があるんですから」
「努力はする」

 わかってるならわざわざクソガキに押し付けてんじゃねーよ。 

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