8 / 29
四ヶ月経過①
しおりを挟む昼のいつもの時間にいつもの場所に行くと、執事長がにこにこと待っていた。例にないことなので警戒すると笑顔で間合いに踏み込まれた。この爺。
「旦那さまが感謝しておりますよ、ヴィオスどの」
「……呼び捨てでいいっすよ、執事長。上司が部下に敬称を付けちゃあ体面が悪い」
「おや、君がそれを気にするとは珍しい。永久就職してくれる気になりましたかな?」
「…………。それで、感謝ってなんのことっすか」
「おお、忘れておりました」
……この爺の白々しさも大概だ。大袈裟に手を打ちやがってる間にも、おれが暗殺者で今襲いかかったとしても返り討ちにできる隙のなさ。あのおっさん、よくこんな化けもんを手懐けたな。
「それは君も変わりませんよ、ヴィオス」
「……なんで心が読めたのかとか聞かないからなおれは。つか乗っかるんすね」
「貴重な同志ですからね。そうそう、坊っちゃんに剣を教えてやって、はやふた月以上が過ぎたわけですが、健やかな成長ぶりが旦那さまには喜ばしいようです」
「あー……」
確かにというか、最近身長がぐんと伸びて服を全て新調しなきゃいけないとか侍女長が言ってた気がする。稽古着にしてる服も泥だらけだしあちこち引っかけてすぐほつれるから初めは厳しく怒られたもんだが、それでも嬉しそうにしてたな、あの人。
「成長期だからっすよ」
「身長の話だけではござらんで。日に焼け逞しく、内面もまた……亡きリオネスさまに似通いはじめておられます」
「それ、あんたらにとっちゃ嬉しいことなんで?」
「戦は終わりましたから」
あ、そう、としか言えない返答だった。残念そうに見られても、おれはそのリオネスとやらは、たったの一度、遠目からしか見たことねーんだって。
「それから、君のことも旦那さまは気にかけていますよ。最近坊っちゃん付きの侍女と仲がいいようではないですか」
どうなんです?と茶目っ気たっぷりに視線を向けられ、思いきり呆れた。
「下世話っすねあんたら」
「旦那さまはお優しいので、罪悪感もまた得ているのですよ。できれば君にも『人並みの幸せ』をと願っています」
わざわざゆっくり区切って言いやがったな。思わず睨み付けたが、飄々としたその容貌は怯みも怖れも怒りもない。むしろ面白いという色が増していやがる。この爺。永久就職ってそこに繋がるのかよ。
「……旦那さまが、そう仰ったんで?」
「いえ、単に私が勝手にお気持ちを汲んでいるだけです」
「なら言っときますが、おれとの契約の内容に、おれの身命の無事は入ってないんでそういうもんだと思っといてください」
「おや、手厳しい。それで、サリーとはどうなったのです?」
「…………あれを仲がいいって言う方が馬鹿だと思いますがね。目が合う度に逃げのポーズをされてるんですが、誰があんたにそんな嘘を言ったんですかね?」
「おやおやぁ?」
爺はにんまりと、この上なく意地汚く笑った。言い方もやけにゆっくりとして、人を煽るように首まで傾げている。嫌な予感しかしない。
「サリーがどの侍女かお分かりのようすですね?名前はいつ知ったんでしょう。そういうところに興味を持たないようにしていたはずの君が、珍しいことです」
「…………」
ようやく口を滑らせたことに気づいたが、諦めざるを得なかった。あれこれ言い訳したら揚げ足をまた取られる。
ちっと舌打ちした。
「こんの狸爺め」
「声に出しておりますぞ?」
「これは失敬」
「弁明はされない?」
「してもあんたは信じてくれなさそうなんで」
「達観してますねぇ。まだ二十代でしょう、君。というかまだ二十五にもなってないと伺いましたが」
「自分の年齢なんて数えませんよ」
「それは君のいた部隊だけです。それで?弁明してみても私は信じませんが、坊っちゃんは信じるかもしれませんよ?」
それだけで情報源がどこかはわかった。
「……あんた、あのクソガキに余計な知恵つけてねぇだろうな?」
「もちろん。遅めの思春期に突入した若者なので、主人らしく温かく見守っていてくださいとお願いしたまでです」
「おい爺、遅めの思春期ってなんだ」
「敬語とタメ口と悪態がぶれぶれですねえ。慣れないなら、君こそ自由にタメ口で構いませんよ。まず悪態を上品につける練習からはじめた方が良さそうですし、敬語はそのあとにどうにでも」
執事長はひらりと片手を振って、背中を向けた。
「君もそろそろ、坊っちゃんとの稽古の時間でしょう?」
「…………ちっ」
とことん逃げ方の上手い爺だ。
この鬱憤もあのクソガキが諸悪の根元と思えば……今から発散してやる。
「骨は折らないでくださいね。一月後にお披露目があるんですから」
「努力はする」
わかってるならわざわざクソガキに押し付けてんじゃねーよ。
0
あなたにおすすめの小説
草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!
アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。
思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!?
生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない!
なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!!
◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる