とある護衛の業務日記

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四ヶ月経過②

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「ほーら、さっさと立てよクソガキ。骨は折れないからその分バカスカするぞー」
「う、嘘言うなよお前!『折れないといいなー』とか言っときながら初っぱなから人の骨を三本折ったのはどこのどいつだ!!」
「ディオ家に仕えるアルフ・ヴィオスだな」
「つまりお前だよ!!」

 びしいっと音がしそうな勢いで指を向けたクソガキ。……ふむ。こうしてみると身長はやっぱり伸びてるし、居措にもメリハリがついてきたし、あと生きがよくなった。最近日が長くなってきたから、夕方といってもまだ太陽は頭上にある。その光が、クソガキの頭をきんきら照らして、眩しいといえば眩しい。だから目をそらしたのはけしてクソガキの話に気まずくなったからではない。

「あーはいはい、あのときは手加減できなくて悪かったよ。今じゃ慣れたからちゃんと折らねえって」
「ちゃんとってどういう意味だよ!」
「来月お披露目って聞いたぜ。杖ついたか腕を吊り下げた次期当主なんざ見映えもくそもねーもんな」
「……聞いたって、お前、知らなかったのか?」

 クソガキが剣を構え直したままぽかんとしているので、隙ありと踏み込んでみたら即座に間合いを空けられた。
 ……ふむ。反応も上々。だが甘い。

「そらよっと」
「うぇ!?……っでえ!」
「足元の注意が疎か。剣手放しちゃいけないのが宮廷剣術なんだろ?なら絶対に転けるなっつーのに、お前は転がし大会いつになったら卒業すんの?」
「……言っとくけど!宮廷剣術にはお前のやり方もないんだからな!」
「知らねーよ、おれは貴族じゃないんだから。城に入ったこともなし」
「……じゃあ、お前のその剣術はなんて名前をつけられてるんだ」
「名前なんてねーよ」

 四方八方から敵が襲いかかってくる戦場で身につけた剣術に名前なんてあるもんか。同じ戦うための技術なのに全く別の系統の宮廷剣術なんてもんがあると知ったときには、なんて平和なもんだと思ったくらいだ。それで戦場で死んでるから様ねぇが、今はあの爺が言ったように、「戦が終わった時代」だ。
 少なくとも、目の前のクソガキが実戦に駆り出されるような国造りを、たったの一度で懲りてるあのおっさんは絶対にしない。
 クソガキはもう立ち上がるつもりはないのか、無様に転んだ姿から起き上がると胡座を掻いていた。……この顔で胡座。侍女長が女の子のように可愛らしいとさんざん言ってた顔で胡座。
 まあいいか。

「お前はじゃあ、どこから父上に連れてこられたんだ」
「あ?」
「ディオ家は筆頭貴族だぞ?貴族でもなく城に登ったこともない無名のお前みたいな超がつくほど柄が悪い暇人が、どこで父上と知り合った?」

 ここぞとばかりに悪態ついたなこいつ。

「おら、立て。まだ一時間は残ってる」
「逸らすな」
「気が向いたら打ち込みしてる最中に口滑らせるかも知れねーな」
「…………」

 ここで立ち上がるから、このクソガキも人を疑うことを知らない。騙されて誘拐されて懲りたかと思えば素直のまんま。まあ誰も騙されたとか教えてやってすらないんだが。

「お前、うかうかと人の言ったことを信じてると、ぱっくり食われちまうぞ。お披露目、それでやらかしても知らねーからな」
「お前は、おれを騙さないだろう」
「あ?」
「お前は人に仕えるわりにめちゃくちゃ失礼で態度がでかいが、少なくともおれに嘘をついたことはない」
「…………ずいぶんと甘いことで」
「誤魔化しも下手くそだな。お前、お披露目に自分も出席しなければならないのに忘れていたんだろう」
「…………」
「ほら見ろ。図星だ。お前は前からおれに散々言うくせに――」
「よーし一時間無制限転がし大会始めるかー。そーれ」
「……うおっ!?」
「はい一回目ー。五十越えたら罰ゲームでお前の晩餐のデザートはおれの胃の中な」
「なっずるいぞこの甘党!」
「お高いもんは食えるときに食っとかないとな。――そら二回目」
「くっ……」
「脇が甘ぇ、隙が大きい、もっと感覚のばせ追いつけてねーぞ。戦場じゃ敵味方関係なく矢が降り注ぐからな。見なくとも避けれるようになれ」
「戦場!?」
「あいにくとおれはお綺麗な剣術なんぞ知らんからな。三回目。気ぃ抜くな。受け身はまあまあか――立ち上がるまで待つのが宮廷流、立ち上がるまでに止めを差すのがおれ流だぞ、ほれ四回目。……そうそう、立ち上がるときにも相手を見張れよ、無駄口叩く余裕もないか、そうかそうかよかったな。五回目」

 結局転がしたのは五十九回。おれの勝ち。
 デザートは冷たいプディングだった。恨めしそうに見やるクソガキを視界に収めて食うデザートの美味しさよ。 
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