15 / 29
傲慢王弟の戦慄
しおりを挟む
「……ライオネル、彼は、一体どこから拾ってきた?」
なるべく取り繕ってはいるが、目の前の男には自分が動揺していることなど丸わかりだろう。それどころか無知を晒すことすらあまりいいことではないが、この時ばかりは仕方がない。
ライオネルも多少は呆れているのか、酒杯を傾けつつも苦笑している。
「レオが真っ青な顔で侍医をと変なおねだりをしたからな……。ベール医師も驚いていた。よくあの怪我でまともな顔をして二時間立ち続けていられたものだと。肉が裂けて骨まで見えていたそうじゃないか。傷を縫ったのは彼自身で、その腕前までベール医師は褒めていたが、おかしな話だ。普通は褒めるところじゃないと思うんだが」
「……反省はしないからな。私は正しいことをした」
「それで負けて、空の鞘をぶら下げたまま私のところに顔を見せたということだな」
くつりくつりとライオネルが笑う。さすがにこれには言い返せない。思い出すだけでも恥ずかしい。剣を奪われ外に投げ捨てられたのに、茫然自失でバルコニーから逃げ出し、この男についていた執事に問われるまで剣のことなど頭から忘れ去っていた。後に手元に帰ってきた剣は、血痕がついて長時間放置されていたはずなのだが、きれいに手入れされていた。そこまでの手間までかけさせたということだ。この私にして、あり得ない失態だ。
しかし……。
「あれは異常だ。首めがけた一撃を冷静に目で追えていたのはまあいい。しかし、それで素手を差し出すか?しかもあれほどの傷を負っていながら、苦悶を声に出すこともなく、わずかに眉をしかめただけで冷静に自分で処置していたのだぞ」
「恐らく素手だったのは、目測を誤ったからだと思う。もしくはレオが邪魔で剣を抜けなかったのだろう。あれがパーティー会場でなければ、あの子の体面を気にする場面でなければ、お前の首など簡単に胴体に別れを告げていたろうよ」
「……な……」
「だいたい、お前は私に聞くまでもなく勝手に調査していただろう。お気に入りに悪い虫がつかないようにといつもの癖で。そうして斬っていいと判断したから、雇い主の私に無断で殺そうとした。試したにせよ、だ。反撃がなかったのは本当に運が良かった――それ以外にはない」
それは、「王族」という身分の盾すら通用しないということ。さすがに絶句していると、からん、とライオネルが手元の酒杯を揺らして大きな氷を転がしていた。
それすら私の意識を向けさせるためで、ライオネルはまっすぐに私を見つめていた。感情の読めない目。長男が亡くなってから、この男はこんな顔をするようになった。
「彼は、対等な契約のもと私に雇われてくれた。あまり過ぎた真似をするなら、お前とは縁を切るぞ」
「……だが、レオナールにあんな素性もわからぬ男が専属従者でいいとは思えん。もっと他にいただろう」
「彼以上に完璧に息子を守りきる人間を、私は知らない」
「――みすみす誘拐されたのにか?骨折させたこともあるし、今日だって」
「見解の相違だな。悪いが、ディオ家の方針だ。口を慎め」
「これは王族として、有力貴族の次代を見過ごせないからで」
「レオに過分なほどの愛情を抱いてくれるのはありがたいが、お前が地位を振りかざして偏愛を振り撒くことは間違いだ。越権行為も甚だしい。それどころか、レオにとって余計な負担にしかならないとわからないのか」
「なっ」
「あまり理解できないようだと、陛下に進言させてもらうぞ」
「……お前は」
目の前に見えない亀裂が入っている。いつからだ。一年前まではそんなものはなかった。ライオネルとはそれこそ子どもの頃からの付き合いで、悪戯もわがままもひとしきり一緒にやり抜け、ライオネルの二人の息子も生まれたときから知っている。
リオネスがいなくなってから、この男は遠ざかり始めた。
現に、今回のパーティーの招待状が来るまで、私はせっかく王都に来てくれたレオナールと会うことすらできなかったのだ。
「お前は、リオネスが死んだのは、私のせいだと言いたいのか」
ライオネルはただ静かに、私を見つめるだけだった。
なるべく取り繕ってはいるが、目の前の男には自分が動揺していることなど丸わかりだろう。それどころか無知を晒すことすらあまりいいことではないが、この時ばかりは仕方がない。
ライオネルも多少は呆れているのか、酒杯を傾けつつも苦笑している。
「レオが真っ青な顔で侍医をと変なおねだりをしたからな……。ベール医師も驚いていた。よくあの怪我でまともな顔をして二時間立ち続けていられたものだと。肉が裂けて骨まで見えていたそうじゃないか。傷を縫ったのは彼自身で、その腕前までベール医師は褒めていたが、おかしな話だ。普通は褒めるところじゃないと思うんだが」
「……反省はしないからな。私は正しいことをした」
「それで負けて、空の鞘をぶら下げたまま私のところに顔を見せたということだな」
くつりくつりとライオネルが笑う。さすがにこれには言い返せない。思い出すだけでも恥ずかしい。剣を奪われ外に投げ捨てられたのに、茫然自失でバルコニーから逃げ出し、この男についていた執事に問われるまで剣のことなど頭から忘れ去っていた。後に手元に帰ってきた剣は、血痕がついて長時間放置されていたはずなのだが、きれいに手入れされていた。そこまでの手間までかけさせたということだ。この私にして、あり得ない失態だ。
しかし……。
「あれは異常だ。首めがけた一撃を冷静に目で追えていたのはまあいい。しかし、それで素手を差し出すか?しかもあれほどの傷を負っていながら、苦悶を声に出すこともなく、わずかに眉をしかめただけで冷静に自分で処置していたのだぞ」
「恐らく素手だったのは、目測を誤ったからだと思う。もしくはレオが邪魔で剣を抜けなかったのだろう。あれがパーティー会場でなければ、あの子の体面を気にする場面でなければ、お前の首など簡単に胴体に別れを告げていたろうよ」
「……な……」
「だいたい、お前は私に聞くまでもなく勝手に調査していただろう。お気に入りに悪い虫がつかないようにといつもの癖で。そうして斬っていいと判断したから、雇い主の私に無断で殺そうとした。試したにせよ、だ。反撃がなかったのは本当に運が良かった――それ以外にはない」
それは、「王族」という身分の盾すら通用しないということ。さすがに絶句していると、からん、とライオネルが手元の酒杯を揺らして大きな氷を転がしていた。
それすら私の意識を向けさせるためで、ライオネルはまっすぐに私を見つめていた。感情の読めない目。長男が亡くなってから、この男はこんな顔をするようになった。
「彼は、対等な契約のもと私に雇われてくれた。あまり過ぎた真似をするなら、お前とは縁を切るぞ」
「……だが、レオナールにあんな素性もわからぬ男が専属従者でいいとは思えん。もっと他にいただろう」
「彼以上に完璧に息子を守りきる人間を、私は知らない」
「――みすみす誘拐されたのにか?骨折させたこともあるし、今日だって」
「見解の相違だな。悪いが、ディオ家の方針だ。口を慎め」
「これは王族として、有力貴族の次代を見過ごせないからで」
「レオに過分なほどの愛情を抱いてくれるのはありがたいが、お前が地位を振りかざして偏愛を振り撒くことは間違いだ。越権行為も甚だしい。それどころか、レオにとって余計な負担にしかならないとわからないのか」
「なっ」
「あまり理解できないようだと、陛下に進言させてもらうぞ」
「……お前は」
目の前に見えない亀裂が入っている。いつからだ。一年前まではそんなものはなかった。ライオネルとはそれこそ子どもの頃からの付き合いで、悪戯もわがままもひとしきり一緒にやり抜け、ライオネルの二人の息子も生まれたときから知っている。
リオネスがいなくなってから、この男は遠ざかり始めた。
現に、今回のパーティーの招待状が来るまで、私はせっかく王都に来てくれたレオナールと会うことすらできなかったのだ。
「お前は、リオネスが死んだのは、私のせいだと言いたいのか」
ライオネルはただ静かに、私を見つめるだけだった。
0
あなたにおすすめの小説
草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!
アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。
思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!?
生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない!
なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!!
◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる