とある護衛の業務日記

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傲慢王弟の戦慄

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「……ライオネル、彼は、一体どこから拾ってきた?」

 なるべく取り繕ってはいるが、目の前の男には自分が動揺していることなど丸わかりだろう。それどころか無知を晒すことすらあまりいいことではないが、この時ばかりは仕方がない。
 ライオネルも多少は呆れているのか、酒杯を傾けつつも苦笑している。

「レオが真っ青な顔で侍医をと変なおねだりをしたからな……。ベール医師も驚いていた。よくあの怪我でまともな顔をして二時間立ち続けていられたものだと。肉が裂けて骨まで見えていたそうじゃないか。傷を縫ったのは彼自身で、その腕前までベール医師は褒めていたが、おかしな話だ。普通は褒めるところじゃないと思うんだが」
「……反省はしないからな。私は正しいことをした」
「それで負けて、空の鞘をぶら下げたまま私のところに顔を見せたということだな」

 くつりくつりとライオネルが笑う。さすがにこれには言い返せない。思い出すだけでも恥ずかしい。剣を奪われ外に投げ捨てられたのに、茫然自失でバルコニーから逃げ出し、この男についていた執事に問われるまで剣のことなど頭から忘れ去っていた。後に手元に帰ってきた剣は、血痕がついて長時間放置されていたはずなのだが、きれいに手入れされていた。そこまでの手間までかけさせたということだ。この私にして、あり得ない失態だ。
 しかし……。

「あれは異常だ。首めがけた一撃を冷静に目で追えていたのはまあいい。しかし、それで素手を差し出すか?しかもあれほどの傷を負っていながら、苦悶を声に出すこともなく、わずかに眉をしかめただけで冷静に自分で処置していたのだぞ」
「恐らく素手だったのは、目測を誤ったからだと思う。もしくはレオが邪魔で剣を抜けなかったのだろう。あれがパーティー会場でなければ、あの子の体面を気にする場面でなければ、お前の首など簡単に胴体に別れを告げていたろうよ」
「……な……」
「だいたい、お前は私に聞くまでもなく勝手に調査していただろう。お気に入りに悪い虫がつかないようにといつもの癖で。そうして斬っていいと判断したから、雇い主の私に無断で殺そうとした。試したにせよ、だ。反撃がなかったのは本当に運が良かった――それ以外にはない」

 それは、「王族」という身分の盾すら通用しないということ。さすがに絶句していると、からん、とライオネルが手元の酒杯を揺らして大きな氷を転がしていた。
 それすら私の意識を向けさせるためで、ライオネルはまっすぐに私を見つめていた。感情の読めない目。長男が亡くなってから、この男はこんな顔をするようになった。

「彼は、対等な契約のもと私に雇われてくれた。あまり過ぎた真似をするなら、お前とは縁を切るぞ」
「……だが、レオナールにあんな素性もわからぬ男が専属従者でいいとは思えん。もっと他にいただろう」
「彼以上に完璧に息子を守りきる人間を、私は知らない」
「――みすみす誘拐されたのにか?骨折させたこともあるし、今日だって」
「見解の相違だな。悪いが、ディオ家の方針だ。口を慎め」
「これは王族として、有力貴族の次代を見過ごせないからで」
「レオに過分なほどの愛情を抱いてくれるのはありがたいが、お前が地位を振りかざして偏愛を振り撒くことは間違いだ。越権行為も甚だしい。それどころか、レオにとって余計な負担にしかならないとわからないのか」
「なっ」
「あまり理解できないようだと、陛下に進言させてもらうぞ」
「……お前は」

 目の前に見えない亀裂が入っている。いつからだ。一年前まではそんなものはなかった。ライオネルとはそれこそ子どもの頃からの付き合いで、悪戯もわがままもひとしきり一緒にやり抜け、ライオネルの二人の息子も生まれたときから知っている。
 リオネスがいなくなってから、この男は遠ざかり始めた。
 現に、今回のパーティーの招待状が来るまで、私はせっかく王都に来てくれたレオナールと会うことすらできなかったのだ。

「お前は、リオネスが死んだのは、私のせいだと言いたいのか」

 ライオネルはただ静かに、私を見つめるだけだった。
 
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