とある護衛の業務日記

文字の大きさ
上 下
16 / 29

五ヶ月半経過①

しおりを挟む
 ちょび髭にやられた傷は医者がびっくりするほどやばかったらしいが、今日やっと抜糸した。切り口が地味に歪んでるのに眉を吊り上げられたのは懐かしい思い出だ。
 腕にざっくり刺さったまんまその剣をぶん回して後ろに放り投げたってのを言ったら多分怒鳴られただろうが、あのちょび髭以外目撃者はいないし、公言できる話でもないから迷宮に捨てられたまんまだろう。口をつぐんでいたら、でも縫い方が上手いと褒められたので、なおさらよし。
 ただ、もう自分の部屋に下がって寝てりゃあいいもんを、おれと別れたあとに普通の服に着替えた上で、付き添ってきた侍女と真っ青な顔で手を組み合わせてがたがた震えるクソガキが隣にいたのが激しく鬱陶しかった。使用人用の部屋だぞここ。個室とはいえそんなに人数が入るわけねーだろ。医者もさりげなく邪魔っぽい顔してたなそういえば。
 怪我したことは内密にしときたかったってのに、侍女まで知っちまったし。
 後でクソガキと侍女の二人に、警護の面で問題になるから絶対に口外するなとは言っといたが、意味が通じてるかどうか。

「休暇扱いにはできないのか」とまだまともなことを言うクソガキ。
「わ、私がその分坊っちゃんをお守りします!」とか見当違いな意気込みを見せる非戦闘侍女。やめれアホ。さすがにクソガキと一緒にそりゃねーわという顔をしたら、真っ赤になって口ごもっていた。
 そして医者は。

「そんなに仕事がしたいならいいが、右手は抜糸する前もしたあとも、ひとまずひと月はなるべく使うな。力もいれるな。あんたの筋肉じゃ糸の方がはち切れるぞ」

 んな訳あるかおれは人外か。クソガキ真顔になんな。

「あんた筋肉の付き方がいいからな。細身でもかなり鍛えられとるの」
「そんなもんあんのか?あと変態臭い」
「黙らっしゃい。旦那さまにも進言しとくが、くれぐれも、くれぐれも傷口が開くような馬鹿なことをするなよ。いいな」
「ハイハイ」
「真面目にせんか」

 そんでも、抜糸してみると多少は楽になった。腕に糸がついてる感覚って気持ち悪かったんだよな。おれがやったことだが。あと侍女がうざい。クソガキも。
 ええい今日もまとわりついて来やがって!仕事に散れ侍女!クソガキは黙って勉強しとけ!こんくらいの本運ぶくらい左手一本で充分だっつーの!むしろ筋トレ!黙って見とけ!









 そして今日の昼にいつもの場所にいくと、珍しいことにおっさんが待っていた。片手を上げて気さくに挨拶された。

「体の調子はどうですかな?」
「……あんたの息子、どうにかしてくれませんかね。何か持つたんびにちょろちょろしてくるんすけど。使用人棟まで送るとか抜かして付いて来やがるし。これじゃあべこべっすよ」 
「心配されるのはお嫌かな?」

 おいおっさん、その温かい目をやめてくれ。

「やっぱり貴殿にはずっとレオの傍にいて欲しいと思いますな。策謀抜きでね」
「……やっぱりって、初耳なんすけど」
「出会った当初に言うと、その場で逃げられると思いましたので」

 ……図星とも言いたくねえなあ、これ。今は絆されまくってるって言いたいわけだろ。

「……あんたの大切なご子息を、おれは二度殺すことになりますよ」
「それは絶対にあり得ません」
「……すでに骨折させたんですがね」
「今はそんなこと、しないでしょう?」
「…………」

 なんだかなぁ、このおっさん、やけにおれにも優しいんだよな……。半年くらい前までは全然面識なかったはずなのに。息子の骨折られてもありがとうと暢気に笑う貴族がいるとか、これまで想像できなかった。なんの礼だよ。

「私はね、貴殿がレオのために剣を抜いてくれたことが、とても嬉しいんですよ」

 おれの心を読んだように、おっさんは朗らかに言った。単純明快な回答をするように淀みもなく。

「それに、あなたの剣には情がこもってる。だからレオも貴殿だけは無視できない。打ち合わせる間に、伝わってくるものがあるから」

 ざわりと一際強い薫風が吹いた。湿り気を帯びておれやおっさんの服を揺らしていく。
 ……黙ってしまったおれの肩を、おっさんはぽんと軽く叩いた。

「これからまた剣稽古の時間でしょう。あなたに無理のない範囲で、レオを鍛えてやってください」
「…………」





 おっさんが立ち去ったあとも、しばらく動けなかった。どぶに捨ててきた一年前までのあれこれが、強烈に脳みそに襲いかかったから。
 その原因は。

『お前の剣――その一振りごとに、情が詰まってる。優しいやつだよなぁ、ほんとに。見た目によらず。見た目がそれだけど。いやーもう信じられないくらいのギャップだけど!』
『うるせえお前は褒めてんのか喧嘩売ってんのかどっちだ。そうか喧嘩か。買ってやるよ構えろコラ優しーく撫で斬りしてやっから』

(……どこかで、似たような言葉を…………)

 しばらく呆然としていたが、やがて、霞がかったままの記憶に首を振った。こうしていても埒が明かない。
 これからクソガキを転がしまくって、このもやもやとした気持ちを晴らさせてもらおうか。














----------




 ――父上、レオ。この間面白い男に会ったんですよ。「千里眼」です。どんな遠く離れた戦況もまるで直に見たように的確な用兵をこなし、味方に紛れ込んでる敵の密兵も一見で排除。彼自身も四方八方を敵に囲まれて攻勢を受けても死角など存在しないかのように全ていなし切る達人です。そちらにその様な噂は広まっているでしょうか。
 それがですよ?変装した私に気づかないんですよ。あんまりおかしくて数日の戦時休暇をその男のところで過ごしましたが、まっっったく、気づかない!それどころか「仕事」がない時のあの気の抜け方!彼の部下はだから彼を慕ってるんでしょうね……見ていてとても平穏で、戦場に出て五年は経つ私でも、休暇らしい休暇を過ごしたのはこの時が初めてでした。
 その日、話の流れで彼と剣を打ち合わせたのですがね。不思議ですよ。
 彼、剣をとても感情に素直に振るんです。なんで私が分かってしまうのか不思議ですが、本当に、伝わってくるんです。レオならもっと詳しく感じ取れるのでしょうね。彼の剣には情がこもっている。勝つためとか武功のためではない、彼が家族と見なす部下たちの安穏のために腕を磨き、生き延びてきたのです。狭い世界の剣です。ですが、私は、とても面白く……心地よく感じました。

 この戦が終わったら、彼に会ってもらいたいです。粗野ですがとても優しい男です。彼の部下たちも。レオも、彼らになら心を開けるでしょう。それまでに、私自身が彼の友人にならなければなりませんが、そこは鋭意努力します。父上も、ぜひ数少ない私の友人(予定)をご覧になってください。
 それでは、二人とも、遠い戦地から、二人の健康を祈っております……。


-------ライオネル・ディオのレターケースより。   
しおりを挟む

処理中です...