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第一部
1ー1
しおりを挟む「ローナ!起きて!」
中小貴族や官僚の住居が揃う都の西区画の片隅、簡素な門と狭い庭ばかりの質素な家にその声が響いた。
腰まで伸びる長い金茶の髪をひっつめ、紺のエプロンドレスと同色のタイ、白のブラウスの少女が狭い家を闊歩し、赤味がかった青い瞳をぎらりと輝かせている。そう経たずに目的地に辿り着くと、遠慮なく扉を開け放ち、一声。
「さっさと起きなさいって言ってるでしょ!!」
覚醒と睡眠の狭間でぼんやりと揺蕩っていた人間にこれ程景気のいい朝の挨拶などない。寝台に転がっていたローナは思わず飛び起きたのだった。
「ル、ルア」
「仕事に遅刻したいの?さっさと支度して食堂!ナジカが待ってるんだから!」
「お、おう」
寝癖のついた茶色のぼさぼさの髪を押さえながらあわてて立ち上がった少年ローナは、寝巻きのボタンを外しながら枕元のネックレスを手に取った。
ルアが満足そうに部屋を出ていったので、ほっと息をつきながら本格的に着替えに取りかかったローナだった。
「ナジカ、おはよう」
五人入るか入らないか、入っても通路が埋まってしまいそうな狭い食堂は、もともと厨房のとなりの物置だった所をそれなりに整えただけの場所で、そこらで買ったテーブルと椅子を並べただけで平民の食卓と変わらない。ローナも女性陣も気にするものはいなかったが。
ナジカはちらりとこちらを見て少しだけ首を振ってくれた。目がとろんとしてるのは眠たいのだろう。苦笑しながら席について、早速焼きたてのパンを口に頬張った。
途中からルアも食事に参加した。
ルアはともかく、ローナもナジカも寝起きで頭がぼんやりしている。しばらく黙々と三人で食べていると、新たな登場人物……というか家主が現れた。
「あ、伯父さん。おはよう」
「おはよう。今日もまたひどい寝癖だねえ。ああ、ルア。ごはんありがとう。ナジカも、ちゃんと目を開けてないと手がフォークに刺されるよ」
赤茶けた髪を右に流して緩く結んで、糸目にクラシックな銀縁眼鏡。普段ずっと柔和な笑みを浮かべており、ローナなどその表情が歪んだところは片手に数える回数しか見たことがない。知的で、とても穏やかな人であった。
頭はかなりいいと聞く。ルーリィの中でも少数精鋭の歴史管理業務に関わっており、地域の伝承から現在の政治文化その他、あらゆる古今東西の知識がその頭には詰まっているはずだ。本人はそれでパンクさせることなく、いつまでも飽きずに本を読んで知識を収集しているのだった。
今日も朝食を別で食べたのは、本を読んでいたのをルアに気遣われて、朝食を部屋まで運んでもらったからだろう。実際読書中の伯父は周りが絶対に見えなくなる。ルアが話しかけても集中して返事もしないくせに、ごはんはあったら食べるので、わざわざ食堂まで呼ぶのも馬鹿馬鹿しいらしかった。
ちゃんと夕餐は団欒するのでそれくらいでちょうどいいのかも知れなかった。
ごはんを食べ終えると身支度を整えて玄関に向かった。クラウスが待ってくれていたので小走りになる。出勤場所が同じなのにわざわざばらばらに行く必要はないだろうということで、よく二人で揃って出勤している。
「ローナ。まだ髪が跳ねてるわよ」
「あー、もう諦めた」
見送りに立つルアとナジカにローナとクラウスは笑いかけた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「……行ってらっしゃい」
ぽつりと復唱するナジカの銀色の頭をぽんぽんと撫でて、ローナは浮かんだ笑みのまま歩き始めたのだった。
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