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第一部
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『お前が能力持ちか』
伯父クラウスの家にルアとナジカと三人で転がり込んで二日後に、まさかの国王陛下と謁見した。
赤い髪に紫玉の瞳。涼やかな風貌に刻まれた年月は威厳に直結し、その雰囲気は極寒の地のように冷たく鋭かった。
さすが戦乱を収め和平を長きに渡り築いた御方である。生まれて初めて対面したのに、犬が腹を見せるように服従を示したくなってしまう。父が犯した王族暗殺未遂にまつわる気まずさなど、とうに吹っ飛ばされていた。
肝心の陛下が何もその件について触れなかったこともある。
『本来なら他一般の者共とまとめて任命式だが、お前は特例だ』
そう言われてようやく今日登城した目的を思い出したローナである。正式な就任式には出られないのだから、結構危ない噂の多いハルジアにでも配属されるのかと考えつつカイトに指定された一室に赴いたら、城の主がさも当然そうな顔でいたので忘れ去った次第であった。
(カイトさん…………!)
思わず内心で泣きそうになるが、どうやら嫌われているからこそのこの仕打ちなのだろう。
そうして言い渡された配置先といえば――……。
「ローナ!おはよー!」
「……いちいち抱きつくなよ。おはよう」
クラウスと城の門で別れ、城の東にある宮へ向かってしばらく。仕事場に着いたとき、同僚になったシュカからの熱烈な歓迎を受けるのがもはや日課になっている。実家がごたごたしたせいで卒業式もまともに出られず心配させたのはわかるが、一ヶ月たってもこれはないだろう。
ぺっとシュカを剥がして、広い室内をすたすたと横断し、書類が多く載っている、他より一段と大きい机の前で一礼した。
「おはようございます、アイザスさま」
紙に向けて挨拶したと誤解する者もいるだろうが、ちゃんとローナに返事があった。
「おう。お前も相変わらず生真面目だな」
声の主は紙の塔の奥からもそりと姿を現した。快活な笑みを浮かべる無精髭の男だが、切れ長の瞳は油断も隙も感じさせない。さすがローナの職場での監視役を請け負っているだけはある。その制服の襟には、ティリベル高官の証たるバッジがきらりと輝いている。
――そう。治安維持機関。
その中でも警備部第四大隊。
それが、無職だったはずのローナに与えられた、新たな身分となる。
二人を見送ったあと、ルアはナジカと共に家事をやっつけた。
皿を洗い、洗濯物を洗って干し、屋敷の内外を掃除。狭いけれど裏庭もきれいにする。
全部、ルアはやろうと思えば一人でできる。わざわざ取っつきにくいナジカに手伝わせるまでもない仕事であったが、ルアのポリシーは「働かざる者食うべからず」だ。
元々はローナの母リギアの言葉であるが、その薫陶を受け、ハヴィン家の客人という身分でありながら掃除洗濯炊事裁縫まで何でもござれなルアは、ローナの義理の妹であるナジカを甘やかすつもりなど毛頭ないのであった。
だいたい、引き取ったローナがおかしいのだ。
吹けば飛ぶような木っ端貴族のくせして、なぜ引き取った後のことを何も考えていなかったのか。まだ若い娘を安全確保も込みで養おうというのはいいが、せめて放置はやめてほしかった。ルアが仕事を与えなければ、ナジカは毎日暇をかこったことだろう。ローナはナジカに傍にいること以外の何も望まなかった。
ここまで馬鹿だとは思っていなかった。日々、ちゃんと様子は気にかけてるが、なぜ仕事を与えることを思い付かなかったのか……私がいるからとかいう理由なら殴り飛ばしたいなと思う。
まあ、しかし、毎日へろへろになって帰ってくるローナにあまり厳しいことは言えなかった。そういう意味じゃ、ローナに甘いのだろう。
軍ではないが、半武半文のティリベルにおいても武の比重が大きいらしい部署に勤めているのだ。街の治安維持に駆り出され、訓練と実働と書類仕事。センスはあっても体力がないローナだ。まだ仕事に慣れるまでには時間がかかるのだろう。
(……私も暇だからいいんだけどね)
結局ルアには、手放そうとしてきたローナについてきてしまった負い目がある。後は終わりよければ全てよしだ。ローナは私に感謝するべきだ。
一ヶ月経ったこともあり、ナジカとは会話は少ないけれど打ち解けてきた自信はある。あまり「我」がないので黙々と仕事をしてくれるが、少しの不安はある。ローナに過去を聞くと仕方ないと思えたし、そこはおいおいやっていくしかないだろう。
二人で協力して仕事を終えたときには昼前。
ちょうどいい時間なので、ひっつめにしていた髪を解き、タイを緩めた。元引きこもりなだけに、わくわくしてしまうのは仕方ない。
「ナジカ。お昼がてら外の散歩をしましょう」
伯父クラウスの家にルアとナジカと三人で転がり込んで二日後に、まさかの国王陛下と謁見した。
赤い髪に紫玉の瞳。涼やかな風貌に刻まれた年月は威厳に直結し、その雰囲気は極寒の地のように冷たく鋭かった。
さすが戦乱を収め和平を長きに渡り築いた御方である。生まれて初めて対面したのに、犬が腹を見せるように服従を示したくなってしまう。父が犯した王族暗殺未遂にまつわる気まずさなど、とうに吹っ飛ばされていた。
肝心の陛下が何もその件について触れなかったこともある。
『本来なら他一般の者共とまとめて任命式だが、お前は特例だ』
そう言われてようやく今日登城した目的を思い出したローナである。正式な就任式には出られないのだから、結構危ない噂の多いハルジアにでも配属されるのかと考えつつカイトに指定された一室に赴いたら、城の主がさも当然そうな顔でいたので忘れ去った次第であった。
(カイトさん…………!)
思わず内心で泣きそうになるが、どうやら嫌われているからこそのこの仕打ちなのだろう。
そうして言い渡された配置先といえば――……。
「ローナ!おはよー!」
「……いちいち抱きつくなよ。おはよう」
クラウスと城の門で別れ、城の東にある宮へ向かってしばらく。仕事場に着いたとき、同僚になったシュカからの熱烈な歓迎を受けるのがもはや日課になっている。実家がごたごたしたせいで卒業式もまともに出られず心配させたのはわかるが、一ヶ月たってもこれはないだろう。
ぺっとシュカを剥がして、広い室内をすたすたと横断し、書類が多く載っている、他より一段と大きい机の前で一礼した。
「おはようございます、アイザスさま」
紙に向けて挨拶したと誤解する者もいるだろうが、ちゃんとローナに返事があった。
「おう。お前も相変わらず生真面目だな」
声の主は紙の塔の奥からもそりと姿を現した。快活な笑みを浮かべる無精髭の男だが、切れ長の瞳は油断も隙も感じさせない。さすがローナの職場での監視役を請け負っているだけはある。その制服の襟には、ティリベル高官の証たるバッジがきらりと輝いている。
――そう。治安維持機関。
その中でも警備部第四大隊。
それが、無職だったはずのローナに与えられた、新たな身分となる。
二人を見送ったあと、ルアはナジカと共に家事をやっつけた。
皿を洗い、洗濯物を洗って干し、屋敷の内外を掃除。狭いけれど裏庭もきれいにする。
全部、ルアはやろうと思えば一人でできる。わざわざ取っつきにくいナジカに手伝わせるまでもない仕事であったが、ルアのポリシーは「働かざる者食うべからず」だ。
元々はローナの母リギアの言葉であるが、その薫陶を受け、ハヴィン家の客人という身分でありながら掃除洗濯炊事裁縫まで何でもござれなルアは、ローナの義理の妹であるナジカを甘やかすつもりなど毛頭ないのであった。
だいたい、引き取ったローナがおかしいのだ。
吹けば飛ぶような木っ端貴族のくせして、なぜ引き取った後のことを何も考えていなかったのか。まだ若い娘を安全確保も込みで養おうというのはいいが、せめて放置はやめてほしかった。ルアが仕事を与えなければ、ナジカは毎日暇をかこったことだろう。ローナはナジカに傍にいること以外の何も望まなかった。
ここまで馬鹿だとは思っていなかった。日々、ちゃんと様子は気にかけてるが、なぜ仕事を与えることを思い付かなかったのか……私がいるからとかいう理由なら殴り飛ばしたいなと思う。
まあ、しかし、毎日へろへろになって帰ってくるローナにあまり厳しいことは言えなかった。そういう意味じゃ、ローナに甘いのだろう。
軍ではないが、半武半文のティリベルにおいても武の比重が大きいらしい部署に勤めているのだ。街の治安維持に駆り出され、訓練と実働と書類仕事。センスはあっても体力がないローナだ。まだ仕事に慣れるまでには時間がかかるのだろう。
(……私も暇だからいいんだけどね)
結局ルアには、手放そうとしてきたローナについてきてしまった負い目がある。後は終わりよければ全てよしだ。ローナは私に感謝するべきだ。
一ヶ月経ったこともあり、ナジカとは会話は少ないけれど打ち解けてきた自信はある。あまり「我」がないので黙々と仕事をしてくれるが、少しの不安はある。ローナに過去を聞くと仕方ないと思えたし、そこはおいおいやっていくしかないだろう。
二人で協力して仕事を終えたときには昼前。
ちょうどいい時間なので、ひっつめにしていた髪を解き、タイを緩めた。元引きこもりなだけに、わくわくしてしまうのは仕方ない。
「ナジカ。お昼がてら外の散歩をしましょう」
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