少年の行く先は

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第一部

閑話:友だち①

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 シュカがはじめてその少年に持った感想は、「つまんねー」だった。

 同じ学年、同じクラスで学ぶ同輩ではあったが、シュカとその少年は、明らかに性格が真反対だった。

 かたや裕福な下級貴族の次男坊、かたや貧乏な地方貴族。
 開けっ広げで活発な少年と、一人で教室の片隅で時間を過ごす少年でもあった。
 その少年は人見知りする質なのか、誰かと話すときには態度がぎこちなくなる。動作もどことなくぼんやりとしていて、大抵は読書をしたり教材を開いて勉強したりと大人しかったが、剣術などの授業になるとまた楽しそうに体を動かしていた。 運動が苦手という訳ではないらしい。しかし体力はなかったそうだ。
 必要以上の会話をすることは、これといってなかった。

 少しだけ見る目を改めたのは、一年が終了する頃になってのこと。期末の試験があった。
 シュカは勉強が苦手だった。集中力が長く続かないのだ。飽きっぽいともいう。家が裕福だから、奨学生とは違って底辺すれすれをさ迷うことに迷いはなかった。
 しかし、彼は違ったようだった。

「ローナ・ハヴィン!」

 学年で最後の長期休暇に入る前日、教室で成績優秀者を発表するとき、その名が先生から叫ばれたのだ。
 誰もが、まさかと思った。同じ学級には、目立って賢そうな人間は数人いた。後々によく絡むことになるルース・ラスマリアもいた。しかし、最優秀者として呼ばれたのは、真面目そうな、影が薄い少年だったのだ。
「よく頑張ったな」
「……ありがとうございます」
 しんと静まり返った教室の雰囲気に戸惑っているらしい。ローナはぎこちなく称賛を受けていたが、口許は緩み始めていた。それはそうだ。まだ十一歳、褒められても単純に喜べる年頃だ。
 先生が退出すると、みんなも寮に向かっていったが、少なくない人間はローナの元に集まっていた。ローナはまた素直に称賛を受け止め、ルース・ラスマリアに絡まれれば困ったように笑い、目立ちたがりな訳でもないからさっさと退散していた。
 みんなも多分、ローナに対する印象は多少変わっただろう。









 しかし休暇が明けて再会してみると、ローナは全く変わらないどころか、まず教室にも居つかなくなった。シュカは当然意識していなかったが、上半期の試験の結果を知らされたあと、暫定一位のルースがローナに意気揚々と絡みに行ったのを見ていて、あれ、と思った。
 そういえば、と思った。一年の頃はまだローナは(あれでも)目立っていた。でも二年になってからはひどく大人しい。首席を取ったとは思えないほど授業中も最低限の発言の他は、先生の目に留まらないように控えめにしていた。
 勉強が好きそうで、しかもあんなに喜んでいたのに、と考えていた時だった。
「――なんだこの結果は!!」
 ルースの絶叫に、人が減り始めていた教室がざわめいた。思わずシュカも振り返って確認するが、ルースの背中が邪魔だった。しかし、何かの用紙をローナの机に叩きつけていたのはわかった。ばん、といい音が鳴った。
「なに見てるんだ?」
「成績表じゃないか?」
 近くにいた友だちがそう教えてくれた。ふむ、とシュカは先ほど先生から全員分配られたばかりの、手元の自分の結果を見下ろす。まあ今回も変わらずだったな。
「お前は半年間なにをしていたんだ!?」
「なにをって……ちゃんと勉強はしたよ?」
「この結果でどこがだ!」
「人の勝手に見ておいてそんなこと言われても……」
「去年のあの成績はなんだったんだ!お前はあれで満足して息をつける驕った奴だったのか!?」
 ローナの顔がぴくりと変わった。まるで小さな針で刺されたような、わずかな痛みを感じたような。ローナはそこで周囲の状況に気づいたらしい。結果の用紙を拾って、椅子から立ち上がった。
「お前の好きなように考えていいよ。おれにとって、あれはまぐれだった。もう二度とあんな成績は取れない」
「――お前は何のためにこの学園に来たんだ」
 ルースの背中は怒りに震えていた。喧嘩にも慣れていたシュカは、掴みかかる寸前に見えたので立ち上がってそばに寄っていった。よくわからないが騒動はまずいだろうと思って。止めなかったから減点と言われたら、シュカの後期は灰色になってしまう。
 ローナは淡々と、またはあっけらかんと答えた。この場の半数は納得するだろう回答を。
「実家にいたくなかったから」
 しかし、ルースはその例外だというのを、ローナは全く考慮に入れていなかったのだ。
「――貴様は!!」
「落ち着けー」
 満を持して止めに入ったので、簡単に羽交い締めすることができた。
「離せ!」
「アホ。せっかく暫定首席なのに減点されてぇの?」
「くっ……」
 ルースはずいぶんと短気な性格らしい。しかし冷えるのもまた早い。暴れるのは止めたので体を離すと、制服の乱れを直していた。
「お前には考えられないかもだけどさ、ローナみたいな奴、他にもいるぜ?いちいち怒ってたら切りがねぇよ」
「だがこいつはハヴィン家の嫡男だぞ」
「……そうは言っても、うちは貧乏だし」
「それは回答ずれてるぞ。ルース、お前もだ。家を継ぐことと今の家の雰囲気は別もんだろ。おれんちも今居心地悪いんだよな、姉貴が子ども産んじゃってさ。だいたい成績悪いってキレてたけど、どんくらいだったの?」
「見る?」
 ローナは恥もなにもなく、勿体ぶらずにぺろりと紙をひっくりかえして見せた。
「…………なんで三十位で悪いって言われんのかわかんないんだけど」
「おれもだよ」
「――お前とこいつとでは違うだろう!前回首席だった奴だぞ!?」
「まあそう言われると確かに……」
「だから、どうでもいいだろ。まぐれだよまぐれ。ルース首席おめでとう」
「ふざけてるのかお前は!?」









 変なやつ、とシュカは立ち去るその背中を見つつ考えた。ルースもローナもだ。しかしルースはうざったい。
 あの半年前の嬉しそうな雰囲気は一体どこへ行ったのやら。今もローナは図書館へ行く、と言って、小説の続きを楽しみそうにしていた。勉強のためではなく。ルースはそれも信じられないらしかった。
「落ち着けよー。そんな騒ぐなって。三十位でもいいじゃん」
「いいわけあるか!三十位だぞ!?凡ミスでも落とす範囲を越えている。明らかにあいつは手を抜いた」
「ははあ……。馬鹿にされてるって?」
「それもあるが、違う。あいつはそんな性格じゃない。学んだことは愚直に表に出す。手を抜いたのは試験ではなく、勉強そのものだ。お前たちと絡まないのを見るからに不器用の真面目一辺倒だぞ。それがなぜ……」
「よく見てるもんだなー」
「ライバルは警戒するのが当然だろう。しかもこれまで眼中になかったのだから」
「うわぁ」
「……そう、おれの気のせいじゃないはずだ。試験は一学年と最上級学年が最も難易度が高い。学園に入学したてで力を十二分に発揮するのは難しいこともさることながら、初等だけあり学ぶ範囲は広く、全てを拾うなど馬鹿のやること、効率を重視する方が賢い」
 なんだか含みのある言い方に、ひくりと口角が痙攣した。
「……なに?あいつ、馬鹿の方法で首席取ったの?」
「そうだ。それに比べたら今回の試験などちょろいものだ。去年の勉強時間ならばあいつはもっと上位を狙えた。だからわからない」
(なるほどねぇ)
 真面目。愚直。不器用。
 そんな性格なら、ルースが言ったように「傲る」というのも無理だろう。実際に手の抜きかたをわからず去年は首席を取ったらしいし。
「全く悔しがっていないところが腹が立つ」
「お前も正直だなあ」
 この様子じゃ、ローナの性格次第では逆にローナが掴みかかることになることにもなっただろう。多分こいつは全く敗者に配慮もせず高笑いをしてみせる。
「放っとけよ。あいつも勉強だけに時間を使わなくなったって話だろ。言うだけ無駄だろ」
「…………気に食わん」
「あっそ」
「お前も気に食わん」
「知らねぇよ。教室で無駄に騒ぎを起こそうとしやがって。止めてやったおれに感謝しやがれ」
「誰がするか!」
「おれもお前嫌いだわ」 
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