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第一部
4-4
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その日もローナは夕方からの巡回当番だった。相方は一人から二人に増え、実働もその先輩方にお任せで、ローナは探索専任である。以前槍男を追えなかったのは状況に気を取られていたのも理由のひとつだと思われたので、なるべくその要素を排除するための割り振りだった。隊の精鋭ルークも今日は一緒なので、簡単に逃がさないという強い意志が感じられる。
「つっても相手が槍だからな……。取り回しにくい狭い場所に引き込むのが定石だが、こないだ発見したのってそれなりに狭い路地だろ?それでそんだけ機動力があるなら結構厳しいぜ」
「足止めに集中した方がいいな」
ルークの言葉に歳が近いエルメスが頷いた。明るく調子のいいルークとは違って落ち着いた物腰で、慎重かつ生真面目でもある。しかし一度激すればルークが苦戦するほどの戦いっぷりを見せるらしい。残念ながらローナはまだお目にかかったことがない。
「ま、一日で全部うまくいくわけはないからな」
気負うなよ、と二人に背中を叩かれてローナは頷いたわけだが、偶然かそういう星回りか、今回も見事に「当たり」だった。
「そこの角のさらに奥です!」
「お前引きがいいな!」
「ハヴィン、そこの陰に回れ。あとはおれたちが誘導する」
「はい!」
ローナの耳には人を殴打していく音が届いている。隠しようもない物騒な気配には先輩二人ももう勘づいている。というか今回も狭い場所で暴れているみたいだが、なぜそれで槍を持っているのだろう。邪魔なだけじゃ……なさそうな身体能力だけども、あえて槍を持つ意味があるのだろうか。そもそもこれまで誰一人として殺されてないのはなぜだ?
そんな風に思っていたからか、ローナは槍男が目の前を駆けていく姿を見ても、槍の方に意識が集中してしまった。あちらはどうやら、ローナには気づいていないようだった。
ローナでは追いつけるべくもない疾風のような足の速さでは、どうしても気配さえ辿れない。なんとか駆け出してみたもの、すぐに探索圏内から外れてしまった。
「ちっ、やっぱ足が速い。おい、ハヴィン。無事か」
ばたばたと剣を片手に持ったままやってきたルークにローナは頷いた。
「なんか掴めたか」
「一応……匂いとか背格好は覚えたと、思います。あと槍の特徴も。あれ、拾い物かなにかかなってくらい、ボロボロでした」
「ボロボロ?」
「刃の手入れもされてないような光の映し具合でしたし、柄も傷だらけで、多分、塗装も剥げてます。石突きにしたって……いや、あれ血の痕が染み着いてた?でも古い血だったな……」
「お前、そっちにばっか集中してどうすんだよ」
エルメスが、槍男の倒した男たちを捕縛し終えてから合流した。
「こうして直に見ると、並々ならぬ腕前だな」
「だよな」
「しかも……眼帯をつけていたわりには死角への対処も素早かった。あれは古い傷なんだろう。無名ではなさそうだ」
「その辺りも報告書作るかぁ」
この翌日から、ローナは時間を問わず巡回に駆り出されるようになった。もちろんその分、他の任務とは折り合いをつけてもらっている。しかし昼日中、人でごった返す王都の一角を歩くだけで槍男を特定できたら苦労はしない。常時異能を使うとバテるのも早いし、一度それで捕捉したと思ったら、追いかけているうちにまた範囲外に逃げられた。槍男の身体能力がローナを遥かに上回っている。
仕事がうまくいかない分、疲れ果てたまま招待状をもらったパーティーに出席しても無駄に緊張せずに済んだのはよかったかもしれない。ぼーっとしているうちに数はこなした。ティリベルの部署の違う上司や有名な貴族や商人、それから招待主など、様々な人物から恐ろしい誘い(意訳)を持ちかけられたが、ものすごく鈍いふりをしとけという、シュカやルースやアイザスたち様々な人からのアドバイスに従い、のらりくらりとかわすことができた。
単刀直入にカイトやランファロードとの仲を突っ込まれた場合には、事前にカイトから書状で「行方不明だった大叔母と親交があったため、とだけ言ってあとは放置しておきなさい」と言われていたのでその通りにした。知り合ったきっかけは、接点は、とさらに突っ込んで聞かれた時には親の代のことなのでと適当にはぐらかすと、あとは相手が勝手に推測してくれるだろうとまで。細やかな気配りがありがたい。
(いやでも、アンナも普通の人じゃなかったんだな……)
十五年前、ルアと一緒にハヴィン家に転がり込んできた乳母アンナが、まさかカイトや王妃の大叔母――すなわちセレノクール家先々代当主の妹君だったとは。どこにでもある名前なので、全くその線は考えていなかった。ルアやクラウスは知っていたようだけど。これはおれが鈍いのか。やっぱりそうなのか。
というか、だ。
(ルアの出自がますます謎なんだが……)
まさかルアもセレノクールの縁者という可能性があるのでは。でもそうだったら、それこそどうしてハヴィン家に?当時のセレノクール家にはまだアンナの兄が当主として君臨していた。爵位が落ちたのはその何年もあとだし、今の王妃が当主を継いだ後だ。
「……だめだ、考えなきゃいけないのに時間がない」
仕事中に、そんなに余所事に気を取られているわけにはいかないのだ。調べものがしたい。城での内勤なら蔵書室が近いのに。おのれ槍男。
そんな風に進展のない日中の巡回中、ローナは人混みの向こうにルアとナジカがいるのに気づいた。昼の買い出し中らしいが、見慣れた金髪と銀髪が並んでいるのは、こうして離れて見ると、大分浮き上がっていた。往来を歩いていく人々も近づけば一度は必ずそちらに視線を向けるのでさらに目立っている。
勤務時間がまちまちなのとパーティーが多いせいで、家でも団欒の時間はほとんどなかった。こうして二人の和気藹々としている様子を眺めているだけで気持ちが和む。しかしこちらも仕事中だし、あっちの買い物の邪魔もしちゃいけないだろうなとそっと離れようとしていた時、違和感を感じて振り返った。
「……なんだ?」
ルアたちに向けられる視線はだいたい一瞬だ。忙しい昼の時間ならそれが普通。だからこそ、やたらと注視している姿は不審にさえ思えた。
黒い帽子を被った紳士の格好をした男だった。つばの影が落ちて顔がよく見えない。伴もなく一人で杖を片手に、ルアたちの方に首を向けていた。歩調も緩んでいる。
知らず視力を上げていたローナは、男の唇が弧を描いたのを見留めた。
男はそれとない仕草でルアたちの背後を正面とするように方向転換し、歩き始めていた。あちこちを見物しながら歩くルアとナジカに簡単に追い付き、気安く片腕が伸ばされる――のを、ローナがその手首を掴んで止めた。
「……おや?」
「あれ、ローナだ」
ナジカが先に振り返り、ルアもあら、と驚きで目を丸くした。
「ローナ、どうしたの?お仕事中?」
紳士とローナを見比べつつ、ルアが首をかしげている。ローナはその視線を遮るように体を滑り込ませた。
「突然失礼しました。彼女たちは私の身内ですが、あなたは一体どなたでしょうか」
「なんのことだね?……いや、身内?」
紳士の視線がナジカ、ルア、ローナと動く。ナジカに触れようとして止めた手はもう解放している。その分ローナは自分の背中に二人を隠すようにまた立ち位置を直した。
ただの紳士には見えなかった。数ヵ月でもティリベルで犯罪者を相手にする仕事をしているのだ、そこで培われた勘が、この男をルアとナジカに近づけてはいけないと強く訴えていた。
(だいたい、通りすがりでナジカに目をつけるなんて、ろくな目的じゃないはずだ)
このティリベルの制服を見て立ち去ってくれ。不躾だろうがなんだろうが目で威嚇していると、紳士はまた笑った。くつくつと肩を震わせている。
「これは、これは……。そういう縁もまた面白い」
「……なんのことでしょう」
「いやいや、君は役人だろう、お勤めご苦労様だ。よかったら詫びにこちらを受け取ってくれないか。ちょうど余っていてね」
「え?は、ちょ」
紳士は気安くローナの肩を叩き、胸元から取り出した封筒をローナの懐に押し込んだ。
「そこの金の君と共におとないたまえ、待っているよ」
くるりと踵を返して去っていく姿は、すぐに人混みに紛れて見えなくなった。急な展開にローナは立ち尽くしていたが、目の前にふと見知った顔が出現し、度肝を抜かれた。
「おい、ローナ・ハヴィン」
「うわ!?ケイトさん!?どこから!?」
「それ寄越せ」
出会い頭に懐に手を突っ込まれて封筒を抜き取られた。遠慮のえの字もない暴挙だ。
「ケイト。久しぶり」
「よう銀ちび」
ケイトは声だけでナジカに挨拶し、封筒をひっくり返して見つけた送り主の名前に盛大に舌打ちを洩らした。
「クソが。こんなとこに隠れてやがったか」
「あ、あの……?」
ハヴィン家三人が見つめる前で、えらく不機嫌な顔でケイトは懐から小さな紙片とペンを出してなにか書き付けたと思うと、ローナに封筒ごと押し付けた。
「金銀二人をセレノクールに連れてってこのメモ見せろ。カイかセナがいるだろ」
「え?」
「今すぐしろ」
「え、いや、今仕事ちゅ……」
ローナが言いかけているうちに、ケイトはまた姿を消していた。気配を追うべくもない鮮やかな技だ。ふわりと鼻に触れた残り香に、ローナは思わず槍男を思い出した。……匂いが、似ていたような気がする。
「ローナ、なに?どうしたの?私たち、なにかあったの?さっきの人は誰?」
「……いやなんもわからん。あの男の人、二人の知り合いじゃないよな」
「ええ」
「知らない人だった」
「……そうか」
ここで考えても埒が明かない。ローナは二人を促して一緒に城に向かうことにした。巡回当番を代わってもらい、そのあとは言われた通りにセレノクール家を訪ねた。
待っていたのはセナトだった。ケイトのメモを渡すと、「あちゃー」と首を振っていた。
「これは公爵の判断が必要なやつだな。三人ともこの部屋で寛いどいて。って、あ、そうだ。ローナ君はちょっとこっち」
「はい?」
二人から離れたところでわざとらしくセナトがこそっと伝えてきた内容に、ローナは耳を疑った。
「君たちティリベルの追ってる眼帯の槍男ね、うちの客だから。どうせ君ならすぐ気づいちゃうから言っちゃうけど」
「は?」
「彼には私が離れてる間に屋敷の番犬を頼むけど、銀の子には会わせない方がいい。詳しいことはカイから説明があると思うからよろしく」
セナトもまた、指図するだけして去っていった。
(……カイって、カイトさんのこと?だよな?槍男がこの家の客って……なんで?)
色々訳がわかないが、なんだか、ローナの知らないところでローナたちに関わるものが蠢いている気がしてならなかった。
「つっても相手が槍だからな……。取り回しにくい狭い場所に引き込むのが定石だが、こないだ発見したのってそれなりに狭い路地だろ?それでそんだけ機動力があるなら結構厳しいぜ」
「足止めに集中した方がいいな」
ルークの言葉に歳が近いエルメスが頷いた。明るく調子のいいルークとは違って落ち着いた物腰で、慎重かつ生真面目でもある。しかし一度激すればルークが苦戦するほどの戦いっぷりを見せるらしい。残念ながらローナはまだお目にかかったことがない。
「ま、一日で全部うまくいくわけはないからな」
気負うなよ、と二人に背中を叩かれてローナは頷いたわけだが、偶然かそういう星回りか、今回も見事に「当たり」だった。
「そこの角のさらに奥です!」
「お前引きがいいな!」
「ハヴィン、そこの陰に回れ。あとはおれたちが誘導する」
「はい!」
ローナの耳には人を殴打していく音が届いている。隠しようもない物騒な気配には先輩二人ももう勘づいている。というか今回も狭い場所で暴れているみたいだが、なぜそれで槍を持っているのだろう。邪魔なだけじゃ……なさそうな身体能力だけども、あえて槍を持つ意味があるのだろうか。そもそもこれまで誰一人として殺されてないのはなぜだ?
そんな風に思っていたからか、ローナは槍男が目の前を駆けていく姿を見ても、槍の方に意識が集中してしまった。あちらはどうやら、ローナには気づいていないようだった。
ローナでは追いつけるべくもない疾風のような足の速さでは、どうしても気配さえ辿れない。なんとか駆け出してみたもの、すぐに探索圏内から外れてしまった。
「ちっ、やっぱ足が速い。おい、ハヴィン。無事か」
ばたばたと剣を片手に持ったままやってきたルークにローナは頷いた。
「なんか掴めたか」
「一応……匂いとか背格好は覚えたと、思います。あと槍の特徴も。あれ、拾い物かなにかかなってくらい、ボロボロでした」
「ボロボロ?」
「刃の手入れもされてないような光の映し具合でしたし、柄も傷だらけで、多分、塗装も剥げてます。石突きにしたって……いや、あれ血の痕が染み着いてた?でも古い血だったな……」
「お前、そっちにばっか集中してどうすんだよ」
エルメスが、槍男の倒した男たちを捕縛し終えてから合流した。
「こうして直に見ると、並々ならぬ腕前だな」
「だよな」
「しかも……眼帯をつけていたわりには死角への対処も素早かった。あれは古い傷なんだろう。無名ではなさそうだ」
「その辺りも報告書作るかぁ」
この翌日から、ローナは時間を問わず巡回に駆り出されるようになった。もちろんその分、他の任務とは折り合いをつけてもらっている。しかし昼日中、人でごった返す王都の一角を歩くだけで槍男を特定できたら苦労はしない。常時異能を使うとバテるのも早いし、一度それで捕捉したと思ったら、追いかけているうちにまた範囲外に逃げられた。槍男の身体能力がローナを遥かに上回っている。
仕事がうまくいかない分、疲れ果てたまま招待状をもらったパーティーに出席しても無駄に緊張せずに済んだのはよかったかもしれない。ぼーっとしているうちに数はこなした。ティリベルの部署の違う上司や有名な貴族や商人、それから招待主など、様々な人物から恐ろしい誘い(意訳)を持ちかけられたが、ものすごく鈍いふりをしとけという、シュカやルースやアイザスたち様々な人からのアドバイスに従い、のらりくらりとかわすことができた。
単刀直入にカイトやランファロードとの仲を突っ込まれた場合には、事前にカイトから書状で「行方不明だった大叔母と親交があったため、とだけ言ってあとは放置しておきなさい」と言われていたのでその通りにした。知り合ったきっかけは、接点は、とさらに突っ込んで聞かれた時には親の代のことなのでと適当にはぐらかすと、あとは相手が勝手に推測してくれるだろうとまで。細やかな気配りがありがたい。
(いやでも、アンナも普通の人じゃなかったんだな……)
十五年前、ルアと一緒にハヴィン家に転がり込んできた乳母アンナが、まさかカイトや王妃の大叔母――すなわちセレノクール家先々代当主の妹君だったとは。どこにでもある名前なので、全くその線は考えていなかった。ルアやクラウスは知っていたようだけど。これはおれが鈍いのか。やっぱりそうなのか。
というか、だ。
(ルアの出自がますます謎なんだが……)
まさかルアもセレノクールの縁者という可能性があるのでは。でもそうだったら、それこそどうしてハヴィン家に?当時のセレノクール家にはまだアンナの兄が当主として君臨していた。爵位が落ちたのはその何年もあとだし、今の王妃が当主を継いだ後だ。
「……だめだ、考えなきゃいけないのに時間がない」
仕事中に、そんなに余所事に気を取られているわけにはいかないのだ。調べものがしたい。城での内勤なら蔵書室が近いのに。おのれ槍男。
そんな風に進展のない日中の巡回中、ローナは人混みの向こうにルアとナジカがいるのに気づいた。昼の買い出し中らしいが、見慣れた金髪と銀髪が並んでいるのは、こうして離れて見ると、大分浮き上がっていた。往来を歩いていく人々も近づけば一度は必ずそちらに視線を向けるのでさらに目立っている。
勤務時間がまちまちなのとパーティーが多いせいで、家でも団欒の時間はほとんどなかった。こうして二人の和気藹々としている様子を眺めているだけで気持ちが和む。しかしこちらも仕事中だし、あっちの買い物の邪魔もしちゃいけないだろうなとそっと離れようとしていた時、違和感を感じて振り返った。
「……なんだ?」
ルアたちに向けられる視線はだいたい一瞬だ。忙しい昼の時間ならそれが普通。だからこそ、やたらと注視している姿は不審にさえ思えた。
黒い帽子を被った紳士の格好をした男だった。つばの影が落ちて顔がよく見えない。伴もなく一人で杖を片手に、ルアたちの方に首を向けていた。歩調も緩んでいる。
知らず視力を上げていたローナは、男の唇が弧を描いたのを見留めた。
男はそれとない仕草でルアたちの背後を正面とするように方向転換し、歩き始めていた。あちこちを見物しながら歩くルアとナジカに簡単に追い付き、気安く片腕が伸ばされる――のを、ローナがその手首を掴んで止めた。
「……おや?」
「あれ、ローナだ」
ナジカが先に振り返り、ルアもあら、と驚きで目を丸くした。
「ローナ、どうしたの?お仕事中?」
紳士とローナを見比べつつ、ルアが首をかしげている。ローナはその視線を遮るように体を滑り込ませた。
「突然失礼しました。彼女たちは私の身内ですが、あなたは一体どなたでしょうか」
「なんのことだね?……いや、身内?」
紳士の視線がナジカ、ルア、ローナと動く。ナジカに触れようとして止めた手はもう解放している。その分ローナは自分の背中に二人を隠すようにまた立ち位置を直した。
ただの紳士には見えなかった。数ヵ月でもティリベルで犯罪者を相手にする仕事をしているのだ、そこで培われた勘が、この男をルアとナジカに近づけてはいけないと強く訴えていた。
(だいたい、通りすがりでナジカに目をつけるなんて、ろくな目的じゃないはずだ)
このティリベルの制服を見て立ち去ってくれ。不躾だろうがなんだろうが目で威嚇していると、紳士はまた笑った。くつくつと肩を震わせている。
「これは、これは……。そういう縁もまた面白い」
「……なんのことでしょう」
「いやいや、君は役人だろう、お勤めご苦労様だ。よかったら詫びにこちらを受け取ってくれないか。ちょうど余っていてね」
「え?は、ちょ」
紳士は気安くローナの肩を叩き、胸元から取り出した封筒をローナの懐に押し込んだ。
「そこの金の君と共におとないたまえ、待っているよ」
くるりと踵を返して去っていく姿は、すぐに人混みに紛れて見えなくなった。急な展開にローナは立ち尽くしていたが、目の前にふと見知った顔が出現し、度肝を抜かれた。
「おい、ローナ・ハヴィン」
「うわ!?ケイトさん!?どこから!?」
「それ寄越せ」
出会い頭に懐に手を突っ込まれて封筒を抜き取られた。遠慮のえの字もない暴挙だ。
「ケイト。久しぶり」
「よう銀ちび」
ケイトは声だけでナジカに挨拶し、封筒をひっくり返して見つけた送り主の名前に盛大に舌打ちを洩らした。
「クソが。こんなとこに隠れてやがったか」
「あ、あの……?」
ハヴィン家三人が見つめる前で、えらく不機嫌な顔でケイトは懐から小さな紙片とペンを出してなにか書き付けたと思うと、ローナに封筒ごと押し付けた。
「金銀二人をセレノクールに連れてってこのメモ見せろ。カイかセナがいるだろ」
「え?」
「今すぐしろ」
「え、いや、今仕事ちゅ……」
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「ローナ、なに?どうしたの?私たち、なにかあったの?さっきの人は誰?」
「……いやなんもわからん。あの男の人、二人の知り合いじゃないよな」
「ええ」
「知らない人だった」
「……そうか」
ここで考えても埒が明かない。ローナは二人を促して一緒に城に向かうことにした。巡回当番を代わってもらい、そのあとは言われた通りにセレノクール家を訪ねた。
待っていたのはセナトだった。ケイトのメモを渡すと、「あちゃー」と首を振っていた。
「これは公爵の判断が必要なやつだな。三人ともこの部屋で寛いどいて。って、あ、そうだ。ローナ君はちょっとこっち」
「はい?」
二人から離れたところでわざとらしくセナトがこそっと伝えてきた内容に、ローナは耳を疑った。
「君たちティリベルの追ってる眼帯の槍男ね、うちの客だから。どうせ君ならすぐ気づいちゃうから言っちゃうけど」
「は?」
「彼には私が離れてる間に屋敷の番犬を頼むけど、銀の子には会わせない方がいい。詳しいことはカイから説明があると思うからよろしく」
セナトもまた、指図するだけして去っていった。
(……カイって、カイトさんのこと?だよな?槍男がこの家の客って……なんで?)
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