付け届けの花嫁※返品不可

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クルガ編

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 ウミは匙を一旦置いて、ふう、と息をついた。

「レィミヤ族のお料理、おいしかったです」
「水菓子も食え。食材は全部お前の氏族のとこだし、料理も確か、そう違いはなかったはずだぞ」
「特に雑穀を汁に浸すというのが斬新で」

 腹を撫でながらしみじみしていたウミは、ゆっくりとまた匙を拾って、空いた手で柑橘の皮を持った。

「……すぅっ!?」
「あ、おい」

 パクっと大きな一口だったのでいけるクチなのかと思ったら、違ったらしい。一瞬びくりと肩が跳ね上がり、口を押さえて悶絶した。さすがに無表情が崩れており、涙目で震えている。

「こっち飲め。お前、地元のくせにこれの食べ方も知らないのか?」
「私が知ってるものと違う……っ」

 ウミはこの柑橘が熟れきって、いっそ腐りかけのものしか知らなかったらしい。腐りかけというか、食ったら大半腹を下すので、腐っているともいう。新鮮なうちは舌が麻痺しそうなほど酸っぱいが、古くなりすぎると甘みとエグみの共演で、別の意味で舌が痺れる。それを普段から食っていたとは猛者と呼んでも差し支えないだろう。舌も胃腸も。

「これはこの茶湯と組み合わせるのが常道だ。先に茶を飲んで口の中あっためろ。酸っぱいのが緩んですうっと香りが立つ。一旦落ち着いてからやってみな」
「はい……」

 それなりに湯は冷えていたが、まだ温くはある。がぶ飲みして味覚を取り戻した後、ウミはもう一度氷菓――ほぼ雪が解けてべちゃべちゃになっている――に挑んだ。あまりためらってはいなかったが、目を閉じてえいやっと咥えている。これで三歳上らしい。いっそミルカより幼く見えるのに。

「……!」
「そうかうまかったか。よかったな」

 だが、なんだかもう吹っ切れた。手を伸ばして向かいに座るウミの頭をくしゃりと撫でる。歳上だろうが知ったことか。ミルカと同じ扱いにしてやる。

「お前、これから当分はこの部屋で起居しろ」

 間抜け顔がじわじわ嫌そうな形に歪んできたので「手は出さん」と付け足す。そんなに嫌か。

「初対面のお前の言い分を、いきなり全部信じる気にはなれん」
「まあ、それもそうですね」
「だから、余計なことをしないように、この部屋から出ることを禁じる。この部屋へのおれ以外の出入りも禁止する。掃除も含めてな。確証が持てたら出してや」
「ずっと出さなくていいですよ。血筋が怪しいのは変えられないし」
「殊勝だな……違うな?なんか嬉しそうじゃないか?」
「気のせいです」
「おれの指示とはいえ、引きこもりは体に悪い。夜間だったら散歩に付き合ってやる」
「いえ、そこまでお手を煩わせるわけには」
「本当に急に殊勝だなお前」

 殊勝だが図々しくもある。ここおれの部屋だぞ。

「……おれとしては、別室での隔離が一番手っ取り早いんだが」
「じゃあそちらで引きこもります」
「引きこもるな。一応名目は嫁だから相応に体裁を整えないと、氏族の連中が納得しない。まかり間違ってラルトィ族にそれが伝わったら、なおさら面倒だ」
「花嫁の冷遇でなにかまた吹っかけてきそうですね」
「他人事だがお前のことだからな。まあ、そういうわけだ。ここに布団は一組しかないから、今夜はとりあえずお前が使え。もう一つはなんとか調達してくる。同衾は当然しない」

 今度は先に言ってやった。ちょっとすっきりした。
 ウミはなぜか目が覚めたようにぱちぱちと瞬いて、飲み込むようにこっくりと頷いた。

「……ありがとうございます」























 ウミはぱっちりと目を開けた。山腹のこの集落に、まだ日は差さない。それでも朝の匂いを嗅ぎ取ったように、むくりと起き上がった。夜着に手をかけながら立ち上がろうとして、ふと止まる。
 枕元でこふり、ぱちんと息をする火鉢をはじめ、闇に目を凝らすように、ゆっくり、あちこちに視線をやり、やがて、部屋の端、廊下側の壁に凭れる影に目を留めた。

「……」

 こぼれた声は自らの吐息に紛れた。ウミはじっと影を見つめ、しばらくして、もそもそと布団に入り直した。朝の、夜露をたっぷり含んだ冷たい匂いを大きく吸い込んで、寝返りを打つ。
 そのまま待てば、羽毛を撫でるような柔らかい寝息が音を立て始めた。










(……また寝たな)

 ウミが寝直したとわかってから、片目でその様子を確認した。体に巻き付けた毛皮だけでも暖が取れたのは、案外、本当に冬の終わりに近づいているからかもしれない。
 布団は貸したが、一晩は監視するつもりだったおれに対して、ウミはといえば。あれだけ警戒していたのにすこんと寝入ったばかりか、二度寝まで決め込んでくるとは。拍子抜けとやっぱりなという思いが半々。昨日のあの間抜けっぷりが演技じゃないだけ、安心できる。

(だが、昨日、隠れていたのが引っかかる)

 見知らぬ土地で、慣れた人々の捜索をするすると躱してみせたあれは、何だったのか。
 それに、先ほどのひとり言……。

『もう働かなくていいんだった』

(こいつ、一人で起きられるか?)

 なんだか寝られる分だけ寝そうな気がする。惰性だけでも寝続けていきそうな。
 朝メシ食わせるためにおれが叩き起こさなきゃならない予感がひしひしとしてきた。
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