6 / 23
クルガ編
ろく
しおりを挟む
おれの家に用意したアルザの部屋は半分納戸だ。諸々の嫌がらせではなく、占い師の仕事としても必要なものを集めるとこうなるのだ。元の家から集めた書物に、針のように尖った磁石、石のように硬い枝、数多の獣の骨、冬の間に狩りまくって剥ぎ取った毛皮も貯めている。
おれの布団の代わりとして、その毛皮の束をもらうことにした。毛皮は壁や床に広げておくと温かい。他の連中にはウミに快適に過ごしてもらうためと言い訳しやすいための選択である。
この氏族は裏事情を知らないからというのもあるが、ウミの嫁入りは大体快く受け入れられている。運んできてくれた食糧の力は偉大だった。ウミへの気遣いという名目に文句が出ないのは楽でいい。
「なんで布団?クルガは嫁いるじゃん。昨日から」
「いい加減、族長をからかうことを自制するつもりないのか」
「飽きるまでは我慢しとくんだね。みんなお前のこと心配してたから。あと飢えの危機感がすり替わってはっちゃけてる。考えたねぇ、あちらさんも。こっちの氏族の性格をよくわかってる。実際に、断れなかったしね」
「断ろうと思ったらあいつが逃げたんだ!」
「んで、どんな曰くがついてんの?ってか昨日、共寝したの?」
「してない。それについてもお前には話しておこうと思っていた」
アルザは、占い師として族長の助言役という立場にある。それ以前にもこの氏族の連中とは一線を画する存在であって、おれとは一蓮托生だ。のけものにするつもりははじめからなかった。昨日も今日の昼間までも話をしなかったのは、おれ自身の整理をつけるためと、単に自然に話す機会がなかったからだ。今日は早めに仕事を切り上げたので、膳はまだ整っていない。今のうちだった――が。
「ん」
「なんだ」
家の端にある納戸にまでも響いてきた声に、顔を見合わせた。この辺りは厨房から離れているのであまり人が立ち寄らない。アルザが敏感に反応して納戸から顔を出してきょろきょろしているので、続いて外に出た。
「今の、叫び声だったよな?悲鳴?」
「どっちからかわかるか」
「あっち。厨房とは別かな。……んーざわざわするなあ。ちょっと怪我したとかそういうのじゃないよ」
「行くぞ」
なんとなくウミのことが思い浮かんで、気づけば足を踏み出していた。本人はやる気が全くないと申告していたが、セリカから揉め事を起こせと命じられたという。そしてアルザが「ざわざわする」と言った。超感覚は持っていないが、なにやら嫌な予感がする。
横に並んだアルザが、進む廊下の先ではなく分かれ道でもないところを見てはふいっと視線をそむけている。こういう時は注意力散漫になっているので、腕を引っ張って柱との激突を回避させた。
「あれ、こっちみたいだ。クルガの……」
「いた!クルガ兄!アルーも!」
ミルカが角から飛び出してきて、軟弱なアルザがふっ飛ばされかけた。ミルカは反応よく、転がりかけたアルザを横からひっしと抱きしめている。呆れればいいのか感謝すればいいのか傷つけばいいのか微妙な顔のアルザを見もせず、おれの腕もがっしり掴んできた。滅多になく爛々と光った目が鋭くおれを見つめる。
「ウミちゃんが大変そうなの!早く来て!」
叫び声の主はウミだったらしい。ミルカはたまたまおれの部屋の近くを通っていて、唐突の苦悶の声にぎょっとしたそうだ。だがおれの命令とあって踏み込むわけにもいかず、集まってきた人々に様子見を任せて、おれか、次点で医師兼業のアルザを探しに来たと。
慌ただしく説明を聞き終えたときには、おれの部屋の前だった。
戸に指を引っかけながら、心配して集まってきた面々を目だけで振り返る。
「アルザは入れ。ミルカ、お前は氏族の連中の様子を見て来い。他のやつらは、一人――ネラ、お前はここで待機しろ。他のやつで湯おけと膳と、おれたちの替えの衣となるべく清潔な布を、用意ができ次第持ってこい。それ以外はいつも通りの仕事をしていてくれ」
はじめ、指一本分の隙間を空けて中を見る。その後、一人分戸を広げてアルザを押し込み、命令への返事と駆け出していく足音を聞きながらおれも入って、後ろ手に閉めた。しん、と異様な静寂。アルザとおれ以外の気配は、もう一つしかない。アルザが部屋の灯りを点した。
薄明るくなった室内を見れば、蹴飛ばしたのか、上掛けが遠くに跳ね除けられ、ウミがその場で蹲っていた。長い髪で顔が見えないが、全身がガタガタと震えているのがわかる。悲鳴は止んでいたが、ウミを襲う脅威は鳴りを潜めてはいないようだ。
「おい、どうした」
肩に手をかけて無理やり仰向かせると、ウミは唇を噛み切っていた。血を口端から滴らせている。顔は病的なまでに青ざめていて、おれの顔を見て瞬くと、ぽろ、と目から雫が落ちた。
「何があった!」
「っ、あ、く、クル、さま、あ」
数本の髪がついた震える唇がうわ言のように声にもならない音を出した。溺れかけた子どもが必死に喘ぐように、浅く荒く呼吸を繰り返す。今朝までの淡々とした無表情は、どこに行ったのか。一人で引きこもると、嬉しげに寝倒すと言っていたのは何だったのか。すがりつくような表情に呑まれかけ、落ち着けと自分に言い聞かせた。
「ゆっくり息をしろ。何があった。怪我か?血は出ていないが、どこが痛む」
「あ、あし、が」
「足?」
ウミはボロボロ泣きながら、隙を見るとまた蹲ろうとしていた。上体をおれの方に引き寄せてそれを防ぎながら、言われた方を見る。夜着がはだけて足に絡みついており、ウミの両手は膝の辺りを押さえている。やはり血は出ていない。
周囲を見ても、火鉢を倒して鉄鍋がぶつかったというわけではなさそうだ。とにかく足の様子を見るために夜着の裾をつまんで捲り上げた。
「――何だ、これは!」
「うっわあ」
思わず上げた声とアルザの声が重なった。アルザはウミの足元にしゃがみこんで、まじまじとあらわになった両の脛の様子を見ていた。
ウミの足を、蔦がいくつも絡みつくように、膝から足の爪先まで、黒い模様がびっしりと埋め尽くしていた。
おれの布団の代わりとして、その毛皮の束をもらうことにした。毛皮は壁や床に広げておくと温かい。他の連中にはウミに快適に過ごしてもらうためと言い訳しやすいための選択である。
この氏族は裏事情を知らないからというのもあるが、ウミの嫁入りは大体快く受け入れられている。運んできてくれた食糧の力は偉大だった。ウミへの気遣いという名目に文句が出ないのは楽でいい。
「なんで布団?クルガは嫁いるじゃん。昨日から」
「いい加減、族長をからかうことを自制するつもりないのか」
「飽きるまでは我慢しとくんだね。みんなお前のこと心配してたから。あと飢えの危機感がすり替わってはっちゃけてる。考えたねぇ、あちらさんも。こっちの氏族の性格をよくわかってる。実際に、断れなかったしね」
「断ろうと思ったらあいつが逃げたんだ!」
「んで、どんな曰くがついてんの?ってか昨日、共寝したの?」
「してない。それについてもお前には話しておこうと思っていた」
アルザは、占い師として族長の助言役という立場にある。それ以前にもこの氏族の連中とは一線を画する存在であって、おれとは一蓮托生だ。のけものにするつもりははじめからなかった。昨日も今日の昼間までも話をしなかったのは、おれ自身の整理をつけるためと、単に自然に話す機会がなかったからだ。今日は早めに仕事を切り上げたので、膳はまだ整っていない。今のうちだった――が。
「ん」
「なんだ」
家の端にある納戸にまでも響いてきた声に、顔を見合わせた。この辺りは厨房から離れているのであまり人が立ち寄らない。アルザが敏感に反応して納戸から顔を出してきょろきょろしているので、続いて外に出た。
「今の、叫び声だったよな?悲鳴?」
「どっちからかわかるか」
「あっち。厨房とは別かな。……んーざわざわするなあ。ちょっと怪我したとかそういうのじゃないよ」
「行くぞ」
なんとなくウミのことが思い浮かんで、気づけば足を踏み出していた。本人はやる気が全くないと申告していたが、セリカから揉め事を起こせと命じられたという。そしてアルザが「ざわざわする」と言った。超感覚は持っていないが、なにやら嫌な予感がする。
横に並んだアルザが、進む廊下の先ではなく分かれ道でもないところを見てはふいっと視線をそむけている。こういう時は注意力散漫になっているので、腕を引っ張って柱との激突を回避させた。
「あれ、こっちみたいだ。クルガの……」
「いた!クルガ兄!アルーも!」
ミルカが角から飛び出してきて、軟弱なアルザがふっ飛ばされかけた。ミルカは反応よく、転がりかけたアルザを横からひっしと抱きしめている。呆れればいいのか感謝すればいいのか傷つけばいいのか微妙な顔のアルザを見もせず、おれの腕もがっしり掴んできた。滅多になく爛々と光った目が鋭くおれを見つめる。
「ウミちゃんが大変そうなの!早く来て!」
叫び声の主はウミだったらしい。ミルカはたまたまおれの部屋の近くを通っていて、唐突の苦悶の声にぎょっとしたそうだ。だがおれの命令とあって踏み込むわけにもいかず、集まってきた人々に様子見を任せて、おれか、次点で医師兼業のアルザを探しに来たと。
慌ただしく説明を聞き終えたときには、おれの部屋の前だった。
戸に指を引っかけながら、心配して集まってきた面々を目だけで振り返る。
「アルザは入れ。ミルカ、お前は氏族の連中の様子を見て来い。他のやつらは、一人――ネラ、お前はここで待機しろ。他のやつで湯おけと膳と、おれたちの替えの衣となるべく清潔な布を、用意ができ次第持ってこい。それ以外はいつも通りの仕事をしていてくれ」
はじめ、指一本分の隙間を空けて中を見る。その後、一人分戸を広げてアルザを押し込み、命令への返事と駆け出していく足音を聞きながらおれも入って、後ろ手に閉めた。しん、と異様な静寂。アルザとおれ以外の気配は、もう一つしかない。アルザが部屋の灯りを点した。
薄明るくなった室内を見れば、蹴飛ばしたのか、上掛けが遠くに跳ね除けられ、ウミがその場で蹲っていた。長い髪で顔が見えないが、全身がガタガタと震えているのがわかる。悲鳴は止んでいたが、ウミを襲う脅威は鳴りを潜めてはいないようだ。
「おい、どうした」
肩に手をかけて無理やり仰向かせると、ウミは唇を噛み切っていた。血を口端から滴らせている。顔は病的なまでに青ざめていて、おれの顔を見て瞬くと、ぽろ、と目から雫が落ちた。
「何があった!」
「っ、あ、く、クル、さま、あ」
数本の髪がついた震える唇がうわ言のように声にもならない音を出した。溺れかけた子どもが必死に喘ぐように、浅く荒く呼吸を繰り返す。今朝までの淡々とした無表情は、どこに行ったのか。一人で引きこもると、嬉しげに寝倒すと言っていたのは何だったのか。すがりつくような表情に呑まれかけ、落ち着けと自分に言い聞かせた。
「ゆっくり息をしろ。何があった。怪我か?血は出ていないが、どこが痛む」
「あ、あし、が」
「足?」
ウミはボロボロ泣きながら、隙を見るとまた蹲ろうとしていた。上体をおれの方に引き寄せてそれを防ぎながら、言われた方を見る。夜着がはだけて足に絡みついており、ウミの両手は膝の辺りを押さえている。やはり血は出ていない。
周囲を見ても、火鉢を倒して鉄鍋がぶつかったというわけではなさそうだ。とにかく足の様子を見るために夜着の裾をつまんで捲り上げた。
「――何だ、これは!」
「うっわあ」
思わず上げた声とアルザの声が重なった。アルザはウミの足元にしゃがみこんで、まじまじとあらわになった両の脛の様子を見ていた。
ウミの足を、蔦がいくつも絡みつくように、膝から足の爪先まで、黒い模様がびっしりと埋め尽くしていた。
0
あなたにおすすめの小説
召喚先は、誰も居ない森でした
みん
恋愛
事故に巻き込まれて行方不明になった母を探す茉白。そんな茉白を側で支えてくれていた留学生のフィンもまた、居なくなってしまい、寂しいながらも毎日を過ごしていた。そんなある日、バイト帰りに名前を呼ばれたかと思った次の瞬間、眩しい程の光に包まれて──
次に目を開けた時、茉白は森の中に居た。そして、そこには誰も居らず──
その先で、茉白が見たモノは──
最初はシリアス展開が続きます。
❋他視点のお話もあります
❋独自設定有り
❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付いた時に訂正していきます。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
王様の恥かきっ娘
青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。
本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。
孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます
物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります
これもショートショートで書く予定です。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
あなたのためなら
天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。
その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。
アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。
しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。
理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。
全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。
【完結】恋につける薬は、なし
ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。
着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…
治癒魔法で恋人の傷を治したら、「化け物」と呼ばれ故郷から追放されてしまいました
山科ひさき
恋愛
ある日治癒魔法が使えるようになったジョアンは、化け物呼ばわりされて石を投げられ、町から追い出されてしまう。彼女はただ、いまにも息絶えそうな恋人を助けたかっただけなのに。
生きる希望を失った彼女は、恋人との思い出の場所で人生の終わりを迎えようと決める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる