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クルガ編

じうはち

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 かたん、と言うわざとらしい物音と、小さくもよく響く声。

「クルガ兄」

 おれもアルザも、ぎょっとして開きっぱなしの戸口を振り返った。

「ミ――ミルカ」

 氷を飲んだような気分になった。今日は心臓に負荷がかかる日なのか。いっそこのまま気絶したら何もかもなかったことには――なりそうにない。ミルカが非常に冷めた目と、曖昧な微笑をおれに向けていたので。
 アルザの方は決して見ていないことに、気が気じゃない。

「話してるところに、ごめんね。報告したいことができたんだ」
「あ、ああ、わかった。こっちはもう用は終わったから、出てから聞こう」
「うん」

 すぐに踵を返したミルカに続くように部屋を出て、一度だけ、アルザを振り返った。……今ならおれでも馬鹿と言って許される気がする。
 アルザは頭を抱えてだんご虫のように蹲っていた。気配は灰だ。吹っ切れたどころか未練たらたら、やっぱりウミに惚れたとは口からでまかせらしい。
 何をしたくて我が身を削ったか知らないが、明らかに削っちゃいけない部分をごっそりやらかしている。馬鹿め。
 ミルカになんと言おうか考えあぐねているうちに診療所を出ていた。とたん、すっと横並びになったミルカがぼそっと言った。

「クルガ兄、あんな話題をあんなところで出すのはどうかと思うよ。私だけしか聞いていないと思うけど、あれだけ開け放してたら、盗み聞きしようと思わなくても聞こえるんだから」
「……悪い」
「でも、籠の鳥って、私も同意する」

 横目でミルカを見下ろすと、まっすぐ前を向いたままだった。表情が固いのはどんな理由でか。

「最初から聞いてたのか」
「ごめんね。でも、報告は建前で、ウミちゃんについて話したかったからちょうどよかった。アルーの使ってる納屋に行こう」

 おれの家はミルカの家でもある。廊下を使わず外から庭を回って直接納屋に向かった。一見雑然としているのは変わらない。変わったところとしては、樟脳の匂いが漂うくらい。
 一足先に入ったミルカが振り返った。おれが続いて納屋の扉を閉めると、二人きり影に飲み込まれるように輪郭が消えた。

「クルガ兄、レィミヤ族の族長、続けるつもりはないの?」
「今さら言うか?」
「今だから訊いてるの」

 闇の向こうから響く声は、ことのほか思慮深かった。訊くまでにかなり考え込んで、悩んだのだろう。

「セキヤの娘が嫁に来たっつっても、おれが中継ぎの族長なのは変わりようがない。族長になるのが嫌になったか」
「嫌とかじゃなくて。私じゃなくて、クルガ兄とウミちゃんの話をしたいの。私の言いたいこと、わかってるでしょ」

 わかっているので素直に口を閉じて、ため息を吐くように言った。

「……元から族長で居続ける気はない。これは、二年前から変わらないおれの意志だ。嫁は送り返せば角が立つから受け取った。それだけだ」
「ラルトィ族はどういう思惑か知らないけど、ウミちゃんはいい子だよ。でも、クルガ兄は本当のお嫁さんにはしてないよね。私が薄々気づくくらいだから、もっとウミちゃんと会う人が増えれば、大人はもっと早くに、はっきり気づくと思う。だから会わせないようにしてるって考えたんだけど、そこまでする理由がわからなかった」
「あいつがおれとの子を孕めば、ラルトィ族がそれを口実にうちに介入してきて、お前の次期族長の立場が揺らぐだろうな。で、お前は、おれがその動揺を嫌ってあいつと契らないと思ったわけか」
「違う?」
「いや、正解だよ」

 慣れてきた目でミルカの姿を見つけ、よくできましたと撫でてやる。ウミに断られる前からおれ自身にその気がなかったのは、まさしくミルカの推察通りだった。だが、全部正しいわけじゃない。
 ミルカがおれの手をばしんと叩き落した。

「それじゃあ、ウミちゃんは、どうなるの?」
「お前、よほどあいつが気に入ったんだな」
「はぐらかさないで。閉じ込める必要まであった?レィミヤ族の誇りを保つためにラルトィ族の思惑を退けるのは私も賛成だよ。だけど、そうしたらウミちゃんはもうラルトィ族には帰れない。レィミヤ族で暮らしていかなきゃどうにもならないのに、クルガ兄は私にもアルーにも、なるだけ会わせないようにしようとしたよね。しかもウミちゃん、クルガ兄が中継ぎなのも知らないままだったって?ウミちゃんが頼れるのはクルガ兄しかいないのに!どうしてウミちゃんをずっと宙ぶらりんにしてるの!」
「ミルカ。それは、あいつから訊けって頼まれたのか」
「あんなに大人しいウミちゃんがそんなこと言うわけないじゃない!」
「だろうな」
「……だろうなってなに!!」

 吠えてからミルカははっと息を止めて、ゆっくり、慎重に息を吐き出した。ぼそっと一言。

「……そんなだからアルーにお嫁さん取られちゃうんだ」
「いや、無理だろ」

 おいアルザ、こいつ真に受けてるぞ。後で教えてやろう。そしてもっと凹め。

「クルガ兄が族長を退いた時、ウミちゃんはどうするつもり?」
「それは考えてる。アルザは決めつけてきたが、おれには放り出す予定はないぞ」
「私が早く族長になれば、ウミちゃんはちゃんとクルガ兄のお嫁さんになるってこと?」

 きっぱりはっきり言うなよ、と腕を組んで疲れたため息を吐いた。

「……従兄の閨事情をまっすぐ聞いてくるなよ。慎みを持ちなさい」
「今さらだよ。氏族のみんな、ウミちゃんとクルガ兄の大恋愛のお話で大盛り上がりしてるんだもん」
「は?」

 耳が一瞬イカれた気がする。なにか聞き間違えた。

「……大、なんだって?」
「大恋愛。クルガ兄、昔から父さまについてったりしてよく旅に出てたでしょ?そこでウミちゃんとも面識があって、密かに仲を深めていて。今回、愛する人の危機にいても立ってもいられずウミちゃんはお嫁さんとして押しかけてきたんだって。クルガ兄はクルガ兄で、恋人をやっとお嫁にできたからとっても嬉しくて溺愛中。嫉妬心で誰にもお嫁さんを見せたくないから閉じ込めてる」
「どこのクルガ兄だ」
「レィミヤ族のクルガ。今私の目の前にいる人」
「…………そのでまかせ、誰が流した?」

 やたら氏族の連中ににやにや笑われる理由に合点がいった。あらぬ話が捏造されていたわけだ。
 そして犯人は「アルーだよ」とのこと。あの野郎。
 アルザはおれが旅の途中で拾って連れてきたことになっているので、氏族の知らない旅の話として、それっぽくして触れ回ったのだろう。しかも恐らく、初日から。

「あいつべっこべこに潰す」
「お嫁さん取られたくないからアルーをいじめたってなっちゃうね」
「ならんわ!!」

 お前余計なこと広めるなよにやにや笑いやがって!
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