20 / 23
クルガ編
じうきゅう
しおりを挟む
「クルガ兄のことは、一応、信じてるから。今のところはこれで許してあげる」
ミルカはそう言い置いて、一足先に納屋を出ていった。
ところどころはぐらかしたのはバレているようだが、今のところは見逃してくれるらしい。引き下がった理由が、おれがウミを今すぐ放り出しはしない、という信頼ゆえなのは、従兄への評価として最低値すぎてなんとも言えない気持ちになるが。……あいつが族長になったら強制的になんやかやされそうな恐ろしい予感は見て見ぬふりだ。
納屋から出て、眩しいほどの明るさに目を細めた。暑い日差しが濃い影を作り、熱を裂くように吹く風は橘の匂いをさせている。日陰を縫うように屋内に入り、ついでにウミの様子を見に行くことにした。
「入るぞ」
おれの部屋の戸を叩いて声をかけると、「はい」と返事があった。寝ていないとは珍しい。箸の練習でもしているのかと思ったら、ウミは布団の上に戸口を向いて正座して、背筋を伸ばしていた。戸を開けたおれと目が合う。
「……何してるんだ?」
「考え事をしていました」
「考え事?」
「それで、クルガさまにお伺いしたいことがあります。一つだけなのでお時間いいですか」
アルザとミルカに続き、こいつもか。朝にはそんな様子じゃなかったものを、いきなりどうしたというのか。
こうまで畏まった態度は初日以来だが、布団の上なので地味に怠惰の痕跡が残っていた。火鉢は雨の後すぐに片付けて、今は木窓を大きく開けている。風が吹き込んでも、ここには橘の香りはしなかった。
「ああ。聞こうか」
ウミの前に腰を下ろすと、ウミはやたら真剣な眼差しでおれを見つめてきた。
「クルガさま、おいくつですか」
聞き間違えたかと思った。
「……」
「……」
無言で見つめ合うことしばし。やっと言葉が脳内に浸透して、がくりと肩の力が抜けた。族長相談室のやる気まで半減した。あぐらに頬杖をついて、恨めしくウミを見返す。
「逆に問うが、おれがいくつに見える?」
「いくつなんですか?」
「お前、はぐらかしが強引なんだよ」
つんつくと人差し指で軽く額をつつく。正直に邪魔そうな顔をしてくれるので、ますますぶすくれたくなってきた。
「次の秋で二十一。セリカの一つ下だ。……そんなに驚くってことは、お前、相当高く見積もってたな?」
「……相当と言うほどでは。私より少し上くらいかと……」
「老け顔で悪かったな」
「その、頼もしいお顔ですから、ええと、貫禄?がおありです」
「そのまま下手な言い訳を続けるか、素直に謝罪するか、どっちがいい」
「申し訳ありませんでした」
おれの指を額に当てられたままぐいっと頭を下げてきたので、「おう」と答えてつむじを撫でた。
「……そういうことをするからでは」
「なんつった?」
「いえなにも」
わっしわっしと雑に撫でる手をウミがそっと掴んだ。相変わらず小さい体に見合う小さい手だ。両手を使って、興味深そうにおれの手を握ったり指の先を撫でたりしている。片手が暇なので乱したウミの髪を整えることに使うことにした。顔にかかる髪を横に流し、髪の束を軽くつまんで指を差し込んで梳くと、指の腹が耳に触れた。耳にかけるように後ろに流してやり、細い首の周りも手の甲で髪との隙間を作る。
ウミの肩がぴくりと揺れ、おれの手で遊ぶ手がぴたりと止まった。薄い皮を張ったような無表情で、視線は頑として上がらない。
襟のあわせを覆う髪をつまんでせっせと後ろに払ってやっても、ウミは微動だにしなかった。ひそひそという呼吸音がやけに響いた。窓の外から聞こえる喧騒が遠い。世界からこの部屋だけ切り離されたように。
狭い鳥籠に、二人きり……。
ウミの両手を片手でまとめて掴んだ。逃げるなというように。
俯きがちの頬にもう片方の手を添える。縛り付けるように。
おれの体なのに、まるで他人事のような気分だった。ウミの肌触りも体温も、砂漠に水を一滴二滴垂らした程度。ちっとも満たされた気分にはならない。
――いっそ飛び方すら忘れてしまえば、籠が空にならずに済むと思ってる?
ミルカもアルザも、他の誰もが常に開きっぱなしの鳥籠に迷い込んできても、翼は折らないし足輪も付けない。居座るのも出ていくのも、各々の自由だった。
だが、出ない限りはおれのものだ。守ると決めたこと、譲らない願い、果たすべき誓いによって。最後には全部出ていって籠が空っぽになるとわかっていても、扉は閉めない。いつかの自分は、空になった中身を見て満足気に笑うだろう。
(忘れたんなら、思い出させてやるに決まってる)
それがレィミヤ族のクルガの誇りだと、そうアルザに言おうと思っていたはずだが。
籠の出入り口を閉じるように、覆いかぶさるように身を乗り出した。こうまでしてもはりつけにしたように動かない姿を見下ろして、やっと渇きが潤った気分になった。
「……」
呼べない名前でウミを呼ぶ。情けとも言えない情けだと心のどこかでわかっていながら。
閉めた扉に鍵をかけないのは、鍵の在り処を知らないから。それだけの理由だった。
おれの吐く息がウミの前髪を揺らした。頬に当てた手をずらして、指先で耳を撫でながら、顔の向きを変えさせる。
「クルガさま……」
やっと目が合った。瞳におれの顔が一杯に映っている。ひたり、また満ちる。いっそ、溺れてしまえたら、もっと最高な気分になれそう……だった。
過去形。
「お疲れなのですか?眠たそうです」
ごつんと、頭がウミの肩に不時着した。
ーーー
ごつんはクルガの頭の中で鳴った音です。本当にごつんとする勢いでウミの肩に頭ぶつけたら、神罰頼りの頑丈さしかなかったウミの肩が死にます。
ミルカはそう言い置いて、一足先に納屋を出ていった。
ところどころはぐらかしたのはバレているようだが、今のところは見逃してくれるらしい。引き下がった理由が、おれがウミを今すぐ放り出しはしない、という信頼ゆえなのは、従兄への評価として最低値すぎてなんとも言えない気持ちになるが。……あいつが族長になったら強制的になんやかやされそうな恐ろしい予感は見て見ぬふりだ。
納屋から出て、眩しいほどの明るさに目を細めた。暑い日差しが濃い影を作り、熱を裂くように吹く風は橘の匂いをさせている。日陰を縫うように屋内に入り、ついでにウミの様子を見に行くことにした。
「入るぞ」
おれの部屋の戸を叩いて声をかけると、「はい」と返事があった。寝ていないとは珍しい。箸の練習でもしているのかと思ったら、ウミは布団の上に戸口を向いて正座して、背筋を伸ばしていた。戸を開けたおれと目が合う。
「……何してるんだ?」
「考え事をしていました」
「考え事?」
「それで、クルガさまにお伺いしたいことがあります。一つだけなのでお時間いいですか」
アルザとミルカに続き、こいつもか。朝にはそんな様子じゃなかったものを、いきなりどうしたというのか。
こうまで畏まった態度は初日以来だが、布団の上なので地味に怠惰の痕跡が残っていた。火鉢は雨の後すぐに片付けて、今は木窓を大きく開けている。風が吹き込んでも、ここには橘の香りはしなかった。
「ああ。聞こうか」
ウミの前に腰を下ろすと、ウミはやたら真剣な眼差しでおれを見つめてきた。
「クルガさま、おいくつですか」
聞き間違えたかと思った。
「……」
「……」
無言で見つめ合うことしばし。やっと言葉が脳内に浸透して、がくりと肩の力が抜けた。族長相談室のやる気まで半減した。あぐらに頬杖をついて、恨めしくウミを見返す。
「逆に問うが、おれがいくつに見える?」
「いくつなんですか?」
「お前、はぐらかしが強引なんだよ」
つんつくと人差し指で軽く額をつつく。正直に邪魔そうな顔をしてくれるので、ますますぶすくれたくなってきた。
「次の秋で二十一。セリカの一つ下だ。……そんなに驚くってことは、お前、相当高く見積もってたな?」
「……相当と言うほどでは。私より少し上くらいかと……」
「老け顔で悪かったな」
「その、頼もしいお顔ですから、ええと、貫禄?がおありです」
「そのまま下手な言い訳を続けるか、素直に謝罪するか、どっちがいい」
「申し訳ありませんでした」
おれの指を額に当てられたままぐいっと頭を下げてきたので、「おう」と答えてつむじを撫でた。
「……そういうことをするからでは」
「なんつった?」
「いえなにも」
わっしわっしと雑に撫でる手をウミがそっと掴んだ。相変わらず小さい体に見合う小さい手だ。両手を使って、興味深そうにおれの手を握ったり指の先を撫でたりしている。片手が暇なので乱したウミの髪を整えることに使うことにした。顔にかかる髪を横に流し、髪の束を軽くつまんで指を差し込んで梳くと、指の腹が耳に触れた。耳にかけるように後ろに流してやり、細い首の周りも手の甲で髪との隙間を作る。
ウミの肩がぴくりと揺れ、おれの手で遊ぶ手がぴたりと止まった。薄い皮を張ったような無表情で、視線は頑として上がらない。
襟のあわせを覆う髪をつまんでせっせと後ろに払ってやっても、ウミは微動だにしなかった。ひそひそという呼吸音がやけに響いた。窓の外から聞こえる喧騒が遠い。世界からこの部屋だけ切り離されたように。
狭い鳥籠に、二人きり……。
ウミの両手を片手でまとめて掴んだ。逃げるなというように。
俯きがちの頬にもう片方の手を添える。縛り付けるように。
おれの体なのに、まるで他人事のような気分だった。ウミの肌触りも体温も、砂漠に水を一滴二滴垂らした程度。ちっとも満たされた気分にはならない。
――いっそ飛び方すら忘れてしまえば、籠が空にならずに済むと思ってる?
ミルカもアルザも、他の誰もが常に開きっぱなしの鳥籠に迷い込んできても、翼は折らないし足輪も付けない。居座るのも出ていくのも、各々の自由だった。
だが、出ない限りはおれのものだ。守ると決めたこと、譲らない願い、果たすべき誓いによって。最後には全部出ていって籠が空っぽになるとわかっていても、扉は閉めない。いつかの自分は、空になった中身を見て満足気に笑うだろう。
(忘れたんなら、思い出させてやるに決まってる)
それがレィミヤ族のクルガの誇りだと、そうアルザに言おうと思っていたはずだが。
籠の出入り口を閉じるように、覆いかぶさるように身を乗り出した。こうまでしてもはりつけにしたように動かない姿を見下ろして、やっと渇きが潤った気分になった。
「……」
呼べない名前でウミを呼ぶ。情けとも言えない情けだと心のどこかでわかっていながら。
閉めた扉に鍵をかけないのは、鍵の在り処を知らないから。それだけの理由だった。
おれの吐く息がウミの前髪を揺らした。頬に当てた手をずらして、指先で耳を撫でながら、顔の向きを変えさせる。
「クルガさま……」
やっと目が合った。瞳におれの顔が一杯に映っている。ひたり、また満ちる。いっそ、溺れてしまえたら、もっと最高な気分になれそう……だった。
過去形。
「お疲れなのですか?眠たそうです」
ごつんと、頭がウミの肩に不時着した。
ーーー
ごつんはクルガの頭の中で鳴った音です。本当にごつんとする勢いでウミの肩に頭ぶつけたら、神罰頼りの頑丈さしかなかったウミの肩が死にます。
0
あなたにおすすめの小説
召喚先は、誰も居ない森でした
みん
恋愛
事故に巻き込まれて行方不明になった母を探す茉白。そんな茉白を側で支えてくれていた留学生のフィンもまた、居なくなってしまい、寂しいながらも毎日を過ごしていた。そんなある日、バイト帰りに名前を呼ばれたかと思った次の瞬間、眩しい程の光に包まれて──
次に目を開けた時、茉白は森の中に居た。そして、そこには誰も居らず──
その先で、茉白が見たモノは──
最初はシリアス展開が続きます。
❋他視点のお話もあります
❋独自設定有り
❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付いた時に訂正していきます。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
王様の恥かきっ娘
青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。
本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。
孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます
物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります
これもショートショートで書く予定です。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
あなたのためなら
天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。
その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。
アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。
しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。
理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。
全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。
【完結】恋につける薬は、なし
ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。
着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…
治癒魔法で恋人の傷を治したら、「化け物」と呼ばれ故郷から追放されてしまいました
山科ひさき
恋愛
ある日治癒魔法が使えるようになったジョアンは、化け物呼ばわりされて石を投げられ、町から追い出されてしまう。彼女はただ、いまにも息絶えそうな恋人を助けたかっただけなのに。
生きる希望を失った彼女は、恋人との思い出の場所で人生の終わりを迎えようと決める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる