孤独な王女

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手探りで進む

不穏

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 それから後は他愛もない話をして、時間になったから裏口から帰った。
 王城の内情をほぼ正確に知り(私のことは仕方ないからノーカン)、国王にも王子にも脅しをかけるほどの人間だ。セルゲイは物知りだったから、あれこれ他国のことを聞いたりして充分に知識欲を満足させた。
 最後までさすが商人と言いたくなる人懐っこさだったが、帰る間際に王さまを呼び止めてぼそぼそとなにか耳打ちしていった。

 それにしても興味深い。

「あの人、ヴィーを王にって推したね。お母さまと仲が良さげだったから、もしかしてって思ったんだけど」
「あやつの審美眼は本物だ。そなたが向いてないことをすぐに察したのだろうよ」
「それは楽だなぁ」

 聞けば、セルゲイ・ヴォルコフという人物は王さまたちと少年時代に繋がりを得たらしい。ちょうど商会を設立しようとしたところで協力を得て以来の知己とのこと。あやつ、私の目の前でリーナを口説いた、と恨み節が入ったが面倒だから受け流した。元々は戦争のあった時代に単独商として各地を渡り歩いていた頃から名前は知られていて、そのツテは計り知れないほど広い。終戦にも関係しているらしい。
 見た目通りの歳ではない。ヒュレムとほとんど同い年だ、と締め括られて、すごいなぁと感心した。染めてるのか知らないけど薄茶の髪に白髪は見当たらなかったし、日に焼けた肌に弛みもなし。何より体格も顔の造形も見事だ。腰も曲がっておらず、炯々とした茶色の双眸はどこまでも若々しかった。
 どこから見ても王さまと同年代にしか見えないのになぁ。

「リィさあ、あの劇どうだった?始終ずっと落ち着いていたけど」
「びっくりしたよ、充分。けど、あそこまでかけ離れてると、他人事にしか感じなかった。もはや赤の他人レベルだよ。なに、あのか弱い乙女っぷり。ヴィーも少しなよなよしてたね。ほんとは腹黒なのに」
「うわ、ひどい。ええ、じゃあ一番うまく再現できてたのってガルダさまだけ?」
「めちゃくちゃ恥ずかしかったんですけど……」
「よく調べたよね、ほんと。姫君の窮地を救った門番さま。戦いの場面も実に鮮やかだった」
「うわっやめてくださいって!」
「ティオリアはそれらしい配役あったけど、地味だったね」
「……」
「リィ、ぼくの従者いじめるのやめて」
「え、いじめてないよ」
「傷ついてるから!見てこの顔!」
「全然無表情じゃないの。あーでも、王さまがあんまり子ども思いの描写されてたのは鳥肌立ったな」
「……リィ、ほんとにさ、すっぱり斬らないでよ。しかも目の前で」
「だってそうじゃないの」

 アーノルドは好き放題言われながらも反論せず、昼行灯さながら、ぼうっと子どもたちを見下ろしていた。暮れなずむ街並みを帰る途中であり、再び三人で手を繋いでいた。

『――気をつけな。神聖王国首を伸ばし始めてる。リーナさまの時の二の舞になるなよ』

 アーノルドは、耳打ちされた忠告を思い出して目を細めた。視線の先には、思ったことを頓着せずにぶちまける娘と、気遣いができるゆえに困り顔の息子がいる。
 十数年間、何を成した?娘も息子も、ぼんくらの父親に頼らず己の道を探している。お飾りの王と呼ばれようと、否定のしようもない。

『それが王さまじゃないんですか?』

 自分は愚かしいほどに脆い人間だ。自覚しているからこそ惹かれた。みっともなくすがりついて、そうして無為にした十数年間で、失ったものは数知れず。それが今になってまざまざと突きつけられる。開き直れるはずがなかった。責任それこそを「背負う」べきだった。

 セルゲイが、ベリオルが、生真面目だと言う。
 そんなものではない。そんな殊勝なものではないのだ。リエンやネフィルのように嫌わず、仕方ないなあと大人の対応をされたところで意味がない。

 致死毒を受けて生き長らえても時折喉を焼かれるように、与えられたのは「やり直し」の機会ではなく、新たに切り拓く時間。失ったものは取り返せず、壊したものの修復はできはしない。……それでも。

 ――もう、逃げてはいけない。同じ轍を踏むわけにはいかない。

 死ぬ前にできることをやるために、今のアーノルドは生きている。





 息子娘、孫でさえも、アーノルドが一因で死したというのに、恐ろしく公平で、冷静――冷徹な男はまた、この世界で誰よりも耳が広く早い人物でもあった。その情報は、万金よりも価値がある。

『風の商人』――セルゲイ・ヴォルコフ。その深謀遠慮の度合いは各国の王を越え、その耳の大きなることは、大陸全土を覆う。その正体を知るものも、居場所を掴む者も、ほとんどいない。国家機密を知り尽くした男。

 そして、昔馴染みの元をこうして訪ね、気遣ってくる。アーノルドよりよっぽどお人好しだ。

 くれた情報は一つでも、思惑は多岐に絡む。
 帰ったら調査を進めなくてはならないと、一人表情を引き締めた。













☆☆☆













「……ふむ。腑抜けだと思っていたが、やるではないか」

 装飾の豪華な居室、豪華な机に向かって、ばさりとことの顛末を記した書類を机に放り投げ、男は長い足を組んだ。そうして豪華な椅子に背中を預け腕を組み、書類を睨む。

「ルシェルの鉱山を正当な理由で王領に引き入れ、監視は側近の宰相とな。先代に比べ、いささか頭が回るようだ」

 平和主義といえば聞こえがよいが、ジヴェルナの先王はとにかく争いを避けた。無理やり我がシュバルツとの戦争を終わらせてからは、ずっと国内の平定に尽力していたのだ。
 一個人が莫大な鉱山を引き当てたとき、本来なら誰もがそれを取り上げようとするものだ。商人風情が扱うには過ぎたる品である。しかし当時の支配者は、ルシェルに対して申し訳程度に国に縛りつけるための爵位を与え、独占を認めた。平和ボケしすぎではないかと、今でも呆れるくらいだ。

 だから、その後のルシェルの増長は他国の目から見ても当然のことであった。王の入れ代わりによる体制の変化が整う前に切れ込みが入ったのは驚いたことだが、王のすぐそばに座し、世継ぎを産み、国の政治の実権を握り込んだことは予想の範疇だった。

 それを、戦という簡単な手段でなく容易く一掃して見せたことが、今、一番に注目すべきことだ。

 はじめの称賛は称賛ではない。皮肉にこれまでの王の不手際をぼやいていただけのこと。
 こんなにあっさりできることならば、これまでにもその機会はいくらでもあったはずだ。殺されかけるまで見過ごすほど柔な性格だとは、その後の処罰から見ても想像がつかないため。

(十年以上その座にいた王妃をなど、前代未聞だぞ)

 しかもその息子を前王妃の養子にするという荒業。ルシェルからすれば、それまでに築いたこともののなにもかもが闇に葬られるということ。存在の抹消ほど、血筋名誉歴史を重んじる貴族どもにとって恐ろしいことはない。

 そう、これは見せしめだ。王家を軽んじれば同じことになるぞという。理解できない馬鹿どもが王子などの暗殺まで出向いたらしいが、あきれ返るばかりだ。どうもあの国は、全体的に平和ボケしているらしい。王側はそれを利用して喜んで切り捨てているらしいから、もはや閉口するしかない。

 と、まあ、なんだかんだうまくやり込めた政治手腕にはもちろん驚くが、やはり謎は、「誰が本当のきっかけとなったか」だ。
 今回の報告だけでは足りないので、部下に再調査を命じた。

 思いのよらぬ結果が帰ってくるとは思わず、彼は玉座攻略に利用できないかとほくそ笑んでいたのである。






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