3 / 61
1 慣れない日々
血筋
しおりを挟む
召喚科は部屋を広くするため、そして召喚獣特有のトラブルを避けるために各階の角部屋を使うようにされている。
「浴室が近くて助かった」
「最後に入らないといけないもんね」
「ああ。まぁ俺はイレギュラーだからな、これぐらいは受け入れるさ」
夕飯を食べ、入浴を済ませた頃にはもう十時を過ぎていた。空腹が満たされているからか紅彩の警戒心も昼間より解けている。慣れてきたのもあるかもしれない。
「……紅彩」
「な、なに?」
だが、名前を呼ぶとどうも緊張したような声で反応される。
「ひとつ、残念なことを教えとかないとなって」
「……」
「『バグ召喚』、俺が絡んでるからお前はしばらく色んな奴の視線を浴びるぞ」
「はぇ……」
『バグ召喚』──解散後、ふたりだけがエルトニアに呼ばれ説明されたことだ。おおよそ百年に一度の頻度で起きるとされていて、百年ほど前にも精霊人の生徒がクラスの人間の生徒に召喚されたことがあることが説明された。
「ふたりだけ残してこのことを伝えたのには理由がありまして……この召喚が発生するときは、人間だと思ってる方にも何かしらの血が混ざってることが多いからなんです」
「え……? でもわたしにはそんな血なんて……」
「そうですよね、舘宮さんはともかく、御剣さんは健康診断でもごくごく普通の人間であると結果が出ていますし。つまりこの召喚、イレギュラー中のイレギュラーなんです」
つまり、前例がないのだ!
「──『バグ召喚』については召喚科なら噂程度に聞いたことある奴もいるだろうけど、よりによってお前は俺を召喚したからな……」
「蒼唯くん……はそんなハズレ枠なの?」
「他人をハズレ扱いしないでくれるか? まぁアタリとも思ってないが……まぁ、その、俺がこの事態を軽く受け止めてる理由がここに繋がるんだよ」
内部進学組なら知っていて当たり前、何なら実家がある広島のその地域では昔から知られている常識だ。
「俺の家系は人外から始まってる」
「……へぇ」
「へぇ、じゃなくて。ここ結構驚きポイントだから」
「ごめん……続けて?」
「………まぁ、その人外は精霊の王だってことはわかってるんだけど」
「王? すごいね」
「どの精霊の王だったのかはわかってないんだ。それだけ人前に姿を現すことが珍しいのか……そもそもその先祖の精霊王の容姿とか特徴すら記録に残ってないし」
「ひとつも?」
「ひとつ………あ。ハチャメチャに強かったことと、強すぎたからか周囲の人々が泡吹いてバッタバッタ倒れてったっていう伝説なら残ってる」
一体どんな人外だったのだろうか? 蒼唯も地元の小学校に通っていた頃、父には黙ってこっそり地下の書架へ入っては調べていたが、結局手がかりは掴めなかった。何せ書架の本は魔法語で書かれており、今だからこそわかるがその魔法語もかなり古いものだったのだ。
「んー、じゃあ蒼唯くんにはよくわからない人外の血が入ってるけど、ご先祖さまの特徴がわからないから蒼唯くんは人外の力が使えないんだ?」
「まぁそうなる。そもそも俺の代まで来てその血が濃いばすがないから力を使えるかも怪しいけど」
「そっか」
「召喚獣と魔法でコンビネーション、とかできなくて残念だなとか思ってるだろ」
「え、ううん。むしろそれなら尚更召喚したくなかったなとは思ったけど……。蒼唯くんがひとりの人間として召喚獣を使いこなしていた方がよっぽど苦労しないだろうなって、思ったから」
「……まぁ、なんだ、とりあえずそういうことだからしばらく人の視線には耐えろよ」
そう言って蒼唯は布団に潜り込んだ。紅彩は会話を続ける気がない──寝たいのだと目の前で示され、渋々布団を自分の体にかけて目を瞑った。
どうしようもないことがあるのだと悟ったのは、いくつだったか。校舎裏で光魔法を使って自分だけの小さな花畑を作ろうとしていたのがバレて、気味悪がられたのは、一体誰が広めたのだろうか。悟ったのは、その後目の前でこっそり育ててきた花々が踏み荒らされたときだったか。誰がこの秘密を広めたのかは、わからないままだしわかりたくもない。ただ、それからは独りを選ぶようになって──
「った……ぁ?」
頭と腰が痛い。ベッドから落ちてしまったらしい。目を瞑って考え事が始まろうとしていたところで記憶は途切れている。途中、物凄く悪い夢を見た気もするが……。
「やっと起きたか」
「あ……」
すっと上から蒼唯が顔を覗き込んできて、紅彩のうっすらと紅色が滲んだ眼と蒼唯の紫紺色の眼が合う。綺麗だな、と思いながら紅彩が黙っていると「荷物は持って行っとくから、遅れるなよ」とだけ言われた。
「……嘘でしょ朝食時間終わってるんだけど!?」
時計を見て、本当に遅刻ギリギリの時間だとようやく理解した紅彩は飛び起きて大急ぎで用意をする。
なんとか間に合ったものの、やはり視線は教室の至る所から飛んでくる。
「はぁぁ………」
お腹は空いてるし、視線が痛いし、授業内容はまだ初めということもあって聞かなくてもわかる内容だし。
「……?」
鞄の中からペンケースを出そうと中を見ると、何かが入ったビニール袋があった。袋の表面には小さい紙切れがセロテープで止められている。
『食え』
蒼唯くんだ、とすぐにわかって安心感が生まれる。一番後ろの席だし、授業は退屈だし、何よりお腹が空いて仕方ない。袋の中身は……クロワッサンみっつ。有難いなぁとクロワッサンを頬張ると、サクサクとした生地の軽い食感とバターの風味が口いっぱいに広がる。おいしい! と思っていると、先生が不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。
「……御剣さん」
「ふぁい」
「特待生で入学して二日目の授業内で早弁なんて今まで見たことがないのですが」
「………」
人の視線や評価を気にしがちな紅彩だが、空腹かつクロワッサンの〝おいしい〟で満足している今の紅彩に恥じらいというものは存在しない。
「聞いてますか?」
「ん、きいてます」
紅彩は気付かない。真横の席に座る蒼唯がドン引きしていることなど今の彼女にはどうでもいいことである。
「はぁ……ではここに書いてある魔力量及び属性の適性について教科書を見ずに説明してみなさい」
少し急いでふたつめのクロワッサンを食べ終え、なんとか飲み込んでから紅彩は返事をする。
「………はい。魔力の量は生まれつき決まっていますが、本人の努力次第である程度増やすことが可能です。また、種族によって生まれ持つ魔力量も大きく異なっており……特に獣人や亜人は現代の人間よりも魔力量が低いことがわかっています。属性の適性、これもまた生まれつき決まっているものですし、魔力量以上に種族の影響を受けやすいですよね。精霊人とかは、それぞれの適性が種と直結していますし、そのおかげで外見から適性がわかりやすくなっています。一方わたしたち人間では火と水が最も多く見られ、光が最も少なく一億人に一人いるかいないか程度だとされています。……適性でない属性の魔法はどれだけ練習しても得意と言いきれるものにはならないことも、常識ですよね?」
「…………はぁ、良しとしましょう」
先生は不機嫌そうな顔のまま頷いて、授業を再開する。このあたりのことは初めて魔法を使えた日から頑張って必死にひとりで調べてきたから、聞くまでもない。何なら教科書は全部授業開始日までの間に一周は読み通している。
「──お前変なところで度胸あるんだな」
「?」
「? じゃなくて今朝の」
「今朝? ………あぁ」
すべての授業が終わり、部屋に戻って蒼唯が口を開く。
「だって吐きそうなくらいお腹空いてたときにクロワッサン見つけたんだよ? 食べるしかないし……あと、あんなの魔法を使う上で知らない方が不自然でしょ」
「……ああいう基礎知識をすっ飛ばして、無意識かつ無自覚で魔法を使う奴もゼロじゃないんだよ」
「え、なんで?」
「なんでって……」
「魔法って何も知らなかったら、怖くて気持ち悪いものじゃないの?」
「………それは」
蒼唯は首を横には振れなかった。小学生の頃の記憶は、思い出したくないものばかりだからだ。
「……わたしね、初めて魔法が使えたのは八才の頃で、そのときは周りに魔法を使える人が誰もいなかったんだ。わたしは自分の魔法が好きだったから、誰にもバレないようにこっそり使ってたんだけど……なんでかバレちゃって。気持ち悪いとか怖いとか近寄るなとか、色々言われたよ」
「……」
「初めて使えたその日から、ずーっとひとりで色々調べて、自分の使う力が人を殺せるまでになることも、人を救うときがあることも、うん……良い面悪い面の色んなことを知る努力はしてきた。だから、使わない人が怖いと思うものを使う人が何も知らないのはちょっと有り得ないなって思っちゃった」
「……そうか、お前も」
「も?」
「俺もそれぐらいの頃に魔法を使い始めたから、似たような経験はしてる」
──おまけに自分は舘宮の、人外の末裔だから。バケモノ呼ばわりは当たり前で、人を傷つけたくない一心で人には魔法を使わない、つまり反撃はしないのをいいことに、教室で読書をしているだけでゴミを投げられることもあった。──果たして人間の紅彩はそこまでの経験をしただろうか?
「そっか、じゃあわたしたちは似てるね」
「……」
「魔法が使えて人外の子孫ってわかりきってるなら、蒼唯くんは多分今わたしが想像してる以上に辛いことを経験してるかもしれない。だから今そうやって敵意を含んだ視線をぶつけてる。……生涯を共にする召喚獣の蒼唯くんだから話すけど、わたしも多分同じだよ」
「!」
紅色が潜む栗色の眼は確かに不思議な色だと今朝も感じていた。初めて会ったときも、どこか人間らしくない魔力を感じた。紅彩の魔力は、人にしては清らかすぎる。一切の乱れがない、良く言えば清らか、悪く言えば気味の悪い流れの魔力を持っている。
「お母さんがフランスのハーフでわたしはクォーター……表ではこれだけで通ってる。実際それは本当。でも、お父さんがどんなヒトかわからなくて……お母さんに聞いても、「見たことないぐらい薄いクリーム色の髪で、真っ赤な眼で、やたら長生きする」ってことしかわからないし」
「吸血鬼の類としか思えないんだけど」
「わたしもそう思ったからそう訊いたよ。でも違うんだって。牙は無いし、吸血鬼特有の衝動とかも一切なかったって。髪色と目の色がわかってて種がわからないことってある? って感じなんだけど、それがあるんだね~」
自分だけだと思っていた。正体のわからない人外の血を引く人間。まさか他にも存在したとは。
「血の濃さが違うにしろ精霊王の末裔の俺を召喚できるってことから、かなり強い力を持った人外なんだろうな」
「どうなんだろう? わたしはあんまりそんな気はしないんだよね」
「なんでだよ」
「んー……蒼唯くんにはわたしの魔力ってどう感じられる?」
「どうって……気味が悪いくらい清らか。乱れがなくて、本気で魔力を抑え込まれたら魔力のない人間だって勘違いするくらいには」
「そうなんだ……わたしはね、量が多いって言われたときもびっくりしたけど今もちょっとびっくりしてるよ。自分では量が多いとも思えない、むしろ少ないかなーって感覚なんだよ、ずっと。乱れがないって言ってくれたけど、正確には魔力の質が悪いの」
紅彩が言うにはこうらしい。魔力の量も多く、質の高いものであれば、何もしていない状態のときに他人が感じられるその人の魔力は、人間の鼓動のようにある程度動きが生じるものなのだと。というよりも魔力を持つ大半の人間の魔力はそういうものらしい。乱れがなく清らかだとされる紅彩の魔力は、紅彩から言わせてみれば魔力の流れが完全に死んでいるらしい。人間の血液中にヘモグロビンがあるように、魔力にも魔素というものが存在する。この魔素が全身に流れる魔力に動きをもたらしているのだが、紅彩の魔素はどうやらあってないようなものらしいのだ。つまり、人間の血液でたとえると酸素を運ぶヘモグロビンはいるが、酸素を運ぶという肝心の仕事を放棄してしまっている……ということになるようだ。
「じゃあなんでそれで魔法が使えるんだよ」
「そこまではわからないね、ただこういうところからわたしは、お父さんは魔法の類が一切使えないヒトだったんだろうなって考えてるよ」
獣人や亜人ですら魔力は持っている。魔力を一切持たない人外という存在を、蒼唯は知らない。人外について書かれた本を多く読んできたが、その中にそれらしい特徴の人外が出てきたことはなかった。
「浴室が近くて助かった」
「最後に入らないといけないもんね」
「ああ。まぁ俺はイレギュラーだからな、これぐらいは受け入れるさ」
夕飯を食べ、入浴を済ませた頃にはもう十時を過ぎていた。空腹が満たされているからか紅彩の警戒心も昼間より解けている。慣れてきたのもあるかもしれない。
「……紅彩」
「な、なに?」
だが、名前を呼ぶとどうも緊張したような声で反応される。
「ひとつ、残念なことを教えとかないとなって」
「……」
「『バグ召喚』、俺が絡んでるからお前はしばらく色んな奴の視線を浴びるぞ」
「はぇ……」
『バグ召喚』──解散後、ふたりだけがエルトニアに呼ばれ説明されたことだ。おおよそ百年に一度の頻度で起きるとされていて、百年ほど前にも精霊人の生徒がクラスの人間の生徒に召喚されたことがあることが説明された。
「ふたりだけ残してこのことを伝えたのには理由がありまして……この召喚が発生するときは、人間だと思ってる方にも何かしらの血が混ざってることが多いからなんです」
「え……? でもわたしにはそんな血なんて……」
「そうですよね、舘宮さんはともかく、御剣さんは健康診断でもごくごく普通の人間であると結果が出ていますし。つまりこの召喚、イレギュラー中のイレギュラーなんです」
つまり、前例がないのだ!
「──『バグ召喚』については召喚科なら噂程度に聞いたことある奴もいるだろうけど、よりによってお前は俺を召喚したからな……」
「蒼唯くん……はそんなハズレ枠なの?」
「他人をハズレ扱いしないでくれるか? まぁアタリとも思ってないが……まぁ、その、俺がこの事態を軽く受け止めてる理由がここに繋がるんだよ」
内部進学組なら知っていて当たり前、何なら実家がある広島のその地域では昔から知られている常識だ。
「俺の家系は人外から始まってる」
「……へぇ」
「へぇ、じゃなくて。ここ結構驚きポイントだから」
「ごめん……続けて?」
「………まぁ、その人外は精霊の王だってことはわかってるんだけど」
「王? すごいね」
「どの精霊の王だったのかはわかってないんだ。それだけ人前に姿を現すことが珍しいのか……そもそもその先祖の精霊王の容姿とか特徴すら記録に残ってないし」
「ひとつも?」
「ひとつ………あ。ハチャメチャに強かったことと、強すぎたからか周囲の人々が泡吹いてバッタバッタ倒れてったっていう伝説なら残ってる」
一体どんな人外だったのだろうか? 蒼唯も地元の小学校に通っていた頃、父には黙ってこっそり地下の書架へ入っては調べていたが、結局手がかりは掴めなかった。何せ書架の本は魔法語で書かれており、今だからこそわかるがその魔法語もかなり古いものだったのだ。
「んー、じゃあ蒼唯くんにはよくわからない人外の血が入ってるけど、ご先祖さまの特徴がわからないから蒼唯くんは人外の力が使えないんだ?」
「まぁそうなる。そもそも俺の代まで来てその血が濃いばすがないから力を使えるかも怪しいけど」
「そっか」
「召喚獣と魔法でコンビネーション、とかできなくて残念だなとか思ってるだろ」
「え、ううん。むしろそれなら尚更召喚したくなかったなとは思ったけど……。蒼唯くんがひとりの人間として召喚獣を使いこなしていた方がよっぽど苦労しないだろうなって、思ったから」
「……まぁ、なんだ、とりあえずそういうことだからしばらく人の視線には耐えろよ」
そう言って蒼唯は布団に潜り込んだ。紅彩は会話を続ける気がない──寝たいのだと目の前で示され、渋々布団を自分の体にかけて目を瞑った。
どうしようもないことがあるのだと悟ったのは、いくつだったか。校舎裏で光魔法を使って自分だけの小さな花畑を作ろうとしていたのがバレて、気味悪がられたのは、一体誰が広めたのだろうか。悟ったのは、その後目の前でこっそり育ててきた花々が踏み荒らされたときだったか。誰がこの秘密を広めたのかは、わからないままだしわかりたくもない。ただ、それからは独りを選ぶようになって──
「った……ぁ?」
頭と腰が痛い。ベッドから落ちてしまったらしい。目を瞑って考え事が始まろうとしていたところで記憶は途切れている。途中、物凄く悪い夢を見た気もするが……。
「やっと起きたか」
「あ……」
すっと上から蒼唯が顔を覗き込んできて、紅彩のうっすらと紅色が滲んだ眼と蒼唯の紫紺色の眼が合う。綺麗だな、と思いながら紅彩が黙っていると「荷物は持って行っとくから、遅れるなよ」とだけ言われた。
「……嘘でしょ朝食時間終わってるんだけど!?」
時計を見て、本当に遅刻ギリギリの時間だとようやく理解した紅彩は飛び起きて大急ぎで用意をする。
なんとか間に合ったものの、やはり視線は教室の至る所から飛んでくる。
「はぁぁ………」
お腹は空いてるし、視線が痛いし、授業内容はまだ初めということもあって聞かなくてもわかる内容だし。
「……?」
鞄の中からペンケースを出そうと中を見ると、何かが入ったビニール袋があった。袋の表面には小さい紙切れがセロテープで止められている。
『食え』
蒼唯くんだ、とすぐにわかって安心感が生まれる。一番後ろの席だし、授業は退屈だし、何よりお腹が空いて仕方ない。袋の中身は……クロワッサンみっつ。有難いなぁとクロワッサンを頬張ると、サクサクとした生地の軽い食感とバターの風味が口いっぱいに広がる。おいしい! と思っていると、先生が不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。
「……御剣さん」
「ふぁい」
「特待生で入学して二日目の授業内で早弁なんて今まで見たことがないのですが」
「………」
人の視線や評価を気にしがちな紅彩だが、空腹かつクロワッサンの〝おいしい〟で満足している今の紅彩に恥じらいというものは存在しない。
「聞いてますか?」
「ん、きいてます」
紅彩は気付かない。真横の席に座る蒼唯がドン引きしていることなど今の彼女にはどうでもいいことである。
「はぁ……ではここに書いてある魔力量及び属性の適性について教科書を見ずに説明してみなさい」
少し急いでふたつめのクロワッサンを食べ終え、なんとか飲み込んでから紅彩は返事をする。
「………はい。魔力の量は生まれつき決まっていますが、本人の努力次第である程度増やすことが可能です。また、種族によって生まれ持つ魔力量も大きく異なっており……特に獣人や亜人は現代の人間よりも魔力量が低いことがわかっています。属性の適性、これもまた生まれつき決まっているものですし、魔力量以上に種族の影響を受けやすいですよね。精霊人とかは、それぞれの適性が種と直結していますし、そのおかげで外見から適性がわかりやすくなっています。一方わたしたち人間では火と水が最も多く見られ、光が最も少なく一億人に一人いるかいないか程度だとされています。……適性でない属性の魔法はどれだけ練習しても得意と言いきれるものにはならないことも、常識ですよね?」
「…………はぁ、良しとしましょう」
先生は不機嫌そうな顔のまま頷いて、授業を再開する。このあたりのことは初めて魔法を使えた日から頑張って必死にひとりで調べてきたから、聞くまでもない。何なら教科書は全部授業開始日までの間に一周は読み通している。
「──お前変なところで度胸あるんだな」
「?」
「? じゃなくて今朝の」
「今朝? ………あぁ」
すべての授業が終わり、部屋に戻って蒼唯が口を開く。
「だって吐きそうなくらいお腹空いてたときにクロワッサン見つけたんだよ? 食べるしかないし……あと、あんなの魔法を使う上で知らない方が不自然でしょ」
「……ああいう基礎知識をすっ飛ばして、無意識かつ無自覚で魔法を使う奴もゼロじゃないんだよ」
「え、なんで?」
「なんでって……」
「魔法って何も知らなかったら、怖くて気持ち悪いものじゃないの?」
「………それは」
蒼唯は首を横には振れなかった。小学生の頃の記憶は、思い出したくないものばかりだからだ。
「……わたしね、初めて魔法が使えたのは八才の頃で、そのときは周りに魔法を使える人が誰もいなかったんだ。わたしは自分の魔法が好きだったから、誰にもバレないようにこっそり使ってたんだけど……なんでかバレちゃって。気持ち悪いとか怖いとか近寄るなとか、色々言われたよ」
「……」
「初めて使えたその日から、ずーっとひとりで色々調べて、自分の使う力が人を殺せるまでになることも、人を救うときがあることも、うん……良い面悪い面の色んなことを知る努力はしてきた。だから、使わない人が怖いと思うものを使う人が何も知らないのはちょっと有り得ないなって思っちゃった」
「……そうか、お前も」
「も?」
「俺もそれぐらいの頃に魔法を使い始めたから、似たような経験はしてる」
──おまけに自分は舘宮の、人外の末裔だから。バケモノ呼ばわりは当たり前で、人を傷つけたくない一心で人には魔法を使わない、つまり反撃はしないのをいいことに、教室で読書をしているだけでゴミを投げられることもあった。──果たして人間の紅彩はそこまでの経験をしただろうか?
「そっか、じゃあわたしたちは似てるね」
「……」
「魔法が使えて人外の子孫ってわかりきってるなら、蒼唯くんは多分今わたしが想像してる以上に辛いことを経験してるかもしれない。だから今そうやって敵意を含んだ視線をぶつけてる。……生涯を共にする召喚獣の蒼唯くんだから話すけど、わたしも多分同じだよ」
「!」
紅色が潜む栗色の眼は確かに不思議な色だと今朝も感じていた。初めて会ったときも、どこか人間らしくない魔力を感じた。紅彩の魔力は、人にしては清らかすぎる。一切の乱れがない、良く言えば清らか、悪く言えば気味の悪い流れの魔力を持っている。
「お母さんがフランスのハーフでわたしはクォーター……表ではこれだけで通ってる。実際それは本当。でも、お父さんがどんなヒトかわからなくて……お母さんに聞いても、「見たことないぐらい薄いクリーム色の髪で、真っ赤な眼で、やたら長生きする」ってことしかわからないし」
「吸血鬼の類としか思えないんだけど」
「わたしもそう思ったからそう訊いたよ。でも違うんだって。牙は無いし、吸血鬼特有の衝動とかも一切なかったって。髪色と目の色がわかってて種がわからないことってある? って感じなんだけど、それがあるんだね~」
自分だけだと思っていた。正体のわからない人外の血を引く人間。まさか他にも存在したとは。
「血の濃さが違うにしろ精霊王の末裔の俺を召喚できるってことから、かなり強い力を持った人外なんだろうな」
「どうなんだろう? わたしはあんまりそんな気はしないんだよね」
「なんでだよ」
「んー……蒼唯くんにはわたしの魔力ってどう感じられる?」
「どうって……気味が悪いくらい清らか。乱れがなくて、本気で魔力を抑え込まれたら魔力のない人間だって勘違いするくらいには」
「そうなんだ……わたしはね、量が多いって言われたときもびっくりしたけど今もちょっとびっくりしてるよ。自分では量が多いとも思えない、むしろ少ないかなーって感覚なんだよ、ずっと。乱れがないって言ってくれたけど、正確には魔力の質が悪いの」
紅彩が言うにはこうらしい。魔力の量も多く、質の高いものであれば、何もしていない状態のときに他人が感じられるその人の魔力は、人間の鼓動のようにある程度動きが生じるものなのだと。というよりも魔力を持つ大半の人間の魔力はそういうものらしい。乱れがなく清らかだとされる紅彩の魔力は、紅彩から言わせてみれば魔力の流れが完全に死んでいるらしい。人間の血液中にヘモグロビンがあるように、魔力にも魔素というものが存在する。この魔素が全身に流れる魔力に動きをもたらしているのだが、紅彩の魔素はどうやらあってないようなものらしいのだ。つまり、人間の血液でたとえると酸素を運ぶヘモグロビンはいるが、酸素を運ぶという肝心の仕事を放棄してしまっている……ということになるようだ。
「じゃあなんでそれで魔法が使えるんだよ」
「そこまではわからないね、ただこういうところからわたしは、お父さんは魔法の類が一切使えないヒトだったんだろうなって考えてるよ」
獣人や亜人ですら魔力は持っている。魔力を一切持たない人外という存在を、蒼唯は知らない。人外について書かれた本を多く読んできたが、その中にそれらしい特徴の人外が出てきたことはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
転移特典としてゲットしたチートな箱庭で現代技術アリのスローライフをしていたら訳アリの女性たちが迷い込んできました。
山椒
ファンタジー
そのコンビニにいた人たち全員が異世界転移された。
異世界転移する前に神に世界を救うために呼んだと言われ特典のようなものを決めるように言われた。
その中の一人であるフリーターの優斗は異世界に行くのは納得しても世界を救う気などなくまったりと過ごすつもりだった。
攻撃、防御、速度、魔法、特殊の五項目に割り振るためのポイントは一億ポイントあったが、特殊に八割割り振り、魔法に二割割り振ったことでチートな箱庭をゲットする。
そのチートな箱庭は優斗が思った通りにできるチートな箱庭だった。
前の世界でやっている番組が見れるテレビが出せたり、両親に電話できるスマホを出せたりなど異世界にいることを嘲笑っているようであった。
そんなチートな箱庭でまったりと過ごしていれば迷い込んでくる女性たちがいた。
偽物の聖女が現れたせいで追放された本物の聖女やら国を乗っ取られて追放されたサキュバスの王女など。
チートな箱庭で作った現代技術たちを前に、女性たちは現代技術にどっぷりとはまっていく。
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる