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1 慣れない日々
麒麟児とその兄
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「な………」
十三組。ふたつある召喚科のクラスの、紅彩がいない方。偉大な召喚の成功は、そちらで起きていた。
「先生コレ何ですか……?」
黄麻ういはは自分が喚び出した人型のそれを指して震えていた。只者じゃない魔力に怯えつつも、召喚獣=人間が使役するモノという認識は拭えていない。召喚されたそれは溜息を吐いてから自己紹介をした。
「コレとか言うなや、オレは幻精霊の王やぞ」
メロン味のジェラートのように淡く爽やかな黄緑色の髪をした青年は流暢な関西弁でそう話したのだ。
「ファントンって」
「んー?」
ファントン・イルゾネと名乗る一精霊の王は床に寝っ転がって、ばりぼりとどこで手に入れたのかわからない煎餅を頬張る。
「人間くさいよね」
「くさい……?」
「あ、人間くさくない反応」
人間くさいと言われ、ファントンはショックを受けた様子でういはを見た。普通ならそんな反応はしないはずだ。
「オレは精霊やけど確かに人間界に居続けてると人間臭くなるんか……?」
本気でショックを受けているようだが、煎餅を食べる手は止まらない。
精霊王の召喚というものは、非常に珍しいものである。そもそも精霊という種族自体がプライドが高い方で、協調や種族関係なく交流を大切にする獣人とは真逆の立ち位置にあると言ってもいい。彼らには、ひとつの属性もまともに極められない人間風情に力を貸す方がおかしい、という考え方が根付いている。ファントン曰く「寝てたらなんかここにいた」ようだが、そんなことがあっていいのだろうか、仮にも精霊王の一角という存在の彼に。
「じゃあファントン、何か精霊王っぽいことやってみてよ」
「は? なんやいきなり」
「いいから。そもそも幻精霊自体珍しい存在だって人間の間では言われてるんだよ?」
「………しゃーないなぁ、こんなんでええか?」
「わっ」
ファントンがぱちん、と指を鳴らすと部屋の家具や壁紙が一気に違うものへと変わった。
「この部屋な、地味やねん。これくらいがいいわ」
白い壁紙は淡いミントグリーンと白のストライプに変わり、やや年季を感じる机と椅子は真っ白な木目調が可愛らしいものへと変わった。
「す、すごい……どうやってるの?」
「あ? オレは幻を見せる幻精霊の王やで? 誰かに見せたい想像を顕現……現実に見えるようにするぐらい朝飯前超えて夜食やわ」
「夜食……」
「ま、こんな感じや。どや? 満足?」
少しドヤ顔でファントンは尋ねる。ういははもちろんと頷く。
「うん。これ……幻だけど実際に使えるんだよね?」
「当たり前や。幻を実体化させるのはオレの得意技やで。想像力の高さが実体化のクオリティにも繋がんねん」
ファントンが言うには、いかに具体的かつ明確に想像できるかが、想像を現実化するときに最も重要な鍵になるようだ。想像力が低いと幻精霊でも人を完璧に欺けるほどの幻は創り出せないのだと言う。
「ちなみにこのオレの姿も幻や」
「え?」
「あったりまえやろ。そもそもオレら幻精霊は精霊の中でも特別でな、水精霊とか火精霊が実体を持たんくても火や水と同化できるのとは違って、そもそも幻やから。完全に「オレはこの体!」ってのが無いねん」
「……」
「あー………わかりやすく言うとやな? 意識だけで生きてるって感じ。強いて言うなら空気そのものが体みたいな感じやわ。やからほら」
すうぅ、とファントンの右腕が消えていく。
「こんな風にな、幻の実体化を解くとこうなる。わかった?」
「な、なんとなくは」
「まぁ風精霊も似たようなもんや。というか空気そのものが体ってのはそいつらに言うた方が正しい。オレらはほんまに実体が無いからな」
──その晩、ういはは幻で塗り替えられた机で手紙を書いた。家族の中で唯一、仲が良かった兄への手紙だ。内容は聖華に入学したこと。召喚科で、幻精霊の王ファントンを召喚したこと。彼は何故か流暢な関西弁で喋って、人間に対してとてもフラットな見方をすること。そして兄がこれからも元気でいられることを願っていることを最後に書いて、ペンを置いた。
「まだ起きてたん」
「ファントン」
ベッドでぐーすかと爆睡していたはずのファントンがいつの間にか真後ろにいた。
「一時半やん。こんな時間まで起きてたら肌荒れんで。まぁ万が一荒れてもオレが幻で隠したることもできるんやけどさ。……で何それ、手紙?」
「あ、うん。兄様にね、たまにこうして送るんだ。……返事は来たことないけど」
「ふぅん……」
「あ、ちょっと」
ファントンが手紙をさっと奪い取る。内容を軽く見てから、ういはに言った。
「オレが届けてこようか」
「え?」
ういはの兄──奏汰はういはの七つ上で、ルシフェルと名乗る熾天使を召喚したことで名高い召喚師だ。有名な彼は日々世界中を飛び回って、召喚師としての役目を果たしている。そもそも日本にいることの方が圧倒的に少ない。
「どうやって?」
「オレは幻そのものやで? 召喚師の機関に乗り込んでお前の兄貴の今おるとこ聞いてそこへ移動するくらい容易いわ」
「………三時間目までに戻ってきてくれるって約束できるならお願い。三時間目は召喚使役だから、ファントンがいてくれないと困る」
「ん、りょーかい。じゃ行ってくるわ。おやすみういは」
「お、おやすみなさい」
幻と言うより嵐のようなヒトだと思う。勢いがあって、人間だったら間違いなくクラスの中心的存在だろうなという感じの。
ファントンが陣取っていたベッドに寝転がると、割とさっきまで寝転んでいたはずなのにそこには一切体温というものが無くて、ああ、実体を持たないとはこういうことかと一人で納得した。
奏汰はアフリカのとある国にいた。海賊が一気に減り、港町の住民が安堵していると思いきやその住民までもが数を減らしていることや、その近辺の海域の様子に違和感があることから「人外か何かの仕業かもしれない」と考えた町長の頼みで来ていた。その人は大した魔力もないため人外の感知魔法なども使えないようだったが、結果は何らかの原因で正気を失い暴走した鮫人の仕業だった。船上で暮らし海を住処とする海賊は、ほぼ間違いなく鮫人に喰われただろう。宿の一室で報告書をまとめ終え、一息つこうとしたところで今までに感じたことの無い強大な魔力が目の前に在ることを感知した。
「……何者だ」
「あれ……オレ結構魔力抑えてたつもりやってんけど漏れてた? オレのかっこよさと一緒に」
「………は?」
いきなり目の前に現れたトンチキな野郎に、奏汰は思わず目を丸くする。部屋の鍵はかけていたはずだ。何よりルシフェルが反応していないことがおかしい。
「ルシフェルは……」
奏汰が召喚してから七年連れ添ってきた者の名を口に出すと、男の目つきが険しくなる。明らかに嫌そうな顔をして、溜息を吐いた。
「あ? アレお前のペットなん? ………悪いこと言わんからやめときぃや、アレは人間の手で扱えるモノちゃうで」
「…………何しに来た? 苦言を呈しに来ただけじゃないだろ」
「あぁそうやそうや。これ、お前に渡しに来てん。黄麻奏汰で間違いないやろ?」
「ああ、そうだが………ういはから? お前は一体……」
「そこん中に全部書いてあると思う。けど、ええわお前はういはの兄貴やからな、特別に名乗ったるわ。オレは幻精霊の王──ファントン・イルゾネや。つい最近寝てるところをお前の妹に召喚された。つまりういははオレの召喚者や」
「は……!?」
嘘ではないことなどすぐにわかる。まず魔力量が一精霊の並を遥かに超えている。元々精霊は魔力を多く持っている方だが、この男のそれは多いで済ませられない量をしている。「抑えてるつもり」と言っていたが、魔力抑制が下手なのか、それとも本当に抑制してコレなのか──おそらくこれだけ魔力を有していて精霊王の一角を担っているのなら後者だろう。
「……なんや、喜ばれへんの? 妹の偉業が怖いん?」
「それは怖くない。むしろ俺が怖いのはどちらかと言えばお前だ」
「ふぅん? なんで?」
トンチキな野郎改めファントンはニヤリと笑いながら奏汰に尋ねる。──こいつ、楽しんでるのか?
「お前の魔力量は精霊にしても桁違いだ。俺は召喚師になってから四年ほどになるが……お前みたいな精霊にはまだ会ったことがない。強いことはわかっても、その強さが計り知れない……だから怖い」
「へぇー……オレはお前が従えてるつもりの奴の方がよっぽど怖いけどなぁ?」
「……ルシフェルが?」
あいつは出会ったときからずっと自分を支えている存在だ。怖いと思ったことさえない。そんな彼を、こいつが?
「だってアイツの魔力終わってるやん。禍々しいくせにうっすい神々しさでコーティングしててさ、ハッキリ言わせてもらうとキショいねん。逆になんでお前違和感感じひんの?」
「……」
「まだわからん? じゃ聞くけど──お前ここ三、四年で体めっちゃ壊してるやろ」
「!」
機関にも報告していないことを言われ、それまで見ないようにしていた顔を思わず見上げる。ファントンは「やっぱりな」と笑う。
「人間同士やとわからんのかもしれへんけど……オレぐらいになるとバッレバレや。──おいアム」
「──何だい、こんなところに呼び出して………おや?」
ファントンが虚空に向かって呼びかけると、白銀の長髪に宵闇色の眼をした人外──何かの精霊が彼の真横に現れる。
「やっぱわかる? こいつヤバいよな?」
「ああ、うん……もって半年ってところかな」
「半年……?」
「そう。君の命」
「は……?」
いきなり余命宣告をされ、全身に雷を落とされたような衝撃が走る。半年? がむしゃらに働いたから?
「驚かせてしまってすまないね。でも、本当だよ。私は死精霊……死を視て死を囁く精霊の王さ」
こいつも王。魔力や気配を一切感じさせないあたり、ファントンよりも魔力の操作に長けているのかもしれない。
「さて、さっきも言ったように君の命はもって半年だ。ただ〝もって〟だから……明日も明後日も明明後日も、あの危ないのと仕事をするつもりなら、三ヶ月後には死ぬかな」
「三……!?」
「うん。どう生きるかは君の命だから君に任せるけれど、ひとつはっきり言えることは君のそれは悪魔の契約によるものだ」
悪魔、あくま、アクマ。ルシフェルは熾天使だと自分で言っていたし、実際その容姿や使う魔法も天使のものだ。
「……お前たちは、ルシフェルが悪魔だと?」
ふたりはなんの躊躇いもなく頷く。
「あいつが魔法を使えてんのはお前の命を魔力に変えて使ってるからや? 見たらわかるやんなぁ、アム」
「ああ、正直生きていること自体不思議で仕方ないよ。……悪いことは言わないから、今すぐ帰国して休養を挟むべきだ」
ふたりの精霊王にそう言われ、奏汰は段々自信の置かれている状況の深刻さを受け入れていく。
「そう、か。……ういはは? ういはは元気にしてるか?」
「会いたいならこっち帰ってこい。帰りたいならオレが帰れるよう手配しとくし」
「私も協力はするよ。その証としてひとまずは──」
ドッ、という音が奏汰の真後ろで響く。それと同時に、奏汰は膝をついた。
「君を死から遠ざけないとね」「虫退治やな」
「……ルシフェル?」
彼はふたりを睨みつけていた。三対ある翼の先は黒く染まり、普段は綺麗に繋がっている頭上の白い光輪が赤黒く変色し、割れている。──この容姿に一致するのは、堕天使だ。
「お前ら、何勝手に入れ知恵吹き込んでんだ」
「お前こそ人間の命をなんやと思ってんねんアホか」
「全くだよ。私たちみたいに長命なわけでもないのに……下劣な行為としか言いようがない。奏汰、平気かい」
アムが奏汰を見ると、はっ、はっ、と浅く呼吸をするのが精一杯で今にも意識を失いそうな状態だった。アムはひょいと奏汰を抱き上げる。
「ここで彼を殺すつもりかい? 堕天すると天使の称号だけでなく品性も失われるなんて初めて知ったよ」
「あ……」
「大丈夫。君は死なない。死なせないよ。君が死ねば、親友の大切な人が悲しむからね。ファントン、足止めを任せても?」
「ああお前らは先に行っといて。オレも後から行く」
「うん、任せたよ」
それ、死亡フラグ……と声に出せないまま奏汰はアムに日本まで連れ戻されるのだった。
十三組。ふたつある召喚科のクラスの、紅彩がいない方。偉大な召喚の成功は、そちらで起きていた。
「先生コレ何ですか……?」
黄麻ういはは自分が喚び出した人型のそれを指して震えていた。只者じゃない魔力に怯えつつも、召喚獣=人間が使役するモノという認識は拭えていない。召喚されたそれは溜息を吐いてから自己紹介をした。
「コレとか言うなや、オレは幻精霊の王やぞ」
メロン味のジェラートのように淡く爽やかな黄緑色の髪をした青年は流暢な関西弁でそう話したのだ。
「ファントンって」
「んー?」
ファントン・イルゾネと名乗る一精霊の王は床に寝っ転がって、ばりぼりとどこで手に入れたのかわからない煎餅を頬張る。
「人間くさいよね」
「くさい……?」
「あ、人間くさくない反応」
人間くさいと言われ、ファントンはショックを受けた様子でういはを見た。普通ならそんな反応はしないはずだ。
「オレは精霊やけど確かに人間界に居続けてると人間臭くなるんか……?」
本気でショックを受けているようだが、煎餅を食べる手は止まらない。
精霊王の召喚というものは、非常に珍しいものである。そもそも精霊という種族自体がプライドが高い方で、協調や種族関係なく交流を大切にする獣人とは真逆の立ち位置にあると言ってもいい。彼らには、ひとつの属性もまともに極められない人間風情に力を貸す方がおかしい、という考え方が根付いている。ファントン曰く「寝てたらなんかここにいた」ようだが、そんなことがあっていいのだろうか、仮にも精霊王の一角という存在の彼に。
「じゃあファントン、何か精霊王っぽいことやってみてよ」
「は? なんやいきなり」
「いいから。そもそも幻精霊自体珍しい存在だって人間の間では言われてるんだよ?」
「………しゃーないなぁ、こんなんでええか?」
「わっ」
ファントンがぱちん、と指を鳴らすと部屋の家具や壁紙が一気に違うものへと変わった。
「この部屋な、地味やねん。これくらいがいいわ」
白い壁紙は淡いミントグリーンと白のストライプに変わり、やや年季を感じる机と椅子は真っ白な木目調が可愛らしいものへと変わった。
「す、すごい……どうやってるの?」
「あ? オレは幻を見せる幻精霊の王やで? 誰かに見せたい想像を顕現……現実に見えるようにするぐらい朝飯前超えて夜食やわ」
「夜食……」
「ま、こんな感じや。どや? 満足?」
少しドヤ顔でファントンは尋ねる。ういははもちろんと頷く。
「うん。これ……幻だけど実際に使えるんだよね?」
「当たり前や。幻を実体化させるのはオレの得意技やで。想像力の高さが実体化のクオリティにも繋がんねん」
ファントンが言うには、いかに具体的かつ明確に想像できるかが、想像を現実化するときに最も重要な鍵になるようだ。想像力が低いと幻精霊でも人を完璧に欺けるほどの幻は創り出せないのだと言う。
「ちなみにこのオレの姿も幻や」
「え?」
「あったりまえやろ。そもそもオレら幻精霊は精霊の中でも特別でな、水精霊とか火精霊が実体を持たんくても火や水と同化できるのとは違って、そもそも幻やから。完全に「オレはこの体!」ってのが無いねん」
「……」
「あー………わかりやすく言うとやな? 意識だけで生きてるって感じ。強いて言うなら空気そのものが体みたいな感じやわ。やからほら」
すうぅ、とファントンの右腕が消えていく。
「こんな風にな、幻の実体化を解くとこうなる。わかった?」
「な、なんとなくは」
「まぁ風精霊も似たようなもんや。というか空気そのものが体ってのはそいつらに言うた方が正しい。オレらはほんまに実体が無いからな」
──その晩、ういはは幻で塗り替えられた机で手紙を書いた。家族の中で唯一、仲が良かった兄への手紙だ。内容は聖華に入学したこと。召喚科で、幻精霊の王ファントンを召喚したこと。彼は何故か流暢な関西弁で喋って、人間に対してとてもフラットな見方をすること。そして兄がこれからも元気でいられることを願っていることを最後に書いて、ペンを置いた。
「まだ起きてたん」
「ファントン」
ベッドでぐーすかと爆睡していたはずのファントンがいつの間にか真後ろにいた。
「一時半やん。こんな時間まで起きてたら肌荒れんで。まぁ万が一荒れてもオレが幻で隠したることもできるんやけどさ。……で何それ、手紙?」
「あ、うん。兄様にね、たまにこうして送るんだ。……返事は来たことないけど」
「ふぅん……」
「あ、ちょっと」
ファントンが手紙をさっと奪い取る。内容を軽く見てから、ういはに言った。
「オレが届けてこようか」
「え?」
ういはの兄──奏汰はういはの七つ上で、ルシフェルと名乗る熾天使を召喚したことで名高い召喚師だ。有名な彼は日々世界中を飛び回って、召喚師としての役目を果たしている。そもそも日本にいることの方が圧倒的に少ない。
「どうやって?」
「オレは幻そのものやで? 召喚師の機関に乗り込んでお前の兄貴の今おるとこ聞いてそこへ移動するくらい容易いわ」
「………三時間目までに戻ってきてくれるって約束できるならお願い。三時間目は召喚使役だから、ファントンがいてくれないと困る」
「ん、りょーかい。じゃ行ってくるわ。おやすみういは」
「お、おやすみなさい」
幻と言うより嵐のようなヒトだと思う。勢いがあって、人間だったら間違いなくクラスの中心的存在だろうなという感じの。
ファントンが陣取っていたベッドに寝転がると、割とさっきまで寝転んでいたはずなのにそこには一切体温というものが無くて、ああ、実体を持たないとはこういうことかと一人で納得した。
奏汰はアフリカのとある国にいた。海賊が一気に減り、港町の住民が安堵していると思いきやその住民までもが数を減らしていることや、その近辺の海域の様子に違和感があることから「人外か何かの仕業かもしれない」と考えた町長の頼みで来ていた。その人は大した魔力もないため人外の感知魔法なども使えないようだったが、結果は何らかの原因で正気を失い暴走した鮫人の仕業だった。船上で暮らし海を住処とする海賊は、ほぼ間違いなく鮫人に喰われただろう。宿の一室で報告書をまとめ終え、一息つこうとしたところで今までに感じたことの無い強大な魔力が目の前に在ることを感知した。
「……何者だ」
「あれ……オレ結構魔力抑えてたつもりやってんけど漏れてた? オレのかっこよさと一緒に」
「………は?」
いきなり目の前に現れたトンチキな野郎に、奏汰は思わず目を丸くする。部屋の鍵はかけていたはずだ。何よりルシフェルが反応していないことがおかしい。
「ルシフェルは……」
奏汰が召喚してから七年連れ添ってきた者の名を口に出すと、男の目つきが険しくなる。明らかに嫌そうな顔をして、溜息を吐いた。
「あ? アレお前のペットなん? ………悪いこと言わんからやめときぃや、アレは人間の手で扱えるモノちゃうで」
「…………何しに来た? 苦言を呈しに来ただけじゃないだろ」
「あぁそうやそうや。これ、お前に渡しに来てん。黄麻奏汰で間違いないやろ?」
「ああ、そうだが………ういはから? お前は一体……」
「そこん中に全部書いてあると思う。けど、ええわお前はういはの兄貴やからな、特別に名乗ったるわ。オレは幻精霊の王──ファントン・イルゾネや。つい最近寝てるところをお前の妹に召喚された。つまりういははオレの召喚者や」
「は……!?」
嘘ではないことなどすぐにわかる。まず魔力量が一精霊の並を遥かに超えている。元々精霊は魔力を多く持っている方だが、この男のそれは多いで済ませられない量をしている。「抑えてるつもり」と言っていたが、魔力抑制が下手なのか、それとも本当に抑制してコレなのか──おそらくこれだけ魔力を有していて精霊王の一角を担っているのなら後者だろう。
「……なんや、喜ばれへんの? 妹の偉業が怖いん?」
「それは怖くない。むしろ俺が怖いのはどちらかと言えばお前だ」
「ふぅん? なんで?」
トンチキな野郎改めファントンはニヤリと笑いながら奏汰に尋ねる。──こいつ、楽しんでるのか?
「お前の魔力量は精霊にしても桁違いだ。俺は召喚師になってから四年ほどになるが……お前みたいな精霊にはまだ会ったことがない。強いことはわかっても、その強さが計り知れない……だから怖い」
「へぇー……オレはお前が従えてるつもりの奴の方がよっぽど怖いけどなぁ?」
「……ルシフェルが?」
あいつは出会ったときからずっと自分を支えている存在だ。怖いと思ったことさえない。そんな彼を、こいつが?
「だってアイツの魔力終わってるやん。禍々しいくせにうっすい神々しさでコーティングしててさ、ハッキリ言わせてもらうとキショいねん。逆になんでお前違和感感じひんの?」
「……」
「まだわからん? じゃ聞くけど──お前ここ三、四年で体めっちゃ壊してるやろ」
「!」
機関にも報告していないことを言われ、それまで見ないようにしていた顔を思わず見上げる。ファントンは「やっぱりな」と笑う。
「人間同士やとわからんのかもしれへんけど……オレぐらいになるとバッレバレや。──おいアム」
「──何だい、こんなところに呼び出して………おや?」
ファントンが虚空に向かって呼びかけると、白銀の長髪に宵闇色の眼をした人外──何かの精霊が彼の真横に現れる。
「やっぱわかる? こいつヤバいよな?」
「ああ、うん……もって半年ってところかな」
「半年……?」
「そう。君の命」
「は……?」
いきなり余命宣告をされ、全身に雷を落とされたような衝撃が走る。半年? がむしゃらに働いたから?
「驚かせてしまってすまないね。でも、本当だよ。私は死精霊……死を視て死を囁く精霊の王さ」
こいつも王。魔力や気配を一切感じさせないあたり、ファントンよりも魔力の操作に長けているのかもしれない。
「さて、さっきも言ったように君の命はもって半年だ。ただ〝もって〟だから……明日も明後日も明明後日も、あの危ないのと仕事をするつもりなら、三ヶ月後には死ぬかな」
「三……!?」
「うん。どう生きるかは君の命だから君に任せるけれど、ひとつはっきり言えることは君のそれは悪魔の契約によるものだ」
悪魔、あくま、アクマ。ルシフェルは熾天使だと自分で言っていたし、実際その容姿や使う魔法も天使のものだ。
「……お前たちは、ルシフェルが悪魔だと?」
ふたりはなんの躊躇いもなく頷く。
「あいつが魔法を使えてんのはお前の命を魔力に変えて使ってるからや? 見たらわかるやんなぁ、アム」
「ああ、正直生きていること自体不思議で仕方ないよ。……悪いことは言わないから、今すぐ帰国して休養を挟むべきだ」
ふたりの精霊王にそう言われ、奏汰は段々自信の置かれている状況の深刻さを受け入れていく。
「そう、か。……ういはは? ういはは元気にしてるか?」
「会いたいならこっち帰ってこい。帰りたいならオレが帰れるよう手配しとくし」
「私も協力はするよ。その証としてひとまずは──」
ドッ、という音が奏汰の真後ろで響く。それと同時に、奏汰は膝をついた。
「君を死から遠ざけないとね」「虫退治やな」
「……ルシフェル?」
彼はふたりを睨みつけていた。三対ある翼の先は黒く染まり、普段は綺麗に繋がっている頭上の白い光輪が赤黒く変色し、割れている。──この容姿に一致するのは、堕天使だ。
「お前ら、何勝手に入れ知恵吹き込んでんだ」
「お前こそ人間の命をなんやと思ってんねんアホか」
「全くだよ。私たちみたいに長命なわけでもないのに……下劣な行為としか言いようがない。奏汰、平気かい」
アムが奏汰を見ると、はっ、はっ、と浅く呼吸をするのが精一杯で今にも意識を失いそうな状態だった。アムはひょいと奏汰を抱き上げる。
「ここで彼を殺すつもりかい? 堕天すると天使の称号だけでなく品性も失われるなんて初めて知ったよ」
「あ……」
「大丈夫。君は死なない。死なせないよ。君が死ねば、親友の大切な人が悲しむからね。ファントン、足止めを任せても?」
「ああお前らは先に行っといて。オレも後から行く」
「うん、任せたよ」
それ、死亡フラグ……と声に出せないまま奏汰はアムに日本まで連れ戻されるのだった。
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