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5 命あるもの
2年目の春
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冬は何もなかった。学園祭での出来事が大きすぎて、それ以降のちょっとしたごたごたは春の初めの頃と同じようにしか感じられなかったからだ。蒼唯は依然として、紅彩とアム以外の人前では変化魔法で人間の姿を装っている。さて、今日からは二年生になる。召喚科では、二年生から新しく毒について学んでいく。人外には毒を使う種族がそれなりにいるからだ。毒の知識を蓄えてから毒魔法を使うようになり、そこから解毒魔法の作用について詳しく学ぶ。治癒魔法科では一年生で習うことのようだ。
「紅彩ー」
「んうー……」
「てめぇ起きねぇとこのまま食堂まで引きずるからな」
「んー………」
「よし、わかった」
がっと紅彩の腕を掴んで、蒼唯はずるずると紅彩を引きずり始める。春の紅彩は寝起きが一年で最悪になる。起きない。爆音の目覚ましを耳に直に当てても、霧吹きで水をかけても、とにかく何をしても起きない。ごん、とベッドから落ちれば起きるだろうと思ったがそのまま寝続ける図太さを持っていた。そのため、こうして引きずって歩くこともできてしまうのだ。
「蒼唯くんわたしのことまた引きずったでしょ」
「起きねぇからだろ」
「やっぱり! なんかずっと肩甲骨と背骨が痛いなって思ってたの!」
「でもずっと寝てたぞ」
昼休みになってようやく紅彩からそういったクレームが入ってくることがある。毎回ではない。面倒だと思いつつ適当に流しているとそこに翠がやって来て、わちゃわちゃ喋っていたら昼休みが終わる。あらためて、中学時代とは全然違う時間の過ごし方だと思う。ずっと独りで本を読み、喧嘩を売ってきた馬鹿を返り討ちに遭わせ、家に戻ってもひとりでほとんど誰とも会話をしなかった。だが今は違う。世話の焼ける奴がいる。そいつの友達もいる。先祖とも顔を合わせたし、人間の体まで捨てた。何もかもがあの頃とは違う。正直、人間の体を捨てたことについて未だに考えてしまうときがある。死精霊は基本的に精霊の一種であるため、不老で寿命という概念を持たない。どの精霊にも「これをまともに食らったら耐えられない」というものはあるが、死精霊の場合はそれが回復魔法になる。紅彩が回復魔法を使えるため、俺は死のうと思えばいつでも死ねる。だが、それは紅彩が生きている間だけの話。そもそも紅彩がそんなことをしてくれるとも思えない。あいつは〝あるがまま〟を受け入れて生きるような性格をしている。
結局二年目になっても翠の犬は魔法科の一部を怪しんで調査を続けているらしい。原初魔法主義の勢いはリーダーであった翠の父が亡くなってなお勢いを弱めてはおらず、むしろ亡きリーダーの遺志を果たさんとその勢力を強めているようだ。
「翠、しんどかったら言えよ。紅彩には言いたくなくても、俺には言っていいから」
「ありがとう。でも……これは僕の家が起こしたことだから、大丈夫。蒼唯を信じてないってことじゃないよ。ただ、うん……家で原初魔法主義に毒されてないのはもう僕だけ。だから、僕が全部終わらせないといけない。そこに誰かを巻き込んだり、誰かの力を借りたりってのは嫌だからさ? だから、これは僕なりのけじめだよ」
「そうか。……でも、無理はしないでほしい。お前は紅彩の幼馴染で、俺の友達でもあるから」
「うん、わかってる」
「……」
わかってんだかわかってないんだか。人外になってからアムに修行だと精霊界に連れられてはボコボコにされまくったせいか、段々と人間の魂というものが見えつつある。魂には色がついていて大きさもそれぞれだとアムからは教わっている。今の翠は……正直危ういと言わざるを得ない。
「健康だと明るい青色で、大きさもこれぐらいかなぁ」
アムは直径十センチほどの円を手で作って蒼唯にそう話す。
「じゃあそうじゃなかったら?」
「色は原因によって様々だけど、全体的に小さくなるかな。これぐらい?」
「一回りは小さくなる感じか。……原因によって色が変わるなら、一番やべぇ色はこれ、とかそういうのは?」
「赤色と紫かなぁ。あ、死んだら透明になるよ」
あの会話の中では、特に危険な色しか教わっていない。幸い、翠の魂はそうなってはいない。だが。
(橙色……ってことは、赤と黄色が混ざってるってことだよな。つまり良くはないってことなんじゃ……)
試しに紅彩の魂を見てみたが、うっすらと月明かりのような柔らかな光が漏れているだけだった。これはこれで特殊だな、と思いしばらく観察していたが、紅彩の魂が変容することはなかった。アムはずっとこれを見ていた上で、彼女の父親の正体がわからないのだ。十万年以上生きてきてもわからないなら誰がわかるんだこれ。
「蒼唯くん」
「うお」
「あ、ごめん何か考えてた?」
「いや、別に……で、何」
「翠ちゃんと何話してたの?」
「……あいつが無理をしてるから、心配で」
だって、あいつは人間だから。俺と違って、怪我をしても働きすぎても、すぐに何かのきっかけで死んでしまう体だから。
「なあ、アムんとこ行ってくる」
「え? 今から?」
「うん、明日の朝には戻る」
「い、いってらっしゃい……」
教室から精霊界へ転移したが、それに気付く人間は誰一人いない。それだけ魔法の扱いを極めつつあるということだ。魔法の使用痕跡は消せない。それが世間一般の認識だ。だが、アムによると違うらしいのだ。十万年も生きているとそれが容易になる。そう言っていた。ゆえに、アムは十万年かけてできたことを蒼唯に精霊界での数ヶ月で覚えさせようとしている。明らかに鬼教官だが、次期死精王としてこれぐらいはできてほしいというのがアムの気持ちだろう。実際、使用痕跡を消せることのメリットはかなり大きい。まず、自身と同等またはそれ以上の実力を持つ者以外に魔法を使ったことがわからなくなる。さらに、使用痕跡を消せるということは使用前の魔力の流れや波も感じさせないことも可能になる。魔法、特に人間が魔法を使うときは魔法が放たれる直前に使用者の魔力が大きく波打ちやすい。体内に溜めているものを外へ放出するため、力を溜めて強く押し出している状態に近いのだ。ただ、この魔力の波が見えたからといって未来予知なんて能力でもない限り、誰がどんな魔法を使うのかまでははっきりとわからない。
「アム」
「おや、今日は来るとは聞いていないけれど」
「ああ。気になることがあって」
「……何があった?」
「翠の。……友達の魂の色が変だった。前にお前は赤や紫の魂はやばいって言ってたけど、オレンジ色ってどうなる? 赤が混ざってるから死に近いとか、そういうことになるか?」
蒼唯の問いに、アムはうーん、と少し迷ったように間を置いてから答える。
「この前、もう少し詳しく話しておくべきだったね。赤色と紫色が特に注意した方がいいって言ったけれど、色が違うから当然状態も違うんだ。赤色は強いストレスを受けているときとか、精神的に苦しんでいるときに鬱屈とした気持ちから死ぬという選択肢が出ている状態の色って覚えてほしい。紫色は……肉体の病気とか、不慮の事故に巻き込まれる前とか、そういう……ああ、あと呪術を受けてしまって危険な状態になったときにも、その色になるかな。だからまあ、質問に答えるならその友達は精神的に無理をしている部分があるんじゃないかな、とは思うよ」
「やっぱりか……」
口では大丈夫、わかってる、なんて言っておいて結局しんどいんじゃねぇか。
「そういう奴に限って大丈夫とかわかってるとか言うんだけど……気を遣う必要なんてねぇのに」
「そういう所は今も昔も変わらないねぇ、人間は。逆の立場になったらきっとその子も蒼唯と同じことを言うだろうに、どうして自分の番になると大丈夫だなんて言って他人を頼らず突き放そうとさえするんだろう。人間だったことがただの一度もない私には当然わからないし、十七年しか生きていない君には難題に決まっているだろうし」
「……あいつ、紅彩のことは心配するくせに自分のことになったら急に怖いぐらい頓着しなくなるのなんとかなんねぇかな」
紅彩が魔力を切らしたときも「紅彩が魔力切れ!?」と青い顔になってわたわたと慌てていたのに、自分が苦しい思いをしていてもそれを表には出さないように努めて、紅彩にすら相談をしない。
「事情が事情なのかもしれねぇけどさ? 何でもないように振る舞われるのも嫌なんだよな」
その点紅彩は俺が一生連れ添う召喚獣だからかなんでも話す。もうしょうもないことも深刻なことも、とにかくなんでもだ。元々喋ること自体好きな方なんだと思う。面白い話をするときの紅彩は本当に楽しそうにしているから。
「ただまぁ、向こうから話を切り出してこないならまだ限界じゃないと思って見ていたらいいと思うよ」
「……うん。あと、紅彩の魂についても聞きたいんだけど」
「………あれはねー、何なんだろうねぇ、本当に」
やはりわからないらしい。何の人外かすらわからないということがあって良いのだろうか。人間の特性しか継いでいないように見えて、人間にしてはおかしな魔力と魔法語、魔法式。その特徴のどれを見てもアムもファントンもわからないということは、本当に他者との交流が少ない人外なのだろう。
「人間と人外とで魂は違った特徴を持っているけれど、あの特徴の魂は本当に見たことがなくてね。時々人間界に行っては様々な国を旅しているのだけれど、同じ魂を見たことがないんだ」
前例のない魂。四百年以上前から人間界と関わりを持ってきた彼が見たことがないと言うのは、正直かなり珍しい。
「あの光を見て、蒼唯はどう感じた?」
「光を?」
「そう」
「……正直、綺麗だと思った。魔力の流れが清らかなのも頷けるなって。ただ、なんというか……普通の人間とは違うからか作りものみたいな感じがして、少し気味悪ぃなとも」
アムは蒼唯の言葉に深く頷く。
「そうだね。あれは不自然で歪だ。人間の体に、人外に近い特徴の魂が宿っている。けれども、アレは君とは違う。君は完璧に私たちと同じ魂を宿していた。ただ、彼女は……持っている魂の質自体は人間のものだ。何だろうね、あれは……ある種の呪いとも言うべきか」
「呪い?」
「体は人間で、本人の自認も人間。それなのに持っている能力的な特徴や魂の外側は限りなく人外に近い。人間と人外の混血児がこうなることはまず有り得ない。魂の質は胎内にいる時点で決まるからね。先祖返りでも起こさない限り体が人間なら魂も人間のものになるはずなんだ。だから──」
「アム?」
アムは考えるときに空を見上げる癖がある。ついでに目をよく閉じる。目を閉じて考えるのは、視界の情報をなるべくゼロにして、頭のリソースを思考いっぱいに使わせるためである。だが、ふと息継ぎをするように目を開いたそのとき。
「………なんだか、いつもより月が大きいような」
「月? そもそも今昼間じゃねぇ………か」
青白い月が、いつもなら眼球と変わらないほどに小さな月が、その日は空の四分の一を埋め尽くすほどの大きさになっていた。
「紅彩ー」
「んうー……」
「てめぇ起きねぇとこのまま食堂まで引きずるからな」
「んー………」
「よし、わかった」
がっと紅彩の腕を掴んで、蒼唯はずるずると紅彩を引きずり始める。春の紅彩は寝起きが一年で最悪になる。起きない。爆音の目覚ましを耳に直に当てても、霧吹きで水をかけても、とにかく何をしても起きない。ごん、とベッドから落ちれば起きるだろうと思ったがそのまま寝続ける図太さを持っていた。そのため、こうして引きずって歩くこともできてしまうのだ。
「蒼唯くんわたしのことまた引きずったでしょ」
「起きねぇからだろ」
「やっぱり! なんかずっと肩甲骨と背骨が痛いなって思ってたの!」
「でもずっと寝てたぞ」
昼休みになってようやく紅彩からそういったクレームが入ってくることがある。毎回ではない。面倒だと思いつつ適当に流しているとそこに翠がやって来て、わちゃわちゃ喋っていたら昼休みが終わる。あらためて、中学時代とは全然違う時間の過ごし方だと思う。ずっと独りで本を読み、喧嘩を売ってきた馬鹿を返り討ちに遭わせ、家に戻ってもひとりでほとんど誰とも会話をしなかった。だが今は違う。世話の焼ける奴がいる。そいつの友達もいる。先祖とも顔を合わせたし、人間の体まで捨てた。何もかもがあの頃とは違う。正直、人間の体を捨てたことについて未だに考えてしまうときがある。死精霊は基本的に精霊の一種であるため、不老で寿命という概念を持たない。どの精霊にも「これをまともに食らったら耐えられない」というものはあるが、死精霊の場合はそれが回復魔法になる。紅彩が回復魔法を使えるため、俺は死のうと思えばいつでも死ねる。だが、それは紅彩が生きている間だけの話。そもそも紅彩がそんなことをしてくれるとも思えない。あいつは〝あるがまま〟を受け入れて生きるような性格をしている。
結局二年目になっても翠の犬は魔法科の一部を怪しんで調査を続けているらしい。原初魔法主義の勢いはリーダーであった翠の父が亡くなってなお勢いを弱めてはおらず、むしろ亡きリーダーの遺志を果たさんとその勢力を強めているようだ。
「翠、しんどかったら言えよ。紅彩には言いたくなくても、俺には言っていいから」
「ありがとう。でも……これは僕の家が起こしたことだから、大丈夫。蒼唯を信じてないってことじゃないよ。ただ、うん……家で原初魔法主義に毒されてないのはもう僕だけ。だから、僕が全部終わらせないといけない。そこに誰かを巻き込んだり、誰かの力を借りたりってのは嫌だからさ? だから、これは僕なりのけじめだよ」
「そうか。……でも、無理はしないでほしい。お前は紅彩の幼馴染で、俺の友達でもあるから」
「うん、わかってる」
「……」
わかってんだかわかってないんだか。人外になってからアムに修行だと精霊界に連れられてはボコボコにされまくったせいか、段々と人間の魂というものが見えつつある。魂には色がついていて大きさもそれぞれだとアムからは教わっている。今の翠は……正直危ういと言わざるを得ない。
「健康だと明るい青色で、大きさもこれぐらいかなぁ」
アムは直径十センチほどの円を手で作って蒼唯にそう話す。
「じゃあそうじゃなかったら?」
「色は原因によって様々だけど、全体的に小さくなるかな。これぐらい?」
「一回りは小さくなる感じか。……原因によって色が変わるなら、一番やべぇ色はこれ、とかそういうのは?」
「赤色と紫かなぁ。あ、死んだら透明になるよ」
あの会話の中では、特に危険な色しか教わっていない。幸い、翠の魂はそうなってはいない。だが。
(橙色……ってことは、赤と黄色が混ざってるってことだよな。つまり良くはないってことなんじゃ……)
試しに紅彩の魂を見てみたが、うっすらと月明かりのような柔らかな光が漏れているだけだった。これはこれで特殊だな、と思いしばらく観察していたが、紅彩の魂が変容することはなかった。アムはずっとこれを見ていた上で、彼女の父親の正体がわからないのだ。十万年以上生きてきてもわからないなら誰がわかるんだこれ。
「蒼唯くん」
「うお」
「あ、ごめん何か考えてた?」
「いや、別に……で、何」
「翠ちゃんと何話してたの?」
「……あいつが無理をしてるから、心配で」
だって、あいつは人間だから。俺と違って、怪我をしても働きすぎても、すぐに何かのきっかけで死んでしまう体だから。
「なあ、アムんとこ行ってくる」
「え? 今から?」
「うん、明日の朝には戻る」
「い、いってらっしゃい……」
教室から精霊界へ転移したが、それに気付く人間は誰一人いない。それだけ魔法の扱いを極めつつあるということだ。魔法の使用痕跡は消せない。それが世間一般の認識だ。だが、アムによると違うらしいのだ。十万年も生きているとそれが容易になる。そう言っていた。ゆえに、アムは十万年かけてできたことを蒼唯に精霊界での数ヶ月で覚えさせようとしている。明らかに鬼教官だが、次期死精王としてこれぐらいはできてほしいというのがアムの気持ちだろう。実際、使用痕跡を消せることのメリットはかなり大きい。まず、自身と同等またはそれ以上の実力を持つ者以外に魔法を使ったことがわからなくなる。さらに、使用痕跡を消せるということは使用前の魔力の流れや波も感じさせないことも可能になる。魔法、特に人間が魔法を使うときは魔法が放たれる直前に使用者の魔力が大きく波打ちやすい。体内に溜めているものを外へ放出するため、力を溜めて強く押し出している状態に近いのだ。ただ、この魔力の波が見えたからといって未来予知なんて能力でもない限り、誰がどんな魔法を使うのかまでははっきりとわからない。
「アム」
「おや、今日は来るとは聞いていないけれど」
「ああ。気になることがあって」
「……何があった?」
「翠の。……友達の魂の色が変だった。前にお前は赤や紫の魂はやばいって言ってたけど、オレンジ色ってどうなる? 赤が混ざってるから死に近いとか、そういうことになるか?」
蒼唯の問いに、アムはうーん、と少し迷ったように間を置いてから答える。
「この前、もう少し詳しく話しておくべきだったね。赤色と紫色が特に注意した方がいいって言ったけれど、色が違うから当然状態も違うんだ。赤色は強いストレスを受けているときとか、精神的に苦しんでいるときに鬱屈とした気持ちから死ぬという選択肢が出ている状態の色って覚えてほしい。紫色は……肉体の病気とか、不慮の事故に巻き込まれる前とか、そういう……ああ、あと呪術を受けてしまって危険な状態になったときにも、その色になるかな。だからまあ、質問に答えるならその友達は精神的に無理をしている部分があるんじゃないかな、とは思うよ」
「やっぱりか……」
口では大丈夫、わかってる、なんて言っておいて結局しんどいんじゃねぇか。
「そういう奴に限って大丈夫とかわかってるとか言うんだけど……気を遣う必要なんてねぇのに」
「そういう所は今も昔も変わらないねぇ、人間は。逆の立場になったらきっとその子も蒼唯と同じことを言うだろうに、どうして自分の番になると大丈夫だなんて言って他人を頼らず突き放そうとさえするんだろう。人間だったことがただの一度もない私には当然わからないし、十七年しか生きていない君には難題に決まっているだろうし」
「……あいつ、紅彩のことは心配するくせに自分のことになったら急に怖いぐらい頓着しなくなるのなんとかなんねぇかな」
紅彩が魔力を切らしたときも「紅彩が魔力切れ!?」と青い顔になってわたわたと慌てていたのに、自分が苦しい思いをしていてもそれを表には出さないように努めて、紅彩にすら相談をしない。
「事情が事情なのかもしれねぇけどさ? 何でもないように振る舞われるのも嫌なんだよな」
その点紅彩は俺が一生連れ添う召喚獣だからかなんでも話す。もうしょうもないことも深刻なことも、とにかくなんでもだ。元々喋ること自体好きな方なんだと思う。面白い話をするときの紅彩は本当に楽しそうにしているから。
「ただまぁ、向こうから話を切り出してこないならまだ限界じゃないと思って見ていたらいいと思うよ」
「……うん。あと、紅彩の魂についても聞きたいんだけど」
「………あれはねー、何なんだろうねぇ、本当に」
やはりわからないらしい。何の人外かすらわからないということがあって良いのだろうか。人間の特性しか継いでいないように見えて、人間にしてはおかしな魔力と魔法語、魔法式。その特徴のどれを見てもアムもファントンもわからないということは、本当に他者との交流が少ない人外なのだろう。
「人間と人外とで魂は違った特徴を持っているけれど、あの特徴の魂は本当に見たことがなくてね。時々人間界に行っては様々な国を旅しているのだけれど、同じ魂を見たことがないんだ」
前例のない魂。四百年以上前から人間界と関わりを持ってきた彼が見たことがないと言うのは、正直かなり珍しい。
「あの光を見て、蒼唯はどう感じた?」
「光を?」
「そう」
「……正直、綺麗だと思った。魔力の流れが清らかなのも頷けるなって。ただ、なんというか……普通の人間とは違うからか作りものみたいな感じがして、少し気味悪ぃなとも」
アムは蒼唯の言葉に深く頷く。
「そうだね。あれは不自然で歪だ。人間の体に、人外に近い特徴の魂が宿っている。けれども、アレは君とは違う。君は完璧に私たちと同じ魂を宿していた。ただ、彼女は……持っている魂の質自体は人間のものだ。何だろうね、あれは……ある種の呪いとも言うべきか」
「呪い?」
「体は人間で、本人の自認も人間。それなのに持っている能力的な特徴や魂の外側は限りなく人外に近い。人間と人外の混血児がこうなることはまず有り得ない。魂の質は胎内にいる時点で決まるからね。先祖返りでも起こさない限り体が人間なら魂も人間のものになるはずなんだ。だから──」
「アム?」
アムは考えるときに空を見上げる癖がある。ついでに目をよく閉じる。目を閉じて考えるのは、視界の情報をなるべくゼロにして、頭のリソースを思考いっぱいに使わせるためである。だが、ふと息継ぎをするように目を開いたそのとき。
「………なんだか、いつもより月が大きいような」
「月? そもそも今昼間じゃねぇ………か」
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