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50 剣士末路
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山口は、それとは知らず新八とすれ違ったあと、横山宿にある刀装店『和妙堂』に立ち寄り、柄糸を購入してから伊勢屋に戻った。
平田から受け継いだ池田鬼神丸の柄巻が、自分の好みと違っていたからだ。
平田は、柄巻を諸撮み(もろつまみ)という巻きかたにしていた。これは、見栄えがよく美しいため、現代の美術刀などは、ほとんどがこの手法を採用している。
しかし、山口は居合を遣うため、真剣の使用頻度が高く、諸撮みでは強度が足りず、柄糸が緩んでしまうので、諸捻り(もろひねり)という巻きかたを好んでいた。
もとの柄糸を外すと、見事な鮫皮が目に入り、あまり刀装に関心のない山口ですら、思わず嘆声をあげた。
「ほう、見事な……チャンベか。百両は下るまい」
チャンベとは、現在でいうベトナムで獲れた鮫皮のことだ。
刀の柄にはまず鮫皮が巻かれ、筒金、目抜、その上から菱形に見えるように柄糸を巻いた。
糸といっても、文字通りの糸ではなく、平たく編みこんだ組糸である。
柄糸は、菱形に巻くので、そのあいだから見える鮫皮の美しさに、当時の武士は、非常に強い拘りを持っていた。その拘りは、現代人が服装や装身具などに寄せる関心の比ではない。
鮫皮は鮫といっても、本当の鮫ではなく、じつはエイの皮で、ベトナム産が最高とされていた。この種類のエイは、日本では獲れず、清国からの輸入にたよらざるを得なかった。
日本が完全に鎖国できなかった理由のひとつが、この鮫皮にあったことは、あまり知られていない事実である。
したがって鮫皮は、非常に高価なもので、千両鮫などという言葉があったぐらいで、下手をすると、刀よりも高価なものだった。
現在も残る名刀に、いくつもの目釘穴が空いたものがあるが、それは、良い鮫皮を使った柄に、刀のほうをあわせたためで、そのことからも、いかに鮫皮が珍重されていたかが、見てとれる。
次に山口が瞠目したのが、筒金に印された紋であった。筒金には、家紋を印す例が多いが、そこには、月星の家紋が印されていた。
月星は、千葉周作がもちいた千葉氏の家紋である。
周作は、防具の革胴には、横向きの月の紋を入れていたが、肖像画には月星、または九曜月星の紋を描かせている。
北辰一刀流の北辰とは、北極星のことである。おそらく流儀名の由来も、家紋からきているのであろう。
(あの平田とかいう刺客の言葉に、嘘はなかったようだな……)
山口は、柄糸を巻き終えると、女中を呼んで、濡れ布巾を用意させ、柄に巻いて何度かひねった。これで柄糸がずれなければ合格だ。
本職の柄巻師ならば、もっと美しく仕上げるだろうが、山口の関心は美観よりも実用性である。
何度かひねっても柄糸は、ずれなかった。出来上がりに満足した山口は、近所によい酒場がないか女中に尋ねた。
「はい。それでしたら、二町ほど東に行った路地を入ったところにある『みよし屋』が、よろしゅうございます。うちの男衆が、料理も酒も上等だ、と噂しておりました」
「みよし屋か……では、ちょっと行ってくるか」
女中に心付けを握らせると、山口は、ふらりとみよし屋に向かった。
八王子宿は、宿場町であると同時に、武州、甲州、上州の絹が集散する商都であり、また武州最大の繁華街でもあった。
城下町でもないかぎり、宿場というものは、ふつう往還に沿って線として展開している。
ところが八王子宿は、小野路道、川越道、青梅道、日光道など複数の街道が集まり、町が面としてひろがっていた。
そしてさらに、千人同心の居住する千人町という武家屋敷町などもあり、かなり特殊な宿場だといえよう。
みよし屋は、大店が軒を連ねる甲州道中から、北側を平行して通る古八王子城道に抜ける、細い路地にあった。
路地の入り口には柳の木などが植えられ、その奥には黒板塀が続き、街道筋とは思えない風情を見せている。
まだ日暮れまでは刻があるせいか、店のなかには、三人の客しかいない。山口は、板場に続く奥の席に視線を送ると、珍しく驚きの表情を浮かべた。
「前澤! おまえ、こんなところで、なにを……」
「ふん。おい、それはこっちの台詞だ。おぬしこそ、なぜ甲府を離れて、ここにいるのだ」
そう問われ、山口が言葉に詰まると、前澤が続ける。
「俺は、例の件に決まっておろう。今夜じゅうに集まって、それから仕事というわけだ」
と言ったあと、店の親爺に、連れが来たからと断り、ふたりで座敷に移る。
座敷に上がるため山口が腰のものを外すと、前澤は、その佩刀が、いつもと違うことに気がついた。
「おい、なんだその刀は」
「む。これか。じつは……」
山口はしかたなく、苦虫を噛み潰したような顔で、経緯を話しはじめた。
最初のうちは、いい加減にあいづちを打ちながらきいていた前澤だが、話しが平田とのくだりにさしかかると、鋭い眼差しにかわり、山口が語り終えたときには、すっかり真剣な顔をしていた。
「その浪人……おぬしが刺し違えねば、倒せぬほどの腕前だったのか?」
前沢の問いに、山口は、皮肉な微笑を浮かべた。
「いや、あのことがなければ……おそらく、刺し違える前に、俺が殺られていただろう。あやつが言ったように、生き延びたのは、運がよかったのだ」
「ふうむ。それほどの剣士が刺客とは、解せぬ話しだな……」
「俺たちだとて、いずれああならぬとは、言いきれまい。違うか?」
「ふっ、言われてみれば、そのとおりだ。おぬしは、江戸を追われ、俺だとて、今宵は盗人の片棒を担ぐのだからな」
前澤が続ける。
「ところで、その浪人……それほどの腕前なら、かつては名のある剣客だったはずだ。おぬしは、江戸じゅうの道場を回ったのに、見覚えはないのか?」
「うむ。見たことはない。嘘か本当かわからぬが、平田幹之介と名乗っておった」
「平田……幹之介!」
前澤が驚きの表情を浮かべた。
「知っているのか?」
「そやつは、千葉周作から贈られた剣を、おぬしに託したと言ったな」
「ああ。そのとおりだ」
「いまから、十四、五年前のことだ……
玄武館の四天王に、平手造酒という男がおった。平田幹之介に平手造酒。まるで判じものだ。その平手は、身を持ち崩し、上総や下総あたりの博徒の用心棒に成り下がり、大利根川原の喧嘩で、斬り死にした……という噂をきいたことがある」
「斬り死にしたのなら、その平手と平田は、別人ではないか」
山口が馬鹿にしたように言った。
「まあきけ……平手は、あの玄武館の四天王だぞ。噂では、その喧嘩で命を落としたのは、平手ひとりだと言うではないか。玄武館の四天王ともあろう者が、やくざ者ごときを、ひとりも道ずれにせず、やすやすと殺られると思うか?」
「たしかに解せぬ話しだな。では、その平手が平田だと申すのか?」
「さあな。証拠はない。だが、千葉周作から刀を贈られるような男だ。
そのほうが、話しがしっくりおさまるような気がするだけだ」
「だとすると、玄武館四天王が、世に出ることもなく、やくざ者の用心棒で終わったということか……」
「考えてみろ。俺たちだとて、この先世に出て、なにか事をなし得る機会などがあると思うか?
――俺は、せいぜい太く短く、思うように生きるだけだ」
前澤の捨て鉢な言葉に、山口は胸を衝かれた。
それは、常々自分が考えていたことだからだ。微禄の御家人の次男三男の行く末など知れている。ましてや、山口には、つてなどなく、剣という取り柄しかないのだ。
前澤は立ちあがり、
「そろそろ仕事にゆかねばならぬ。思わぬ儲けものがあったのだ。勘定は、おぬしにまかせた」
と、勝手な台詞を残し、剽然と店を出ていった。
山口は、苦々しい顔でそれを見送るが、それは前澤に対する感情ではない。
前澤が言ったように、平田が玄武館の四天王だったとしたら、江戸でも指折りの使い手だったはずである。
なにしろ平田は、自分が手も足も出ないほどの腕前だったのだ。
山口がたちあったなかで、まるで歯が立たなかったのは、講武所頭取の男谷信友ただひとり。
つまり平田は、無頼の浪人のくせに、男谷に匹敵するほどの腕前を持ちながら、世に出ることもなく、哀れな末路をたどったのだ。
そのことが、山口の気分を荒々しいものにしていた。
山口は、苦い薬でも飲み干すように、一気に酒を流しこむと、勘定を卓に置き、憮然とした表情で店をあとにした。
平田から受け継いだ池田鬼神丸の柄巻が、自分の好みと違っていたからだ。
平田は、柄巻を諸撮み(もろつまみ)という巻きかたにしていた。これは、見栄えがよく美しいため、現代の美術刀などは、ほとんどがこの手法を採用している。
しかし、山口は居合を遣うため、真剣の使用頻度が高く、諸撮みでは強度が足りず、柄糸が緩んでしまうので、諸捻り(もろひねり)という巻きかたを好んでいた。
もとの柄糸を外すと、見事な鮫皮が目に入り、あまり刀装に関心のない山口ですら、思わず嘆声をあげた。
「ほう、見事な……チャンベか。百両は下るまい」
チャンベとは、現在でいうベトナムで獲れた鮫皮のことだ。
刀の柄にはまず鮫皮が巻かれ、筒金、目抜、その上から菱形に見えるように柄糸を巻いた。
糸といっても、文字通りの糸ではなく、平たく編みこんだ組糸である。
柄糸は、菱形に巻くので、そのあいだから見える鮫皮の美しさに、当時の武士は、非常に強い拘りを持っていた。その拘りは、現代人が服装や装身具などに寄せる関心の比ではない。
鮫皮は鮫といっても、本当の鮫ではなく、じつはエイの皮で、ベトナム産が最高とされていた。この種類のエイは、日本では獲れず、清国からの輸入にたよらざるを得なかった。
日本が完全に鎖国できなかった理由のひとつが、この鮫皮にあったことは、あまり知られていない事実である。
したがって鮫皮は、非常に高価なもので、千両鮫などという言葉があったぐらいで、下手をすると、刀よりも高価なものだった。
現在も残る名刀に、いくつもの目釘穴が空いたものがあるが、それは、良い鮫皮を使った柄に、刀のほうをあわせたためで、そのことからも、いかに鮫皮が珍重されていたかが、見てとれる。
次に山口が瞠目したのが、筒金に印された紋であった。筒金には、家紋を印す例が多いが、そこには、月星の家紋が印されていた。
月星は、千葉周作がもちいた千葉氏の家紋である。
周作は、防具の革胴には、横向きの月の紋を入れていたが、肖像画には月星、または九曜月星の紋を描かせている。
北辰一刀流の北辰とは、北極星のことである。おそらく流儀名の由来も、家紋からきているのであろう。
(あの平田とかいう刺客の言葉に、嘘はなかったようだな……)
山口は、柄糸を巻き終えると、女中を呼んで、濡れ布巾を用意させ、柄に巻いて何度かひねった。これで柄糸がずれなければ合格だ。
本職の柄巻師ならば、もっと美しく仕上げるだろうが、山口の関心は美観よりも実用性である。
何度かひねっても柄糸は、ずれなかった。出来上がりに満足した山口は、近所によい酒場がないか女中に尋ねた。
「はい。それでしたら、二町ほど東に行った路地を入ったところにある『みよし屋』が、よろしゅうございます。うちの男衆が、料理も酒も上等だ、と噂しておりました」
「みよし屋か……では、ちょっと行ってくるか」
女中に心付けを握らせると、山口は、ふらりとみよし屋に向かった。
八王子宿は、宿場町であると同時に、武州、甲州、上州の絹が集散する商都であり、また武州最大の繁華街でもあった。
城下町でもないかぎり、宿場というものは、ふつう往還に沿って線として展開している。
ところが八王子宿は、小野路道、川越道、青梅道、日光道など複数の街道が集まり、町が面としてひろがっていた。
そしてさらに、千人同心の居住する千人町という武家屋敷町などもあり、かなり特殊な宿場だといえよう。
みよし屋は、大店が軒を連ねる甲州道中から、北側を平行して通る古八王子城道に抜ける、細い路地にあった。
路地の入り口には柳の木などが植えられ、その奥には黒板塀が続き、街道筋とは思えない風情を見せている。
まだ日暮れまでは刻があるせいか、店のなかには、三人の客しかいない。山口は、板場に続く奥の席に視線を送ると、珍しく驚きの表情を浮かべた。
「前澤! おまえ、こんなところで、なにを……」
「ふん。おい、それはこっちの台詞だ。おぬしこそ、なぜ甲府を離れて、ここにいるのだ」
そう問われ、山口が言葉に詰まると、前澤が続ける。
「俺は、例の件に決まっておろう。今夜じゅうに集まって、それから仕事というわけだ」
と言ったあと、店の親爺に、連れが来たからと断り、ふたりで座敷に移る。
座敷に上がるため山口が腰のものを外すと、前澤は、その佩刀が、いつもと違うことに気がついた。
「おい、なんだその刀は」
「む。これか。じつは……」
山口はしかたなく、苦虫を噛み潰したような顔で、経緯を話しはじめた。
最初のうちは、いい加減にあいづちを打ちながらきいていた前澤だが、話しが平田とのくだりにさしかかると、鋭い眼差しにかわり、山口が語り終えたときには、すっかり真剣な顔をしていた。
「その浪人……おぬしが刺し違えねば、倒せぬほどの腕前だったのか?」
前沢の問いに、山口は、皮肉な微笑を浮かべた。
「いや、あのことがなければ……おそらく、刺し違える前に、俺が殺られていただろう。あやつが言ったように、生き延びたのは、運がよかったのだ」
「ふうむ。それほどの剣士が刺客とは、解せぬ話しだな……」
「俺たちだとて、いずれああならぬとは、言いきれまい。違うか?」
「ふっ、言われてみれば、そのとおりだ。おぬしは、江戸を追われ、俺だとて、今宵は盗人の片棒を担ぐのだからな」
前澤が続ける。
「ところで、その浪人……それほどの腕前なら、かつては名のある剣客だったはずだ。おぬしは、江戸じゅうの道場を回ったのに、見覚えはないのか?」
「うむ。見たことはない。嘘か本当かわからぬが、平田幹之介と名乗っておった」
「平田……幹之介!」
前澤が驚きの表情を浮かべた。
「知っているのか?」
「そやつは、千葉周作から贈られた剣を、おぬしに託したと言ったな」
「ああ。そのとおりだ」
「いまから、十四、五年前のことだ……
玄武館の四天王に、平手造酒という男がおった。平田幹之介に平手造酒。まるで判じものだ。その平手は、身を持ち崩し、上総や下総あたりの博徒の用心棒に成り下がり、大利根川原の喧嘩で、斬り死にした……という噂をきいたことがある」
「斬り死にしたのなら、その平手と平田は、別人ではないか」
山口が馬鹿にしたように言った。
「まあきけ……平手は、あの玄武館の四天王だぞ。噂では、その喧嘩で命を落としたのは、平手ひとりだと言うではないか。玄武館の四天王ともあろう者が、やくざ者ごときを、ひとりも道ずれにせず、やすやすと殺られると思うか?」
「たしかに解せぬ話しだな。では、その平手が平田だと申すのか?」
「さあな。証拠はない。だが、千葉周作から刀を贈られるような男だ。
そのほうが、話しがしっくりおさまるような気がするだけだ」
「だとすると、玄武館四天王が、世に出ることもなく、やくざ者の用心棒で終わったということか……」
「考えてみろ。俺たちだとて、この先世に出て、なにか事をなし得る機会などがあると思うか?
――俺は、せいぜい太く短く、思うように生きるだけだ」
前澤の捨て鉢な言葉に、山口は胸を衝かれた。
それは、常々自分が考えていたことだからだ。微禄の御家人の次男三男の行く末など知れている。ましてや、山口には、つてなどなく、剣という取り柄しかないのだ。
前澤は立ちあがり、
「そろそろ仕事にゆかねばならぬ。思わぬ儲けものがあったのだ。勘定は、おぬしにまかせた」
と、勝手な台詞を残し、剽然と店を出ていった。
山口は、苦々しい顔でそれを見送るが、それは前澤に対する感情ではない。
前澤が言ったように、平田が玄武館の四天王だったとしたら、江戸でも指折りの使い手だったはずである。
なにしろ平田は、自分が手も足も出ないほどの腕前だったのだ。
山口がたちあったなかで、まるで歯が立たなかったのは、講武所頭取の男谷信友ただひとり。
つまり平田は、無頼の浪人のくせに、男谷に匹敵するほどの腕前を持ちながら、世に出ることもなく、哀れな末路をたどったのだ。
そのことが、山口の気分を荒々しいものにしていた。
山口は、苦い薬でも飲み干すように、一気に酒を流しこむと、勘定を卓に置き、憮然とした表情で店をあとにした。
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