MISERABLE SINNERS

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MISERABLE SINNERS

創世記秘話 二章一節

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「あー、イク。イキます」
 そう宣言しながらも、助祭はジュリアの髪を掴んで離さなかった。
 喉の奥に熱が注ぎこまれたかと思うと、口いっぱいに青臭さが広がる。金色の髪の彼のそれは、上司のものよりも苦みが少ない。けれど、粘つきが酷くて、どろっとしている。もう何回目だかもわからないのに、濃さが失われることはない。
 たまらず咳き込んだ。ジュリアはようやく解放され、床に這いつくばった。内臓を押されるような感覚がある。必死に喉に力を込めた。涙が滲み、全身が震えたが――自分はまた、堪えることができなかった。かっと体の真ん中が熱くなり、食道を酸が焼いた。水っぽい液体が、ジュリアの口からだくだくと溢れた。
「うぇ、う……」
 あわわわわ、と間延びした声がする。
「またダメですか」
 助祭は全く慌てていない調子でタオルを持ってきた。おざなりにジュリアの口許を拭い、絨毯を叩く。
「もう何度目ですか? お腹いっぱいになるまで飲んでくれるって、約束したのに」
 約束。
 ――なんだったか。
 絶え間なく押し寄せる快楽の波が、ジュリアの思考を溶かしている。
 そうだ――自分は――。
 ジュリアは自身の体を見下ろした。腕は背中に回され、縛られている。意地汚く怒張した性器が、平らな腹にぴったりと沿っていた。真っ赤に腫れた尻穴には深くバイブが突き挿れられて、ジュリアの中を乱している。襲いくる快感はもはや苦痛に近かった。確か、助祭の意向に沿えば、拘束を解き、この異物も抜いてくれるという条件だったはずだ。苦しみから逃れるために、ジュリアは繰り返し口吻こうふんを犯されたのだ。
 背筋が粟立った。
 いやだ――嫌だと強く思う。もうこれ以上は堪えられない。前かがみになり、なんとか予感を逃そうとしたけれど、受け入れるだけの自分には抗う術などなかった。それこそ何度目かわからない絶頂をジュリアは味わった。腹筋がうねり、呼吸の仕方を忘れた。
「は……ッ」
「おやおや……もう限界ですか? 仕様がないな」
 死にかけの虫みたいに痙攣する様が、きっと慈悲を誘ったのだ。それとも、単に飽きたのかもしれない。やれやれと言って、助祭は勢いよくバイブを引き抜いた。敏感になった体は、それだけでまた達した。
「あうッ、あ……はあ……、はぁ、は……」
「一人ですぐイっちゃうんだから。お手軽でいいですねえ」
 視界が明滅している。頭が膨張するような感覚がある。このままはちきれたら、自分は死んでしまうんじゃないか。そう思った。余韻がジュリアを殺そうとしている。
 助祭がジュリアの顎を取った。
「さ。今度はあなたが約束を守る番ですよ。僕はちゃんと解放して差し上げたんですから――ねえ? そうでしょう?」
 ――この人はよく同意を求める。
 それも、訊ねるフリだ。こちらに選択権なんてない。確認するのとも違う。逃げ道を一つ一つ塞がれているような恐怖がある。気付くとジュリアは、首を縦に振っている。そんなことがもう何度も続いていた。
 すっかり飼い慣らされてしまったわけだ。
 ――こわい。
 逃げたい。
 けれど、それ以上に――自分は赦されたいのだ。
 名前を呼ばれ、ジュリアは気怠い首をもたげた。こちらを見下げる若い聖職者の表情は愉悦の一言に尽きた。嗜虐心と支配欲が満たされて、楽しくて仕方がないのだろう――蹂躙することでしか満足を得られない癖の持ち主は、どの界隈にも一定層存在するらしい――いつも踏み倒される側のジュリアには、彼らの精神は測り難い。果たして、暴力とは心地良いものなのだろうか。
 支配も、隷属も。
 意味はあまり変わらないように思える。
 ――互いに依存しあっているんだ。
 命令されなければ何もできないジュリアと同じで。
 彼らは従う者がいなければ上には立てない。
 釣り合っているのだろうか。バランスは保たれているのか。崩れないうちは、そうなのだろう。砂で作った城にも雨が降るまでは暮らすことができるかもしれない。
 今だけだ。
 そう――今だけ。
 ジュリアはうっとりとこちらを見つめる琥珀の瞳から目を逸らした。
 主人はそれが気に食わなかったようだ。
 乱暴に顎を掴むと、見て、と言う。
「見て。ねえ……僕の目を見て。ふふふ。嫌って顔に書いてある。あなたって、口に出さないだけで、意外と反抗的ですよねえ」
 そうではない。愚かな己は、周りを喜ばせるのが下手なのだ。わざとやらないのではなく、上手くやれないのである。そのうちに何もかもが億劫になってきて、外からの刺激に対する反応が鈍くなる。
 そういったジュリアの特質を、彼らが見抜けていないように。
 ――わからない。
 ジュリアの目にもまた、彼らの本当の姿は映らない――。
 司祭館に住みついて、早二カ月にもなろうか。あと一日、あと一晩だけと、言い訳しているうちに何十日も経ってしまった。タイミングを、逃した――そして、もう二度と、その時は訪れないだろうと予感している。
 彼らは、夜毎、ジュリアを抱いた。
 けだものなのだ。
 汚らわしく、淫らな、怪物――被った人の皮は、いとも容易く剥がれた。もう薄汚れた本性を慎ましやかな微笑みで隠すこともしない。情交など、ジュリアにとってはさほど意味のない行為だ。だが、二人はこれらを儀式だという。ジュリアの体に刻まれた不浄を、清めるための贖罪の旅だという。
 そんなお為ごかし、鵜呑みにはしていないけれど。
 ――必要としてくれるのなら、それでいい。
 だって、ここを出てどうしろっていうんだ。
 また当てもなく彷徨えというのか。
 金もない。仕事もない。行きずりの親切についていけば、相応の対価を求められた。あの頃を思えば、こちらのほうが断然マシだ。少なくとも二人には家があり、飯を食うに困らぬ程度の生活は保障されているのだ。反抗的。反抗的だって? そう捉われても仕方がないようだ。みんなが思っているより、ジュリアはずっと打算で生きている。ズルくて、醜い。本当、こんなののどこがいいのかわからない。
 どうして神様は。
 ――禁止してしまったのだ。
 自ら命を絶つことを。
 消えてなくなってしまいたいと、何度も考えた。けれど、できなかった。
 だって。
 罪を犯しては、愛してもらえない。
 教えに背いては。
 ああ。
 ――ああ、お義父とうさん。
 貴方は俺にとって神にも等しかった。
「あなたの考えていること」
 ジュリアは目だけを動かし、怪物の唇を読んだ。
 薄い微笑みは、何重にも重なって見えた。
「全部、えているとしたら、どうします?」
「――あ」
 瞠目した。
 本当は閉じたいところだった。
 だって、覗かれるとしたら――きっと、瞳からだろう。
 冗談です、と彼は嗤った。
「僕にクリアボヤンスは与えられていません」
 呆然とするジュリアを置いて、助祭はベッドの端に腰かける。奥に司祭が本を読んでいるのが見える。裸で横たわり知恵を貪る姿は、さながら裸体彫刻だ。
「おいでなさい。腕、外して差し上げます」
 ジュリアはふらふらと立ち上がった。ぎこちなく歩いていき、座る助祭の前に膝をついた。
「後ろ、向いて」
「で……でも、まだ……」
「いいんです。さっきの顔、なかなか良かったので」
「……」
 二の句が継げなかった。
 何を勘違いしたのか、助祭は照れたように頬を染め、
「あ、やだ……え? そういうことでしたら、どうぞ」
 笑顔で股を開いた。勢い冷めやらぬそれを眼前に見せつけられて、ジュリアは慌てて後退ると、後ろ向きに立った。不満げな声を上げながらも、助祭はジュリアの拘束を解いた。
 革のベルトを床に放る。
 度重なる強要に膝が笑っていた。出来得ることなら、このまま寝具に身を投げ出してしまいたかった。けれどそう、この後は――司祭の番だ。彼らは順にジュリアを犯すこともあれば、三人での情事を求めることもある。仕切るのは大体が助祭の役割だ。司祭はあまり過程にはこだわらない。吐きだせればいいと言わんばかりに、腰を打ち付けて終わりである。
 振り返ろうとしたら、後ろから足の付け根を掴まれた。
 親指が肉を押しのけ、穴を広げたかと思うと――生温かいものが、ぬっと侵入した。
 舌だ。
「ひっ」
「しっかり立って」
「ふ……ぅ、ん……ん、く」
 昇りつめる体力なんて、もう残っていないはずなのに。柔らかな刺激は、どうしたってその先を連想させる――ジュリアは自分の思考が恐ろしかった。少しざらついた舌が、穴の縁を辿り、皺に沿って、入り口をたぶらかした。もう十分なはずなのに、うずくのだ。
 体が。
「ふふ。舌じゃ足りないですね? 指がいい? それとも――こっちかな」
 助祭の鍛えられた肉体が背中にひっついた。彼は顔に似合わず筋肉質だ――熱いものが、緩く擦りつけられる。腿の隙間を、肉の棒が行ったり来たりする。玉つきのようにふぐりを突いた。汗が、混じりあう――。
 ジュリアはたまらずへたり込んだ。
 逃げようとした腰を引き寄せられる。
「い、いっしゅ様、イッシュ様」
「何です? そんなに一生懸命呼ばなくても聞こえています」
「も、もう」
「……嫌?」彼はジュリアの頬に唇を寄せ、短くキスをした。耳たぶを食み、耳介を舐め上げる。「償いを拒絶すると。そうおっしゃるのですね?」
「ち……違い、ます」
「そう? じゃあ、どうして逃げるのです。もう、何なのです?」
「それは」
 ジュリアは答えられなかった。後ろからぎゅっと抱きすくめられる。温かい。この温かさが、ジュリアを捕えて離さない要因である。もう嫌だと、一言伝えるだけで――この温もりは失われてしまうのだ。恐ろしい。一人はこわい。
 馬鹿なのはわかってる。
 ぐり、と大きな手の平がジュリアの股座を掴んだ。カリ首を長い指がなぞった。からかうように彼はジュリアを弄ぶ。先端を爪が引っ掻き、腰が、跳ねた――嬉しそうに助祭が笑った。
「きもちいい?」
「……っ」
「難しいことを考えてるんでしょう。ごめんなさいね、僕の力不足です。全部、忘れてしまいましょう。ぜーんぶ……ね? 僕のことだけ、感じてほしいなあ」
「うあ、あ」
「ここ、好きでしょ。ね。ここは? ふふ……こっち向いて。舌、出して。ん、ふ……そう、もっと……、……はぁ、上手ですね、ジュリアは。キスがとっても上手」
 おいで、と優しく手を引かれたら――もう、従うほか、なかった。
 助祭はジュリアをベッド際に誘導し、俯せにもたれさせた。尻の肉をがっちりと鷲掴みにし、無防備なそこに自身をあてがう。
 緩くなっていたそこは、一息で来訪者を呑み込んでしまった。
「ぁうあ……」
 ジュリアはシーツをきつく握りしめた。あまりの衝撃に喘いだ。息を吸おうと上を向いた。
 その時。
 目が合った。
 海よりは薄く、氷よりは深い。
 天に最も近い場所に溜まった、空色の瞳。
 この人はよく、こうやってジュリアを見る。
 まるで――観察しているみたいに。
「ん! あ、あ……う、ひッ、あ、あぁ……あ、ん、んっ」
 涙が溢れた。ジュリアは一晩のうちに三度は泣く。恥ずかしいのか、苦しいのか、はたまた生理現象なのか、自分でも区別がついていない。ただ、悲しい涙でないことだけは自覚がある。もしかしたら、本当にジュリアは洗い流されているのかもしれない。彼らに弄ばれ、犯されることで、ジュリアの穢れははらわれているのだ。そうならいい。どれだけいいだろう。これが、赦されるための涙だったとしたら。
「ご……ごめん、なさい」
 ほとんど無意識だった。ジュリアは謝罪の言葉を口にしていた。一体、誰に謝りたかったのか――象が結びつく前に、興奮がそれを押し流してしまう。
「ごめ、ん、なさい。ごめ、なさい。ごめんなさ……」
「あは」
 思わずといった調子で助祭が笑った。
「あはははは、はーぁ……ああ、可愛い。可愛い。可愛いよぉ。なんて哀れ。なんて惨め。しかし、だからこそ、美しい……」
 つぅ、と指が肩甲骨を撫でた。
「すごく似合うでしょうね、あなたには。真っ白な肌に、真っ白な羽。ね、僕の天使」
 助祭はジュリアの背に覆いかぶさった。首筋にキスが落ちる。ちりとした痛みが走る。ふわふわしていた腹の底が、段々と疼きを増す。内臓を掻き回される感覚というのは、何度経験しても慣れない。内側から焼かれるようだ。熱い。逃げ場のない熱が、ジュリアを焼き尽くそうとしている。
 こんな淫らな天使がいるものか。
 この身体に清らかな部分など、もう残ってはいない。
 だから、ジュリアは頭を振った。零した唾液で水溜りを作りながら、懸命に苦手な言葉を紡ぐ。
「お、俺は……ちが、あ……ちがい……ます」
 その通りだ、と低い声が響いた。
「そいつは冒涜というものだ」
 どちらが、どちらを、穢したというのだろう。
 いつの間にか、司祭は本を畳んでいた。上体を起こし、立てた膝に腕を載せて、退屈そうにこちらを見ている。
「ましてや悪魔でなどあるはずがない。残念ながら、お前は魔には成りえない」
「し……神父さ、ま」
「魔とは巣食うものではなく、喰らうものだ。お前はどうだ」
「俺は」ジュリアは、少しだけ笑った。「羊だ」
「――ははっ」
 司祭の視線にやっと色が載った。
 ジュリアはそれが嬉しかった。
「そうだ。喰らわれるものとは、餌に他ならん」
 司祭はジュリアに近付くと、屈んで額に口付けた。噛まれるものだと思ったジュリアは、ちょっとだけ面食らった。
「ひんっ」
 一際、強く腰を叩きつけられた。
 司祭は呆れた様子で助祭を見る。「おい、そろそろ代われ」
「いやいや、あなたと違って、早漏じゃないんで」
「あぁ、あ、あっ、も、も……イ、イキます、まっ、まって、おねが、ぁ」
 言葉通りだった。助祭が射精するまでの間にジュリアは二回達した。ようやく解放された時には、すでに体力は尽きていた。意識が混濁している。話しかけられても、焦点がうまく定まらない。
「これじゃ使い物にならんじゃないか」
「そうでもないですよ。あなたが遠慮するなら、屍姦しかんごっこと洒落込しゃれこむまでです」
「……」
 司祭はジュリアの頬を叩いた。
「おい。あいつに殺されるのと、オレになぶられるの、どっちがいい」
「……お二人は……」

「悪魔――なのですか」

 どうして今、そんなことを口走ったのか。

 二人は顔を見合わせた。数秒、視線が交差する。
 そうして。
「半分当たりで」
「半分外れだな」
 と。
 言った。
 頓智とんちだ。知恵の足りないジュリアには、その言葉の意味するところは測れない。それとも、額面通りに捉えていいのだろうか。
 悪魔の血が混ざっている。
 または――悪魔に準ずるものだとでも。
 くだらぬ妄想だ。ジュリアは彼らから顔を隠すようにしてシーツに頬を押し付けた。笑った顔を見られたら不味いと思ったからだ。
 溜息が聞こえた。
「僕、絨毯拭いてシャワー浴びてきます。後はお好きになさってくださいな」
 何度か部屋を行き来する音がした後、扉の音が途絶えた。その間、司祭はジュリアに何もしなかった。全体で呼吸するボロ雑巾のような体を、ただ見下ろしていた。
 蓄積した疲労から眠りかけた頃だ。司祭の指が下半身を触りはじめて、ああまた始まるのかとぼんやり考えたが、なんてことはない、彼はジュリアの体を拭いてくれただけだった。彼はジュリアを枕元に移すと、その隣に横たわった。
「いい、んですか」
 回らない頭でジュリアは訊いた。
「オレはあいつほど切羽詰まっちゃいないし、死体を犯す趣味もない」
 冷えきった肌を掛け布団が覆った。どうやら本当にこのまま寝る気らしい。
 唐突に見てみたくなった。
 彼の――驚いた表情が。
 それは、なけなしの悪戯心と、ほんの感謝の気持ちだったのかもしれない。
 ジュリアはやおら顔を起こすと、すぐ傍にあった彼の唇に口付けた。触れた時間は一秒にも満たなかっただろう。ジュリアは自身の思惑とは裏腹に、すぐに自ら顔を背け、布団の中に潜ってしまった。馬鹿なことをしたと、後悔したけれど――小さく吹き出す声を聞いて、ちょっとだけ口元が綻んだ。唇を舐めると、ほんの少し苦かった。
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