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【第1章】 第一皇女 マリアンヌ

05 決戦直前

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 窓から差し込む光がオレンジ色に変わりかけ、そろそろ夕方になろうとしていた。
 哀愁漂う廊下。
 2人はその影を踏みしめるように進む。
 そして銀色の髪の少女は自虐気味に視線を窓の外に向けて言った。

「この風景を見るのも最後になるかもしれんと思うと、見慣れた風景もとたんに惜しくなるものだ。あっ、カラス…不吉な」
「何をおっしゃいますかマリアンヌ様、この風景、この城、そして今窓から見えたキラキラしたカラスですら、すべて未来永劫マリアンヌ様の物です」
「カラスは要らぬ、断じて要らぬ。 そしてキラキラしたのは口にくわえていたビー玉か何かだ」
「ではカラス以外全てです」

 何、その自信?
 こいつは今からわれたちがどこに行くか分かっているのだろうか。

「お前、今からどこに向かうか分かっているんだよね?」
「マリアンヌ様という神を愚弄ぐろうする愚か者たちが集まる場所、といった所でしょうか」

 といった所でしょうか、と言われてもな。
 誰も比喩ひゆ表現で場所を表せなどとは言ってはいないよ。

「まぁ、間違っちゃいないんだが、集まっている人間全てが愚か者か…。その点はわれも同意だな、確かに愚か者としか思えん行動に言動だ、正室の子であるわれ以外の皇帝などありえない」
「はい、マリアンヌ様のおっしゃられるとおりです。何でしたらすぐにでも王位につこうとする愚か者たちを王位から引きずり下ろすよう私が言います」
「いや、引きずり下ろすも何も、実際に今その状態にあっているわれなんだが…」
「ええ、ですから現実味があり、言われて受ける衝撃もひとしおかと」
「それはそばで聞いているわれの心が受ける衝撃もひとしおであろうな」

 決戦前に心が折れると嫌なので、却下しました。
 喋るなと強く言っておきました。
 程なくして着きました。


 マリアンヌたちが王の間の前に戻ると第2、第3皇女たちが扉の前で談笑していた。

 彼女達に緊張感は無い。
 既に王位争奪戦を完全に諦めているような緩みが見て取れる。
 一瞬、チラリと視線を横にするマリアンヌ
 しかし次の瞬間にはまるで道端の石ころを見るようにして通りすぎた。

 皇女たちはマリアンヌを見ると「えっ!?」と絶句する。
 カーナは主の代わりに2人の皇女に軽く会釈した後に、前方を歩くマリアンヌにしか聞き取れない声量で語りかけた。

「マリアンヌ様」
「ああ、おそらくあの後にこいつらも外に出されたのであろう。正室のわれが女だという理解しがたい理由で追い出されたのだ、側室の皇女であるこいつらが次期皇帝の話し合いに必要だとも思えんからな。 にしても、皇族争いから締め出されて笑っておるなど、こいつらにはプライドというものが無いのか…なげかわしい」

 明確で的を射た推理に小粋な嫌みを添えて。
 いつもの冷静な自分。
 マリアンヌは自身の頭がクールダウンしている現状にホッとする。

「よし、怒りで前が見えぬといった心配は大丈夫そうじゃな」

 マリアンヌが王の間を出て行って小1時間。
 そびえ立つのは、両開きで重厚な造りの皇帝へと続く扉、通いなれたというのにいつもより大きく、見下ろされているように見える。

「今、部屋の中では誰が皇帝の座に相応しいか話し合っているのだろう」

 このマリアンヌ・ディ・ファンデシベルを置き去りにして
 許せぬ、、、
 許せぬ事態だ

 しかしそんな強気も、この威厳に満ちた門前に立つと怒りよりも萎縮いしゅくする気持ちが勝ってしまい、足がどんどん重くなっていく。
 その時、マリアンヌの歩みを後押ししたのはカーナの言葉であった。

「マリアンヌ様以上に次期皇帝陛下に相応しい方はおりません」
「フッ、分かりきっておることなどいちいち言わんでよい」

 そしてマリアンヌ達が王の間に近づくと、門番の2人が手を大きく広げて扉を隠すようにして静止を促してきた。

「マリアンヌ様いけません!ここから先はご遠慮ください!」
「あなた達!マリアンヌ様の前に立つなんて身の程を知りなさい!」
「しかし皇帝陛下よりマリアンヌ皇女殿下は中に決して入れるなというご命令なのです!」
「あなた達は!」
「いいよ、カーナ。ちょっと退け」

 マリアンヌはそう言うと足を前へ。
 たじろぐ2人の門番。
 優しく語りかける黒い唇。

「君達2人に聞いてもらいたい事があるのだ」
「は、はい、なんでしょうか?」
「打ち首にされたくなかったらすぐにそこをどけ!劣悪種!」

 急に放たれるマリアンヌのドスの利いた声は2人に門までの道を開けさせた。
 そしてマリアンヌは威風堂々とドアの前に立つのであった。
 手に伝わる重厚な重さ、両開きのドアに両の手を添えながら不安を1つ呟いた。

「やっぱりカラスは見たく無かったな…」
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