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第二章:口渇の原因
口渇の原因 8
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結局、坂脇先生の元へ行った後は、終始紬と会話をすることはしなかった。
喧嘩をしたわけではないけど、まるで喧嘩をした後のようなぎくしゃくとした空気が紬から伝わり、面倒な事態を作りたくないとこちらからはあえて声をかけずにいたのも悪いのだが。
しかし、どうせ一時的なものだろうと軽く考えていたあたしに待ち構えていた未来は、まさかとため息をつきたくなるような、げんなりとさせられるものであった。
翌日、あたしが登校してくるのを昇降口で待ち構えていた紬は、こちらの姿を見つけるなり真剣な面持ちで声をかけてきた。
「ねぇ、夢愛。ちょっと良い? 大事な話があるんだけど」
「おはよう。朝から何? 昨日のことなら、あたしの方が配慮が欠けてたと思うから、謝るよ」
きっかけがあれば伝えておこうと思っていた言葉を開口一番に伝えてみたが、紬は「それは別に気にしてないよ」と軽く流し、あたしが靴を履きかえるのを見届けると
「ちょっと、一緒に来て」
小さく手招きをしながらそれだけを告げ、こちらの返事も待たずに歩きだした。
朝から何だろうかと、僅かに嫌な予感を覚えながら後をついていく最中、紬はあたしの方を振り返ることを一切しないままひたすら速足に歩き続け、辿り着いたのは昨日足を運んだばかりの職員室の前。
そこで立ち止まり、ようやくこちらを見た紬は
「ここで待ってて」
とだけ短く告げ、一人で職員室へと入っていってしまった。
この時点で、あたしの嫌な予感はほぼ確信へと変わった。
昨日あんなやり取りをしたばかりで、いきなりまた職員室へ赴く理由など、一つしかない。
――まだ未練があるのか。
同棲する彼女がいることがほぼ判明し、恋愛絡みの希望は潔く諦めておけば良いものを、何がそこまで紬を駆り立てるのか。
勝手に教室へ行くわけにもいかず、大人しく廊下に佇むこと約一分。
唐突に開いた入口から姿を見せたのは、中に入ったばかりの紬と、その後ろに複雑な表情を浮かべて立つ脇本先生の二人。
やっぱりだと、あたしはわざとらしく大きなため息を吐きだし、紬を睨む。
「いったい、どういうこと? 何で先生を連れてくるの?」
答えはわかっているが、自分の勘違いという一縷の望みもあり得ると思い、訊いてみる。
「……先生のこと、助けてあげたいなって思ったから。夢愛には悪いけど、色々話させてもらった」
「色々って?」
「夢愛がしてる仕事のこととか、昨日のことも。どうして夢愛が先生のプライベートな事情を言い当てたのか、その辺の話とかを」
やっぱりかと、舌打ちを鳴らしそうになるのを寸でで堪える。
面倒な事態を避けるため、なるべくなら教師に仕事のことは知られたくなかった。
これに関しては、紬にも内緒にするよう日頃から伝えていたのだが、まさかこうもあっさり約束を破ってくれるとは。
自分の中で、信頼のパラメータが急激に下がっちゃったなと少し悲しい気分になりながら、あたしは静かにそしてわかりやすく、もう一度だけため息を吐いた。
「普段から言ってたよね? あんまり言いふらすなって。特に、先生たちには」
チラリと、紬の背後に立つ脇本先生を見上げると、間違えて女性用下着を売るコーナーへ入り込んでしまった男の人のような、戸惑いに満ちた視線をあたしへ返してきた。
結局、坂脇先生の元へ行った後は、終始紬と会話をすることはしなかった。
喧嘩をしたわけではないけど、まるで喧嘩をした後のようなぎくしゃくとした空気が紬から伝わり、面倒な事態を作りたくないとこちらからはあえて声をかけずにいたのも悪いのだが。
しかし、どうせ一時的なものだろうと軽く考えていたあたしに待ち構えていた未来は、まさかとため息をつきたくなるような、げんなりとさせられるものであった。
翌日、あたしが登校してくるのを昇降口で待ち構えていた紬は、こちらの姿を見つけるなり真剣な面持ちで声をかけてきた。
「ねぇ、夢愛。ちょっと良い? 大事な話があるんだけど」
「おはよう。朝から何? 昨日のことなら、あたしの方が配慮が欠けてたと思うから、謝るよ」
きっかけがあれば伝えておこうと思っていた言葉を開口一番に伝えてみたが、紬は「それは別に気にしてないよ」と軽く流し、あたしが靴を履きかえるのを見届けると
「ちょっと、一緒に来て」
小さく手招きをしながらそれだけを告げ、こちらの返事も待たずに歩きだした。
朝から何だろうかと、僅かに嫌な予感を覚えながら後をついていく最中、紬はあたしの方を振り返ることを一切しないままひたすら速足に歩き続け、辿り着いたのは昨日足を運んだばかりの職員室の前。
そこで立ち止まり、ようやくこちらを見た紬は
「ここで待ってて」
とだけ短く告げ、一人で職員室へと入っていってしまった。
この時点で、あたしの嫌な予感はほぼ確信へと変わった。
昨日あんなやり取りをしたばかりで、いきなりまた職員室へ赴く理由など、一つしかない。
――まだ未練があるのか。
同棲する彼女がいることがほぼ判明し、恋愛絡みの希望は潔く諦めておけば良いものを、何がそこまで紬を駆り立てるのか。
勝手に教室へ行くわけにもいかず、大人しく廊下に佇むこと約一分。
唐突に開いた入口から姿を見せたのは、中に入ったばかりの紬と、その後ろに複雑な表情を浮かべて立つ脇本先生の二人。
やっぱりだと、あたしはわざとらしく大きなため息を吐きだし、紬を睨む。
「いったい、どういうこと? 何で先生を連れてくるの?」
答えはわかっているが、自分の勘違いという一縷の望みもあり得ると思い、訊いてみる。
「……先生のこと、助けてあげたいなって思ったから。夢愛には悪いけど、色々話させてもらった」
「色々って?」
「夢愛がしてる仕事のこととか、昨日のことも。どうして夢愛が先生のプライベートな事情を言い当てたのか、その辺の話とかを」
やっぱりかと、舌打ちを鳴らしそうになるのを寸でで堪える。
面倒な事態を避けるため、なるべくなら教師に仕事のことは知られたくなかった。
これに関しては、紬にも内緒にするよう日頃から伝えていたのだが、まさかこうもあっさり約束を破ってくれるとは。
自分の中で、信頼のパラメータが急激に下がっちゃったなと少し悲しい気分になりながら、あたしは静かにそしてわかりやすく、もう一度だけため息を吐いた。
「普段から言ってたよね? あんまり言いふらすなって。特に、先生たちには」
チラリと、紬の背後に立つ脇本先生を見上げると、間違えて女性用下着を売るコーナーへ入り込んでしまった男の人のような、戸惑いに満ちた視線をあたしへ返してきた。
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