桜の喪失を救うために

雪鳴月彦

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数日前

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「関係なかったらこんな時間に部屋に連れ込んでたりしないでしょうよ。て言うか、このことお母さんたち知ってるの? 内緒にしといた方が良い?」

 俺の声を遮って、姉貴は含み笑いを浮かべる。

「この妄想馬鹿姉貴が……」

 うんざりしながら頭を押さえ、俺は疲れたように深いため息を吐く。

「……」

 すると、そんな俺を一瞥したサクラが突然姉貴の元へと歩きだした。

「お、おい……?」

 何をするつもりなのか。

 意図が掴めず戸惑いながら声をかけるも、完全に無視して振り向きもしない。

「はじめまして。雄治くんのお姉さんですよね? 騒がしくしちゃってすみません。もう少ししたらお邪魔しますので」

 丁寧な口調で挨拶をし、深々と頭を下げるサクラ。あれで靴さえ脱いでれば完璧なのだが、今は突っ込みたくもない。

「こんばんは。わたしは姉のゆかり。ひょっとして、同じクラスの子?」

 どうやら靴には気づいていないのか、馬鹿姉貴はごく普通にサクラへ対応する。

「あ、はい、そうです。同じなんです」

 同じクラス、の意味をおそらくは把握していないのだろう。適当な相槌を返すサクラの背中に、呆れた視線を送りつつ、俺は成り行きを見守る。

「あたし、この町のことあまり詳しくなくて、雄治くんにいろいろと教えてもらっていたところなんです」

「へぇ。転校生ってこと?」

「えっと、そうです。まさにそんな感じです」

 ――どんな感じだよ……。

 今ひとつ言葉のおかしいサクラに胸中で呻く。

「ふぅん。そっかそっか。頭悪くて冴えない弟だけど、これからも仲良くしてあげてね。いつでも遊びに来て良いからさ」

 サクラの言うことを真に受けた馬鹿がにこにこと告げる。

「余計なことを……」

 本人には聞こえぬよう、低い声音でぼやいておく。

「はい、ありがとうございます」

 再び頭を下げるサクラに小さく手を振ると姉貴は、

「雄治、あんまり乱暴なことはしちゃ駄目だぞ。あ、このことはお母さんたちに内緒にしとくから、安心してね」

 と最後に言い捨ててドアを閉めた。

 足音が遠ざかり、隣の部屋に戻ったのを確認する。

「乱暴されてんのは俺の方だろ……」

 やがて、ポツリと呟いた俺の元にサクラが、早足で戻ってきた。そしてこちらが何かアクションを起こすより先に、頭を鷲掴みにしてくる。

「おい、また何を……!」

 慌てて身動きする俺を押さえつけ、記憶を読み取るサクラ。

「クラス……、転校生……、なるほど。学校のことか」

 納得したという風に頷いて、サクラは身体を離す。

「人の頭の中を辞書代わりにすんなよ!」

 堪らず叫ぶも、当の本人は悪びれた様子もなく肩を竦めてみせると、こちらを指差し

「あなたが適当なこと言うから悪いの」

 と言い返してきた。

「何が適当なことだよ?」

「あたしの記憶戻す手段なかったでしょ! こっちが真面目に聞いてるのに、あんなへんぴな場所紹介して!」

「へんぴって、寺に失礼だろうが! 大体、悪魔の記憶戻す方法なんざわかるか! 無理難題押し付けられた挙げ句にぬいぐるみも回収できなかったせいで、今日はダチにもヘタレ呼ばわりされちまったんだからな!」

「ぬいぐるみ? 何だかよくわかんないけど、あなたにはあたしの記憶を戻すの手伝ってもらうからね。あたしを騙した罰として責任とってよ?」

 ビシリと俺を指差して、サクラが強い口調で言ってくる。

「何でそうなる!? 人の話を聞けよ、記憶戻す手伝いなんか無理だっつーの!」

 唾を飛ばしながら反論をする俺を涼しい顔で見つめ返して、サクラは入り込んで来た窓まで戻ると小さく手を挙げた。

「おい、何するつもりだ?」

「とりあえず帰る。今日はただそれが言いたかっただけだから。あたしもいろいろとやらなきゃいけないことができたし、数日中にまた来るからそのつもりでいてね」

 一方的にそう告げて、サクラが窓の外へと跳躍する。

「え? あ、おい、ちょっと待てよ――」

 慌てて窓際へ駆け寄るが、既にサクラの姿はどこにもなく晴れた夜空に白い月が浮かんでいるだけだった。

「何なんだよ、あいつは……」

 呻くような俺の呟きが、夏の夜風に流されながら消えていく。



 そう、この時になんとしてでもサクラを突き放していれば、面倒事なんかに巻き込まれず済んだはずなのだ。

 平凡な生活を取り戻せる最後のチャンスを、俺は愚かにもあっさりと掴み損ねてしまったのだった。
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