桜の喪失を救うために

雪鳴月彦

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他愛ない寄り道

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 その日の放課後、俺は約束通りに校門前で有紀を待った。

 夏休みが終わったと言っても、暑さが消えるわけでもなく。刺すような熱を帯びた陽射しが容赦なく降り注ぎ、こうして立っているだけで汗が滲んでくる。

 どこか日影になるような場所でも近くにあれば助かるのだが、生憎そんな都合の良い場所は見当たらない。

 校門から出ていく生徒たちを横目に、シャツの胸元を掴み中へ風を送り込むようにパタパタと扇ぐ。

「それにしても遅いね、白峰さん。まだ終わらないのかな」

 蒸し返すような熱に耐える俺の隣で、桜がつまらなそうに呟くのが聞こえた。

 このクソ暑い中、汗一つかかずに涼しい表情で校舎を見つめている悪魔少女。お前は変温動物の一種かと突っ込みたくなるが、そんな馬鹿を言うのも億劫だ。

「文句あるなら先に帰ればいいだろ。だいたい、何でお前まで有紀のこと待ってんだよ?」

 学校が終わってからずっと、桜は何故か俺の後に付いて歩いてきた。

 校門まで来れば勝手に追い越して先に帰るのだろうと思っていたのだが、そんな素振りは一切見せることなく俺と一緒に歩みを止め、当たり前のようにこうして隣に突っ立っている。

「悪い? あたしも本買いたいし、ついでなら一緒に行こうかなって」

 しれっとした様子で桜が言った。

「……お前、本なんて読むのか?」

「うん、人間の書いた書物って面白いよね。漫画とか、普通に主人公が魔法使ったりするじゃない? この世界にはない能力のはずなのに、よく思いついたなって感心しちゃった。発想力が優れてるのね、きっと」

「ああ……言われてみればそうだよな。悪魔や異世界なんて、そもそもは人間の作り上げた空想でしかなかったのに」

 それが本当に実在してしまったのだから、何とも不思議な話である。

 この世で初めてファンタジー世界を考えた人物は、実際にそういう世界が存在することを知っていた可能性だって考えられるのではないか。

 桜の存在を認識する今となっては、そんな憶測すらあり得そうに思えてくる。

「あたしね、これでも小さい頃から本には凄く興味があったの。でも、あたしの住んでる世界にある本はどれでも好きに読むなんてことできなかったし、漫画みたいな絵が描かれてるものも全然無かった。だから、初めて漫画を読んだ時はちょっと感動しちゃった。この世界の言葉で言うカルチャーショックってやつね」

「まぁ、確かに悪魔が漫画なんて読んでたら、違和感ありまくりだわな」

 素直に思ったことを口にして、俺は半眼で呻く。

「でも、何でそっちの世界じゃ、好きに本が読めないんだ?」

「読みたくても、本を開くことができないから」

 こちらの素朴な疑問に、僅かに首を振りながら桜は答える。

「……何で?」

「魔力の鍵がかかっているから、って言えばわかりやすいのかな。そもそもあたしの暮らす世界の本っていうのはね、それ自体が魔力や能力の覚醒を促すアイテムになってるの」

「うん?」

 言っている意味がよくわからず、俺は首を傾げる。

「つまり、本を読んだ相手に、書かれている内容の力を授ける役割があるってこと」

 ピッと人差し指を立てると、桜は得意気な態度で説明を続ける。

「あたしで言うなら、敵に触れなきゃ記憶を操作することができなかった力が、本を読むことで相手に触れることなく記憶を操ることが可能になったりするわけ」

 わかる? と言って、桜が俺の反応を窺う。

「つまりあれか? ゲームなんかで魔術の書みたいなアイテムをゲットすると、自動的に新しい魔法覚えたりすることがあるのと同じ仕組みか」
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