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夜の訪問者
夜の訪問者
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その日の夜は、九時を過ぎても母親は帰ってこなかった。
大抵の場合、遅くとも八時半くらいには帰宅するのが普通なのだが、今日は残業でもさせられているのかもしれない。
冷蔵庫を開け、作り置きされていたエビチリとサラダで夕食を済ませ風呂に入る。
我が家には食事を家族みんなで、というような習慣はない。
父親が単身赴任で母親も帰りが遅く、販売員の仕事をしている馬鹿姉貴も帰ってくる時間が不規則であり、この条件下で全員が一緒に食事をするのはかなり無理があるのだ。
実際、馬鹿姉貴は適当に食事を済ませると、
「明日までに、販売促進案を考えて提出しなきゃいけない」
とかなんとか言いながら、早々と自室へ閉じこもってしまっている。
まぁ、姉貴に関しては毎日これくらい大人しい方が助かるけど。
現在の時刻は九時半を過ぎたばかり。濡れた髪をガシガシと拭きつつ、買い置きしていたリンゴジュースを取って二階へ上がる。
どうせ今夜はもうやることはない。寝るまでの時間はガッツリとゲームに費やせる。
意気揚々とした足取りで部屋のドアを開ける。すぐ横にある電気のスイッチを押し、持ってきたリンゴジュースを一旦机の上に置いた。
「あっちぃ……。部屋にクーラーくらい付けて欲し――」
まずは部屋の窓を開けようと顔を上げた俺は、驚きで身を強張らせた。
俺の部屋には小窓が二つあり、その内の一つが机の正面に設置されている。当然だが、今は窓は開いていない。外は暗く、部屋の電気によって中の様子が反射されているだけだ。
自分の姿が映り、その真後ろには見慣れた本棚が、いつも通りに鎮座しているのが確認できる。
できるのだが、問題はその本棚の横にピタリと張り付いているものにあった。
長い髪をダラリと垂らし、白いワンピースのような服を着た女。よくホラー映画なんかで見かける容姿と瓜二つのものが、自分の背後に立っているのがハッキリと確認できた。
「…………」
姉貴ではない。それは見た目ですぐわかる。となれば、これはいったい何者なのか。
ゴクリ……と、自分の喉が音を立てたのが聞こえた。
誤解されぬよう言っておくと、俺は別にこいつが幽霊だなんて思っちゃいない。
知らない誰かが、いつの間にか自分の部屋に入り込んでいる。そう考えるのが現実的だし、実際に体験すれば幽霊よりもこちらの方が何倍も恐いことを理解してもらえるはずだ。
――さて、どうするか。
視線だけを動かして、迅速に打開策を練る。机の上に置いてある、ずっと愛用しているペンケース。振り向き様にこれを投げつけ、怯んだ隙に一度部屋から逃げるか。
姉貴を呼べれば一対二だ。少しは有利になるし、警察を呼ぶチャンスもできる。
――よしっ!
覚悟を決めて、俺はペンケースを掴もうと手を伸ばしにかかった――が、その瞬間。
「あ、そのジュース貰って良い?」
「うおぉぉぉぉぉ!」
すぐ横に密着しているのではないかというくらいの距離からいきなり声をかけられ、俺は思わず大声をあげた。
反射的に身体が仰け反り、尻餅をついてしまう。
その日の夜は、九時を過ぎても母親は帰ってこなかった。
大抵の場合、遅くとも八時半くらいには帰宅するのが普通なのだが、今日は残業でもさせられているのかもしれない。
冷蔵庫を開け、作り置きされていたエビチリとサラダで夕食を済ませ風呂に入る。
我が家には食事を家族みんなで、というような習慣はない。
父親が単身赴任で母親も帰りが遅く、販売員の仕事をしている馬鹿姉貴も帰ってくる時間が不規則であり、この条件下で全員が一緒に食事をするのはかなり無理があるのだ。
実際、馬鹿姉貴は適当に食事を済ませると、
「明日までに、販売促進案を考えて提出しなきゃいけない」
とかなんとか言いながら、早々と自室へ閉じこもってしまっている。
まぁ、姉貴に関しては毎日これくらい大人しい方が助かるけど。
現在の時刻は九時半を過ぎたばかり。濡れた髪をガシガシと拭きつつ、買い置きしていたリンゴジュースを取って二階へ上がる。
どうせ今夜はもうやることはない。寝るまでの時間はガッツリとゲームに費やせる。
意気揚々とした足取りで部屋のドアを開ける。すぐ横にある電気のスイッチを押し、持ってきたリンゴジュースを一旦机の上に置いた。
「あっちぃ……。部屋にクーラーくらい付けて欲し――」
まずは部屋の窓を開けようと顔を上げた俺は、驚きで身を強張らせた。
俺の部屋には小窓が二つあり、その内の一つが机の正面に設置されている。当然だが、今は窓は開いていない。外は暗く、部屋の電気によって中の様子が反射されているだけだ。
自分の姿が映り、その真後ろには見慣れた本棚が、いつも通りに鎮座しているのが確認できる。
できるのだが、問題はその本棚の横にピタリと張り付いているものにあった。
長い髪をダラリと垂らし、白いワンピースのような服を着た女。よくホラー映画なんかで見かける容姿と瓜二つのものが、自分の背後に立っているのがハッキリと確認できた。
「…………」
姉貴ではない。それは見た目ですぐわかる。となれば、これはいったい何者なのか。
ゴクリ……と、自分の喉が音を立てたのが聞こえた。
誤解されぬよう言っておくと、俺は別にこいつが幽霊だなんて思っちゃいない。
知らない誰かが、いつの間にか自分の部屋に入り込んでいる。そう考えるのが現実的だし、実際に体験すれば幽霊よりもこちらの方が何倍も恐いことを理解してもらえるはずだ。
――さて、どうするか。
視線だけを動かして、迅速に打開策を練る。机の上に置いてある、ずっと愛用しているペンケース。振り向き様にこれを投げつけ、怯んだ隙に一度部屋から逃げるか。
姉貴を呼べれば一対二だ。少しは有利になるし、警察を呼ぶチャンスもできる。
――よしっ!
覚悟を決めて、俺はペンケースを掴もうと手を伸ばしにかかった――が、その瞬間。
「あ、そのジュース貰って良い?」
「うおぉぉぉぉぉ!」
すぐ横に密着しているのではないかというくらいの距離からいきなり声をかけられ、俺は思わず大声をあげた。
反射的に身体が仰け反り、尻餅をついてしまう。
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