桜の喪失を救うために

雪鳴月彦

文字の大きさ
34 / 96
二人きりの会話

二人きりの会話

しおりを挟む
「それなら、なおさら行かなきゃ駄目じゃない」

「は?」

「だってそうでしょ? もしその犯人が、雄治の言うように異世界から来た存在だとしたなら、あたしの記憶を元に戻す方法やきっかけを知ってるかもしれないのよ?」

「いやまぁ、それはそうなんだけどさ。どんな奴が待ち構えてるかわかんねーし、もっと慎重に計画を立てる必要があるんじゃねぇかってことを言いたいんだよ」

 汗でじっとりとする首筋を擦って、不快感をごまかす。

 桜の言い分はわかるし、そういう返事が返ってくることもあり得るだろうと、ほんの少しは予想していた。

 してはいたが、だからと言ってそれにあっさりと同意するなんてこと、普通の人間である俺にできるわけがない。

「相手の正体もわからないのに、計画なんて立てようがないじゃない。雄治は男の子なんだから、あんまりビクビクしてるとカッコ悪いよ?」

「……」

 あくまでもまともに取り合うつもりはないらしい。桜はからかうように言ってこちらの顔を覗き込むと、にこりと微笑んでみせてきた。

「……いざとなったら、俺は一人でも逃げるからな」

「別に良いよ。そのときは無理矢理でも連れ戻すから」

「お前は俺をどうしたいんだよ……」

 人が真剣に話しているのに、この馬鹿悪魔にはそれがわからないのだろうか。脱力する心地で瞼を閉じて、乱れかけた気持ちをなんとか持ち直そうと努力する。

「でもね、雄治は本当に心配しないで。あたしは雄治を守る自信があるし、怪我なんてさせないから。これは本当に約束してあげる」

 閉じた瞼の向こうから、そんな桜の言葉が耳に届く。

「いや、そう言われてもな」

 その守れる自信の根拠がはっきりしないし、守りきれないほどの脅威が待ち構えていたらどうするんだという不安は拭えない。

 ポッと、頬に何かが落ちてくる感触に瞼を開く。空を見上げると、雨粒が顔を掠めて地面に吸い込まれていくところだった。

「あー、また雨降ってきたね。中に戻ろう? 濡れたら風邪引くでしょ?」

 一緒に顔を上げた桜が、扉を指差して告げる。

「ああ……」

 成果の得られなかったやり取りに不満を抱きつつ、仕方なく俺は踵を返して屋内へと戻りだす。

 ――どうでも良いような場面でばかり素直になってないで、こういう大事な局面でも少しは聞き分けよくなれっての。

「あ、雨降ってても予定変更しないから、そこんとこよろしくね」

「……はぁ」

 まるで胸中でのぼやきを叩き落とすかのような桜の台詞は聞き流し、俺は憂鬱に溜息を一つこぼし、重い足取りで階段を下りはじめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。 それは、最強の魔道具だった。 魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく! すべては、憧れのスローライフのために! エブリスタにも掲載しています。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

処理中です...