桜の喪失を救うために

雪鳴月彦

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異形との遭遇

異形との遭遇

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「え?」

 冷静な桜の返しに、俺は嫌な予感とともに眉をひそめる。

「あの人、このまま逃がしてくれるつもりないみたい。殺気を隠そうともしてないし……」

「……つまりそれって、俺たち狙われてるってことだよな?」

「うん、て言うかたぶん――」

 突然、桜が俺の胸元を掴み引き寄せた。それとほぼ同時に、上へ引っ張られるような感覚が襲う。

「あたしたちじゃなくて、あたしかな」

 重力に逆らいながら上昇した俺が次に足を付けたのは、今しがたまで桜が上がっていた場所と同じ屋根の上だった。

 いきなりのことに呆気に取られつつ、下を見やる。

「なっ……?」

 すると、今まで自分たちが立っていた場所に、男の姿が移動していた。

 桜に抱えられ、屋根に上がるのに約一秒半。それと同じスピードで、男は十数メートルの距離を詰めていたということになる。

 自販機の光に照らされ、今度ははっきりとその容姿が確認できる。

 服装は、予想した通りに警察が着ている服だ。腰には警棒と拳銃らしきものが装備されているのが見えた。

 だがしかし、それら以上に危険を感じたのは、男の身体そのものだった。屋根に跳躍した桜をゆっくりとした動作で見上げてきた男の顔は、人間のそれではなかった。

「お、おい……、あれってまさか、狼男か?」

 ガキの頃に絵本で読んだ記憶のある造形。身体の作りは人間とほぼ同じだが、その表面には獣毛が生え繁り、顔の輪郭は犬や狼に瓜二つの化物。

 威嚇するように剥き出しにしている犬歯はゾッとするほどおぞましい。

「あれは――獣人……?」

 凝視するように相手を見つめ、桜は呟くように言葉を漏らす。

「獣人?」

 獣人と狼男は同義語で良いのだろうか。そんな場違いな疑問が脳裏を掠めるが、さすがに問うている余裕などはない。

「あいつを知ってるのか?」

 代わりに、もう少し本質的な質問を口にする。

「うん、記憶が曖昧だけど、前に見たことあるような……」

 自分の記憶を探るような、どこか不安定なトーンで桜が答える。

「てことは、あいつもお前がいた世界の住人って可能性があるわけか?」

「たぶん、そう……かな。この世界にはあんなのいないもんね?」

「ああ。おとぎ話の中くらいだよ」

 言いながら思う。狼男なんて、この世に存在するわけがない。

 それにも関わらず桜の記憶にヒットするということは、必然的にあいつは異世界の、桜が暮らしていた世界の存在という結論に落ち着く。

 となれば、この狼男――獣人と呼ぶべきなのか?――は、桜の記憶喪失に何かしら関わっているとみて間違いないだろう。

 まして、実際にこうして自分たちの前に姿を見せているのだ。これで無関係と言う方がおかしい。

「どうすんだ? あいつ、話とか通じるのかよ」

「言葉は通じなかったような気がする。確か、他の種族に擬態して襲いかかるくらいしか能がないって有名で……」

 左手の人差し指を頭に当てながら、桜は考えるように言葉を吐き出す。

「何か……そういう言い方すると、相手が単細胞の馬鹿みたいに聞こえるな」

 擬態する能力と解釈して良いのなら、警察の服を着ている理由もわかる。人間の、その中でも特に信頼され、周囲を油断させることができる存在を選んで成り済ましていたわけだ。
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