桜の喪失を救うために

雪鳴月彦

文字の大きさ
43 / 96
異形との遭遇

異形との遭遇

しおりを挟む
「……」

 ここまでの展開など無かったかの如くお気楽なその台詞に、違う意味で言葉を失う。

「寒くもないのに風邪ひくとか、虚弱体質なんじゃない? 待ってて、すぐ終わらせるから。具合悪いなら仕方ないし、今日はこれ退治して終わりにしとこうか」

 目の前に立つ獣人を指差してそう言うと、桜は座るような体勢から不意を突くように足払いを仕掛けた。片足を掴まれたままだった狼男は、成す術なく転倒する。

「正直言うとね、結構痛かったんだよねお腹とか」

 倒れた狼男に馬乗りになるかたちで、桜は拳を振り上げる。

「女の子のお腹蹴るとかさ、あり得ないと思うの。万が一のことがあったらどうすんのよ? 雄治にだって迷惑かかるかもしれないんだよ?」

「いや、別にかからねぇよ……」

 咄嗟に突っ込みを口にしてしまったが、桜は聞こえていない様子だった。

「もう、本気で殴るからね」

 宣言と同時に、桜が左右の拳を交互に振り落とす。

 男の胸、首、顔、場所を選ばずひたすらに握りこぶしを叩きつけていく。途中、逃れようと相手が腕をかざしてガードの姿勢をとるも、あっさりと払いのけ連打を続けた。

「ガァァ!!」

 耐えきれなくなった狼男が、無理矢理身体を捻り桜を横に飛ばす。そこから立ち上がり体勢を整えるのと、桜が追撃を加えるのはほぼ同時。

 離れた距離を再び詰め、跳ねるようにして真正面から右足を振り上げ顎を撃ち抜く。

「グェ……!」

 さらに、さらけ出す格好になった相手の喉へ、正拳突きのような攻撃を仕掛ける。

 喉が潰れたかの形相で狼男が苦悶に口を開き、血の混じった涎を溢す。

「たぶん、これでとどめ!」

 叫んで、桜が苦痛で身体を折る狼男を担ぎ上げた。

 どうするつもりかと見守る俺をちらりと窺い、力を溜めるように膝を曲げるとそのまま盛大に跳躍をしてみせた。

 俺がいる屋根よりも更に高い。

 追いかけるようにして見上げると、月に重なるようにして桜のシルエットが浮かび上がっていた。

 限界まで飛び上がったのか、フワリと動きが止まる。

 そこから、重力に従い垂直に降下。一気に加速をつける中で、桜は狼男の服を掴み直して持ち上げるように右腕を掲げた。

 落ちてきた二人が、ちょうど俺のいる高さまで戻ってきたその時。

「くたばれ! 青二才が!」

 柄にもないような掛け声をあげ、桜は掴んでいた男を地面目掛けて力の限りに投げ飛ばした――と言うか投げ落とした。

 男は顔面から地面に衝突し、その衝撃でコンクリートを大きく抉る。

 まるで小さなクレーターを作るように粉砕されたその場所で、どすりとスローモーションのように仰向けに身体を倒し、男はそのまま動かなくなった。

 その顔は、せり上がった口元が不自然に歪み、犬歯はほとんど折れて流血している様相だった。

「お待たせ。片付いたよ」

 一旦下に着地した桜が、すぐに跳躍して側にやってくる。服があちこち破け、擦り傷が目立つ意外に、これと言って変化は見受けられない。

「お前、身体大丈夫なのか?」

 恐る恐る訊ねてみると、桜はん? と首を傾げ、

「別に。大丈夫じゃないのは雄治でしょ? 熱あるの?」

 と、こちらの額に手を当ててきた。

「うわ、冷た。逆に熱ないじゃん」

「当たり前だろうが。こっちがどんだけハラハラしながら成り行きを見守ってたと思ってんだよ。死んじまったかと思って心配したんだぞ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

処理中です...