桜の喪失を救うために

雪鳴月彦

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絶望の死闘へ

絶望の死闘へ

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 ふぅ、という吐息をつきながら、緩慢な動作で身体を離す桜。

「ありがと、これでもう普通に動けるよ」

 疲れの混じる声で告げると同時に、残っていた右の翼が収縮するように背中の表面へ消えていく。

「……」

 軽く触れると、左側に不自然な生傷が残る以外はごく普通の素肌になっており、破れた服だけがそこに翼があった名残を残していた。

「これからどうするの……?」

 不安そうなトーンで言いながら、桜はじっと俺を見つめてくる。

「……正直わからねぇ。桜、お前本当に片桐を攻撃できそうにないのか?」

「うん、無理。自分でもよくわからないけど、さっきあの人を攻撃しようとした瞬間、急に身体が動かなくなって真っ白になったの」

「真っ白?」

 意味がわからず、俺は訝しげな声音で問い返す。

「うん。どう言えば良いのかな……。あの人に触れようとした瞬間に、その先が無くなったって言うか…」

 困ったように言葉を連ねる桜へ、俺も困ったように首を傾げる。

「いや、意味がわからん……」

「えっと……、あの人を攻撃しなきゃって思ってたのが、突然頭の中が真っ白になって、攻撃するイメージや動作ができなくなったっていう感じ。知識や経験の全くないことをいきなりやれって言われたら、途方にくれてどうすれば良いのかわからなくて、何もできなくなることあるでしょ? その感覚に似てる」

 考えてることを伝えようと、必死に言葉を探す桜。

「あの人を倒そうと思って近づいたはずなのに、直前でその感覚やイメージとかが消し飛ばされたような気分。自分の中の意思とかが、何もかも無くなるの」

 不快感が込み上げたように、桜の身体が小さく震えた。

「あんな怖い感覚、始めてだった……」

「……つまりは、設定の範囲外に当たる行動はできないって意味か」

 片桐の説明と照らし合わせるなら、そう解釈すべきだろう。

「……雄治、あたしは消えるしかないのかな?」

「え?」

「あたし、本当にあの人が言う通りなら、悪魔じゃないんだよね? ただの創り物で、帰る場所もなくて……」

「……」

 さすがに、これにはどう答えてやれば良いのか言葉が浮かばなかった。

 桜に消えてほしいとは思わない。もちろん、死んでほしいなんてのは論外だ。

 じゃあ、どうすればハッピーエンドに繋がるというのか。

 片桐のノートを奪い、俺や桜が設定を変えてもたぶん意味がない。あくまでも片桐が能力を使い、内容を書き換えるしかないのだ。

 だからと言って、馬鹿正直に頼んでも、こちらの頼みなど聞き入れてなどくれぬだろう。

 桜の能力で操ることも、不可能。つまりは現状打つ手なし。詰み、というやつだ。

「……ねぇ、雄治。あたし、あの人に素直に殺された方が良い?」

「なっ……!」

 返す言葉に悩む俺の腕を、桜が僅かに力を込めて握る。

「だって……、もう、これどうしようもないよね? これ以上戦っても、雄治が無駄に傷つくだけだし、あたしがいなきゃ雄治辛い思いしなくて済むじゃん」

「…………」

 こんなタイミングで何を言い出すんだこのアホは。そんな気持ちを湧きあがらせつつ、俺はそっと悪魔少女の頭を撫でた。

「馬鹿か。もう既にこんだけきつい思いしてんだよ。なのに、何の収穫も無しで諦めてたら、それこそ無駄骨になっちまう」
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