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絶望の死闘へ
絶望の死闘へ
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「……そうか」
安堵の息が漏れる。どうやら、身体を貫かれたように見えたのは俺の錯覚だったらしい。
月と重なって見えた桜のシルエットは黒く、そこに横からガーディアンの剣が突き出されたことで、まるで身体を貫通したように思い込んでしまっていた。
実際は、桜が背後のガーディアンに気がつき身を捻ったことで剣の軌道から逃れ、偶然にも致命傷を免れていたわけだ。
避けきれなかった翼一枚を犠牲にして。
何にせよ、命に別状がなかったのは幸いだったと言える。
これではもう飛ぶことは不可能だろうが、どのみち視界の開けた空を移動するのは自殺行為になるのだ。足が無くなるよりは遥かにマシな結果だ。
それよりも問題は。
「動けるか?」
ここまでの負傷で、桜にどれだけのダメージが蓄積しているのか。
不意をついた体当たりで、恐らくは骨折か内臓の損傷。そして、追撃からの攻撃で翼をやられた。
狼男との戦闘ではあれほど圧倒的だった桜が、たったこれだけのことでボロボロになってしまった。次にガーディアンと出くわしたときは、たぶん命が尽きるかもしれない。
――こっからどうする……?
桜の身体を支えて立たせようとしながら、思案する。戦って勝てる相手じゃないのは、もうわかった。かといって、無事逃げきれるかとなれば自信もない。
――大体、逃げたところで設定から桜を消されちまえば、それで終りだ。なら、戦闘を避けて、あの手帳だけを奪い取れれば……。
即座に浮かぶのは、理屈は単純でもいざ実行するとなれば難易度が高い打開策だけ。
手傷を負った自分たちが五体のガーディアンの包囲を掻い潜り、桜では攻撃不能の片桐から手帳だけを取り上げる術など思いつかない。
「……ねぇ、雄治」
耳元で囁かれた声で、思考を中断する。
「どうした?」
「取って」
「あ?」
突然の意味不明な言葉のせいで、反応に困る。
「翼……、邪魔だから取って。このままじゃしまえないの」
破れた服から出ている自らの翼を、困ったように見つめる悪魔少女。
「取ってっつわれても……」
しまえないと言うのは、普段のように翼を消しておけないと解釈すべきなのだろうが。
「どうすりゃ良いんだよ」
「どうせもう使い物にならないし、ひと思いにむしっちゃって大丈夫」
自嘲を含む言い方で告げ、桜は僅かだけこちらへ背を向けた。
「むしるって、簡単に言うなよ……」
触れた感触からしても、実行すること自体は難しいものではない。
しかし、気分的な問題がある。いくらもげかけているとは言っても、身体の一部をむしり取るというのは……。
「あたしは平気だから。このままにしてても邪魔になるの。お願い」
無茶振りもいいところだ。
しかし、桜の言い分が間違いでないこともわかる。こんな状態で行動してもまともに動けるはずもない。
「それ、取っておかしなことにならないよな?」
「ならないよ。心配しすぎ」
桜の頭が頷くのを、肩に触れる感覚で認識した。
「……わかった。一気にいくからな」
「うん」
覚悟を決め翼の付け根を握る。生温い血が手のひらを伝う。
目をきつく閉じ、掴んだ翼を引っ張った。
ブチッという嫌な音を鳴らし、皮――だと思う――が千切れた。
ほんの一瞬、俺の身体にしがみ付いた桜の腕が強張りくぐもった呻きを漏らしたが、なんとか痛みには堪えた様子だった。
安堵の息が漏れる。どうやら、身体を貫かれたように見えたのは俺の錯覚だったらしい。
月と重なって見えた桜のシルエットは黒く、そこに横からガーディアンの剣が突き出されたことで、まるで身体を貫通したように思い込んでしまっていた。
実際は、桜が背後のガーディアンに気がつき身を捻ったことで剣の軌道から逃れ、偶然にも致命傷を免れていたわけだ。
避けきれなかった翼一枚を犠牲にして。
何にせよ、命に別状がなかったのは幸いだったと言える。
これではもう飛ぶことは不可能だろうが、どのみち視界の開けた空を移動するのは自殺行為になるのだ。足が無くなるよりは遥かにマシな結果だ。
それよりも問題は。
「動けるか?」
ここまでの負傷で、桜にどれだけのダメージが蓄積しているのか。
不意をついた体当たりで、恐らくは骨折か内臓の損傷。そして、追撃からの攻撃で翼をやられた。
狼男との戦闘ではあれほど圧倒的だった桜が、たったこれだけのことでボロボロになってしまった。次にガーディアンと出くわしたときは、たぶん命が尽きるかもしれない。
――こっからどうする……?
桜の身体を支えて立たせようとしながら、思案する。戦って勝てる相手じゃないのは、もうわかった。かといって、無事逃げきれるかとなれば自信もない。
――大体、逃げたところで設定から桜を消されちまえば、それで終りだ。なら、戦闘を避けて、あの手帳だけを奪い取れれば……。
即座に浮かぶのは、理屈は単純でもいざ実行するとなれば難易度が高い打開策だけ。
手傷を負った自分たちが五体のガーディアンの包囲を掻い潜り、桜では攻撃不能の片桐から手帳だけを取り上げる術など思いつかない。
「……ねぇ、雄治」
耳元で囁かれた声で、思考を中断する。
「どうした?」
「取って」
「あ?」
突然の意味不明な言葉のせいで、反応に困る。
「翼……、邪魔だから取って。このままじゃしまえないの」
破れた服から出ている自らの翼を、困ったように見つめる悪魔少女。
「取ってっつわれても……」
しまえないと言うのは、普段のように翼を消しておけないと解釈すべきなのだろうが。
「どうすりゃ良いんだよ」
「どうせもう使い物にならないし、ひと思いにむしっちゃって大丈夫」
自嘲を含む言い方で告げ、桜は僅かだけこちらへ背を向けた。
「むしるって、簡単に言うなよ……」
触れた感触からしても、実行すること自体は難しいものではない。
しかし、気分的な問題がある。いくらもげかけているとは言っても、身体の一部をむしり取るというのは……。
「あたしは平気だから。このままにしてても邪魔になるの。お願い」
無茶振りもいいところだ。
しかし、桜の言い分が間違いでないこともわかる。こんな状態で行動してもまともに動けるはずもない。
「それ、取っておかしなことにならないよな?」
「ならないよ。心配しすぎ」
桜の頭が頷くのを、肩に触れる感覚で認識した。
「……わかった。一気にいくからな」
「うん」
覚悟を決め翼の付け根を握る。生温い血が手のひらを伝う。
目をきつく閉じ、掴んだ翼を引っ張った。
ブチッという嫌な音を鳴らし、皮――だと思う――が千切れた。
ほんの一瞬、俺の身体にしがみ付いた桜の腕が強張りくぐもった呻きを漏らしたが、なんとか痛みには堪えた様子だった。
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