彷徨う屍

半道海豚

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01-006 反撃

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 2台の軽装甲機動車を出発させると、良平はフレコンバッグを配置して、車輌の侵入を防ぐ。ブルドーザーか戦車でもない限り、この防御線は突破できない。徒歩なら侵入できるだろうが、侵入を知らせる各種センサーがある。

 岸辺芭蕉が描いた建物の配置図は正確だった。人の出入りも確認する。芭蕉の娘がいる建物も確認できた。
 男たちは何をするでもなく、ブラブラしている。数人の女が水汲みのようなことをさせられている。
 電気がないので、水道のポンプが動かないのだ。古めかし井戸に取り付けられた手押しポンプを使っている。この井戸とポンプを見つけて、一時的に居着いたのだろう。

 キタザワレイカは、自衛隊の“ジープ”が向かってくる様子に驚いた。
 どうやってやり過ごすか、考える。クレー射撃用散弾銃2挺では、機関銃とは戦えない。
 だが、隙を見せたら、クルマごと奪うつもりだ。

 千晶が助手席から降りる。
「リーダーはどなたですか?」
 神妙な顔でキタザワレイカが歩み出る。
「私です。
 キタザワです」
「陸上自衛隊化学防護隊の加納千晶3佐です。
 生存者の状況確認を行っています」
 キタザワレイカが少し慌てる。
「自衛隊の基地があるのですか?」
 千晶は表情を変えない。
「基地と言うほどではないですが、近くに拠点があります。
 実は、ある人物を探しています。
 その人物には、ゾンビウイルスに対する抗体があるのではないかと、過去の医療記録から推測されています。
 生存の可能性があります。
 岸辺結菜という15歳の少女です」
 自分の名に結菜が驚き、バケツを落としてしまう。ブリキ製のバケツが地面とぶつかり大きな音を立てる。
 健太は芭蕉に見せてもらった結菜の写真と、バケツを落とした少女が同一とは思えなかった。風貌が変わりすぎているのだ。
 だが、よく見ると父親によく似ている。
「あの子だ」
 健太の呟きに一希が賛同する。
「あぁ、間違いない」

 結菜は恐怖で声が出なかった。
「私です!」
 そう叫びたいが、声が出ない。キタザワレイカに対する恐怖と羨望が、精神の奥深くに刻まれている。わずかでも逆らえば殺される。

 キタザワレイカも痴れ者だった。
「その名前は聞いたことがないです。
 ここにはいません。
 発見なんて、不可能なんじゃ……」
 千晶は、仕方ない、との表情をする。
「確かに不可能かもしれませんね。
 私も命令で動いているんで。
 お邪魔しました」
 千晶が後部ドアを開けて乗り、車体上部の銃塔にいる美保と交代する。
 美保が後席のドアを開ける。
 同時に千晶が7.62ミリ機関銃を空に向けて威嚇発射。
 美保が結菜の手を引く。
「岸辺結菜ね。
 クルマに乗って!」
 結菜が抵抗する。キタザワレイカが恐ろしいからだ。
「百花、助けて!」
 彼女が友人に助けを求める。
 美保が「神崎百花さんね。私と一緒に来なさい!」と叫ぶ。
 だが、百花は拒否。結菜の抵抗も激しい。
 キタザワレイカが散弾銃を持ち出すが、その前に男たちが金属バットや鉄パイプで襲いかかってくる。
 一希がミニミ5.56ミリ機関銃を発射。一気に4人を射殺。男たちは凍りつき、結菜はキタザワレイカが震えている様子を見る。
 美保が呆けている結菜を軽装甲機動車の後席に押し込み、2台が後進で離脱を図る。

 意外な展開に2号車の上部ハッチから首を出していた一希が焦る。
 小柄な男の子が、車体後部にしがみついたのだ。
「お願い、助けて!」

 軽装甲機動車がキタザワレイカの拠点から離脱し、車内で暴れる結菜を何とかするために止まる。
 2号車にしがみついている男の子も、何とかしなければならなかった。

「イヤ、イヤ、戻るの!」
 結菜が暴れる。
「私たちは、お父さんに頼まれてあなたを救いにきたの」
 千晶がそう言っても、結菜は「嘘よ、お父さんは殺されちゃった。逃げたら殺される!」と暴れる。
 仕方なく、拘束するしかなかった。
 男の子は「平沼武尊です。昨年の暮れに捕まりました。人殺しもさせられて……」と身の上を話す。
「家族で逃げたのだけど、父さんは会社で、母さんがパートから戻ってきて、じいちゃんとばあちゃんも一緒に逃げたんです。
 でも、街からは逃げられなかった……。クルマから降りて手をつないで逃げたんだけど、気付いたら、俺1人になっていて……。
 そのあとは、自転車で南に向かったんだ。県境の近くに自衛隊が陣地を造っているって聞いたから……。
 どこで捕まっちゃったのか、よくわかっていないんだけど……」
 嘘はなさそうだが、千晶の判断で、手足を拘束する。

 結菜は父親と会っても、完全に錯乱している。
「殺されちゃう、殺されちゃう!」
 彼女はそれしか言わない。父親が「もう大丈夫だ」と伝えても、まったく信用していない。父親の保護能力を信じていないのだ。
 ひどい錯乱で、やむを得ず鎮静剤を打つ。薬の効果が切れると、また錯乱する。

 武尊は落ち着いている。
 彼は芭蕉に数発殴られたが、抵抗しなかった。
「仕方ないよ。
 生命惜しさにひどいことをしたんだから……」
 達観しているのか、我が身を捨てているのか、よくわからない。

 高原では、重大なことが決められた。
 現在の安全鋼板の囲いを移動することに決定する。高原の最深部、丘陵状の林に囲まれた場所に移転する。
 防衛のためだ。
 できれば、居住棟の拡大も検討している。
 より安全な高原の西側に、工事用車輌、農機、大型トラック、風車の整備に使っている消防はしご車を移動する。

 キタザワレイカから交渉のための使者が来た。1人だけ。怯えた女の子。神崎百花だった。殺されても、惜しくないからだ。
「巫女様は、巫女様の弟を返してほしいと言っている。
 どんなものとも交換する」
 良平は「では、神崎百花と交換だ」と伝える。百花の目から、大粒の涙がこぼれる。自分が不要な存在であることを理解している。男たちから「飽きた」と言われている。

 神崎百花は驚いていた。
 あの残虐なレイカの弟が全裸で担架に乗せられている。しかも、正気とは思えない。
「殺さないで、殺さないで、お願い許して」
 何度も同じ言葉を繰り返している。
 手足は腐っているように見える。
 神崎百花よりも驚いているのは、キタザワレイカだ。
「何でよぉ~」
 彼女は弟を見て絶叫した。
 良平がキタザワレイカに微笑みかける。
「生きたとしても3日だ」
 レイカがつかみかかろうとするが、良平が軽く体を交わして避ける。
「ここで、皆殺しにしてもいいんだぞ。
 おまえの弟を、また鎖につないでやる。
 生きたままゾンビにして、飼ってやる」
 レイカは、化け物を見るかのような目で、良平に顔を向ける。
 良平の言葉を聞いた神崎百花は失禁する。キタザワレイカよりも恐ろしい人間に、譲り渡されたからだ。

 百花は震えていた。これから、どんな恐ろしいことが始まるのか、想像さえできない。恐ろしいことはたくさん経験したが、それが底なしであることも知っていた。
 優しそうな女性から「お風呂に入って」と着替えとバスタオルが渡される。
 お湯はきれいで、シャンプーやボディソープもある。
 食堂に連れていかれる。
 食事が用意されていた。匂いと味を忘れているが、カレーライスだ。
 幼い女の子が「ツナのカレーだよ」と教えてくれる。

 夕暮れになった。
 男たちが戻ってくる。だが、女性のほうが多い。
 話題は、沙耶のこと。加納千晶が胸部の骨折を疑っている。小型のレントゲンを探して、と良平に言っている。
 百花の前に、美保と莉子が座る。美保は知っている。集落を襲った1人だ。
「結菜はどこ」
 美保が答える。
「ここにいるよ。
 お父さんと一緒に」
 百花が驚く。
「結菜のパパ、生きてるの?」
 美保が頷く。
「結菜のパパ、いい人だよ。
 いい人だけど……」
 美保には、その言葉の先がわかっていた。
 彼は無力だった。
 莉子が話題を変える。
「いままでにヘンなモノを見たことは?」
 百花が即答する。
「ゾンビ」
 莉子が笑う。
「それはそうだね。
 ゾンビ以外で」
 百花が少し考える。
「私は日本海に面した街に住んでたの。
 南からゾンビの大群が押し寄せてきて、日本海に沿って北に逃げたんだ。
 家族と一緒に。
 ゾンビ騒ぎが起きてから、ずいぶん経っていた。夏の終わり頃。
 近くの海水浴場に外国の軍艦が乗り上げていた。
 それ以外は、ゾンビ……」
 美保と莉子は軍艦については軽くスルーするが、千晶と健太は違った。
 千晶が「その船、どこにあるの?」と尋ねると、百花は「海水浴場。大きな船だから、行けばすぐにわかると思う」と答える。
 彼女は、このとき千晶と健太が調べに行くと言い出すなど、考えてもいなかった。

 温かい風呂、清潔な衣服、十分な食事、柔らかい寝床。
 これらを与えられても、百花は怯えていた。結菜はキタザワレイカに対する恐怖から、錯乱状態にある。
 それも知っているし、岸辺芭蕉から「助けてもらえて、よかったね」と言われたが、その判断はしていない。地獄の釜の底が抜けたように感じるのだ。

 百花は3日を経て、ようやく怯えが治まりつつあった。
 結菜とも会ったが、結菜は「ここを出て、巫女様のところに帰ろうよ。巫女様に忠誠を誓ったでしょ。裏切ったら殺されるよ!」と百花の言葉に聞く耳を持たない。
 百花は結菜がキタザワレイカを崇拝していることは、知っていた。だが、それはあの環境だからだと考えていた。
 しかし、どうも違うように思い始めた。キタザワレイカ以外に女性は4人いた。うち、2人はレイカの侍女のようなもので、結菜はその立場に憧れていた。
 百花には理解しがたい感情だった。

 ダム湖からトレーラーハウスを移動させる計画が立案される。
 同時に、安全鋼板に囲まれた現在の拠点を、西側最深部に移動させる計画も実行する。
 この大引っ越し計画で、事件が起きる。
 岸辺芭蕉がわずかな時間、岸辺結菜から目を離した。その隙に、彼女が消えたのだ。
 芭蕉はすぐに追ったが、結局、見つけられなかった。
 彼は数日間、娘を探し回ったが、発見できなかった。
 百花は「戻っちゃったんだよ」と言った。その可能性は高く、父親は憔悴している。娘を守れなかった父親は、娘を支配した虐待者に勝てなかった。

 消えたのは結菜だけではなかった。平沼武尊も消える。
 神崎百花によれば、平沼武尊はキタザワレイカの信奉者の可能性があると。キタザワレイカは、暴力だけで支配していたのではなく、カルト的な要素があった。
 彼女のグループは盗賊であり、同時にカルト集団でもあった。

 キタザワレイカは、困り果てていた。弟の死は受け入れられない。復讐しなければならない。だが、この教義を実行すれば、あの恐ろしい連中に殺されてしまう。
 金属バットや鉄パイプに霊力を宿らせても、銃弾にはかなわない。復讐を避ける算段をしていたところに、岸辺結菜と平沼武尊が戻ってきた。
 弟を殺したグループの詳細がわかる。彼女の子分であり信徒は「異教徒を抹殺せよ」と叫んでいる。
 一方、教祖が弟の死を嘆いている隙に、3人が逃げた。逃げた3人を追う力はない。再度の襲撃に備える必要がある。
 体内に霊気を溜め、チャクラを活性化しなければならない。それができなければ、不信心者を殺せない。
 キタザワレイカは「お籠もりに入る。託宣を受けるまで、動くな」と告げると、和室で読経のようなものを唱え始める。とりあえず、彼女は現実逃避に成功する。

 陸人を失った砂倉裕子の嘆きは大きく、生きる気力さえ失うほどであった。支えたのは益子則之だが、娘の真琴は父親に対してのみ批判的。
「裕子さん、私よりも若いんだよ!」

 トレーラーハウスの牽引が問題だが、カーブの多い未舗装の林道を通ることになる。乗用車が低速ですれ違える程度の道幅しかない。
 ブルドーザでの牽引を考えたが、パワーはあるが低速なので候補から外す。
 農業トラクターは複数あるが、小型ばかり。国道に遺棄されているトレーラートラックの荷台に農業用大型トラクターが積まれている。
 これは、以前から知っていたが、後輪が履帯の大型農機は必要としていなかった。
 だが、トレーラーハウス、キャンピングトレーラーではない通常の家屋のように使える巨大な車輌を20キロ以上牽引するには適している。
 この大型農機の回収を始める。

 この頃、高原の面々は農作業どころではなかった。キタザワレイカの再来襲を警戒していたからだ。岸辺結菜と平沼武尊が、高原の詳細を伝えていることは明らかだ。
 彼らには、武器の入手方法がある。
 警察の施設内を探せばいい。小さな警察署でも拳銃くらいなら手に入る。
 同時に、ゾンビと遭遇する覚悟が必要になる。銃を撃てばゾンビを呼ぶ。ゾンビ1体を倒しても、数十体を呼び寄せてしまう。
 だから、この世界において、銃は非効率な武器なのだ。当然、銃を探したりしない。偶然、手に入れても使うことはない。銃声は死を呼ぶものだからだ。

 この時期、高原では物資の調達を複数の街で行っていた。ゾンビとの遭遇はほぼ確実だ。
 食料は、缶詰、レトルト食品、調味料・香辛料、米など穀物類と豆類が中心。魚以外の動物性タンパクは、得られていない。
 食糧事情は、日を追って悪化している。

 工事現場で、安全鋼板の囲いを解体し、合わせて単管パイプを回収する作業は危険を伴う。何度か試しているが、振動を検知して、すぐにゾンビが集まってくる。
 成功したことがない。
 多くは設置前の工事現場で入手しているが、量的にまったく足りていない。

 必然的にトラックに積んであるものを探しているのだが、都合よく見つかるわけもない。
 いや、一度だけ、4トン車に積んである状態で確保している。
 安全鋼板がなければ、人とゾンビの襲撃に対抗できない。
 必然的に捜索の範囲が広がり、県内最大の街の郊外まで足を伸ばすことになった。

「すごい量があるぞ!」
 健太が思わず大きな声を発してしまうほど、大量の安全鋼板と単管パイプがある。
 良平が「こんなにたくさん、どうやって運べばいいんだ」と途方に暮れる。
 郡山郊外の建設資材レンタル会社を偶然見つけ、トラック、ダンプ、クレーンなどあらゆる建設機械とともに見つけたのだ。
 ブルドーザ、ホイールローダ、パワーショベルもある。
 浮かれる健太と良平だが、千晶は違った。美保に「おバカな男はほっといて、周囲を警戒」と指示し、美保が周囲にクロスボウを向ける。
 莉子もコンパウンドボウに矢をつがえて、いつでも発射できるようにしている。
 警戒していたのは、ゾンビだ。
 だが、遭遇したのは人だった。
 互いに車輌に身体を隠し、互いの出方を待つ。
 大声は出せない。
 ゾンビを呼ぶからだ。
 良平が銃を地面に置き、両手を挙げて姿を現す。
 すると、対峙しているグループの男が1人姿を見せた。

「桂木良平。
 物資を探しに来た」
「あぁ、同じだ」
「俺たちは、安全鋼板と単管パイプがほしい」
「そうか、俺たちはユニック車を探しに来た」
「それ、機動隊の装備か?」
「そうだ。
 ゾンビには効果がある。
 神薙太郎だ」
「神薙さん、俺たちは誰かに危害を加えるつもりはない」
「こっちもだ。
 桂木さん」
 2人は握手した。

 積み込みを始めると、音がする。ゾンビを呼ぶことになる。
 神薙たちは、8トンのユニック車と高所作業車を物色すると、すぐに立ち去った。
 良平たちも8トンのユニック車2台に積めるだけ積んで、出発しようとする。
 だが、ゾンビを呼んでしまった。
 過積載のトラックはスピードを出せず、最後尾の軽装甲機動車とはぐれてしまう。

 予定していた合流点で待つが、千晶と莉子が乗る軽装甲機動車が現れない。
 美保が「探しに行く」と一度は口にするが、すぐに撤回する。
「あの2人なら大丈夫。
 とにかく、帰ろう」

 岸辺芭蕉は、ダム湖周辺での狩りに参加した。彼自身では狩りの経験はないが、獲物の解体は何度もある。
 都市部ほどではないが、ダム湖周辺にもゾンビはいる。
 銃声を聞きつけて、ゾンビが集まってくる前に獲物と一緒に移動する必要がある。
 芭蕉は、立花一希、畠山洋介の力を借りて、狩りをした。
 今週、5回目にして初めての獲物を得る。大きなイノブタだ。軽トラで獲物を移動し、キルベースで解体する。
 人が採集狩猟を始めて以来、狩りはこの方式を採ってきた。獲物は居住地の近くではなく、キルベースで解体する。
 洋介が獲物を仕留め、芭蕉が解体し、一希が大量の燻製にする。塩漬けと塩抜きを経る伝統的ベーコンの製法だ。
 1頭仕留めれば、1カ月分の動物性タンパク源になる。冷凍することもできるし、燻製も有効な保存方法だ。芭蕉は生ハムやソーセージも可能だと言っている。

 ゾンビに追われた千晶と莉子は、彼らを見張るために残っていたランクルに誘導され、単線の線路に沿って南下した。
 ゾンビを振り切った時点で、ランクルとは袂を分かとうとした。
 だが、ランクルに乗っていた神薙太郎から「我々の拠点に来ないか」と誘われる。
 千晶は警戒する。
「助けてもらった礼は言う。
 何が目的だ?」
 太郎が軽く笑う。
「情報交換と物資交換」
 莉子が「物資略奪じゃなくて?」と問うと、太郎が「それもいいが、厄介事は避けたい」と答えた。
 千晶が「30人ほどの盗賊集団とは?」と尋ねると、太郎は「あの連中ね。一戦交えて、撤退させた」と軽く答える。
 莉子が「私たちは2人殺られた」と語気を強める。
 太郎が「せっかく生き残ったのに気の毒だね。我々は4人が負傷した。まったくの奇襲だったんだ。1人は重傷だが、生命は助かった」と下を向く。
 太郎は息を吐く。
「味方がほしい。
 理解していると思うが、20人を超えると物資が不足する。調達が消費に追い付かなくなるんだ。
 しかし、20人ではできることが限られる。だから、友好的な仲間がほしい」

 莉子と千晶は、空港南端付近にある建物に案内された。
 ざっと10人がいる。これ以外にもいるだろうから、20人弱のグループだ。
 神薙太郎がリーダーで、偶然出会った人々とグループを作っていた。
 彼らは、昨年の夏の終わり頃からここにいる。衣服などは清潔が保たれている。空港はフェンスに囲まれていて、ゾンビの侵入を防ぐことに向いていた。
 彼らは空港のフェンスに守られて時間を稼ぎ、滑走路南端付近にフェンスで囲んだ安全地帯を建設する。
 犠牲は多く、メンバーが増えても、すぐに減じてしまう。物資調達は危険な任務で、死因の大半を占める。
 そして、人のコロニーは全滅の道をたどる。

「イノブタの冷凍肉1キロと89式小銃1挺と交換でどう?」
 グループ内に動揺が走る。
 女性が「新鮮なの?」と問うと、莉子が「今週の獲物よ」と答える。どよめきが広がる。
 実際は、莉子と千晶も動揺している。飛行可能なヘリコプターがある。
 高原では燃料の確保に苦労するが、空港には十分すぎるほどの燃料がある。ジェット燃料をディーゼル車に使っている。有鉛の航空ガソリンは、自動車には使えない。
「89式との交換には応じる。
 だが、2キロだ。1挺につき」
 太郎の提案に、莉子は強気だ。
「89式2挺と、冷凍肉2キロ、それとベーコン1キロ」
 別な女性が「ベーコンがあるの?」と驚き、莉子は「チャーシューもあるんだ」と煽る。 太郎の裾を男の子が引く。
「冷凍肉2キロ、ベーコン1キロ、チャーシューは子供たちに。
 どうだ」

 神薙太郎は、高原の状況に驚く。安全鋼板で囲まれた内側は、実に快適なのだ。風力発電によって、電気もある。
 89式小銃2挺と、イノブタの肉を交換する。
 一番驚いたことは、農耕を行っていること。空港には農地がない。滑走路脇を耕せば、農業は可能かもしれない。

 高原と空港は、ぎこちないなりに情報を交換し、互いに協力し合うことを確認する。

 キタザワレイカの消息が途絶える。同時に、別のカルト集団が現れた。50人を超える大集団で、やはり生存者からの略奪が主な物資獲得手段だ。
 人から奪えば、ゾンビと対峙する危険を冒さなくていい。
 どこから来たのかはわからないが、東北最大の湖西岸に拠点を構える。この集団を嫌って、キタザワレイカと彼女の子分兼信徒はどこかに消えた。

 この集団に対する警戒のため、北からの道は建機を投入して完全に塞ぐ。自然の土砂崩れに見せかけたが、騙せない可能性もある。

 盛夏、空港とは異なるグループがダム湖経由金堂峠越えで尋ねてきた。
 突然だったので警戒したが、トマトやピーマンなどの夏野菜と、スイカをもらった。
 このスイカで、陽咲と沙耶の姉妹は「絶対にいい人だよ」と主張する。
 さらに「イチゴも採れるんだよ」と聞かされ、手を叩いて喜ぶ。
 訪問者は4人。成人女性が1人、成人男性2人。男の子が1人。男の子は、危害を加えない証として連れてこられた。
 勇敢な子だ。
 リーダーは椎名総司と名乗った。25歳くらいで、体格がいい。

 彼の説明によれば、物資調達の際に偶然、移動する高原の車列を発見し、途中まで尾行したのだと。
 何度か同じようなことがあり、帰路の方向を類推すると、たぶん、風力発電の高原が住処だろうと結論したらしい。

「例の集団のことは、知っていますか?」
 桂木良平が答える。
「50人くらいの?」
 総司は大きく息を吐く。
「俺たちは、川の合流部に安全地帯を作って、そこで農業をやっているんだ。
 ゾンビから守られていて安全だ。
 小さな集落があったけど、それ以外は工場と農地。どういうわけか、たどり着いたとき、住民はもちろん、ゾンビもほとんどいなかった。
 工場や家の中にも。
 水田はなく、イチゴのハウス栽培と露地野菜を作っていたようだ。
 俺たちには、最高の場所だった。
 キタザワレイカにも襲われたけど、撃退した。
 あの鬱陶しいキタザワレイカがいなくなったのに、もっと厄介な連中がやって来た。
 キタザワレイカは金属バットと鉄パイプが武器のほとんどだったから、撃退できたけど、今度の連中は違う。
 銃を持っている。
 それで、ここに来たんだ。
 銃を譲ってくれないか?
 渡せるものは、野菜くらいしかないが……」
 良平が健太と千晶を見る。
 千晶が答える。
「銃はあるけど、ほとんどが狩猟用で、人と戦う道具じゃない。
 私たちよりも空港のほうが持ってるよ」
 総司が少し躊躇う。
「空港?
 寂れた空港のこと?」
 良平が答える。
「そう」
 総司が驚く。
「あそこにも人がいるのか……」
 良平が「いくなら、これから案内するよ」と言い、総司が「頼むよ」と答える。

 良平、健太、美保が軽装甲機動車で先導すると、総司と3人の仲間がついてくる。
 新たなグループとの邂逅だった。
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