彷徨う屍

半道海豚

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07-004 白い基地

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 高原では、合流点グループが通称“集落”と呼ぶ既存の建物群に移ると、極端に静かになった。
 合流点グループのうち科学者たちは全員が移動したが、科学者以外のヒトたちの多くも集落に移った。
 結果、高原における旧合流点グループの頭数が激減する。主導権を握るどころか、発言権はほぼ消えた。
 序列3位の辻堂秀明は、このグループのありようを嫌悪している。だが、彼の家族は違う。妻と子は、序列3位の特権を謳歌していた。
 妻子の説得は無理と判断した辻堂秀明は、3日間の出張という名目でスカイパークに行き、さらに分屯地へと向かう。
 分屯地に滞在して、すでに6カ月。高原に帰る気はさらさらない。
 妻子のことも気にならない。

 分屯地では、電力不足が最大の問題だった。高原は風力、スカイパークには太陽光発電があるが、分屯地にはない。
 そして、分屯地が求めているのは安定した大量の電力だ。
 現在、4基のディーゼル発電機を使っているが、それだけでは十分ではないし、燃料の確保も簡単ではない。
 ディーゼル発電機の震動は伝わりやすく、死人を呼び集める効果がある。だから、エアサスペンションの上に置いて地面に振動が伝わらないようにしている。
 分屯地の電力不足を解決するために、秀明は日々苦闘していた。

 秀明は発電に詳しいわけではなく、非常用ガスタービン発電機の開発に携わっていた。専門はターボ機械であり、発電ではない。
 だが、専門云々と行っていられる状況ではないので、彼は発電機の設置やメンテナンスを行っている。
 高原では妻子の希望から、序列1位の意向に従っていたが、彼の本意ではなかった。合流点グループが高原から集落に移動するタイミングで、彼は1人でスカイパークに移った。
 いまでも、名目上は合流点グループの一員なのだが、実質は分屯地の半定住者だ。

 向田未来が辻堂秀明に声をかける。
「辻堂さん、ちょっと驚くことが起きた」
「えっ、事故?」
「いや、違う。
 飛行機が飛んできた」
「スカイパークに?」
「いや、龍ケ崎だ」
「うちの飛行機じゃなくて?」
「あぁ、うちのじゃない」
「どこから?」
「伊豆諸島のどこからか。
 それで、スカイパークは辻堂さんに来てほしいそうだ」
「なぜ?」
「ターボプロップ機らしい。
 こっちで、タービンエンジンがわかるのは辻堂さんだけだ。
 ヘリの臨時便が来るから、それに乗ってくれ」
「いや、他にもいるよ。誰だっけ?
 でも、わかったよ」
「すぐに戻って。
 ここの電気は辻堂さん次第なんだから」
「それもわかった」

 相模洋佑は真藤瑛太から「俺たちがホワイトベースだ」と聞かされ、完全に動揺してしまった。
 彼はホワイトベースにこだわっていたが、実際は半信半疑だった。入瀬真緒はまったく信じていない。真緒以外も同じ。
 瑛太が話し始める。
「生存者は、極端に少ない。
 それでも、各地に数人のグループが生き残っている。
 10人以上のグループもあるけど、たいていは掠奪を生業にしている。単純に粗暴な連中から、宗教がらみのグループもある。
 そんな状況で、半年前、ビーチクラフト・バロンで6人の生存者がやって来た。
 だけど、ホワイトベースを発見できず、燃料切れもあって道路に不時着するんだ。
 無線は使わなかった。無線封止が生存の切り札だったと聞いた。
 右主翼が電柱に接触して破損したけど、幸運にも全員が助かった。そのヒトたちは、長崎空港に立て籠もっていたと聞いた。
 最初は400人くらいいたそうだが、少人数ごとに脱出していった。
 彼らはホワイトベースの存在を信じて、飛び立ったんだ。
 俺も救助にあたったよ」
 杏奈が「イヤでなければ、ついてきてください」と伝える。

 七美と明菜は大利根飛行場に向かう。彼女たちの機を回収するためだ。

 オッターが離陸し旋回していると、追うようにアルバトロスも離陸する。

 1時間ほどの飛行で、スカイパークに到着する。

 忠志はオッターが着陸するのを待った。オッターが着陸してしまえば、追われる危険はない。
 だが、どこに行く?
 見知らぬ相手を信用できないが、どこに飛んでいけばいいものかあてはない。どこへでも飛んで行けるが、どこにでも降りられるわけじゃない。例え飛行艇でも。
 洋二がコックピットに顔を出す。
「柿木さん、降りよう。
 あの女性を信じるわけじゃないが、ここは賭けてみよう」
「子供たちに何かされたら……」
「どうこうするつもりなら、飛行場でやっているよ」

 忠志は飛行機から離れたくなく、陽鞠、アシュリー、洋佑の4人で残る。
 他は、洋二に率いられて、スカイパーク側が用意した飛行場内施設に入る。

 大会議室は、もともとは格納庫の一部だった。1階と2階に分ける大改装を施しているが、その1階部分に大会議室がある。
「私は、料理人の岸辺芭蕉です。
 みなさんをもてなすための食材を用意しています。
 何か食べたいものはありますか?」
 海人がものは試しと「カツ丼!」と叫び手を上げる。
「わかりました。
 カツ丼を作りましょう」
 篤志が「俺は大盛り!」と叫び、海人も「俺も!」と乗る。
 芭蕉が微笑み頷く。
 カツ丼ととんかつ定食が半分ずつとなった。

「このお味噌汁、おいしい。
 ご飯も」
 早苗の言葉に洋二が頷く。

 食後はコーヒーではなかった。インスタントコーヒーを使ったカフェオレ。
 ない物資があるわけだ。
 洋二は「正直だな」と感じた。
 デザートは白玉抹茶アイス。手作りだ。

 食事が終わった頃、大会議室に可奈、沙奈、美佐の3人が覗きに来た。ただの好奇心で、3人と同じくらいの女の子がいると知って見に来ただけ。
 2人いた。
 2人も3人に気付く。
 5人での楽しいおしゃべりが始まる。
 その様子を見ていて、洋二から急速に警戒心が消えていく。
 3人が会議室から追い出される。
 2人が戻ってきた。
 早苗に「学校があるんだって!」と報告。
 早苗が洋二に小声で「私は歯医者さんに行きたい」と。
 ウエイター役をしていた未成年らしい男性が「歯医者、ありますよ。内科と産科も」と告げる。
 早苗が驚いて男性を見ると、はにかんだ笑顔を返す。

 洋二は居室の用意を辞退し、全員が大会議室で寝ることにする。これは、彼らには通常のことだった。
 いままでもそうしてきた。
 だが、今夜は誰も寝ない。
 議論は深まるどころか、結論にはほど遠い。
 意見は完全に2分されている。しばらくの間、ここにとどまってみよう、という意見。
 どうもおかしい、すぐに立ち去るべきだ、という意見。
 年少者の多くはとどまりたい派。成人の多くは立ち去り派。例外は、洋佑と早苗で、2人はとどまりたい派。
 洋二は中立の素振りだが、実際は明確な考えがある。立ち去りたい派の様子だが、忠志は意見を言わない。
 陽鞠とアシュリーも微妙。
 篤志と海人は、明確に「ここは何か怪しい」と主張している。真緒も同じで、不信感を隠さない。
 アシュリーが「どちらにしても、整備には2日かかる。それまでは飛べないよ」と告げる。
 陽鞠が「明後日の夜、また話し合おうよ」と提案。忠志が陽鞠に同意。
 とどまりたい派と立ち去りたい派もどちらも納得する。

 翌朝、学校を見に行った9歳から12歳が戻ってこない。
 心配になった幹夫が娘の手を引いて、学校に向かう。
 学校は、小学校と保育園が合体したような施設で、娘がとどまりたいと強く望んだ。
 学校を見に行ったはずの子たちは、授業を受けている。楽しそうだ。
 幹夫は娘を学校に預けて、アルバトロスに向かう。整備のためだ。

 アルバトロスの整備では、機体とエンジン整備のためにスカイパークから支援があった。
 エンジンでは、辻堂というガスタービンの開発技術者が参加してくれている。手厚い援助だ。

 早苗は病院に行ってみたが、入るかは入らないかで迷っていると、訪れた妊婦に手を引かれて入った。
 大城雅美の診察と治療を受けて、彼女から「また明日来てくださいね」と告げられる。
 どう答えるか、戸惑った。微笑んで誤魔化すしかなかった。

 この日の夜、自然と議論になる。学校が楽しかったことから、12歳以下は完全にとどまりたい派になった。
 忠志、アシュリー、陽鞠、幹夫は、判断保留を装っているが、とどまりたい派に傾いていることは明らか。
 早苗も判断保留だが、やはりとどまりたい派。
 真緒、海人、篤志は「親切すぎる。怪しい」と疑念を深めている。飛行機整備の支援についても「断るべきだ」と主張する。
 13歳から17歳のグループは、判断保留で団結している。だが、スカイパークの同年代から十分な情報を得ているらしく、主導的な立ち位置にいる。

 翌日の夜、13歳から17歳のグループから説明があった。
 伊勢琴美が報告。
「ここはスカイパークと呼ばれていて、ホワイトベースの一部なの。
 ホワイトベースという場所はなくて、高原と呼ばれている場所が中心みたい。
 田んぼや畑があって、去年の秋は200トンのおコメの収穫があったんだって。びっくりだよ。集落、分屯地という場所にもヒトが住んでいるみたい。
 龍ケ崎飛行場のように無人の拠点は他にもあるみたい。太平洋岸のどこかに秘密の滑走路がある。
 それと、阿修羅大佐というアニメの悪役のような名前の悪いヒトがいるみたい。攻撃されたけど、撃退したんだって。
 私たちを阿修羅大佐の仲間じゃないかって、かなり疑っていたみたい。いまでも、疑われているかも。
 スカイパークは、飛行機の運用をするための無人の拠点だったけど、ヒトが住むようになって拡大してきたんだって。
 代表は選挙で決めているって。
 いまでは病院があるし、赤ちゃんも生まれたことがあるって。最初は歯医者さんだけだったけど、内科、小児科、産科があるんだって。外科は、別の場所みたい。
 フライングクラブがあって、正規のパイロット候補生以外も飛行訓練が受けられるそうよ。
 住居や畑の拡大もしているんだって」

 疑念と憶測以外にたいした情報がない成人に比べて、13歳から17歳グループの情報収集能力は圧倒的だった。
 伊勢琴美が判断を下す。
「私たちは、ここにとどまりたいと思う」
 12歳以下グループが「わぁ~い!」と喜びの声を上げる。
 海人と篤志は沈黙。
 真緒は憮然。
 忠志はなぜかホッとしている。アシュリーと陽鞠は無表情。

 洋佑は決をとらないほうがいいと思った。それは洋二も同じ思いだった。
「それでは、もう少しとどまってみよう。
 それから、また話し合おう」
 絶妙に玉虫色な決定だった。

 アルバトロスの整備が終わると、忠志、アシュリー、陽鞠、幹夫の4人は、カフェでの宴に招かれた。
 安川恭三が司会をし、氏家義彦が乾杯の音頭を取る。
「新しい友人に、乾杯!」
 その言葉に風間幹夫は目頭が熱くなった。娘の行く末を考えれば、スカイパークに残る判断しかない。
 ただ、いま見ている姿が、スカイパークの真実なのかが気になる。迂闊な判断はできない。

 幹夫に義彦が声をかける。
「風間さんは、飛行機の整備士なのですか?」
「いえ、私はレーシングカーのエンジンチューナーだったんです。
 手伝っただけで……」
「いやぁ、それはありがたい。
 私も自動車関係で……。レーシングカーとは真逆の特装のトラックとか建機とかですけどね」
「はぁ」
「よければ、明日、自動車の整備工場に来ていただけませんか?」
「えぇ、うかがいます」

 真田楓花は岩代陽鞠の隣に座る。
「楓花です。
 よろしく」
「陽鞠です」
「水上機なんてすごいですね。
 私は、バロンを飛ばして長崎から、です」
「いろいろな飛行機がありますね」
「手に入る機を集めたからでしょうね。
 私も新参なんでよくわからないんですけど、もともとは福島空港に集まったヒトたちの集まりだったみたいです。
 でも、恭三さんは北海道から。
 仙台や松島から飛んで来たヒトもいるんですよ」
「フライングクラブがあるんでしょ」
「飛べるヒトは多いほうがいいから……。
 私も職業はパイロットじゃなかったし……。ここでは、パロットをさせてもらっています」
「何をされていたのですか?」
「秘書です。航空機メーカーの。
 外国の企業で、たまたま上司の出張で……」
「このお酒は……」
「トウモロコシが原料だそうです。
 今年は清酒の醸造に挑戦するみたい。
 ここは、長崎に比べたら天国です。お酒を飲むなんて、毎日、寝ているときも緊張で、できなかったから」
 陽鞠もそうだった。完全同意だ。

 篤志、海人、真緒の3人は、スカイパークに対する疑念が深いが、他はとどまることを決めかけている。

 大会議室が使えないので、全体会議は格納庫で行われる。
 今回の最大議題は、大利根飛行場の機を龍ケ崎飛行場に集結させる問題だ。
 安川恭三が「陸送は手間がかりすぎる。たった5キロだ。飛べるようにして、空輸が上策だ。過去の経験から、飛べるようにする方が手間がかからない」
 真藤瑛太が「危険じゃないのか?」と問う。
 恭三は「不時着の可能性はある。なので、要所要所に救助隊を配置したい」と。
 榊原杏奈が「だけど、墜落したら……」と心配する。

 議論を聞いていた因幡アシュリーは、腑に落ちない点があった。
「あの、私が質問しても……」
 杏奈が「もちろん」と促す。
「なぜ、龍ケ崎飛行場に集めるんですか?」
 恭三が答える。
「陸路では短距離の移動しかできなくなっている。死人が多くて、4号を越えることさえ困難だ。
 100キロを超える移動は、陸路では無理になっている。だから、飛行機が必要なんだ。
 だけど、飛行機は造れない。ならば、整備しながら使い続けるしかない。そのための部品がいる。
 飛行機そのものが部品になる。
 だから、できるだけ龍ケ崎に集めるんだ。
 7機ほどだ。空輸がいい」
 恭三にとって、この空輸作戦はホンダエアポートから14機を回収する作戦の前哨戦だった。この作戦が失敗、つまり人命が損なわれるなど大きな犠牲が出ると、計画は完全に破綻する。
 用心深く、注意深く、準備万端で進める必要がある。
 恭三の悩みは、スカイパークにある一番乗客が多い機が単発高翼のオッターだということ。乗客は9人。
 これでは、作戦を完遂できない。
 青森空港に残置されていた双発輸送機のカリブーが手に入っていれば、この悩みはなかった。
 この問題をどうにかする必要がある。
 だが、ある程度の大きさがある機体はターボプロップが主流。
「龍ケ崎にドルニエ228がある。
 あれが、飛べるようになれば、要員を一気に運べる。
 だけど、ターボプロップの整備ができない」
 アシュリーは手を上げたかったが、ハネウェルのエンジンを整備した経験がない。
 薬師昌子が発言。
「あのドルニエ、整備に手間がかかりそう。
 それよりも、ホンダエアポートのビーチのほうがよくない?」
 恭三が昌子をにらむ。
「あのビーチクラフト1900か?
 確かに、すぐ飛べそうだけど、整備は必要だ。あそこでやる自信はあるか?」
「死人はいない。
 どうにかなるよ。
 それに、私なら無音で着陸できる」
 アシュリーは、杏奈と瑛太の表情が一瞬で変わる様子を見逃さなかった。
 そして、今日初めて会う薬師昌子が、スカイパークで一定の立場であることが態度でわかる。
 アシュリーが声をかける。
「あの、私、PT6なら整備の経験があります」
「じゃぁ、私と回収に行こう。
 メンバーは私が集める」

 1週間経ずに、大きな変化が出てきた。
 飛行場ターミナルには、通称“子供部屋”とするキッチン、トイレ、バスがない部屋がある。6畳間ほどの広さで、2段ベッドと学習机が2つ。
 若年者を保護した場合の一時的な居室として用意していた。
 この部屋に数人が移動する。
 全員が同じ部屋で寝る、という洋佑たちグループの原則が崩れる。
 そんな原則や不文律がどんどん崩れていく。大仏洋二・早苗夫妻は、普通の生活を求めている。ゾンビ事変以前の状態は無理でも、スカイパークの管理区域内なら普通の生活ができる。
 偽物の平穏だが、それでも安心して眠れる。

 スカイパークは恒常的な住宅不足に苦しんでいたが、付近に散在する物置・倉庫などの建築物を改築・再利用することはなかった。
 分散して生活することは、死人と生人に対する防衛に不利だと考えていたからだ。
 だから、労力をかけて、滑走路と並行に東北東側に住宅地を拡大していく。
 その作業がようやく追い付いたところで、32人もがやって来た。住居問題は、深刻だし簡単に解決する問題ではない。
 栗岡直美が考案した木造ユニットハウスでも、1棟建てるのに数週間もかかる。しかも、資材があれば、だ。
 スカイパークはいつもピンチで、いつもギリギリだ。人口が減った高原は落ち着き、もともとの住環境がある集落は整備の真っ最中。電力以外は何でもある分屯地は、寒さを除けば快適。

 大仏夫妻が個室に移る。夕方になると、年少者が集まってくる。そうなると、手狭だ。
 大仏早苗は、落ち着いた生活ではなく、少し賑やかな環境だった。

 この頃から、洋佑と真緒の対立が顕在化してくる。感情的な言い合いが激しくなり、真緒が洋佑を罵る言葉にメンバーの誰もがドン引きした。
 結果、海人と篤志が明確にとどまることに反対しなくなる。真緒と一緒にされたくないためだ。
 真緒は、海人と篤志の変節を裏切りとした。この時点で、立ち去りたいのは真緒だけとなってしまった。
 真緒は自分から孤立の道を選んでしまった。

 海人は、海の魚を捕るグループの存在を知る。船もあり、太平洋岸でマグロやカジキなどの大物を狙っている。
 参加させてもらう。
 このときは、最高の釣果はキハダマグロで、スズキやカツオも捕れた。
 彼は、自分に向いた仕事だと感じる。出自の違ういくつかのグループの混合で、船は最大船速35ノットの高速船。
 船長は、棚田彩葉という女性。そして、礼文島から来た伏見陽太と小宮良一がいる。
 篤志はクルマ修理の面接を受ける。風間幹夫の口利きもあって、採用が決まった。
 多くが一時的であれ仕事が決まり、それぞれが新たな道を歩み始める。

 真緒は1人取り残された。
 彼女がここまで強行にスカイパークを嫌う理由が、洋佑には理解できない。だから、対応の仕方がわからない。
 真緒は「そのうち、正体を見せるから!」と。

 真緒の主張は要領を得ない。それでも、洋佑は理解しようとしている。
 洋佑が洋二に夜に屋外へ呼び出し相談した際、洋佑は真緒の考えをこう伝えた。
「真緒は、スカイパークが武器を持っていることが気に入らないみたいです」
 洋二もそれは気になっていた。
「確かにね。
 猟銃どころか、機関銃まで持っている。
 対空機関砲とか、とんでもない武器も持っている。私たちが知らないものもあるだろう」
「例えば?」
「ミサイルとか……」
「まさか?」
「いや、わからないよ。
 小耳に挟んだところ、翔愛ちゃんと莉愛ちゃんを助けるためにフェリーを沈没させたらしい。私の理解が間違っているかもしれないけど……」
「えっ!
 船を沈めた……?
 ヒトが乗っていたの?」
「どんな船なのかわからないから、一概には言えないんだけど……」
 洋佑と洋二は、フェリーと聞いて外洋を長距離航行する1万数千トン級カーフェリーを想像していた。
 また、なぜフェリーを撃沈したのかは、考えていなかった。大勢が乗っているフェリーを撃沈したのか、とも考えていた。
「悪いヒトがいることはわかりますけど……。
 だからといって、攻撃していいことにはならないでしょう」
「そうなんだ。
 真緒さんは、それを言っているんじゃないのかな?
 洋佑くんはどう思う?」
「えぇ、真緒はやたらと銃のことを言います。
 真藤さんと国分さんが、大きな銃を持っていることを暴力的だと……。
 他にも銃を持っているヒトが何人もいますよね」
「洋佑くん、私たちは武器を持とうとは思わなかった。ここで言う“死人”が現れたら、逃げることだけ考えていた。
 死人を倒そうなんて、まったく考えていなかった。それと、悪いヒトは植松さんくらいしか知らない。
 だけど……。
 可奈ちゃん、沙奈ちゃん、翔愛ちゃん、莉愛ちゃんは、想像を絶する経験をしたらしい。
 詳しくは知らないけど……。
 尋ねてはいけないほどの……。
 ならば、銃を持っているヒトがいても不思議だとは思わないんだ」
「えぇ、俺もそう思うんですよ。
 生き残った経緯はそれぞれだし、一概に言えないかなって。
 真藤さんや国分さんは、銃が必要な状況にあっただけだと思うんです。
 でも、真緒はそう思わない……」
「このままだと、真緒さんは孤立してしまう。
 何とかしないと」
「大仏さん、真緒には他のことでも引っかかっているようなんです」
「死人のこと?」
「えぇ、ゾンビが病気ではない確証はないって。殺していいはずないって」
「だけど、ウイルス学者さんの説明を聞いたよね。我々の経験と学者さんの説明は一致しているよ。
 それに、死んでから生き返るなんてあり得ない。わずかな例外ならともかく、何千、何万、何億人もが生き返るなんてあり得ない。
 学者さんの説明は正しいと思う」
「俺も、罪悪感からゾンビに暴力を振るわなかったけど、逃げ切れない場合はすると思います。
 できないかもしれないけど……」
「できないかもしれないけどね。
 だけど、すべきときにはするよ。
 真緒さんは、たぶん環境の変化に対応できていないんだよ」
「そうだとしても、支離滅裂で……」
「もう少し様子を見よう」

 真緒は、スカイパークに協力することは不正義だと考えていた。
 だから、仕事はしない。
 校庭兼公園の片隅に置かれている複葉単発輸送機のアントノフAn-2を見に行く。
 子供たちの遊具になっている。エンジンとプロペラは、いまでもついている。
 学校は休憩時間。何人もの子が飛行機を出たり入ったりしている。
 左主翼下翼の付け根に座る男の子が真緒に声をかける。
「お姉さんもパイロット?」
「ううん、違うよ」
「この飛行機、襲ってきたんだ。
 阿修羅大佐の飛行機だよ。
 みんなを殺しに来た」
「そうなの?」
「うん、この実さんと杏奈代表がやっつけてくれたんだ。
 見てたけど、すごかった。滑走路に着陸した飛行機に装甲車で体当たりしたんだ」
「でも、襲ってきたとは限らないでしょ」
「ふ~ん。
 明菜さんの彼氏を殺した連中の飛行機だぞ」
「……。
 でも、同じ飛行機とは……」
「複葉機なんて、メチャ珍しい。
 塗装が同じ。
 シリアルが同じ。
 で、違う飛行機だなんてあり得ないよ」
「そう、なの」
「そうだよ。
 正常性バイアスに取り憑かれたらダメだよ」
「難しい言葉、知っているのね」
「難しくないさ。
 誰でもそうなる。自分の判断が、正常性バイアスに陥っていないかいつも確認しなきゃダメなんだ。
 ピンチのときや重大な判断をするときは、自分の気持ちがどこにあるのか考えるんだ。
 異常な状況なのに、正常だと思い込もうとしたり、異常だとわかっていても、自分は大丈夫だと信じたりしてはダメなんだ」
 10歳くらいの男の子に、真緒は説教されている気分だった。不愉快でたまらない。どうして、これほど腹が立つのかわからない。
 男の子は、たぶん学校で教えられたことをそのまま言葉にしているのだと思う。
 そう理解できるのに、なぜか怒りがこみ上げ、制御できない。
 真緒は、怒りを吐き出せず、飲み込むこともできず、その場を立ち去る。

 その夜、真緒は洋佑に向けて男の子に抱いた怒りを爆発させる。
「私はおかしくなんかない!
 狂ってなんかいない!
 私は正しい!
 この世界が間違っているのよ!」
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