大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚

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第1章 2億年後

01-010 どこで生きていくのか?

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 心美は、クルナ村で暮らしたかった。少ないが友だちもできた。農家のおじさんおばさんは、親切で優しい。
 この気持ちは、シルカよりも強い。
 レスティは父母を失い、生まれた村を去った時点で、放浪を覚悟していた。シルカを頼っていたし、心美と離れたくなかった。

 コムギの収穫まで2カ月となると、村の食糧事情は相応に厳しくなる。
 そんな状況にもかかわらず、都からの使者は特別徴税を伝えた。新たな国主たるシンガザリ王に対して、臨時の税を集めると。
 税は年貢ではなく、銀貨で支払わなくてはならない。銀貨を得るには、作物を売る必要がある。換金作物は、コムギ、オオムギ、ライムギで、野菜は自家消費か交換作物でしかない。
 要求された税額は、各農家の事情にもよるが、すべてのコムギを換金しても、足りないほどの高額であった。

 シルカは、いまや寡婦たちの英雄だった。シルカの暴力的行動によって、死別、離別、未婚を問わず、彼女たちは土地と財産を相続できた。
 村は、彼女たちを女主と呼んだ。
 その女主たちが、シルカの家に集まった。
「そんな税は払えないわ!」
「税を払ったら、何を食べろというの!」
「うちの納屋には、収穫までのコムギしか残っていないの!
 種まき用のコムギまで売ってしまったら、生きていけない!」
「シルカはどうするの?」

 彼女も女主の1人であり、しかも作物の備蓄がない。穀物倉庫もない。税を払えるはずがない。
「使者の首をはねる」
 レスティが慌てて否定する。
「シルカはすぐに剣を抜いちゃうけど、今回は抜かないよ!
 都からの使者も生きて帰すよ。
 税は納めるよ。
 銀貨があればいいのだから」
 レスティが健吾を見る。レスティにすれば、健吾は魔法使いのような知恵がある。物知りで、どんな難問でも解決できる。
「ひまわり油だ。
 この地方では、畑の面積の半分はヒマワリを栽培している。
 コムギはどの村も税を納めるために売りに出す。供給過剰になるから、コムギの値が下がる。
 税は銀貨だから、全部売っても足りなくなる。
 ならば、ひまわり油だ。ひまわり油を売ればいいんだ」
 壮年の女主が健吾を見る。
「ヒトの賢者よ。
 トレウェリでは、ヒマワリはどこの村でも作付けしているのじゃ。
 誰も買ってはくれんよ」
「確かに、トレウェリやアクセニでは売れないね。
 だけど、メルディやヒトのテリトリーならばどうだ」
 ひまわり油は通常、照明・灯火に使われる。食用油としての活用はない。そもそも、エルフの世界には食用油がない。
 2億年後のハチは非常に大きく、ハチの巣から蜜蝋を得ようなんて度胸は、ヒト属にはない。2億年前と同種のミツバチを育てる養蜂家はいるが、彼らは特殊な存在。
 だから、ひまわり油は絶対に必要な灯火用燃料なのだ。それに、ヒトとドワーフは食用油を使う。ひまわり油は、その用途でも使われる。
 同じ女性が問う。
「どうやって運ぶ。
 重い樽を馬車に載せ、ウマで牽いても簡単には運べんよ。買い付けに来る商人は、12頭立ての馬車で運ぶんじゃ。
 そんな大型馬車は、この村にはないよ」
 健吾が反論する。
「あるさ。
 俺たちが持っている。
 2500キロリットルのトレーラーをビッグフットで牽引していく。
 1万5712樽分を1回で運べる」
 若い女主が小首をかしげる。
「聞いた話だけど……。
 ヒトの国では、ここの10倍で売れるとか」
 場がざわつく。
「10倍は無理でも、5倍なら税を払っても、かなり余るね。
 賢者様でも、運び賃はほしいよね」
 別の女性が発言。
「それは、アコやアヤカの領分だよ。
 噂じゃ、若き賢者様は無類の女好きとか!
 賢者であることと、高潔であることとは両立せんでもいいだろう。
 旅先で問題を起こしそうな賢者様は留守番で、乱暴者のコウスケに行ってもらおう。我らからも手伝いを出そう」
 大爆笑になる。

 ヒトの国までの距離はわかっていない。
 健吾は、推定1000キロから2000キロとしているが、実際はわからない。1500キロかもしれないし、3000キロの可能性もある。
 あるいは、数百キロかもしれない。健吾が出す推定値は、しばしば変わる。

 税の支払いは1カ月後。
 それまでに、ヒトの国に行き、ひまわり油を売り、クルナ村に戻ってこなければならない。
 耕介は頭を抱えていた。
「距離がわからねぇんだぞ!
 道があるから、1日50キロ進むとしても、1000キロなら20日かかる。
 余裕を考えると、100キロは走らなければならない。
 な、無理だってわかっただろ!」

 それでも、耕介は準備を始める。軽油とガソリンをトレーラータンクからドラム缶やジェリカンに移し、タンク内を洗浄し、ひまわり油を運ぶ準備をする。

 リズが情報を持ち帰った。
 少佐の診療所には、シルカを襲った8人のうち1人が入院治療を受けていた。その入院患者の親友が介護で残っている。この介護者も襲撃者の1人で、彼は無傷で剣を置き降伏した1人だった。祖先にエルフがいるヒトだ。
 彼は以前、ひまわり油を商う商人の隊商を護衛したことがある。そのヒトの油商人の駐在所がメルディにある。海岸に近い街で、ヒトの油商人はエルフの油商人が集めたひまわり油を、ここで買い集め、ヒトのテリトリーに船で運ぶのだという。
 その街までなら、ウマの常歩で10日くらい。
つまり、500キロから600キロ程度だ。
 ヒトのテリトリーまで運んだほうが高く売れるが、この街でもクルナ村での買い付け値の5倍にはなる、との情報だ。

 リズからの情報を受けた耕介が「現実的だ」と判断し、明日、リズとともに襲撃者に会いに行くことにする。

 耕介の顔を見たヒトの襲撃者は、思わず剣を抜きかけたが、耕介が「見舞いだ」と魚の燻製を渡すと喜んだ。
 この世界でもヒトとドワーフは、魚や動物を食べる。

「アクセニやトレウェリで買い付けたひまわり油は、メルディの商都ホルテレンに運ばれる。
 ここで、ヒトやドワーフの商人がひまわり油を買い付ける。
 ひまわり油以外の産物もここに集まり、ヒトやドワーフの国に運ばれる。
 ひまわり油はなくてはならない灯火油なので、ホルテレンを出るとヒトの国では10倍から15倍、ドワーフの国だと15倍から20倍の金額になる。
 俺は、ドワーフの国には行ったことがないが、ドワーフの仲間からそう聞いている。
 そもそも、アクセニやトレウェリの価格が低すぎるんだ。
 商人に買い叩かれている」
 耕介に撃たれたエルフとドワーフの血を引く襲撃者も、同意する。
「トレウェリの海岸まで行けば2倍から3倍の値になるはずだ。ホルテレンまで行けば、値は跳ね上がるはず。
 この辺りは産地だから安いのだろうが、他の地方や国では違う」

 リズの情報が正しいことがわかると、彼女はエルフの間で知られる存在になった。
 エルフたちもリズの名を覚え、親しく話しかけるようになる。彼女もエルフの言葉を少しずつ覚え始めている。

 ひまわり油を2.5キロリットル集めるには、時期が悪すぎた。ヒマワリの種を収穫する直前だからだ。
 どこも自家消費分と少ししか手持ちがない。だが、特別徴税に悩んでいる農家は多かった。噂を聞きつけた農家の主が「仲間にしてくれ」と申し出た。
 結果、20バレル(1バレル=159リットル)を集める。15バレルはタンクトレーラーで運び、5バレルは木樽に入れて改造ビッグフットの荷台で運ぶ。
 一部は帰りの燃料になる。

 トレウェリの行政府が送り込んできた使者は、農家1軒あたり10グラム相当の銀貨10枚を徴税するとした。
 これを村が各農家の規模に応じて、割り当てる。
 この地方におけるひまわり油の買い付け値は、1バレルあたり10グラム相当銀貨1枚が相場。だが、メルディのホルテレンに運べば、1バレルあたり10グラム相当銀貨5枚になる。2バレルあれば、税を払えるのだ。
 5家族で13バレル(15樽)分を集めた。追加で2家族が6バレルを用意。これで、19バレルになり、1バレルは帰路の燃料になる。
 7家族で19バレル。計画通りなら、10グラム相当銀貨95枚になる。
 1家族が銀貨10枚を納めても、おつりが来る。
 耕介は「いい商売だ」と喜んだが、シルカが「村民のためだ!」と怒った。
 シルカは村はどうでもいいが、村の民はどうでもよくない。それは、言動と態度でわかる。

 ひまわり油の輸送には、耕介と亜子が参加することになり、農家からも要員が出された。その中に、フィオラの弟のエトゥがいた。
 期間の猶予がないので、準備が整うと、彼らは慌ただしく出発する。

 シルカは、亜子と耕介が抜けることで、戦力が低下することを心配する。

 ひまわり油輸送隊が出発した4日後、村に荒れた軍装の兵50が現れた。
 彼らは、村に1軒しかない飯屋を拠点に、村に軍政を施こうと画策し始める。
 1人は村の出身で、村のことは隅々まで知っていた。
 村長と村役は解任しただけだったが、重鎮は4人が引き出され、村の広場で衆人環視のもと、問答無用で首をはねた。
 重鎮が何人いるのか村民はよくわかっていないが、5人か6人と推測されていた。
 1人か2人が生き残っていることになる。
 つまり、独裁体制が確立しかけていた。

 村の占領は、わずか半日で終わった。

 飯屋の娘は、幼い妹を抱いてムギ畑に隠れていた。見つからずにシルカの家まで行き着けるか、不安だったが、成し遂げる使命感を持っていた。
 トレウェリ兵が店に入ってきた瞬間、父親は何かを悟った。
 妻に「何でもいい。食べ物と酒を出せ」と命じ、娘には「裏口から逃げろ。振り返るな。シルカの家に行くんだ」と告げた。
 娘はわけがわからず愚擂ったが、父親に頬を叩かれ「死にたいのか。妹を死なせたいのか」と小声で言われ、尋常でない状況を感じた。

 飯屋には兵10、他は村を回って何かをしている。逆らうと、殺された。
 彼女はそれを見た。
 彼女自身は追われていなかったが、見つからずに村を出るには、西に向かうしかなかった。
 西に大きく迂回しながら、北にあるシルカの家を目指す。できるだけ、ムギ畑の中を通る。時間はかかるが、安全だからだ。
 泣き虫の妹は、なぜか泣かなかった。

 キャンプでは、村に変化があることは察していた。村にトレウェリ兵がいるのだが、自国兵なのでシルカはさほどの心配はしていなかった。
 だが、飯屋の娘が西の坂を上ってくる様子を見て、シルカは疑問を感じた。

「どうしたのだ。
 息を切らして」
 シルカの問いに飯屋の娘は泣き出しそうな瞳を向ける。
「怖い兵隊さんが来たの。
 父さんが逃げろって。
 畑の中に隠れていたの」

 シルカは、彼女と彼女の妹を保護したが、村の騒ぎには無関心だった。
 兵たちは家に押し入って、暴れているようだし、剣を振るう様子も遠望できる。だが、村の中心にある家で、村の権力者たちへの行為なので、彼女の判断は「どうでもいい」だった。
 しかし、彩華は村の周辺地域にある一般の農家への蛮行に発展することを危惧していた。

 彩華が健吾を呼ぶ。
「リズと少佐が心配。
 診療所に行ってくる」
 健吾は、彩華がハンターカブを使うつもりであることを危惧した。
「ムンゴを使え。
 リズのカブは無理に回収しなくてもいい。
 それと、G3を持っていったほうがいい。予備の弾倉も2つはポケットに入れていけ」
「そこまでは……」
「用心をしたほうがいい。
 用心しすぎることはない」

 彩華は健吾の警告を素直に受け入れた。
 健吾の悪い噂は彩華が広めたのだが、そのことに罪の意識と反省はない。
 事実だからだ。
 しかし、よいところは広めない。つけあがるから。
 彩華の健吾に対する感情は、複雑だった。

 健吾は、心美とレスティにトランシーバーを持たせて見張りを頼んだ。
 レスティは大喜びで、トランシーバーで心美とお話ごっこを始める。

 フィオラは、村の外れにいた。ウマに乗ったトレウェリの兵が、パトロールしている。都の兵であることは確実だが、服装は汚れ乱れている。
 本能が警戒せよと知らせている。
 畑の中に身を隠し、しばらく動かないことにする。武器はなく、見つかれば抵抗の術がない。夜まででも待つつもりだった。
 最近、彼女は動かない勇気を身に付けた。

 耕介から健吾に無線で「盗まれたジムニーを見つけたぞ!」と無線連絡があった。
 進路の偵察でドローンを飛ばすと、偶然、フェミ川北岸に数台のクルマが固まっている場所があり、そこにジムニーが放置されていた。
 塗色から盗まれたクルマではないか、とのことだった。
 無線を受けた健吾は、明るく「よし取りに行く」と答えたが、村の異常は伝えなかった。
 耕介の任務もまた、生死に関わる重要なことだからだ。

 リズは、診療所に入ってきたトレウェリ兵に緊張している。
 耳を触られ「ヒトか」と蔑むような声音で言われた。
 モンテス少佐は何も言わず、一切抗わない。
 病室には、耕介に腹を撃たれた無頼がいる。彼の親友もいる。診療所では暴れたくない2人は剣を隠した。
 トレウェリ兵は無頼を見ると「農民には見えないな。何ものだ?」と誰何する。
 無傷の無頼が「旅のものだ。仲間が怪我で、世話になっている。傷が癒えれば、出ていく」と答える。
 疑いの目を向けるが、何も言わない。

 診察室に戻ってきたトレウェリ兵は、リズの腕をつかむ。
「ヒトでもいいか。
 暇つぶしにはなる」
 リズが震え上がる。

 モンテス少佐は躊躇わなかった。
「その子はダメ」
 スターM28自動拳銃を机の引き出しを開けて取り出すと、言葉を言い終わる前に撃った。

「さぁ、逃げましょ」
 モンテス少佐は、2人の無頼を促して、診療所の外に出す。1人は支えられないと歩けない。
 リズが「見て!」と指を指す。

 彩華は銃声を聞いたように感じ、先を急ぐ。診療所から4人が出てくるのが見える。
 リズがムンゴを認めて、指を指す。
 彩華が強めの制動をかけて止まると、モンテス少佐が「ちょっと待ってて!」と彩華に告げる。
 リズを含めて、3人を後部荷室に乗せると、少佐が戻ってきた。
 手にはバトルライフル。
「弾ある?
 ちょうだい!」
 彩華は弾倉を1つ渡す。
 少佐は弾倉を値踏みして、命じる。
「この道の先にある農家に向かって!」
 彩華に有無を言わせぬ迫力だ。

 農家から3人のトレウェリ兵が出てきた。2人は服装を整えている。
 だが、ムンゴを見て怯える。
 彩華は激しくクラクションを鳴らす。
 3頭のウマが怯えて、激しく暴れる。トレウェリ兵は、ウマの制御に手こずり、邪魔者をどうにかする余裕はない。

 ムンゴが止まる前に少佐は車外に飛び出していた。
 農家の屋内に入る。
 すぐに出てきて、一切の躊躇いなくバトルライフルを撃った。
 トレウェリ兵は、剣を抜く余裕さえなかった。

 少佐が運転席の彩華に命じる。
「お母さんの家に行く」
 シルカが気にしている母娘の家に行けと命じる。

 家の前につくと、母娘は家から飛び出してきた。
「あぁ、助かったぁ~」

 モンテス少佐が早口すぎて、意味がよくわからない。しかも、スペイン語だ。
 彩華が落ち着かせると、ようやく英語に切り替えた。
「難産だったの。
 でも、母子とも無事で、夫くんはとても喜んでいた。
 それなのに……。
 赤ちゃんは土間に叩き付けられたみたい。
 夫くんは刺されていて、傷の様子からするとしばらくは意識があったと思う。
 奥さんはお産を終えたばかりなのに、トレウェリ兵に……」
 彩華が怒る。
「許せない!」
 少佐も怒る。
「許せない。
 乗り込んで、痛い目に遭わせましょう」
 彩華が同意。

 シルカが健吾に「止めなくていいのか?」と尋ねる。
 健吾は「止まらないよ」と。
 続けて「全部は倒せないだろうから、シルカも手伝ってあげてくれる?」と助力を乞う。
 話を聞いていた無傷の無頼が「俺にも手伝わせてくれ。あんたを狙った詫びの印だ」と助力を申し出る。
 シルカは「仕事だ。殺すのも、殺されるのも、仕事。どうであれ、恨みはない。
 我らはそういう生き物だ」と答える。
 無頼はそれほど達観してはいないが、シルカの強さならそう思うしかないかと思う。

 飯屋の娘は「30人くらい見たよ。もっと多いかもしてない」と報告し、村の全域を半日で占領したことから、50人はいるものとシルカは推測した。
 何人かは倒したが、正規兵50を4人で襲撃するなど正気とは思えない。
 無頼は安易に協力を申し出たことに、後悔を感じていた。

 飯屋に陣取り、ただ食いを満喫している指揮官は、村の占領に満足しているが、若い村民の相当数が逃げたことに、若干の不安を感じていた。
 彼自身、村の中心にあった鍛冶屋の弟子が大槌を振るって、部下2人の頭を割り、西に逃げる場面に出くわしていた。
 鍛冶屋の主を締め上げて「弟子はどこに行った?」と尋問すると、主は「ムギ畑の中だ。あいつは、あんたたちを殺しに戻ってくる」と自信たっぷりに言った。

 村の南では、長大な槍を振り回す大男によって、3人が負傷していた。
 巨漢なだけでなく、明らかに戦闘訓練を受けていた。
 農家に押し入った部下の中には、足を短い矢で射貫かれ、その隙に小娘が逃げた例もある。
 この村がシンガザリ軍の歩兵小隊を退けたことは知っているが、その情報を信じてはいなかった。
 農民にそんな戦闘力はない。村出身の部下も「村には元正規兵はいないし、戦闘訓練なんて見たこともない」と報告している。

 しかし、指揮官は「何かがヘンだ」と感じ始めていた。
 腕が立つ軍隊の経験者が数人いるだけなら理解できるが、それとは違うように感じる。無頼なら、とっくに逃げている。

 モンテス少佐が作戦を説明する。
「私とアヤカが裏口から飯屋に入る。
 主夫婦の無事を確認し、安全を確保した上で、攻撃を仕掛ける。
 何人かが逃げ出すが、シルカたちで向かい討ってくれ。
 作戦は単純だが、飯屋に何人いるかが問題になる。どうであっても、指揮官は仕留めたい」

 西の畑に逃げた若者数人は、シルカがいる丘のキャンプからムンゴが出る様子を見ていた。
 彼らは連携していなかったが、一斉に村に戻り始める。

 南の森に逃げた若者は多かった。ただ、ここからでは村の出来事がわからない。
 こういった場合の作戦は、あらかじめ決められていた。
 村から南に向かう街道と間道を封鎖し、ここを通ろうとする敵を各個に撃破する。
 彼らは任務に忠実で、彼らの家族は侵略者・襲撃者に対して抵抗しないことも決められていた。
 尋問には偽りなく、即座に答えることも村民に徹底されていた。
 村内では無用な摩擦を避け、侵略者・襲撃者には従順に従うことが決められている。

 飯屋の主は何発か殴られたが、それだけだった。妻は怯えているが、危害は加えられていない。
 指揮官に家族構成を尋ねられ、「私と妻、10歳と2歳の子」と答えた。
 指揮官が「子供はどこにいる?」と問い、飯屋の主は「シルカの家に逃がした」と正直に答える。
 指揮官が「何者だ?」と訝ると、飯屋の主はニヤリと笑った。
「悪魔も逃げ出すほど強い。
 亡霊だとの噂もある。
 あんたたち、早く逃げないと、皆殺しにされるぞ」
 指揮官が声を出して笑う。そういった農民の戯言はいままでも聞いていた。聖霊に守られた戦士、妖精の化身、荒ぶる神の使徒、抵抗の術がない農民は、そういったスーパーヒーローを求めてしまうのだ。
「ぜひ、会ってみたいな」

 彩華とモンテス少佐は、飯屋の勝手口からすでに侵入していた。
 厨房にいた飯屋のおかみさんは、少佐の指示で屋外に出た。

 飯屋の主は、狭い厨房に彩華と少佐がいることに驚き「妻は?」と問う。
 少佐が「外だ、主殿も逃げてくれ」と。彼は「店は?」と心配するが、少佐は「みんなで立て直せばいい」と慰めた。

 彩華が厨房からホールにつながる細い通路に立つ。
 少佐は厨房からホールを覗く小窓から銃身を出す。
 彩華は少佐の発射を待つ。

 少佐が発射すると、彩華も発射する。少佐のセトメ・ライフルは30発弾倉で、彩華のG3は20発弾倉だった。
 2人で50発。フルオートで撃ち切った。
「交換!」
 彩華は弾倉を交換し、ホール内に入り、息のあるトレウェリ兵を見ている。
 少佐が厨房から出てきて、躊躇わずにとどめを刺す。
 ドンという銃声に彩華がビクッとするが、少佐は平然としている。
「この世界では、躊躇ったら死ぬ。
 覚悟しなさい」
 彩華にも覚悟はあるが、一瞬躊躇った。その一瞬が死につながることを知っているが、このときはひ弱な兵たちが死ぬ予感さえせずに黄泉に旅立つことを気の毒に思ってしまった。

 飯屋には30人ほどがいたが、店内の死体は21。兵10ほどが表の出入口から逃げた。

 いい天気で、シルカは太陽を背に、飯屋からトレウェリ兵が出てくるのを待っていた。
 暗い飯屋内から飛び出したトレウェリ兵は、午後の強烈な太陽光で幻惑された。
 この時点で、シルカの勝利は決まっていた。剣を抜く前の兵の喉を突き、剣を引き抜くと同時に、もう1人の兵の首を斬った。
 攻撃に転じた兵2の斬撃を剣で受けてかわし、1人の胸を突き、4人目は頭上に剣を振り下ろした。
 1分かからずに4人を倒していた。

 助太刀の無頼も強かった。正規兵の剣技とは異なっていて、技巧に流れずパワーで押し切るタイプだ。
 無頼の斬撃を剣の腹で受けたトレウェリ兵は、剣ごとはじき飛ばされる。その間隙を突いて突きかかってきた別の兵の切っ先の下にに自分の剣の腹を置き、敵兵の剣を跳ね上げると肋骨の真下を突く。
 別の兵の刺突を体を交わして避け、別の兵に敵兵をぶつける。兵2人が古樽にもたれたところを、一閃で叩き斬る。

 地下室に隠れていた若い村民は、長槍を握っていた。トレウェリ兵を背後から襲い、槍の穂先が背中から腹に貫通する。
 シルカは農民たちに「相手は正規兵だ。毎日人殺しの訓練をしている。おまえたちは毎日畑を耕している。どう足掻いても勝てやしない。だから、背後から襲え、1人に3人でかかれ。殺してしまえば、正規兵もただの骸だ」と教えていた。
 また、彼らに「戦〈いくさ〉に卑怯はない。勝てばいいんだ」と。

 乱戦で矢を射ることはできない。
 クロスボウを構える村民は、包囲するだけ。旅籠のコックは、巨大な包丁を構えているが、彼が割り込む余地はない。
 この戦いは、トレウェリの敗残兵と、シリカ、無頼、長槍の村民の白兵だ。

 立っているトレウェリ兵は、2人。1人は指揮官、もう1人は村の出身。

 指揮官は剣の腕には自信があった。ここで、倒れることは決まっているが、農民の槍で突かれることは死以上に忌避したい。
 長い銀髪で透き通るような肌の女性は、明らかにどこかの国の正規兵だ。彼女を倒して、農民の槍の餌食となるか、武運つたなく彼女に倒されるか、どちらにしても名誉の死だ。
 正々堂々と戦っての死となる。
 無精髭の男性は、剣の腕はなかなかだが兵士ではない。だが、戦い慣れしている。兵士や戦士以外に、彼は自分の生命を渡したくなかった。
「女、どこの兵だ」
「どこでもいい。おまえには関係ない」
「脱走兵か?」
「それがどうした?」
「勝負を申し入れる!」
「断る」
 シルカの意外な答えに、指揮官は絶句する。申し入れられた勝負を武を志したものが断るなど、あり得ない。
 シルカが長槍を持つ村民に目配せで促す。
 指揮官は、小柄な村民に背後から太股を刺されて動きを封じられ、巨漢の村民に脇腹を刺され、背中から刺され、胸を刺されて絶命する。

 村出身の兵は、恐怖で顔が歪む。そして、あろう事か総司令官から拝領した剣を捨てた。
「頼む、殺さないで……」
 命乞いを始める。
 命乞いは正当な権利だ。だが、それに見合う代償を支払わなければならない。
「誰に指示されて村に来た?」
 シルカの問いに間髪入れず答える。
「親父だ。
 親父が俺に仲間を連れてこいっていったんだ。あんたを殺せって」
「親父とは、おまえの父親のことか?」
「そうだ。そうだよ」
 飯屋の親父が怒る。
「おまえの父親だと!
 俺が殺してやる!
 俺の店を滅茶苦茶にしやがって!」
 シルカがなだめる。
「こいつの親父殿は富者か?」
 鍛冶屋の親方が答える。
「村で2番目のな!
 きっと、村を裏で操っていたんだ」
 シルカが微笑む。
「ならば、その富すべてで賠償させればいい。殺されたもの、怪我したもの、店を壊されたもの、そのすべてを銀貨で購わせろ。
 村全体の臨時の税の足しになろう?」

 村で2番目の富者は震え上がっていた。
 彼が雇っていた用心棒たちは逃げてしまったし、身を守る術はなかった。
 村民が母屋や蔵を物色し、金貨と銀貨を集め、金目のものを引き出し、村で商いを営むものたちが、帳簿を付けていく。
 略奪ではない、没収だ。

 日没間近、南に向かう街道に、数時間前まで、村で2番目の富者だった家族がいた。
 トレウェリの兵だった自慢の息子、隣村の金持ちに嫁入りが決まっていた娘、老いた先代夫婦、そしてこの事態を招いた主と妻だ。
 ウマに乗ったフィオラが「行け」と促すと、無一文となった家族が南に向かって歩いて行く。

 シルカと無頼は、キャンプに戻っていた。
 無頼は少佐に「この村に残る方法はないかな」と相談している。
 シルカはG3をいじり回している。
「治療師殿とアヤカがいなければ、この戦いは負けであった。
 治療師殿は生命を助けたり、殺したりと忙しいな」
 少佐が苦笑いする。
「生かすより、殺すほうが簡単だからね」

 健吾は、生きていく場所を真剣に考えるべき時がきたように感じていた。
 この村よりも条件のいい土地があるだろうか?
 そう感じ始めている。

 ひまわり油の販売に向かった隊は、納税期日の3日前に戻ってきた。
 ヒマワリの収穫直前だったこともあり、品薄で、そこに20バレル分もの大量商談となって、ヒトの油商が買い付け競争を始めてしまった。
 粘ればもっと高値になっていただろうが、納税の期日があることから、1バレルあたり10グラム銀貨6.5枚となった。
 この破格値で、130枚もの銀貨を手にする。

 トレウェリの敗残兵を見て、村から逃げ出していた、都の使者が戻ってきた。
 使者が命じた通りの税を納め、水さえ飲ませずに追い返す。

 耕介はシルカの許可を得て、南側ムギ畑の一画に囲いを作り、4本の苗木を植える。
「どっちがモモ~?」
 心美の問いに耕介が「こっちがナシで、こっちがモモ」と答える。
 心美が「モモはいつ食べられるぅ~」と尋ね、耕介が「3年か4年かな」と答える。
 心美が少し残念そうな表情をする。

 亜子は、耕介が苗木を植えたと知ると、家の心配を始める。彼がここに居着くなら、亜子もそうするつもりだった。
 亜子は「耕介が住む場所を決める」とかねてから言っていた。
 健吾が「油商になろうと思う」との発言を、彩華は賛成している。畑を借りてヒマワリを育て、種からひまわり油を採取してホルテレンまで運び、ヒトの油商に売る。
 他の農家からもヒマワリの種を仕入れる。ひまわり油を採取する工場を建設しなければならないし、効率のいい採油装置を設計しなければならない。
 すべきことは多く、時間は短かった。

 シルカは、村にとどまるつもりらしい。健吾が「油商はどうかな」とシルカに相談すると、彼女は「ならば、私を用心棒に雇え」と答えた。
 彼女には、畑を耕す意志がない。

 何となくだが、亜子、彩華、心美、耕介、健吾の5人は、この村にとどまる意思を固めていった。
 放浪は終わり、2億年後の定住生活が始まった。
-完-
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