大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚

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第3章 競争排除則

03-028 異物として

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 健吾は「俺たちは異物だ。ヒトとヒトの近縁種、そしてヒトが連れてきた家畜は、2億年後の地球においては存在してはならない生き物なんだ」と言っていた。
 だが、同時に「だからといって、黙って滅びる必要なんてない。足掻いて、暴れて、抗って、生き残ってやる!」とも。

 耕介は健吾の崇高な意思を、この瞬間感じていた。
「いいねぇ。
 最高じゃん」
 ピーターが憤慨する。
「村役様のじゃないからね。
 フリッツ先生が僕のために作ってくれたんだからね!」
 アイリスが否定する。
「違うよ!
 私のために作ってくれたんだよ。
 私のバイクがないから、私のために作ってくれたんだよ!」
 姉弟げんかが始まる。
 だが、耕介にはどうでもいいこと。
「最高じゃん」
 そして、スリーホイラーが走り出す。

 フリッツは、鋼管フレームに排気量250ccのバイクのエンジン、トランスミッション、サスペンション、タイヤなどのパーツを流用して、3輪の超小型車を作った。
 ボディは木製成型フレームに合板を貼っている。非常に滑らかで、美しい。そのはずで、隣村のワゴン馬車製造業者の作だ。
 クラシックロードスターのようなスタイルで、シートはシェルチェアの座面を利用している。

 小さいクルマに大柄な男が乗る姿は、滑稽だった。

 耕介は最近、健吾の言葉を唐突に思い出すことが増えた。それも、前後の脈絡なく、会話の一節が蘇る。
 麦畑を見回っていて、ふと健吾との会話が脳内に響いた。
「フェミ川南岸のエルフとコフリー川北岸のドワーフには、特別な任務がある。
 それは、ヒト科ヒト属の住地を守ること。ここは貧相な生物相でできている。わずかな油断で崩壊する。
 戦争なんてもってのほかだ。
 意識して守らないと、環境は簡単に破壊されてしまう」
 これを思い出したとき、耕介は健吾が戦争に反対する意見を開陳したのだと感じた。
 だから、深刻には考えなかった。

 館に戻ると、見慣れない馬車が止まっている。質素な軽量ワゴンだ。
 来客は旅装束のエルフ。御者役が2人、交渉役が2人。エルフ界最西端の村からの来客だ。
 4人は応接間で待っていた。
 一番若い男性が話す。
「村役様、突然うかがいまして、申し訳ございません」
「いえ、遠路はるばるありがとうございます。旅籠もない街道ですから、たいへんな旅だったでしょう」
「村や集落の会所に泊めていただきました」
「このたびは、どういったご用件でしょう?」
「ウマなしで走る、大きな箱車を村民が見ております。
 その箱車が、恐ろしきシンガザリの兵を震え上がらせたと。また、娘を連れていた村民が助けられたと、聞き及んでおります」
「確かに、そういったことはありました。
 が、何かをしたわけではないのです。
 道を走っていただけで……」
「そこなのです。
 道を走っているだけで、シンガザリの兵が恐れおののき道を開けることなどないのです。
 私たちの村は小さく、辺境で、誰も守ってはくれません。自分たちでは、シンガザリには抗えません。
 妻を殺されても、娘を犯されても、泣くことしかできません」
「はぁ……」
 ここまで聞いて、耕介はイヤな予感しかしなかった。
「ある村が、どこの村かはわかりませんが、村役様にわずかな畑を献上したところ、守っていただけるようになった、と聞いたのです。
 畑を献上いたします。
 どうか、我が村をお守りください。
 我が村は辺境ですが、辺境だけに代々受け継がれた役目がございます。
 フェミ川北岸の魔から守ること……」
 健吾の「意識して守らないと、ヒト属のための環境は簡単に壊れてしまう」が蘇る。

 ドアの横で立って聞いていたシルカが声を発する。
「シンガザリ兵の数は?」
 シルカの声に一番若い男性が怯える。シルカには禍々しい雰囲気があるからだ。
「200から300くらいかと……」
「1個中隊規模だな。
 よし、支度する。
 私と亜子で始末してくる」

 シルカはクルマの運転に目覚めてしまい、タトラ8輪駆動も自在に動かせる。亜子はもともとクルマ好き。何でも動かせる。

 御者役2人が残され、交渉役2人はタトラに乗せられた。

 シルカと亜子は10日後に戻ってきた。
 シルカは「徹底的に踏み潰してやった。剣を振るうよりもおもしろかった」と無感情に言い、亜子は「襲撃は夜明け前に限るねぇ~」と微笑む。
 亜子は「3個中隊は壊滅させた。チュウスト村以西のシンガザリ軍は壊滅したと考えていいよ」と断言する。
 耕介が「畑はどうした?」と問うと、シルカが「もちろん辞退した」と答える。
 耕介が残念な顔をすると、亜子が「小さい男だな。おまえは」と軽蔑の眼差しを向ける。 耕介は叫んだ。
「燃料はただじゃないんだぞ!
 畑が増えれば、収穫も増えるし、村を跨いで土地があれば、広域に発言できるようになる!
 少しは考えろよ!」
 シルカが冷たい目を耕介に向ける。
「我らは、もっと深いところを見ている」
 いや、絶対に何も見ていない。暴れ回って、ありふれた日々のストレスを発散しただけ。
 亜子が耕介を黙らせる。
「健吾なら、そんな小っちゃいこと言わないけどね」
 健吾なら、亜子とシルカを黙らせている。しかし、耕介にその力はない。

 数日後にわかったことだが、亜子とシルカが壊滅させた3個中隊には死傷者はほとんどいなかった。少なくとも轢死はいない。
 ただ、各中隊の野営地を徹底的に踏み潰したので、シンガザリ兵はすべての装備を失ってしまった。
 着の身着のまま、靴やズボンを履かずに逃げた兵も多かった。
 剣を持って逃げた少数の兵は立派だった。

 装備を失い、散り散りとなった兵は、各村の男衆に追われることになる。
 落人狩りだ。
 散々暴れた分、等価の仕返しをされる。剣や槍で突かれるのは幸運。撲殺でも不運ではない。
 捕らえられれば、火責め、水責め、土責めなど、あらゆる拷問で殺された。
 洗濯物を盗んで、軍服を脱ぎ捨てて、故郷を目指すシンガザリ兵も多かった。
 脱走だ。
 3晩で3個中隊壊滅は、シンガザリ軍上層部に衝撃を与え、下級将校と下士官・兵は動揺する。
 シンガザリ軍アクセニ方面軍は、将兵の士気低下に苦しむことになる。士気の低下と同時に、軍紀が緩み、抗命、脱走、軍需品の窃盗、上官への暴力が多発する。

 亜子とシルカは、これを狙っていたのか?
 そんなはずはない。
 2人には巧妙な策をめぐらすような、精神構造はない。

 チュウスト村以西では、各村の村長までが耕介を「村役様」と呼ぶ奇妙な関係が生まれていた。
 同時に、シンガザリ軍に恭順した村々は、非恭順派の村々との対決姿勢を鮮明にし始める。
 3個中隊壊滅事件がきっかけとなり、アクセニは、完全に分裂してしまった。南西3分の1ほどの村々は、シンガザリ王に忠誠を誓い、国王に収穫の6割を税として納め、属領となることを承諾してしまう。
 非恭順派の村々は、東エルフィニアへの加盟と東エルフィニア軍の駐留を求めた。

 健吾は耕介に「いずれ、エルフィニアとシンガザリの戦いになる」と予測したことがあるが、その通りになってきた。
「永遠に終わらない戦いになる」
 健吾は「シンガザリ王家が絶えるか、シンガザリという国家が自壊しない限り、戦争は終わらない」とも言っていた。
「あいつが予言した通りになってんじゃねぇか」
 耕介は憂鬱だった。

 クルナ村の村役会は紛糾している。
 耕介たちが持ち帰ったタトラ8輪駆動トラックは、村では「タトラ」と呼ばれ、その存在は誰もが知っていた。
 そして、とんでもない積載量があることも。ひまわり油用のタンクの製造法までが、村中で議論されていた。
 耕介の意向は、完全に無視されている。

 ゴンハジは、2トントラックに満載したヒマワリの種を2回運ばせていた。
 運んでくるのは、次男のユウキとエルフの護衛。だが、1回の輸送で2トンしか運べないのは、非効率だった。
 ユウキが1人で運んできた6輪駆動トラックは、ベースは明らかに軍用車だった。
 耕介はフロントグリルを見て、もとの車体の推測ができた。
「もとはダッジのピックアップだな」
「そうらしい。
 何でわかった?」
「ボディがオリジナルと同じだ。
 しかし、この年式に6輪はないはず」
「やはり、詳しいんだな。
 クルマに」
「何でもわかるわけじゃない。
 で、ユウキ、その改造車を何でここに運んできたんだ?
 しかも、空荷で……」
「この食堂は明るくて、素晴らしい。
 こんな館は、どこにもない。アクセニの自称国王陛下だって、これほどの宮殿には住んでいないよ」
「ユウキは、国王陛下の宮殿に行ったことがあるのか?」
「ないね。
 だけど、アウロラたちから聞いた。虫酸が走るような場所だ。
 で、コウに頼みがある。
 俺が運んできた改造6輪トラックを直してほしいんだ」
「修理しろ、ってか?」
「そうだ。
 俺たちじゃ手に負えない。
 ここまで、どうにか走ってきたんだ。
 直してくれ」
「ダブルキャブのピックアップじゃたいして積めないぞ。しかも6輪。タイヤハウスの出っ張りで荷台が極端に狭い。役には立たない」
「トラクターとして使う。
 エンジンはデトロイトディーゼル製V型8気筒ターボディーゼルで、500馬力を出す。
 オートマだし、フルタイムの6輪駆動だし、シャーシは頑丈だから、5トントレーラーを3台引っ張れる」
「で、どこが悪いんだ?」
「それがわからないんだ。
 わかれば自分で直すさ」

 耕介は心が疲れていた。健吾を失い、今後が心配でたまらない。
 少し休みたかった。フィオラと亜子にだけ伝え、ユウキと一緒にフェミ川北岸の物資集積基地に向かった。

 ダッジ・ラムトラックのキャブを被せた改造6輪トラックは、旧式ウェポンキャリアのダッジWCのシャーシを使っていた。
 つまり、シャーシとボディは同じブランドではあるが、製造年代がまったく違っていた。シャーシは1940年代の製造、ボディは2010年代後半の製造だった。
 80年の差を埋めるように、シャーシとボディの結合は巧妙だった。そして、正常に分解できた。

「驚いたな。
 巧妙に辻褄を合わせている。やっつけ仕事じゃないし、見事に設計されている。
 21世紀の快適性と20世紀前半の過剰な堅牢性を完全に融合している。
 シャーシのここは、さらに強度を高めているんだ。
 それと、このシャーシは使われたことがない。博物館とか、車両基地とか、倉庫か、そんな場所で飾られるか、保存されていたんだ。
 つまり、新品同様だったんだ。
 そのシャーシに、新品かどうかはわからないが、年式の新しいボディを架装した」
「で、どこが悪いんだ?」
「ユウキが疑っている燃料噴射装置ではなく、燃料ポンプだと思う。
 電磁ポンプがあるから、取り替えてみよう」
「その前に、部品代はいくらだ?
 支払いできないかもしれないから……」
「心配するな。
 おまえの出世払いだ」
「出世払い?」
「村長にでもなったら払ってくれ」
「ならなかったら?
 いや、たぶんなれない。
 俺、自慢じゃないが兄貴と違い人望がないんだ」
「払わなくていい」
「よし!」
「おい、ヘンな方向に頑張るなよ」

 シャーシに直結するバンパーなどはダッジWCのままで、ボディはダッジ・ラムという奇妙な小型6輪トラックは、燃料ポンプの交換で息を吹き返した。
 耕介は電磁ポンプに加え、電動ウィンチをプレゼントする。
 塗色はマットなダークブラウンなのだが、軍用車にはまったく見えない。

 彩華は回復していないのだが、彼女はクルナ村から離れたがっていた。
「どこにいても、お風呂にもトイレにも健吾の匂いがあるの!」
 彼女は健吾の面影を追わず、健吾の痕跡を恐れ始めていた。
「私が彼を殺した!」
 そう口走ることさえあった。
 モンテス少佐は「効果があるか、わからないけど、転地療養って方法もあるけどね」との案も、どこに行けばいいのか皆目わからない。

 フィオラが耕介に「アヤカだけど、しばらくでいいんだけど、ユウキの村で生活はできないのかな。ケンは行ったことがないわけだし……」と提案してみた。
 しかし、深く考えたわけではない。
「不便な村だ。
 昔のクルナ村よりも不便だよ」
 フィオラはそれ以上、何もいわなかった。

 館では、フラーツ村の元戦士、シルカの元同僚シーラが「タイシが好きに違いない」と噂になっていた。
 すでに蓮太を籠絡したと。

 フィオラの案は亜子に伝わり、亜子が彩華に打診する。
 彩華は首を縦に振る。
 亜子が耕介に「私が一緒に行く。ダメなら連れて帰る、亜子の様子が落ち着くなら、私だけが戻ってくる」と。
 すると、シルカも同行すると。
「ジムニーで行く。
 亜子が彩華に付き添い、私がジムニーで同行する。
 彩華にいい様子があれば、私と亜子は戻ってくる」

 ユウキが帰路につく日の早朝、彩華の転地を知ったナナリコも同行を申し入れた。
「お風呂、造ってやらないと」
 仕事は弟子たちに任せるそうだ。
 頭数が増えたこともあり、ジムニーではなくムンゴ装甲トラックを使うことになった。

「必要ないとは思うが、ブローニングを積んでいけ」
 耕介の意見に亜子が頷く。
「G3とレミントンを借りていくけど、いい?」
 亜子が同意を求めたことが気になった。
「あぁ、必要なものは何でも持っていけ」
「彩華のために、ハンターカブ、いい?」
「もちろんだ」

 ハンターカブは、ユウキの6輪ピックアップの荷台に積んだ。それと、ジェリカン5缶のガソリン100リットル。これで当分の間、ハンターカブは走れる。

 フラーツ村周辺は、長らく盗賊に悩まされていた。シンガザリとの戦いが始まると、治安がひどく悪化し、盗賊の跋扈は極限に達した。
 この状況において、フラーツ村は近隣2村の村民を含めて、環濠砦内に立て籠もった。
 砦周辺の農地のみを耕作し、最低限の作物を育て、食料にしている。
 何年も耐えられる策ではないが、数年程度はどうにかなる。
 そして、そろそろ限界に達していた。
 今秋の作付けは、全農地で行うつもりだ。その前にヒマワリの種を売り、資金を整えたい。
 その一策がユウキの小型6輪トラック修理だった。

 ゴンハジは意外な大人数の来訪に驚くが、彩華をしばらく預かるよう依頼され、それも驚く。

 シーラは太志の姿を探すが、いないことに気付き、誰にも悟られないよう肩を落とす。

 フラーツ村に迷惑をかけられないので、彩華の住まいとしてキャンピングトレーラーを牽引してきた。
 これが、彩華の当面の住まいになる。
 しばらくは、亜子も滞在する。

 彩華の立場は、クルナ村輸送隊の中継基地要員となっていた。つまり、フラーツ村に駐在して、輸送隊への便宜を図ることだ。
 彩華にその任務が可能かはわからないが、その名目でないと派遣できなかった。

 フラーツ村には会所がなかった。集落は1つで、家屋が広域に分散している。村長はいるが、村役はいない。村の行政実務を担う職員もいない。
 典型的なエルフの小村だ。周辺の村々も同じで、外敵への対応にはまったく向いていない。
 ゴンハジが柵と空濠をめぐらした砦を造らなければ、完全に蹂躙されていた。
 村に武器はなく、村民は戦い方を知らない。
 ゴンハジが流れ者として立ち寄った3人の元奴隷兵を雇わなければ、砦も陥落していたはず。
 砦を守り切っていたから、近隣2村が合流に同意した。頭数が増えれば、戦いようが出てくる。
 防戦一方だったが、盗賊、野盗、野伏〈のぶせり〉の襲撃からはどうにか対処できていた。

 だが、ユウキがクルナ村に出向いていた間に状況が変化した。あまりの状況変化に、亜子、シルカ、彩華、ナナリコが驚いた。

 その夜は、砦と化したフラーツ村中心部に住む全員が広場に集まっていた。
 村長が「我らは危機にある!」と叫ぶ。
 ゴンハジが引き継ぐ。
「過去、我らは盗賊、野盗、野伏に何度も襲われてきた。
 ここ数年、油断せねば、どうにか退けられた。
 だが、今回は違う!
 相手は、アクセニの滅亡小王国軍正規兵だ。頭目は姫と呼ばれていたから、王族かもしれない。
 全員騎馬で、その数は50。
 我らでは太刀打ちできぬ。
 ならばどうするか!
 道は2つ。
 野盗の言うがままになるか、村を捨てるかだ!」

 村民は反応しない。
 ゴンハジに第3の道を期待しているからだ。
 だが、彼にも有効な策はなかった。
 常識的には、いったん逃げるしかないと判断している。
 組織力、戦術、個々の戦闘力、機動力、戦闘員の数、そのすべてで勝る敵とは、戦いようがない。

 彼には無謀な策があった。
「その2つの道のどちらにも進みたくないなら、他の道が1つある」

 ゴンハジは、1分近く間を置く。

「攻める!
 連中は西の集落にいる。わずかに10戸。そこしか、家は残っていないからな。
 他は全部、野盗に焼かれた。
 集落は東西の1本道。東からではなく、迂回して西から攻める。
 弓や剣は使わない。
 ガソリンとひまわり油を混ぜた油を、ワイン瓶に混ぜて投げつけるだけだ。
 我らにもできる。
 連中を焼き殺す!」

 勝算はあるだろうが、フラーツ村には2台しかトラックがない。それと、ワイン瓶をかき集めても、何十本もある村ではない。
 作戦としてはありだが、現実的ではない。

 作戦決行の前日、半鐘が鳴り響く。
 カンカンカン、カンカンカン。

 柵の出入口は南北に各1カ所ずつ。
 北側に野盗ではない装備の騎馬50がやって来る。

 村長とゴンハジが、柵の外に出る。

 亜子が柵の近くまで行き、声を拾い、無線に乗せる。
 髭に白いものが混じる騎兵が馬上から村長とゴンハジを見下ろす。
「期限は明日だ。
 準備はできたか?」
 村長は下出に出る。
「どうか、明日までお待ちください。
 ご所望の若い娘を選んでおります」
「選ぶほど、おらぬであろう。
 逃がせば、姫がおまえに死をたまわる。
 覚悟せよ」

 彩華はレミントンM700を抱えて、半鐘櫓に登っていた。
 櫓で見張りをしていた10歳代前半の少年は、彩華のそばでどうしていいかわからなかった。
 櫓からウマに乗る姫までは、250メートルある。弓矢の射程外だ。姫は、騎馬縦列の中央付近にいる。
 彩華が少年に伝える。
「男って、バカだから、エロ系のかわいい子を殺せないんだよね。
 きみも、あのおねぇさんの胸にナイフ突き立てられないでしょ」
 少年が激しく頷く。
 彩華が続ける。
「ナイフは刺せないけど、おっぱいは吸えるでしょ」
 少年が困惑する。
 彩華が微笑む。
「でも、女は違うんだよ~。
 平気で殺せる」

 彩華が発射すると、姫は首から赤い液体を噴き出しながら、馬上から崩れ落ちた。
 彩華が3発を撃ち終えると、ようやく亜子が動き始める。
 村長とゴンハジに「伏せて!」と叫んだ。村長は棒立ちになってしまったが、ゴンハジが抱きついて、地面に押し倒す。

 亜子には誰が撃ったのか見当がついていなかった。シルカの可能性が高い。アクセニの小王国王族が大っ嫌いだから。
 しかし、戦慣れしているシルカが、感情で動くはずがない。

 亜子が撃ち始めると、ゴンハジの長男タクマも発射する。
 だが、タクマはすぐに弾切れ。

 残された死体は、姫だけだった。
 半分以上が負傷しただろうが、死者は姫だけ。首を撃たれた姫は数分間苦しみながら生きていたはず。

 ユウキが小型6輪トラックを出して、荷台にタクマと村民が乗り、追撃を開始する。
 アウロラ、シーラ、ヘンリカの保安官補は、ウマで追う。

 ゴンハジの息子は、ウマ10頭を戦利品として持ち帰ってきた。
 捕虜は5。
 髭に白いものが混じる男もいる。疲れ切っていて、別人のように見える。
 ゴンハジが脅す。
「おまえたちは、この村を襲えばどうなるか盗賊たちに教えるため、柵に縛り付け、飢え死にさせる」
 若い兵が泣き出す。
 ゴンハジが続ける。
「アクセニの食い詰め浪人が、なれないことをするからだ。
 戦〈いくさ〉と盗みの違いもわからなかったのか?」
 髭の男がうな垂れる。
 だが、命乞いはしない。
「なぜ、姫を殺めたのだ」
 ゴンハジは、当然のことを言う。
「頭目を倒せば、統率は乱れる。
 戦とは、そういうものだ」
 髭の男は納得しない。
「高貴な血筋は違う。
 殺めるなど、あり得ない」
 ゴンハジが笑う。
「高貴な血かどうかは、血を流さなくてはわからぬであろう。
 で、姫の血は農民の娘と変わらぬ色であった。高貴とは言えぬ。光っておらぬしな」
 語尾は笑っていた。
 ゴンハジが続ける。
「アクセニの小国王族については、噂は知っている。
 だが、ここメルディでは違う。田舎王国の王族なんぞ、何の価値もない」

 捕虜は5日間、柵に縛られたが、仮埋葬されていた姫の遺体を深く埋葬する許しを得て、一切を剥ぎ取られてから解放された。

 アクセニの王家が1つ滅亡した。
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