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第3章 競争排除則
03-028 異物として
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健吾は「俺たちは異物だ。ヒトとヒトの近縁種、そしてヒトが連れてきた家畜は、2億年後の地球においては存在してはならない生き物なんだ」と言っていた。
だが、同時に「だからといって、黙って滅びる必要なんてない。足掻いて、暴れて、抗って、生き残ってやる!」とも。
耕介は健吾の崇高な意思を、この瞬間感じていた。
「いいねぇ。
最高じゃん」
ピーターが憤慨する。
「村役様のじゃないからね。
フリッツ先生が僕のために作ってくれたんだからね!」
アイリスが否定する。
「違うよ!
私のために作ってくれたんだよ。
私のバイクがないから、私のために作ってくれたんだよ!」
姉弟げんかが始まる。
だが、耕介にはどうでもいいこと。
「最高じゃん」
そして、スリーホイラーが走り出す。
フリッツは、鋼管フレームに排気量250ccのバイクのエンジン、トランスミッション、サスペンション、タイヤなどのパーツを流用して、3輪の超小型車を作った。
ボディは木製成型フレームに合板を貼っている。非常に滑らかで、美しい。そのはずで、隣村のワゴン馬車製造業者の作だ。
クラシックロードスターのようなスタイルで、シートはシェルチェアの座面を利用している。
小さいクルマに大柄な男が乗る姿は、滑稽だった。
耕介は最近、健吾の言葉を唐突に思い出すことが増えた。それも、前後の脈絡なく、会話の一節が蘇る。
麦畑を見回っていて、ふと健吾との会話が脳内に響いた。
「フェミ川南岸のエルフとコフリー川北岸のドワーフには、特別な任務がある。
それは、ヒト科ヒト属の住地を守ること。ここは貧相な生物相でできている。わずかな油断で崩壊する。
戦争なんてもってのほかだ。
意識して守らないと、環境は簡単に破壊されてしまう」
これを思い出したとき、耕介は健吾が戦争に反対する意見を開陳したのだと感じた。
だから、深刻には考えなかった。
館に戻ると、見慣れない馬車が止まっている。質素な軽量ワゴンだ。
来客は旅装束のエルフ。御者役が2人、交渉役が2人。エルフ界最西端の村からの来客だ。
4人は応接間で待っていた。
一番若い男性が話す。
「村役様、突然うかがいまして、申し訳ございません」
「いえ、遠路はるばるありがとうございます。旅籠もない街道ですから、たいへんな旅だったでしょう」
「村や集落の会所に泊めていただきました」
「このたびは、どういったご用件でしょう?」
「ウマなしで走る、大きな箱車を村民が見ております。
その箱車が、恐ろしきシンガザリの兵を震え上がらせたと。また、娘を連れていた村民が助けられたと、聞き及んでおります」
「確かに、そういったことはありました。
が、何かをしたわけではないのです。
道を走っていただけで……」
「そこなのです。
道を走っているだけで、シンガザリの兵が恐れおののき道を開けることなどないのです。
私たちの村は小さく、辺境で、誰も守ってはくれません。自分たちでは、シンガザリには抗えません。
妻を殺されても、娘を犯されても、泣くことしかできません」
「はぁ……」
ここまで聞いて、耕介はイヤな予感しかしなかった。
「ある村が、どこの村かはわかりませんが、村役様にわずかな畑を献上したところ、守っていただけるようになった、と聞いたのです。
畑を献上いたします。
どうか、我が村をお守りください。
我が村は辺境ですが、辺境だけに代々受け継がれた役目がございます。
フェミ川北岸の魔から守ること……」
健吾の「意識して守らないと、ヒト属のための環境は簡単に壊れてしまう」が蘇る。
ドアの横で立って聞いていたシルカが声を発する。
「シンガザリ兵の数は?」
シルカの声に一番若い男性が怯える。シルカには禍々しい雰囲気があるからだ。
「200から300くらいかと……」
「1個中隊規模だな。
よし、支度する。
私と亜子で始末してくる」
シルカはクルマの運転に目覚めてしまい、タトラ8輪駆動も自在に動かせる。亜子はもともとクルマ好き。何でも動かせる。
御者役2人が残され、交渉役2人はタトラに乗せられた。
シルカと亜子は10日後に戻ってきた。
シルカは「徹底的に踏み潰してやった。剣を振るうよりもおもしろかった」と無感情に言い、亜子は「襲撃は夜明け前に限るねぇ~」と微笑む。
亜子は「3個中隊は壊滅させた。チュウスト村以西のシンガザリ軍は壊滅したと考えていいよ」と断言する。
耕介が「畑はどうした?」と問うと、シルカが「もちろん辞退した」と答える。
耕介が残念な顔をすると、亜子が「小さい男だな。おまえは」と軽蔑の眼差しを向ける。 耕介は叫んだ。
「燃料はただじゃないんだぞ!
畑が増えれば、収穫も増えるし、村を跨いで土地があれば、広域に発言できるようになる!
少しは考えろよ!」
シルカが冷たい目を耕介に向ける。
「我らは、もっと深いところを見ている」
いや、絶対に何も見ていない。暴れ回って、ありふれた日々のストレスを発散しただけ。
亜子が耕介を黙らせる。
「健吾なら、そんな小っちゃいこと言わないけどね」
健吾なら、亜子とシルカを黙らせている。しかし、耕介にその力はない。
数日後にわかったことだが、亜子とシルカが壊滅させた3個中隊には死傷者はほとんどいなかった。少なくとも轢死はいない。
ただ、各中隊の野営地を徹底的に踏み潰したので、シンガザリ兵はすべての装備を失ってしまった。
着の身着のまま、靴やズボンを履かずに逃げた兵も多かった。
剣を持って逃げた少数の兵は立派だった。
装備を失い、散り散りとなった兵は、各村の男衆に追われることになる。
落人狩りだ。
散々暴れた分、等価の仕返しをされる。剣や槍で突かれるのは幸運。撲殺でも不運ではない。
捕らえられれば、火責め、水責め、土責めなど、あらゆる拷問で殺された。
洗濯物を盗んで、軍服を脱ぎ捨てて、故郷を目指すシンガザリ兵も多かった。
脱走だ。
3晩で3個中隊壊滅は、シンガザリ軍上層部に衝撃を与え、下級将校と下士官・兵は動揺する。
シンガザリ軍アクセニ方面軍は、将兵の士気低下に苦しむことになる。士気の低下と同時に、軍紀が緩み、抗命、脱走、軍需品の窃盗、上官への暴力が多発する。
亜子とシルカは、これを狙っていたのか?
そんなはずはない。
2人には巧妙な策をめぐらすような、精神構造はない。
チュウスト村以西では、各村の村長までが耕介を「村役様」と呼ぶ奇妙な関係が生まれていた。
同時に、シンガザリ軍に恭順した村々は、非恭順派の村々との対決姿勢を鮮明にし始める。
3個中隊壊滅事件がきっかけとなり、アクセニは、完全に分裂してしまった。南西3分の1ほどの村々は、シンガザリ王に忠誠を誓い、国王に収穫の6割を税として納め、属領となることを承諾してしまう。
非恭順派の村々は、東エルフィニアへの加盟と東エルフィニア軍の駐留を求めた。
健吾は耕介に「いずれ、エルフィニアとシンガザリの戦いになる」と予測したことがあるが、その通りになってきた。
「永遠に終わらない戦いになる」
健吾は「シンガザリ王家が絶えるか、シンガザリという国家が自壊しない限り、戦争は終わらない」とも言っていた。
「あいつが予言した通りになってんじゃねぇか」
耕介は憂鬱だった。
クルナ村の村役会は紛糾している。
耕介たちが持ち帰ったタトラ8輪駆動トラックは、村では「タトラ」と呼ばれ、その存在は誰もが知っていた。
そして、とんでもない積載量があることも。ひまわり油用のタンクの製造法までが、村中で議論されていた。
耕介の意向は、完全に無視されている。
ゴンハジは、2トントラックに満載したヒマワリの種を2回運ばせていた。
運んでくるのは、次男のユウキとエルフの護衛。だが、1回の輸送で2トンしか運べないのは、非効率だった。
ユウキが1人で運んできた6輪駆動トラックは、ベースは明らかに軍用車だった。
耕介はフロントグリルを見て、もとの車体の推測ができた。
「もとはダッジのピックアップだな」
「そうらしい。
何でわかった?」
「ボディがオリジナルと同じだ。
しかし、この年式に6輪はないはず」
「やはり、詳しいんだな。
クルマに」
「何でもわかるわけじゃない。
で、ユウキ、その改造車を何でここに運んできたんだ?
しかも、空荷で……」
「この食堂は明るくて、素晴らしい。
こんな館は、どこにもない。アクセニの自称国王陛下だって、これほどの宮殿には住んでいないよ」
「ユウキは、国王陛下の宮殿に行ったことがあるのか?」
「ないね。
だけど、アウロラたちから聞いた。虫酸が走るような場所だ。
で、コウに頼みがある。
俺が運んできた改造6輪トラックを直してほしいんだ」
「修理しろ、ってか?」
「そうだ。
俺たちじゃ手に負えない。
ここまで、どうにか走ってきたんだ。
直してくれ」
「ダブルキャブのピックアップじゃたいして積めないぞ。しかも6輪。タイヤハウスの出っ張りで荷台が極端に狭い。役には立たない」
「トラクターとして使う。
エンジンはデトロイトディーゼル製V型8気筒ターボディーゼルで、500馬力を出す。
オートマだし、フルタイムの6輪駆動だし、シャーシは頑丈だから、5トントレーラーを3台引っ張れる」
「で、どこが悪いんだ?」
「それがわからないんだ。
わかれば自分で直すさ」
耕介は心が疲れていた。健吾を失い、今後が心配でたまらない。
少し休みたかった。フィオラと亜子にだけ伝え、ユウキと一緒にフェミ川北岸の物資集積基地に向かった。
ダッジ・ラムトラックのキャブを被せた改造6輪トラックは、旧式ウェポンキャリアのダッジWCのシャーシを使っていた。
つまり、シャーシとボディは同じブランドではあるが、製造年代がまったく違っていた。シャーシは1940年代の製造、ボディは2010年代後半の製造だった。
80年の差を埋めるように、シャーシとボディの結合は巧妙だった。そして、正常に分解できた。
「驚いたな。
巧妙に辻褄を合わせている。やっつけ仕事じゃないし、見事に設計されている。
21世紀の快適性と20世紀前半の過剰な堅牢性を完全に融合している。
シャーシのここは、さらに強度を高めているんだ。
それと、このシャーシは使われたことがない。博物館とか、車両基地とか、倉庫か、そんな場所で飾られるか、保存されていたんだ。
つまり、新品同様だったんだ。
そのシャーシに、新品かどうかはわからないが、年式の新しいボディを架装した」
「で、どこが悪いんだ?」
「ユウキが疑っている燃料噴射装置ではなく、燃料ポンプだと思う。
電磁ポンプがあるから、取り替えてみよう」
「その前に、部品代はいくらだ?
支払いできないかもしれないから……」
「心配するな。
おまえの出世払いだ」
「出世払い?」
「村長にでもなったら払ってくれ」
「ならなかったら?
いや、たぶんなれない。
俺、自慢じゃないが兄貴と違い人望がないんだ」
「払わなくていい」
「よし!」
「おい、ヘンな方向に頑張るなよ」
シャーシに直結するバンパーなどはダッジWCのままで、ボディはダッジ・ラムという奇妙な小型6輪トラックは、燃料ポンプの交換で息を吹き返した。
耕介は電磁ポンプに加え、電動ウィンチをプレゼントする。
塗色はマットなダークブラウンなのだが、軍用車にはまったく見えない。
彩華は回復していないのだが、彼女はクルナ村から離れたがっていた。
「どこにいても、お風呂にもトイレにも健吾の匂いがあるの!」
彼女は健吾の面影を追わず、健吾の痕跡を恐れ始めていた。
「私が彼を殺した!」
そう口走ることさえあった。
モンテス少佐は「効果があるか、わからないけど、転地療養って方法もあるけどね」との案も、どこに行けばいいのか皆目わからない。
フィオラが耕介に「アヤカだけど、しばらくでいいんだけど、ユウキの村で生活はできないのかな。ケンは行ったことがないわけだし……」と提案してみた。
しかし、深く考えたわけではない。
「不便な村だ。
昔のクルナ村よりも不便だよ」
フィオラはそれ以上、何もいわなかった。
館では、フラーツ村の元戦士、シルカの元同僚シーラが「タイシが好きに違いない」と噂になっていた。
すでに蓮太を籠絡したと。
フィオラの案は亜子に伝わり、亜子が彩華に打診する。
彩華は首を縦に振る。
亜子が耕介に「私が一緒に行く。ダメなら連れて帰る、亜子の様子が落ち着くなら、私だけが戻ってくる」と。
すると、シルカも同行すると。
「ジムニーで行く。
亜子が彩華に付き添い、私がジムニーで同行する。
彩華にいい様子があれば、私と亜子は戻ってくる」
ユウキが帰路につく日の早朝、彩華の転地を知ったナナリコも同行を申し入れた。
「お風呂、造ってやらないと」
仕事は弟子たちに任せるそうだ。
頭数が増えたこともあり、ジムニーではなくムンゴ装甲トラックを使うことになった。
「必要ないとは思うが、ブローニングを積んでいけ」
耕介の意見に亜子が頷く。
「G3とレミントンを借りていくけど、いい?」
亜子が同意を求めたことが気になった。
「あぁ、必要なものは何でも持っていけ」
「彩華のために、ハンターカブ、いい?」
「もちろんだ」
ハンターカブは、ユウキの6輪ピックアップの荷台に積んだ。それと、ジェリカン5缶のガソリン100リットル。これで当分の間、ハンターカブは走れる。
フラーツ村周辺は、長らく盗賊に悩まされていた。シンガザリとの戦いが始まると、治安がひどく悪化し、盗賊の跋扈は極限に達した。
この状況において、フラーツ村は近隣2村の村民を含めて、環濠砦内に立て籠もった。
砦周辺の農地のみを耕作し、最低限の作物を育て、食料にしている。
何年も耐えられる策ではないが、数年程度はどうにかなる。
そして、そろそろ限界に達していた。
今秋の作付けは、全農地で行うつもりだ。その前にヒマワリの種を売り、資金を整えたい。
その一策がユウキの小型6輪トラック修理だった。
ゴンハジは意外な大人数の来訪に驚くが、彩華をしばらく預かるよう依頼され、それも驚く。
シーラは太志の姿を探すが、いないことに気付き、誰にも悟られないよう肩を落とす。
フラーツ村に迷惑をかけられないので、彩華の住まいとしてキャンピングトレーラーを牽引してきた。
これが、彩華の当面の住まいになる。
しばらくは、亜子も滞在する。
彩華の立場は、クルナ村輸送隊の中継基地要員となっていた。つまり、フラーツ村に駐在して、輸送隊への便宜を図ることだ。
彩華にその任務が可能かはわからないが、その名目でないと派遣できなかった。
フラーツ村には会所がなかった。集落は1つで、家屋が広域に分散している。村長はいるが、村役はいない。村の行政実務を担う職員もいない。
典型的なエルフの小村だ。周辺の村々も同じで、外敵への対応にはまったく向いていない。
ゴンハジが柵と空濠をめぐらした砦を造らなければ、完全に蹂躙されていた。
村に武器はなく、村民は戦い方を知らない。
ゴンハジが流れ者として立ち寄った3人の元奴隷兵を雇わなければ、砦も陥落していたはず。
砦を守り切っていたから、近隣2村が合流に同意した。頭数が増えれば、戦いようが出てくる。
防戦一方だったが、盗賊、野盗、野伏〈のぶせり〉の襲撃からはどうにか対処できていた。
だが、ユウキがクルナ村に出向いていた間に状況が変化した。あまりの状況変化に、亜子、シルカ、彩華、ナナリコが驚いた。
その夜は、砦と化したフラーツ村中心部に住む全員が広場に集まっていた。
村長が「我らは危機にある!」と叫ぶ。
ゴンハジが引き継ぐ。
「過去、我らは盗賊、野盗、野伏に何度も襲われてきた。
ここ数年、油断せねば、どうにか退けられた。
だが、今回は違う!
相手は、アクセニの滅亡小王国軍正規兵だ。頭目は姫と呼ばれていたから、王族かもしれない。
全員騎馬で、その数は50。
我らでは太刀打ちできぬ。
ならばどうするか!
道は2つ。
野盗の言うがままになるか、村を捨てるかだ!」
村民は反応しない。
ゴンハジに第3の道を期待しているからだ。
だが、彼にも有効な策はなかった。
常識的には、いったん逃げるしかないと判断している。
組織力、戦術、個々の戦闘力、機動力、戦闘員の数、そのすべてで勝る敵とは、戦いようがない。
彼には無謀な策があった。
「その2つの道のどちらにも進みたくないなら、他の道が1つある」
ゴンハジは、1分近く間を置く。
「攻める!
連中は西の集落にいる。わずかに10戸。そこしか、家は残っていないからな。
他は全部、野盗に焼かれた。
集落は東西の1本道。東からではなく、迂回して西から攻める。
弓や剣は使わない。
ガソリンとひまわり油を混ぜた油を、ワイン瓶に混ぜて投げつけるだけだ。
我らにもできる。
連中を焼き殺す!」
勝算はあるだろうが、フラーツ村には2台しかトラックがない。それと、ワイン瓶をかき集めても、何十本もある村ではない。
作戦としてはありだが、現実的ではない。
作戦決行の前日、半鐘が鳴り響く。
カンカンカン、カンカンカン。
柵の出入口は南北に各1カ所ずつ。
北側に野盗ではない装備の騎馬50がやって来る。
村長とゴンハジが、柵の外に出る。
亜子が柵の近くまで行き、声を拾い、無線に乗せる。
髭に白いものが混じる騎兵が馬上から村長とゴンハジを見下ろす。
「期限は明日だ。
準備はできたか?」
村長は下出に出る。
「どうか、明日までお待ちください。
ご所望の若い娘を選んでおります」
「選ぶほど、おらぬであろう。
逃がせば、姫がおまえに死をたまわる。
覚悟せよ」
彩華はレミントンM700を抱えて、半鐘櫓に登っていた。
櫓で見張りをしていた10歳代前半の少年は、彩華のそばでどうしていいかわからなかった。
櫓からウマに乗る姫までは、250メートルある。弓矢の射程外だ。姫は、騎馬縦列の中央付近にいる。
彩華が少年に伝える。
「男って、バカだから、エロ系のかわいい子を殺せないんだよね。
きみも、あのおねぇさんの胸にナイフ突き立てられないでしょ」
少年が激しく頷く。
彩華が続ける。
「ナイフは刺せないけど、おっぱいは吸えるでしょ」
少年が困惑する。
彩華が微笑む。
「でも、女は違うんだよ~。
平気で殺せる」
彩華が発射すると、姫は首から赤い液体を噴き出しながら、馬上から崩れ落ちた。
彩華が3発を撃ち終えると、ようやく亜子が動き始める。
村長とゴンハジに「伏せて!」と叫んだ。村長は棒立ちになってしまったが、ゴンハジが抱きついて、地面に押し倒す。
亜子には誰が撃ったのか見当がついていなかった。シルカの可能性が高い。アクセニの小王国王族が大っ嫌いだから。
しかし、戦慣れしているシルカが、感情で動くはずがない。
亜子が撃ち始めると、ゴンハジの長男タクマも発射する。
だが、タクマはすぐに弾切れ。
残された死体は、姫だけだった。
半分以上が負傷しただろうが、死者は姫だけ。首を撃たれた姫は数分間苦しみながら生きていたはず。
ユウキが小型6輪トラックを出して、荷台にタクマと村民が乗り、追撃を開始する。
アウロラ、シーラ、ヘンリカの保安官補は、ウマで追う。
ゴンハジの息子は、ウマ10頭を戦利品として持ち帰ってきた。
捕虜は5。
髭に白いものが混じる男もいる。疲れ切っていて、別人のように見える。
ゴンハジが脅す。
「おまえたちは、この村を襲えばどうなるか盗賊たちに教えるため、柵に縛り付け、飢え死にさせる」
若い兵が泣き出す。
ゴンハジが続ける。
「アクセニの食い詰め浪人が、なれないことをするからだ。
戦〈いくさ〉と盗みの違いもわからなかったのか?」
髭の男がうな垂れる。
だが、命乞いはしない。
「なぜ、姫を殺めたのだ」
ゴンハジは、当然のことを言う。
「頭目を倒せば、統率は乱れる。
戦とは、そういうものだ」
髭の男は納得しない。
「高貴な血筋は違う。
殺めるなど、あり得ない」
ゴンハジが笑う。
「高貴な血かどうかは、血を流さなくてはわからぬであろう。
で、姫の血は農民の娘と変わらぬ色であった。高貴とは言えぬ。光っておらぬしな」
語尾は笑っていた。
ゴンハジが続ける。
「アクセニの小国王族については、噂は知っている。
だが、ここメルディでは違う。田舎王国の王族なんぞ、何の価値もない」
捕虜は5日間、柵に縛られたが、仮埋葬されていた姫の遺体を深く埋葬する許しを得て、一切を剥ぎ取られてから解放された。
アクセニの王家が1つ滅亡した。
だが、同時に「だからといって、黙って滅びる必要なんてない。足掻いて、暴れて、抗って、生き残ってやる!」とも。
耕介は健吾の崇高な意思を、この瞬間感じていた。
「いいねぇ。
最高じゃん」
ピーターが憤慨する。
「村役様のじゃないからね。
フリッツ先生が僕のために作ってくれたんだからね!」
アイリスが否定する。
「違うよ!
私のために作ってくれたんだよ。
私のバイクがないから、私のために作ってくれたんだよ!」
姉弟げんかが始まる。
だが、耕介にはどうでもいいこと。
「最高じゃん」
そして、スリーホイラーが走り出す。
フリッツは、鋼管フレームに排気量250ccのバイクのエンジン、トランスミッション、サスペンション、タイヤなどのパーツを流用して、3輪の超小型車を作った。
ボディは木製成型フレームに合板を貼っている。非常に滑らかで、美しい。そのはずで、隣村のワゴン馬車製造業者の作だ。
クラシックロードスターのようなスタイルで、シートはシェルチェアの座面を利用している。
小さいクルマに大柄な男が乗る姿は、滑稽だった。
耕介は最近、健吾の言葉を唐突に思い出すことが増えた。それも、前後の脈絡なく、会話の一節が蘇る。
麦畑を見回っていて、ふと健吾との会話が脳内に響いた。
「フェミ川南岸のエルフとコフリー川北岸のドワーフには、特別な任務がある。
それは、ヒト科ヒト属の住地を守ること。ここは貧相な生物相でできている。わずかな油断で崩壊する。
戦争なんてもってのほかだ。
意識して守らないと、環境は簡単に破壊されてしまう」
これを思い出したとき、耕介は健吾が戦争に反対する意見を開陳したのだと感じた。
だから、深刻には考えなかった。
館に戻ると、見慣れない馬車が止まっている。質素な軽量ワゴンだ。
来客は旅装束のエルフ。御者役が2人、交渉役が2人。エルフ界最西端の村からの来客だ。
4人は応接間で待っていた。
一番若い男性が話す。
「村役様、突然うかがいまして、申し訳ございません」
「いえ、遠路はるばるありがとうございます。旅籠もない街道ですから、たいへんな旅だったでしょう」
「村や集落の会所に泊めていただきました」
「このたびは、どういったご用件でしょう?」
「ウマなしで走る、大きな箱車を村民が見ております。
その箱車が、恐ろしきシンガザリの兵を震え上がらせたと。また、娘を連れていた村民が助けられたと、聞き及んでおります」
「確かに、そういったことはありました。
が、何かをしたわけではないのです。
道を走っていただけで……」
「そこなのです。
道を走っているだけで、シンガザリの兵が恐れおののき道を開けることなどないのです。
私たちの村は小さく、辺境で、誰も守ってはくれません。自分たちでは、シンガザリには抗えません。
妻を殺されても、娘を犯されても、泣くことしかできません」
「はぁ……」
ここまで聞いて、耕介はイヤな予感しかしなかった。
「ある村が、どこの村かはわかりませんが、村役様にわずかな畑を献上したところ、守っていただけるようになった、と聞いたのです。
畑を献上いたします。
どうか、我が村をお守りください。
我が村は辺境ですが、辺境だけに代々受け継がれた役目がございます。
フェミ川北岸の魔から守ること……」
健吾の「意識して守らないと、ヒト属のための環境は簡単に壊れてしまう」が蘇る。
ドアの横で立って聞いていたシルカが声を発する。
「シンガザリ兵の数は?」
シルカの声に一番若い男性が怯える。シルカには禍々しい雰囲気があるからだ。
「200から300くらいかと……」
「1個中隊規模だな。
よし、支度する。
私と亜子で始末してくる」
シルカはクルマの運転に目覚めてしまい、タトラ8輪駆動も自在に動かせる。亜子はもともとクルマ好き。何でも動かせる。
御者役2人が残され、交渉役2人はタトラに乗せられた。
シルカと亜子は10日後に戻ってきた。
シルカは「徹底的に踏み潰してやった。剣を振るうよりもおもしろかった」と無感情に言い、亜子は「襲撃は夜明け前に限るねぇ~」と微笑む。
亜子は「3個中隊は壊滅させた。チュウスト村以西のシンガザリ軍は壊滅したと考えていいよ」と断言する。
耕介が「畑はどうした?」と問うと、シルカが「もちろん辞退した」と答える。
耕介が残念な顔をすると、亜子が「小さい男だな。おまえは」と軽蔑の眼差しを向ける。 耕介は叫んだ。
「燃料はただじゃないんだぞ!
畑が増えれば、収穫も増えるし、村を跨いで土地があれば、広域に発言できるようになる!
少しは考えろよ!」
シルカが冷たい目を耕介に向ける。
「我らは、もっと深いところを見ている」
いや、絶対に何も見ていない。暴れ回って、ありふれた日々のストレスを発散しただけ。
亜子が耕介を黙らせる。
「健吾なら、そんな小っちゃいこと言わないけどね」
健吾なら、亜子とシルカを黙らせている。しかし、耕介にその力はない。
数日後にわかったことだが、亜子とシルカが壊滅させた3個中隊には死傷者はほとんどいなかった。少なくとも轢死はいない。
ただ、各中隊の野営地を徹底的に踏み潰したので、シンガザリ兵はすべての装備を失ってしまった。
着の身着のまま、靴やズボンを履かずに逃げた兵も多かった。
剣を持って逃げた少数の兵は立派だった。
装備を失い、散り散りとなった兵は、各村の男衆に追われることになる。
落人狩りだ。
散々暴れた分、等価の仕返しをされる。剣や槍で突かれるのは幸運。撲殺でも不運ではない。
捕らえられれば、火責め、水責め、土責めなど、あらゆる拷問で殺された。
洗濯物を盗んで、軍服を脱ぎ捨てて、故郷を目指すシンガザリ兵も多かった。
脱走だ。
3晩で3個中隊壊滅は、シンガザリ軍上層部に衝撃を与え、下級将校と下士官・兵は動揺する。
シンガザリ軍アクセニ方面軍は、将兵の士気低下に苦しむことになる。士気の低下と同時に、軍紀が緩み、抗命、脱走、軍需品の窃盗、上官への暴力が多発する。
亜子とシルカは、これを狙っていたのか?
そんなはずはない。
2人には巧妙な策をめぐらすような、精神構造はない。
チュウスト村以西では、各村の村長までが耕介を「村役様」と呼ぶ奇妙な関係が生まれていた。
同時に、シンガザリ軍に恭順した村々は、非恭順派の村々との対決姿勢を鮮明にし始める。
3個中隊壊滅事件がきっかけとなり、アクセニは、完全に分裂してしまった。南西3分の1ほどの村々は、シンガザリ王に忠誠を誓い、国王に収穫の6割を税として納め、属領となることを承諾してしまう。
非恭順派の村々は、東エルフィニアへの加盟と東エルフィニア軍の駐留を求めた。
健吾は耕介に「いずれ、エルフィニアとシンガザリの戦いになる」と予測したことがあるが、その通りになってきた。
「永遠に終わらない戦いになる」
健吾は「シンガザリ王家が絶えるか、シンガザリという国家が自壊しない限り、戦争は終わらない」とも言っていた。
「あいつが予言した通りになってんじゃねぇか」
耕介は憂鬱だった。
クルナ村の村役会は紛糾している。
耕介たちが持ち帰ったタトラ8輪駆動トラックは、村では「タトラ」と呼ばれ、その存在は誰もが知っていた。
そして、とんでもない積載量があることも。ひまわり油用のタンクの製造法までが、村中で議論されていた。
耕介の意向は、完全に無視されている。
ゴンハジは、2トントラックに満載したヒマワリの種を2回運ばせていた。
運んでくるのは、次男のユウキとエルフの護衛。だが、1回の輸送で2トンしか運べないのは、非効率だった。
ユウキが1人で運んできた6輪駆動トラックは、ベースは明らかに軍用車だった。
耕介はフロントグリルを見て、もとの車体の推測ができた。
「もとはダッジのピックアップだな」
「そうらしい。
何でわかった?」
「ボディがオリジナルと同じだ。
しかし、この年式に6輪はないはず」
「やはり、詳しいんだな。
クルマに」
「何でもわかるわけじゃない。
で、ユウキ、その改造車を何でここに運んできたんだ?
しかも、空荷で……」
「この食堂は明るくて、素晴らしい。
こんな館は、どこにもない。アクセニの自称国王陛下だって、これほどの宮殿には住んでいないよ」
「ユウキは、国王陛下の宮殿に行ったことがあるのか?」
「ないね。
だけど、アウロラたちから聞いた。虫酸が走るような場所だ。
で、コウに頼みがある。
俺が運んできた改造6輪トラックを直してほしいんだ」
「修理しろ、ってか?」
「そうだ。
俺たちじゃ手に負えない。
ここまで、どうにか走ってきたんだ。
直してくれ」
「ダブルキャブのピックアップじゃたいして積めないぞ。しかも6輪。タイヤハウスの出っ張りで荷台が極端に狭い。役には立たない」
「トラクターとして使う。
エンジンはデトロイトディーゼル製V型8気筒ターボディーゼルで、500馬力を出す。
オートマだし、フルタイムの6輪駆動だし、シャーシは頑丈だから、5トントレーラーを3台引っ張れる」
「で、どこが悪いんだ?」
「それがわからないんだ。
わかれば自分で直すさ」
耕介は心が疲れていた。健吾を失い、今後が心配でたまらない。
少し休みたかった。フィオラと亜子にだけ伝え、ユウキと一緒にフェミ川北岸の物資集積基地に向かった。
ダッジ・ラムトラックのキャブを被せた改造6輪トラックは、旧式ウェポンキャリアのダッジWCのシャーシを使っていた。
つまり、シャーシとボディは同じブランドではあるが、製造年代がまったく違っていた。シャーシは1940年代の製造、ボディは2010年代後半の製造だった。
80年の差を埋めるように、シャーシとボディの結合は巧妙だった。そして、正常に分解できた。
「驚いたな。
巧妙に辻褄を合わせている。やっつけ仕事じゃないし、見事に設計されている。
21世紀の快適性と20世紀前半の過剰な堅牢性を完全に融合している。
シャーシのここは、さらに強度を高めているんだ。
それと、このシャーシは使われたことがない。博物館とか、車両基地とか、倉庫か、そんな場所で飾られるか、保存されていたんだ。
つまり、新品同様だったんだ。
そのシャーシに、新品かどうかはわからないが、年式の新しいボディを架装した」
「で、どこが悪いんだ?」
「ユウキが疑っている燃料噴射装置ではなく、燃料ポンプだと思う。
電磁ポンプがあるから、取り替えてみよう」
「その前に、部品代はいくらだ?
支払いできないかもしれないから……」
「心配するな。
おまえの出世払いだ」
「出世払い?」
「村長にでもなったら払ってくれ」
「ならなかったら?
いや、たぶんなれない。
俺、自慢じゃないが兄貴と違い人望がないんだ」
「払わなくていい」
「よし!」
「おい、ヘンな方向に頑張るなよ」
シャーシに直結するバンパーなどはダッジWCのままで、ボディはダッジ・ラムという奇妙な小型6輪トラックは、燃料ポンプの交換で息を吹き返した。
耕介は電磁ポンプに加え、電動ウィンチをプレゼントする。
塗色はマットなダークブラウンなのだが、軍用車にはまったく見えない。
彩華は回復していないのだが、彼女はクルナ村から離れたがっていた。
「どこにいても、お風呂にもトイレにも健吾の匂いがあるの!」
彼女は健吾の面影を追わず、健吾の痕跡を恐れ始めていた。
「私が彼を殺した!」
そう口走ることさえあった。
モンテス少佐は「効果があるか、わからないけど、転地療養って方法もあるけどね」との案も、どこに行けばいいのか皆目わからない。
フィオラが耕介に「アヤカだけど、しばらくでいいんだけど、ユウキの村で生活はできないのかな。ケンは行ったことがないわけだし……」と提案してみた。
しかし、深く考えたわけではない。
「不便な村だ。
昔のクルナ村よりも不便だよ」
フィオラはそれ以上、何もいわなかった。
館では、フラーツ村の元戦士、シルカの元同僚シーラが「タイシが好きに違いない」と噂になっていた。
すでに蓮太を籠絡したと。
フィオラの案は亜子に伝わり、亜子が彩華に打診する。
彩華は首を縦に振る。
亜子が耕介に「私が一緒に行く。ダメなら連れて帰る、亜子の様子が落ち着くなら、私だけが戻ってくる」と。
すると、シルカも同行すると。
「ジムニーで行く。
亜子が彩華に付き添い、私がジムニーで同行する。
彩華にいい様子があれば、私と亜子は戻ってくる」
ユウキが帰路につく日の早朝、彩華の転地を知ったナナリコも同行を申し入れた。
「お風呂、造ってやらないと」
仕事は弟子たちに任せるそうだ。
頭数が増えたこともあり、ジムニーではなくムンゴ装甲トラックを使うことになった。
「必要ないとは思うが、ブローニングを積んでいけ」
耕介の意見に亜子が頷く。
「G3とレミントンを借りていくけど、いい?」
亜子が同意を求めたことが気になった。
「あぁ、必要なものは何でも持っていけ」
「彩華のために、ハンターカブ、いい?」
「もちろんだ」
ハンターカブは、ユウキの6輪ピックアップの荷台に積んだ。それと、ジェリカン5缶のガソリン100リットル。これで当分の間、ハンターカブは走れる。
フラーツ村周辺は、長らく盗賊に悩まされていた。シンガザリとの戦いが始まると、治安がひどく悪化し、盗賊の跋扈は極限に達した。
この状況において、フラーツ村は近隣2村の村民を含めて、環濠砦内に立て籠もった。
砦周辺の農地のみを耕作し、最低限の作物を育て、食料にしている。
何年も耐えられる策ではないが、数年程度はどうにかなる。
そして、そろそろ限界に達していた。
今秋の作付けは、全農地で行うつもりだ。その前にヒマワリの種を売り、資金を整えたい。
その一策がユウキの小型6輪トラック修理だった。
ゴンハジは意外な大人数の来訪に驚くが、彩華をしばらく預かるよう依頼され、それも驚く。
シーラは太志の姿を探すが、いないことに気付き、誰にも悟られないよう肩を落とす。
フラーツ村に迷惑をかけられないので、彩華の住まいとしてキャンピングトレーラーを牽引してきた。
これが、彩華の当面の住まいになる。
しばらくは、亜子も滞在する。
彩華の立場は、クルナ村輸送隊の中継基地要員となっていた。つまり、フラーツ村に駐在して、輸送隊への便宜を図ることだ。
彩華にその任務が可能かはわからないが、その名目でないと派遣できなかった。
フラーツ村には会所がなかった。集落は1つで、家屋が広域に分散している。村長はいるが、村役はいない。村の行政実務を担う職員もいない。
典型的なエルフの小村だ。周辺の村々も同じで、外敵への対応にはまったく向いていない。
ゴンハジが柵と空濠をめぐらした砦を造らなければ、完全に蹂躙されていた。
村に武器はなく、村民は戦い方を知らない。
ゴンハジが流れ者として立ち寄った3人の元奴隷兵を雇わなければ、砦も陥落していたはず。
砦を守り切っていたから、近隣2村が合流に同意した。頭数が増えれば、戦いようが出てくる。
防戦一方だったが、盗賊、野盗、野伏〈のぶせり〉の襲撃からはどうにか対処できていた。
だが、ユウキがクルナ村に出向いていた間に状況が変化した。あまりの状況変化に、亜子、シルカ、彩華、ナナリコが驚いた。
その夜は、砦と化したフラーツ村中心部に住む全員が広場に集まっていた。
村長が「我らは危機にある!」と叫ぶ。
ゴンハジが引き継ぐ。
「過去、我らは盗賊、野盗、野伏に何度も襲われてきた。
ここ数年、油断せねば、どうにか退けられた。
だが、今回は違う!
相手は、アクセニの滅亡小王国軍正規兵だ。頭目は姫と呼ばれていたから、王族かもしれない。
全員騎馬で、その数は50。
我らでは太刀打ちできぬ。
ならばどうするか!
道は2つ。
野盗の言うがままになるか、村を捨てるかだ!」
村民は反応しない。
ゴンハジに第3の道を期待しているからだ。
だが、彼にも有効な策はなかった。
常識的には、いったん逃げるしかないと判断している。
組織力、戦術、個々の戦闘力、機動力、戦闘員の数、そのすべてで勝る敵とは、戦いようがない。
彼には無謀な策があった。
「その2つの道のどちらにも進みたくないなら、他の道が1つある」
ゴンハジは、1分近く間を置く。
「攻める!
連中は西の集落にいる。わずかに10戸。そこしか、家は残っていないからな。
他は全部、野盗に焼かれた。
集落は東西の1本道。東からではなく、迂回して西から攻める。
弓や剣は使わない。
ガソリンとひまわり油を混ぜた油を、ワイン瓶に混ぜて投げつけるだけだ。
我らにもできる。
連中を焼き殺す!」
勝算はあるだろうが、フラーツ村には2台しかトラックがない。それと、ワイン瓶をかき集めても、何十本もある村ではない。
作戦としてはありだが、現実的ではない。
作戦決行の前日、半鐘が鳴り響く。
カンカンカン、カンカンカン。
柵の出入口は南北に各1カ所ずつ。
北側に野盗ではない装備の騎馬50がやって来る。
村長とゴンハジが、柵の外に出る。
亜子が柵の近くまで行き、声を拾い、無線に乗せる。
髭に白いものが混じる騎兵が馬上から村長とゴンハジを見下ろす。
「期限は明日だ。
準備はできたか?」
村長は下出に出る。
「どうか、明日までお待ちください。
ご所望の若い娘を選んでおります」
「選ぶほど、おらぬであろう。
逃がせば、姫がおまえに死をたまわる。
覚悟せよ」
彩華はレミントンM700を抱えて、半鐘櫓に登っていた。
櫓で見張りをしていた10歳代前半の少年は、彩華のそばでどうしていいかわからなかった。
櫓からウマに乗る姫までは、250メートルある。弓矢の射程外だ。姫は、騎馬縦列の中央付近にいる。
彩華が少年に伝える。
「男って、バカだから、エロ系のかわいい子を殺せないんだよね。
きみも、あのおねぇさんの胸にナイフ突き立てられないでしょ」
少年が激しく頷く。
彩華が続ける。
「ナイフは刺せないけど、おっぱいは吸えるでしょ」
少年が困惑する。
彩華が微笑む。
「でも、女は違うんだよ~。
平気で殺せる」
彩華が発射すると、姫は首から赤い液体を噴き出しながら、馬上から崩れ落ちた。
彩華が3発を撃ち終えると、ようやく亜子が動き始める。
村長とゴンハジに「伏せて!」と叫んだ。村長は棒立ちになってしまったが、ゴンハジが抱きついて、地面に押し倒す。
亜子には誰が撃ったのか見当がついていなかった。シルカの可能性が高い。アクセニの小王国王族が大っ嫌いだから。
しかし、戦慣れしているシルカが、感情で動くはずがない。
亜子が撃ち始めると、ゴンハジの長男タクマも発射する。
だが、タクマはすぐに弾切れ。
残された死体は、姫だけだった。
半分以上が負傷しただろうが、死者は姫だけ。首を撃たれた姫は数分間苦しみながら生きていたはず。
ユウキが小型6輪トラックを出して、荷台にタクマと村民が乗り、追撃を開始する。
アウロラ、シーラ、ヘンリカの保安官補は、ウマで追う。
ゴンハジの息子は、ウマ10頭を戦利品として持ち帰ってきた。
捕虜は5。
髭に白いものが混じる男もいる。疲れ切っていて、別人のように見える。
ゴンハジが脅す。
「おまえたちは、この村を襲えばどうなるか盗賊たちに教えるため、柵に縛り付け、飢え死にさせる」
若い兵が泣き出す。
ゴンハジが続ける。
「アクセニの食い詰め浪人が、なれないことをするからだ。
戦〈いくさ〉と盗みの違いもわからなかったのか?」
髭の男がうな垂れる。
だが、命乞いはしない。
「なぜ、姫を殺めたのだ」
ゴンハジは、当然のことを言う。
「頭目を倒せば、統率は乱れる。
戦とは、そういうものだ」
髭の男は納得しない。
「高貴な血筋は違う。
殺めるなど、あり得ない」
ゴンハジが笑う。
「高貴な血かどうかは、血を流さなくてはわからぬであろう。
で、姫の血は農民の娘と変わらぬ色であった。高貴とは言えぬ。光っておらぬしな」
語尾は笑っていた。
ゴンハジが続ける。
「アクセニの小国王族については、噂は知っている。
だが、ここメルディでは違う。田舎王国の王族なんぞ、何の価値もない」
捕虜は5日間、柵に縛られたが、仮埋葬されていた姫の遺体を深く埋葬する許しを得て、一切を剥ぎ取られてから解放された。
アクセニの王家が1つ滅亡した。
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