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第4章 幸運の地
04-033 旧都解囲
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トレウェリの旧都ハイカンは、シンガザリに恭順したことから、ハイカンと同心する周囲の数村を含めて、東エルフィニア軍によって包囲されている。
包囲内との出入りは、ほぼ不可能。少人数が脱出したり、進入することは可能だろうが、荷車が通れるルートはない。
旧政権指導層は、軍事力での対抗が不可能と判断した時点で、シンガザリに恭順することを決定し、それを全トレウェリに命じた。
しかし、中央集権的ではなかったトレウェリにおいて、この命令はハイカン周辺にしか及ばなかった。
旧都周辺は、シンガザリが退けられた現在でもシンガザリの勝利を信じており、東エルフィニア臨時政府の降伏勧告を無視している。
無理攻めしたくない東エルフィニア側と、情報が遮断されているためかシンガザリの威光を過大に評価しているハイカン側とが、にらみ合ったまま歳月が流れていた。
そして、兵糧はとうにつきていた。
東エルフィニア軍は、ハイカンとその周辺からの投降者には寛大に接してきた。ただ、投降ではなく、脱出しようとする場合は厳しく対応した。
ハイカン側は投降を防ごうと、非情な取り締まりをしていたが、官吏、将兵、商人、農民への効果は皆無だった。政権中枢の投降も多かった。
耕介たちは、内陸から逃げ帰っていた。ヒトの土地の南北を分割する東西公路に達すると、ひたすら西進し、バッキーズ公路に至る。そして、最短行程でフラーツ村に戻ってきた。
調査は完全な失敗だった。
ラリッサはいろいろなことがありすぎて、高熱を出してしまう。
彩華は食べたものを吐いてしまう。タクマは鬱状態。
耕介と太志は酒の酔いで、感情を抑えている。
つまり、調査に行った全員が精神に異常をきたしてしまった。
亜子、耕介、太志がクルナ村に戻る際、ハイカン解囲による第1次シンガザリ移住団の移動に遭遇している。
この移住は親シンガザリ派住民の希望によるもので、シンガザリ王家との合意はない。
行けば必ず殺される。猜疑心の強いシンガザリ国王に慈悲はない。
耕介が太志に「子供もいる。若い女も。行けば何をされるか。殺されるだけじゃすまない」と告げると、太志はスキットルから酒を飲む。
そして、耕介を無視する。
シンガザリ移住団は、第5次まで編制され、第3次まで実行されたが、第4次では移住希望者たちが「少し待ってほしい」と言い出し、第5次では「移住したくない」と言い始め、第6次は編制しようとしたものの希望者が集まらなかった。
第3次移住者のうち多数が殺害を逃れ、東エルフィニアの村に助けを求めて逃げ込んだからだ。
この逃れた住民たちは相互に関係がなく、救助を求めた村も複数あった。
第3次移住者の運命が国境付近で知れ渡り、その噂は東エルフィニア全土に伝播する。クルナ村では、数軒ある飯屋があらゆる噂の交換場所になっていて、どの店でも移住団の虐殺が話題になっていた。
凄惨な話など聞きたくない耕介だったので、情報の多くはフリッツが集めてくれた。尾鰭が付いた飯屋の噂よりも、診療所の噂のほうが確実性が高いと思われたが、普通の村民には到底信じ得ない内容ばかりだった。
凄惨すぎるのだ。
ただ、飯屋では拾えない情報があった。シンガザリの内情だ。
夕食後、食堂に館の全員が集まる。不在は診療所の夜勤担当のリズだけ。
フリッツが話し出す。
「2次情報だけど、確度は高いと思う。この話は、脱出に成功した第3次移住団の参加者から直接聞いたそうだ」
フリッツが水を飲む。
「異変は、シンガザリ領に入った瞬間から感じたそうだ。
畑が枯れていた。
青い葉は木々にしかない。畑は作物が枯れているか、作付けされていないか、そのどちらか。
どの村も飢えていることは明らかだったそうだ。
王都に向かう途中、その景色が変わることはなかった。
その脱出者は、王都入城の前日に北に向かって逃げたそうだ。彼の妻は逃亡に反対し、息子を残して、幼い娘を連れて逃げた……。
その男はもともと、シンガザリに行ったことがあり、地上の楽園だとは信じていなかったそうだ。
彼の妻は、シンガザリ国王を信奉しきっていて、それに引きずられての移住決断だった。
昼間は隠れ、夜に歩き、食糧がつきる5日目に勢力圏を抜けたことを確認して、近くの農家に助けを求めた。
シンガザリには水がない。おそらく、地下の灌漑設備が埋まったんだ。ここと同じだ。経年劣化か、たまにある地震か、その両方か、理由はわからないけど、過去の文明の遺産が使えなくなったんだ。
で、干ばつと同じ状態になった。雨が降らないからね。
シンガザリが侵略を始めた理由は、極端な不作が原因なんじゃないかな。
だから、侵略先で村民・住民を虐殺するんだ。ほしいのは農地だけだから。
侵略を始めた頃は、収穫があったのだろう。だけど、もうない。そして、東エルフィニアは防備を固めた。
クウィル川を渡ってヒトの土地に攻め込むほどの戦力はない。
西端の南北交易路を閉じてしまったので、物資も入ってこない。
臨時政府もこの情報を得ていて、近く、攻勢に出るらしい」
耕介は「また戦争かよ」とウンザリする。しかし、シンガザリがヒトの領域に攻め込んだりしたら、シンガザリだけの問題ではなくなる。エルフ全体の責になる。
そんな危険の芽は、摘んでおいたほうがいい。
この頃、ようやくシュタイヤー12M18とザウラー6DMが使えるようになった。トラックが2台増えるので、輸送力が上がる。
フラーツ村では、ラリッサが彩華たちのグループに入り、コムギとひまわり油の輸送に参加することになった。
彼女の両親は心配するが、何もさせないという選択肢はない。生きていく術を学ばなければならない。
ゴンハジは噂を頼りに、無謀にもシンガザリの西端に進入し、農家の納屋で眠っていたM54A2軍用トラックを手に入れていた。
このトラックのエンジンはマルチフューエルで、ガソリン、軽油、灯油、航空燃料で動く。シャーシは、最も短いタイプ。
大幅に改造されており、パワーステアリング、セミオートマチックトランスミッション、タイヤの空気圧調整装置、ダブルタイヤだった後輪2軸4輪はシングルタイヤになっていた。
回収時は荷台がなく、不動だったが、保存状態がよく、フラーツ村まで運んでから整備すると、比較的簡単に動いた。
これで、フラーツ村も目標の50トン輸送が可能になる。
15カ村連合体のウクルルは120トン、6カ村連合体のラムシュノンは60トン。合計180トンものコムギを運ぶ。これは、ヒトの小型貨物船1隻分の積載量に相当する。
12頭立て荷馬車に換算すると、26編制に相当する。この量を一気に陸送するなど、過去に前例がない。
トレウェリの旧都ハイカンは、東エルフィニアに刺さったトゲだった。
シンガザリ国王の諌言に乗り、シンガザリがエルフを導くと信じてしまった。シンガザリをよく知る商人や官吏は、指導層と民衆の妄信に絶望し、ハイカンが親シンガザリ派に支配されるとすぐに街を脱出。
ホルテレンなどに移った。ホルテレンが急速に拡大し、商都であり、新都になり、政治と経済の中心となった。
ホルテレンが比肩なき強大な都市となったことから、臨時政権は尊大となり、中小の街、村に権力の一端を見せ始める。
クルナ村の村長と村役は、この動きを嫌忌した。耕介は「内乱の芽になりかねない」と心配し、亜子は「ホルテレンを押さえるには、ハイカンの復興が必要よ」と説いていた。
モイナク村は、シンガザリ軍が進駐したことで、壊滅してしまった。ただ、この村は村の1人の富者が農地を買い占めていたことから、村民の多くが村外に退避していたこともあり、生命の被害は少なかった。
シンガザリ軍の再侵攻があり得る状況から、モイナク村の債権は放棄され、土地は近隣各村に分割されていた。
ナナリコの計画は、耕介を始め館の面々には衝撃的だった。
「モイナク村の中心部は、南北街道の途中にあったの。東側ね。西はチュウスト村」
そんなことは誰でも知っている。
ナナリコは、無反応を気にしない。
「いまは何もないけど……。
整地されているし、焼けた家を解体すれば、広い空き地ができるの。
南北の街道沿いにあるのだから、東西をつなぐ街道があれば交通の要衝になるの。
西からの道はこれ」
ナナリコが広げていた絵地図の街道を指差す。
「この道を2キロ東に延ばして、その先端から南東方向に延びるバイパスを造る……。
このバイパスを延ばしていくと、この街道につながる……。
そうすると、村の中心から東に1キロの地点で、東西南北2つの街道が交わるわけ。
正確な場所は精査しなければならないけど、ここに新しい施設を造る……。
新たな交通の要衝になる……。」
フィオラが地図を見詰める。
「畑はまったく潰さないから、反対はないけど……。
でも、新しい道を使ってくれるかな?
エルフは保守的なの」
ナナリコが説明する。
「この付近で、新たに交通の要衝を作るには、この場所しかないの。
それと、バイパスは幅10メートルにする……。
上下1車線幅4メートル、路側帯に1メートル。これだけ広い道なら、楽に移動できるし、対向車とすれ違うとき減速しなくてもいいから、移動時間を短縮できる……」
フィオラの父親が疑念を呟く。
「だったら、通り過ぎてしまわないか?」
耕介が否定する。
「そうはならねぇよ。
でっかい道の駅を作ろうぜ」
ナナリコが即否定。
「道の駅はここに作るの。
もとの村の中心に。
新しい交差点は物流拠点にする。交易の中心」
フィオラが叫ぶ。
「海の商都に対抗する陸の商都ね!」
耕介が首を振る。
「簡単じゃねえぞ」
シルカが賛成する。
「いい考えだ。
さすがはナナリコ。
新しい土地の名はモイナク」
ナナリコの計画は、翌日には多くのクルナの村民が知ることとなり、翌々日にはウクルル全域に知られていた。
反応の多くは「物流拠点って何だ?」「道の駅って何?」「普通の街と何が違うの」との戸惑いのほうが多かった。
また、一部の村役からは「海の商都に対抗する陸の商都ってことは、いま以上にホルテレンに逆らうことになる。対立の激化は好ましくない」とする反対意見もあった。
だが、反対がない部分もあった。
ナナリコの計画では、新規に造る道はクルナ村の管理地だけで、東西南北をつなぐ便利な計画だ。
交通の要衝云々は関係なく、往来が便利になることに反対はなく、道造りは荒れ地と雑木林を切り開けばいいだけ。
農閑期に行えば、村民の収入源にもなる。村民からの支持が盛り上がらない現村長としては、人気取りのためにも実施したい事業だった。
だから、村はナナリコに新道建設工事の調査依頼をする。
トレウェリの旧都ハイカンは、完全な機能停止状態だった。包囲されていた間、何度も大火があり、街の半分が焼失している。
古い街なので道が狭く、入り組んでいて、迷路のようになっている。
また、北西から南東に向かう間道はあるが、交通の要衝ではなかった。
もともと政治の中心で、敵から攻められにくい場所を選んで建設されたため、新しい時代に即した立地ではなかった。
地域の中心にはなるだろうが、それ以上の期待はできない。
ナナリコが説明する。場所は館。呼んでもいないのに、フィオラの父親が同席している。
「西からの道はチュウスト村を東西に貫通しているみたい」
耕介が肯定する。
「この道は、山脈沿いの南北街道にはつながっていない。チュウスト村の西端付近で北に折れて、フェミ川に至るんだ。途中には南に向かう道もある」
フィオラの父親も肯定する。
「クルナ村より西側の連中は、この道をよく使う。間道だが、昼間は往来が多い」
ナナリコが続ける。
「南北の街道に行き当たったるけど、東に2キロ延ばすの。これが新しい道その1。
その先から8.5キロ南東に新しい道を造る。これがその2。
この道の行き先は、南北の街道から東に延びる道。この道はホルテレンの北20キロ付近に至るの。
つまり、2キロ+8.5キロの道を造れば、東西を結ぶ新しい街道が造れる……」
耕介は、健吾が近くにいるような錯覚に陥ることがある。北岸基地にいると、それが顕著になる。1人でいるときよりも、フリッツや太志がいるほうが強くなる。
宇賀神将馬がいると、さらに強くなる。賑やかさに誘われ、健吾があの世から戻ってくるように感じるのだ。
将馬が不審そうに尋ねる。将馬は、たどたどしいが日本語を解する。
「ここにあるクルマって、健吾さんと一緒に集めたの?」
耕介は健吾の名を聞くと口の渇きを感じる。
「そうだ。
何年もかかって集めたんだ。
工作機械も拾いものだし、豪華な整備工具も。全部、何から何まで」
道具の不足に苦しんできた将馬には、うらやましく思えた。
「拾いものねぇ」
耕介は、健吾の分析を思い出していた。
「俺たちが迷い込んだ時系列は、本流の時系列の最末期よりもさらにあとなんだと思う。
本流の時系列は、数百年前に終わっている。移住は数百年間中断して、俺たちの時系列が始まった。
ごく少数が移住する時系列だ。個人の移住者ばかりで、組織的な大規模隊はない。移住期間は最長でも50年ほど。時渡り前の時間なら4時間半くらいだ」
将馬の両親は、月の門を通っていた。
「両親の話だと、カザルマン渓谷ルートは大型車でも通行できるそうなんだ。
もちろん、徒歩並みの徐行になるけどね。
イズラン峠は狭く、かつ険しくて、大型車は通れないと聞いた。
フェミ川北岸ルート、つまり、北側の山脈が途切れる通路を通ると、距離がありすぎて、大量の燃料を持っているか、高燃費のクルマで移動していない限り、通り抜けることができない。
もし、フェミ川からコフリー川の2千数百キロの間で、この地域の環境を変更できるほどの集団がやって来たとするなら、カザルマン渓谷を通ったはず。
そうでなければ、大量の物資を運び込めない。
それと、フェミ川、クウィル川、ハトマ川、コフリー川の間隔が700キロから800キロ程度で、間隔が均一すぎると思う。この川も人工物じゃないのかな」
同じ意見は健吾も言っていた。
「健吾も同じ考えだった。
自然の川は地形によって蛇行するものだけど、4本の川は人工的に直線だって」
フリッツが作業の手を止める。
「完全な人工環境なんだ。
フェミ川からコフリー川までの地域は……。
生態系が単純で、不安定だから、わずかな油断で住めなくなってしまう」
太志が現実に引き戻す。
「で、このランクルはどう料理する?」
フリッツが案を出す。
「ドアとルーフを取っ払って、ピックアップにする」
魔獣に襲撃されたのか、側面を大きく破損しているランクルは、ボディが曲がってしまっていて、ドア2枚がめり込んでいる。ピラーも内側にくの字に曲がっている。
サイドウインドウは割れているが、フロントウインドウから前方はほぼ無傷だ。
「案としてはありだけど、板金作業がたいへんだぞ」
耕介の反対に太志が別案を出す。
「あのトラックだけど、キャブは使える?」
耕介が戸惑う。
「あれか?
再生を考えたんだけど。シャーシが曲がっているんだ。微妙に。
アルミパネルの荷台はあれ。見事に凹んでいる。
魔獣か妖獣に襲われたんじゃないかな。
横から魔獣に吹っ飛ばされて、大木の幹に激突したって感じかな。大きい個体は体高6メートル、体重は推定5トンの化け物だ。
2トン車は吹っ飛ぶよ。
で、質問のキャブだが奇跡的に無事だ。錆びている以外は……」
太志が案の続きを言う。
「うまいこと辻褄を合わせれば、トラックのキャブが載るんじゃないか?
そうすれば、キャブの錆落としと塗装、荷台の製作で1台でっち上げられる」
フリッツが賛意を示す。
「どちらもトヨタ車だから、相性がいいかも。しかし、そもそもランクル70のシャーシに丸目のダイナのキャブが載るんか?」
耕介も賛成する。
「帳尻あわせが面倒だけど、塗装だけで、鉄板を叩かなくていいのは助かるよ」
耕介たちは、少しずつだが、動くクルマを増やしている。
だが、大型小型にかかわらず、建機を見つけていない。農機の発見もない。そのことからも、軽装備の移住者がほとんどだったことがわかる。
「一休みしよう」
耕介が声をかける。
4人が飲み物を手にすると、耕介が話し出す。
「移住者の装備には、傾向があったんだ。
アウトドア派、移動重視、官給品装備。
アウトドア派は、移住をキャンプの延長と捉えていた。
もちろん極論だ。
キャンピングカーやキャンピングトレーラーを牽引して、移住してきた。
これにも2系統あって、まず小排気量の小型トラックやバンを使う。ウニモグやそれ以上の大型多軸オフロード車を使う。
燃料をバカ食いする大型車を選ぶと、そう遠くへは行けない。居住性はいいけど、行動距離はかなり制限される。
移動重視は、とにかく動き回れるように、少ない燃料で長距離の移動が可能になるよう低燃費の車輌を選んだ。総じて、軽装備だ。
官給品装備は、政府や軍が指定する標準的な装備で移住したヒトたち。特徴がないことが特徴だけど、偏った考えが混ざっていないからバランスがいい。
同時に、すべてにおいて中途半端。
で、結局だけど、どんな装備でも多くは生き残れなかった。幸運は平等じゃなかった。
燃料切れで身動きできなくなった移住者は多かったようだ」
将馬が頷く。
「親父とお袋は、ドミンゴが最善の選択とは考えていなかったみたいだ。
2代目デリカのワゴンが理想だったけど、移住までに手に入らなかった」
耕介たちもデリカは車輌の候補に挙げていた。
「デリカか。俺たちも考えたよ、2インチくらいリフトアップしたら、路外でも動けると考えた。
だけど、金持ち向けのクルマになっていたから、入手は無理だったよ」
しかし、デリカとボンゴのワゴン、ハイラックスやダットサントラックなどのピックアップは見ていない。取り合いになっていた車種だが、耕介たちの時系列には紛れ込んでいなかった。
一方で、ナナリコがデリカトラック、太志がボンゴトラック、後輪駆動だが将馬の両親がバネットトラックを使って移住している。
このクラスのリフトアップしたトラックは、2億年後の路外走行に有効だった。それと、有効であろう軽トラックも見ていない。
この時系列での移住者の絶対数が少ないことが、原因だった。
移住者の絶対数が少ない時系列に迷い込んだ耕介たちが、豊富な物資を入手することは不可能。2億年前の物資は、こまめに拾い集めるしかない。
将馬が旧都ハイカンの情勢を話題にする。
「ハイカンは、水が出ないらしいよ。
それに、また火事だ。失火らしいけど、かなりの面積を焼いたらしい。
あの街は、もうダメだね」
耕介は街の住民が気になった。
「住民は?」
将馬の住まいとは距離が近いだけに、ハイカンの情報は豊富だった。
「ハイカンがシンガザリに走った理由だけど、ハイカンは中枢も住民も、どちらも権威に弱いんだ。
強権に指向しやすい。ハイカンは権威を振りかざしてトレウェリを支配してきた。
だが、シンガザリが侵攻してくると、コロッと態度を変えた。弱いものに強く、強いものには卑屈なほど弱いんだ。
で、シンガザリに降った。ところが、トレウェリの多くは反シンガザリで固まった。これは、ハイカンには相当に意外だったらしい。 その影響もあって、ハイカンも反シンガザリ派と親シンガザリ派にわかれて、抗争を始めた。
反シンガザリ派は負けたが、敗残兵が各地で暴れた。
結局、ハイカンは、親か反かは関係なく、トレウェリの全住民から嫌われる。
ハイカンを解囲して、残っている親シンガザリ系住民を追い払おうとしたけど、大好きな王様に殺されるのがイヤでとどまっている。
身動きできず、水はなく、火事が頻発じゃぁ、そう遠くない時期に廃墟になるよ」
耕介は、ホルテレン政権の深意に気付いていた。
「臨時政府は、東エルフィニアの中心としてメルディの海岸部を発展させたいんだ。
そのためには、ハイカンやその他の内陸の街は邪魔になる。トレウェリの旧都であるハイカンは、目の上のたんこぶだよ。
潰したいと思うのは当然。
トレウェリは農産物を生産する寒村の集まりでいいと考えている。そのほうが支配しやすいしね」
太志がさらに深読みする。
「アクセニは南半分がシンガザリに占領されている。虐殺はあったようだけど、住民の多くは逃げた。
難民は困窮している。
トレウェリはアクセニの難民を支援しているけど、恒久的な仕事を手配しないと抜本的な解決にはならない。
ナナリコの計画は、完成までに何年もかかる。難民支援になるよ」
フリッツが心配する。
「建機は、キャリアダンプしかない。
せめて、ブルドーザーがあれば……」
耕介には腹案があった。
「H鋼で梯子形のフレームを作り、1センチ厚の鉄板を溶接してバケットを作る。そのバケットを取り付けた機械式のホイールローダ擬きを作る。
エンジンはトラックから拝借。その他の部品も。タイヤは大型トラック用を使う。後輪をダブルタイヤにすれば、何とか踏ん張るんじゃないか。
部品はある。キャビンなし、メーター類一切なし、灯火類もなくていいから、意外と早くできるよ」
4人はまがい物のホイールローダの設計を始める。これが、初めての新規製作車だった。
包囲内との出入りは、ほぼ不可能。少人数が脱出したり、進入することは可能だろうが、荷車が通れるルートはない。
旧政権指導層は、軍事力での対抗が不可能と判断した時点で、シンガザリに恭順することを決定し、それを全トレウェリに命じた。
しかし、中央集権的ではなかったトレウェリにおいて、この命令はハイカン周辺にしか及ばなかった。
旧都周辺は、シンガザリが退けられた現在でもシンガザリの勝利を信じており、東エルフィニア臨時政府の降伏勧告を無視している。
無理攻めしたくない東エルフィニア側と、情報が遮断されているためかシンガザリの威光を過大に評価しているハイカン側とが、にらみ合ったまま歳月が流れていた。
そして、兵糧はとうにつきていた。
東エルフィニア軍は、ハイカンとその周辺からの投降者には寛大に接してきた。ただ、投降ではなく、脱出しようとする場合は厳しく対応した。
ハイカン側は投降を防ごうと、非情な取り締まりをしていたが、官吏、将兵、商人、農民への効果は皆無だった。政権中枢の投降も多かった。
耕介たちは、内陸から逃げ帰っていた。ヒトの土地の南北を分割する東西公路に達すると、ひたすら西進し、バッキーズ公路に至る。そして、最短行程でフラーツ村に戻ってきた。
調査は完全な失敗だった。
ラリッサはいろいろなことがありすぎて、高熱を出してしまう。
彩華は食べたものを吐いてしまう。タクマは鬱状態。
耕介と太志は酒の酔いで、感情を抑えている。
つまり、調査に行った全員が精神に異常をきたしてしまった。
亜子、耕介、太志がクルナ村に戻る際、ハイカン解囲による第1次シンガザリ移住団の移動に遭遇している。
この移住は親シンガザリ派住民の希望によるもので、シンガザリ王家との合意はない。
行けば必ず殺される。猜疑心の強いシンガザリ国王に慈悲はない。
耕介が太志に「子供もいる。若い女も。行けば何をされるか。殺されるだけじゃすまない」と告げると、太志はスキットルから酒を飲む。
そして、耕介を無視する。
シンガザリ移住団は、第5次まで編制され、第3次まで実行されたが、第4次では移住希望者たちが「少し待ってほしい」と言い出し、第5次では「移住したくない」と言い始め、第6次は編制しようとしたものの希望者が集まらなかった。
第3次移住者のうち多数が殺害を逃れ、東エルフィニアの村に助けを求めて逃げ込んだからだ。
この逃れた住民たちは相互に関係がなく、救助を求めた村も複数あった。
第3次移住者の運命が国境付近で知れ渡り、その噂は東エルフィニア全土に伝播する。クルナ村では、数軒ある飯屋があらゆる噂の交換場所になっていて、どの店でも移住団の虐殺が話題になっていた。
凄惨な話など聞きたくない耕介だったので、情報の多くはフリッツが集めてくれた。尾鰭が付いた飯屋の噂よりも、診療所の噂のほうが確実性が高いと思われたが、普通の村民には到底信じ得ない内容ばかりだった。
凄惨すぎるのだ。
ただ、飯屋では拾えない情報があった。シンガザリの内情だ。
夕食後、食堂に館の全員が集まる。不在は診療所の夜勤担当のリズだけ。
フリッツが話し出す。
「2次情報だけど、確度は高いと思う。この話は、脱出に成功した第3次移住団の参加者から直接聞いたそうだ」
フリッツが水を飲む。
「異変は、シンガザリ領に入った瞬間から感じたそうだ。
畑が枯れていた。
青い葉は木々にしかない。畑は作物が枯れているか、作付けされていないか、そのどちらか。
どの村も飢えていることは明らかだったそうだ。
王都に向かう途中、その景色が変わることはなかった。
その脱出者は、王都入城の前日に北に向かって逃げたそうだ。彼の妻は逃亡に反対し、息子を残して、幼い娘を連れて逃げた……。
その男はもともと、シンガザリに行ったことがあり、地上の楽園だとは信じていなかったそうだ。
彼の妻は、シンガザリ国王を信奉しきっていて、それに引きずられての移住決断だった。
昼間は隠れ、夜に歩き、食糧がつきる5日目に勢力圏を抜けたことを確認して、近くの農家に助けを求めた。
シンガザリには水がない。おそらく、地下の灌漑設備が埋まったんだ。ここと同じだ。経年劣化か、たまにある地震か、その両方か、理由はわからないけど、過去の文明の遺産が使えなくなったんだ。
で、干ばつと同じ状態になった。雨が降らないからね。
シンガザリが侵略を始めた理由は、極端な不作が原因なんじゃないかな。
だから、侵略先で村民・住民を虐殺するんだ。ほしいのは農地だけだから。
侵略を始めた頃は、収穫があったのだろう。だけど、もうない。そして、東エルフィニアは防備を固めた。
クウィル川を渡ってヒトの土地に攻め込むほどの戦力はない。
西端の南北交易路を閉じてしまったので、物資も入ってこない。
臨時政府もこの情報を得ていて、近く、攻勢に出るらしい」
耕介は「また戦争かよ」とウンザリする。しかし、シンガザリがヒトの領域に攻め込んだりしたら、シンガザリだけの問題ではなくなる。エルフ全体の責になる。
そんな危険の芽は、摘んでおいたほうがいい。
この頃、ようやくシュタイヤー12M18とザウラー6DMが使えるようになった。トラックが2台増えるので、輸送力が上がる。
フラーツ村では、ラリッサが彩華たちのグループに入り、コムギとひまわり油の輸送に参加することになった。
彼女の両親は心配するが、何もさせないという選択肢はない。生きていく術を学ばなければならない。
ゴンハジは噂を頼りに、無謀にもシンガザリの西端に進入し、農家の納屋で眠っていたM54A2軍用トラックを手に入れていた。
このトラックのエンジンはマルチフューエルで、ガソリン、軽油、灯油、航空燃料で動く。シャーシは、最も短いタイプ。
大幅に改造されており、パワーステアリング、セミオートマチックトランスミッション、タイヤの空気圧調整装置、ダブルタイヤだった後輪2軸4輪はシングルタイヤになっていた。
回収時は荷台がなく、不動だったが、保存状態がよく、フラーツ村まで運んでから整備すると、比較的簡単に動いた。
これで、フラーツ村も目標の50トン輸送が可能になる。
15カ村連合体のウクルルは120トン、6カ村連合体のラムシュノンは60トン。合計180トンものコムギを運ぶ。これは、ヒトの小型貨物船1隻分の積載量に相当する。
12頭立て荷馬車に換算すると、26編制に相当する。この量を一気に陸送するなど、過去に前例がない。
トレウェリの旧都ハイカンは、東エルフィニアに刺さったトゲだった。
シンガザリ国王の諌言に乗り、シンガザリがエルフを導くと信じてしまった。シンガザリをよく知る商人や官吏は、指導層と民衆の妄信に絶望し、ハイカンが親シンガザリ派に支配されるとすぐに街を脱出。
ホルテレンなどに移った。ホルテレンが急速に拡大し、商都であり、新都になり、政治と経済の中心となった。
ホルテレンが比肩なき強大な都市となったことから、臨時政権は尊大となり、中小の街、村に権力の一端を見せ始める。
クルナ村の村長と村役は、この動きを嫌忌した。耕介は「内乱の芽になりかねない」と心配し、亜子は「ホルテレンを押さえるには、ハイカンの復興が必要よ」と説いていた。
モイナク村は、シンガザリ軍が進駐したことで、壊滅してしまった。ただ、この村は村の1人の富者が農地を買い占めていたことから、村民の多くが村外に退避していたこともあり、生命の被害は少なかった。
シンガザリ軍の再侵攻があり得る状況から、モイナク村の債権は放棄され、土地は近隣各村に分割されていた。
ナナリコの計画は、耕介を始め館の面々には衝撃的だった。
「モイナク村の中心部は、南北街道の途中にあったの。東側ね。西はチュウスト村」
そんなことは誰でも知っている。
ナナリコは、無反応を気にしない。
「いまは何もないけど……。
整地されているし、焼けた家を解体すれば、広い空き地ができるの。
南北の街道沿いにあるのだから、東西をつなぐ街道があれば交通の要衝になるの。
西からの道はこれ」
ナナリコが広げていた絵地図の街道を指差す。
「この道を2キロ東に延ばして、その先端から南東方向に延びるバイパスを造る……。
このバイパスを延ばしていくと、この街道につながる……。
そうすると、村の中心から東に1キロの地点で、東西南北2つの街道が交わるわけ。
正確な場所は精査しなければならないけど、ここに新しい施設を造る……。
新たな交通の要衝になる……。」
フィオラが地図を見詰める。
「畑はまったく潰さないから、反対はないけど……。
でも、新しい道を使ってくれるかな?
エルフは保守的なの」
ナナリコが説明する。
「この付近で、新たに交通の要衝を作るには、この場所しかないの。
それと、バイパスは幅10メートルにする……。
上下1車線幅4メートル、路側帯に1メートル。これだけ広い道なら、楽に移動できるし、対向車とすれ違うとき減速しなくてもいいから、移動時間を短縮できる……」
フィオラの父親が疑念を呟く。
「だったら、通り過ぎてしまわないか?」
耕介が否定する。
「そうはならねぇよ。
でっかい道の駅を作ろうぜ」
ナナリコが即否定。
「道の駅はここに作るの。
もとの村の中心に。
新しい交差点は物流拠点にする。交易の中心」
フィオラが叫ぶ。
「海の商都に対抗する陸の商都ね!」
耕介が首を振る。
「簡単じゃねえぞ」
シルカが賛成する。
「いい考えだ。
さすがはナナリコ。
新しい土地の名はモイナク」
ナナリコの計画は、翌日には多くのクルナの村民が知ることとなり、翌々日にはウクルル全域に知られていた。
反応の多くは「物流拠点って何だ?」「道の駅って何?」「普通の街と何が違うの」との戸惑いのほうが多かった。
また、一部の村役からは「海の商都に対抗する陸の商都ってことは、いま以上にホルテレンに逆らうことになる。対立の激化は好ましくない」とする反対意見もあった。
だが、反対がない部分もあった。
ナナリコの計画では、新規に造る道はクルナ村の管理地だけで、東西南北をつなぐ便利な計画だ。
交通の要衝云々は関係なく、往来が便利になることに反対はなく、道造りは荒れ地と雑木林を切り開けばいいだけ。
農閑期に行えば、村民の収入源にもなる。村民からの支持が盛り上がらない現村長としては、人気取りのためにも実施したい事業だった。
だから、村はナナリコに新道建設工事の調査依頼をする。
トレウェリの旧都ハイカンは、完全な機能停止状態だった。包囲されていた間、何度も大火があり、街の半分が焼失している。
古い街なので道が狭く、入り組んでいて、迷路のようになっている。
また、北西から南東に向かう間道はあるが、交通の要衝ではなかった。
もともと政治の中心で、敵から攻められにくい場所を選んで建設されたため、新しい時代に即した立地ではなかった。
地域の中心にはなるだろうが、それ以上の期待はできない。
ナナリコが説明する。場所は館。呼んでもいないのに、フィオラの父親が同席している。
「西からの道はチュウスト村を東西に貫通しているみたい」
耕介が肯定する。
「この道は、山脈沿いの南北街道にはつながっていない。チュウスト村の西端付近で北に折れて、フェミ川に至るんだ。途中には南に向かう道もある」
フィオラの父親も肯定する。
「クルナ村より西側の連中は、この道をよく使う。間道だが、昼間は往来が多い」
ナナリコが続ける。
「南北の街道に行き当たったるけど、東に2キロ延ばすの。これが新しい道その1。
その先から8.5キロ南東に新しい道を造る。これがその2。
この道の行き先は、南北の街道から東に延びる道。この道はホルテレンの北20キロ付近に至るの。
つまり、2キロ+8.5キロの道を造れば、東西を結ぶ新しい街道が造れる……」
耕介は、健吾が近くにいるような錯覚に陥ることがある。北岸基地にいると、それが顕著になる。1人でいるときよりも、フリッツや太志がいるほうが強くなる。
宇賀神将馬がいると、さらに強くなる。賑やかさに誘われ、健吾があの世から戻ってくるように感じるのだ。
将馬が不審そうに尋ねる。将馬は、たどたどしいが日本語を解する。
「ここにあるクルマって、健吾さんと一緒に集めたの?」
耕介は健吾の名を聞くと口の渇きを感じる。
「そうだ。
何年もかかって集めたんだ。
工作機械も拾いものだし、豪華な整備工具も。全部、何から何まで」
道具の不足に苦しんできた将馬には、うらやましく思えた。
「拾いものねぇ」
耕介は、健吾の分析を思い出していた。
「俺たちが迷い込んだ時系列は、本流の時系列の最末期よりもさらにあとなんだと思う。
本流の時系列は、数百年前に終わっている。移住は数百年間中断して、俺たちの時系列が始まった。
ごく少数が移住する時系列だ。個人の移住者ばかりで、組織的な大規模隊はない。移住期間は最長でも50年ほど。時渡り前の時間なら4時間半くらいだ」
将馬の両親は、月の門を通っていた。
「両親の話だと、カザルマン渓谷ルートは大型車でも通行できるそうなんだ。
もちろん、徒歩並みの徐行になるけどね。
イズラン峠は狭く、かつ険しくて、大型車は通れないと聞いた。
フェミ川北岸ルート、つまり、北側の山脈が途切れる通路を通ると、距離がありすぎて、大量の燃料を持っているか、高燃費のクルマで移動していない限り、通り抜けることができない。
もし、フェミ川からコフリー川の2千数百キロの間で、この地域の環境を変更できるほどの集団がやって来たとするなら、カザルマン渓谷を通ったはず。
そうでなければ、大量の物資を運び込めない。
それと、フェミ川、クウィル川、ハトマ川、コフリー川の間隔が700キロから800キロ程度で、間隔が均一すぎると思う。この川も人工物じゃないのかな」
同じ意見は健吾も言っていた。
「健吾も同じ考えだった。
自然の川は地形によって蛇行するものだけど、4本の川は人工的に直線だって」
フリッツが作業の手を止める。
「完全な人工環境なんだ。
フェミ川からコフリー川までの地域は……。
生態系が単純で、不安定だから、わずかな油断で住めなくなってしまう」
太志が現実に引き戻す。
「で、このランクルはどう料理する?」
フリッツが案を出す。
「ドアとルーフを取っ払って、ピックアップにする」
魔獣に襲撃されたのか、側面を大きく破損しているランクルは、ボディが曲がってしまっていて、ドア2枚がめり込んでいる。ピラーも内側にくの字に曲がっている。
サイドウインドウは割れているが、フロントウインドウから前方はほぼ無傷だ。
「案としてはありだけど、板金作業がたいへんだぞ」
耕介の反対に太志が別案を出す。
「あのトラックだけど、キャブは使える?」
耕介が戸惑う。
「あれか?
再生を考えたんだけど。シャーシが曲がっているんだ。微妙に。
アルミパネルの荷台はあれ。見事に凹んでいる。
魔獣か妖獣に襲われたんじゃないかな。
横から魔獣に吹っ飛ばされて、大木の幹に激突したって感じかな。大きい個体は体高6メートル、体重は推定5トンの化け物だ。
2トン車は吹っ飛ぶよ。
で、質問のキャブだが奇跡的に無事だ。錆びている以外は……」
太志が案の続きを言う。
「うまいこと辻褄を合わせれば、トラックのキャブが載るんじゃないか?
そうすれば、キャブの錆落としと塗装、荷台の製作で1台でっち上げられる」
フリッツが賛意を示す。
「どちらもトヨタ車だから、相性がいいかも。しかし、そもそもランクル70のシャーシに丸目のダイナのキャブが載るんか?」
耕介も賛成する。
「帳尻あわせが面倒だけど、塗装だけで、鉄板を叩かなくていいのは助かるよ」
耕介たちは、少しずつだが、動くクルマを増やしている。
だが、大型小型にかかわらず、建機を見つけていない。農機の発見もない。そのことからも、軽装備の移住者がほとんどだったことがわかる。
「一休みしよう」
耕介が声をかける。
4人が飲み物を手にすると、耕介が話し出す。
「移住者の装備には、傾向があったんだ。
アウトドア派、移動重視、官給品装備。
アウトドア派は、移住をキャンプの延長と捉えていた。
もちろん極論だ。
キャンピングカーやキャンピングトレーラーを牽引して、移住してきた。
これにも2系統あって、まず小排気量の小型トラックやバンを使う。ウニモグやそれ以上の大型多軸オフロード車を使う。
燃料をバカ食いする大型車を選ぶと、そう遠くへは行けない。居住性はいいけど、行動距離はかなり制限される。
移動重視は、とにかく動き回れるように、少ない燃料で長距離の移動が可能になるよう低燃費の車輌を選んだ。総じて、軽装備だ。
官給品装備は、政府や軍が指定する標準的な装備で移住したヒトたち。特徴がないことが特徴だけど、偏った考えが混ざっていないからバランスがいい。
同時に、すべてにおいて中途半端。
で、結局だけど、どんな装備でも多くは生き残れなかった。幸運は平等じゃなかった。
燃料切れで身動きできなくなった移住者は多かったようだ」
将馬が頷く。
「親父とお袋は、ドミンゴが最善の選択とは考えていなかったみたいだ。
2代目デリカのワゴンが理想だったけど、移住までに手に入らなかった」
耕介たちもデリカは車輌の候補に挙げていた。
「デリカか。俺たちも考えたよ、2インチくらいリフトアップしたら、路外でも動けると考えた。
だけど、金持ち向けのクルマになっていたから、入手は無理だったよ」
しかし、デリカとボンゴのワゴン、ハイラックスやダットサントラックなどのピックアップは見ていない。取り合いになっていた車種だが、耕介たちの時系列には紛れ込んでいなかった。
一方で、ナナリコがデリカトラック、太志がボンゴトラック、後輪駆動だが将馬の両親がバネットトラックを使って移住している。
このクラスのリフトアップしたトラックは、2億年後の路外走行に有効だった。それと、有効であろう軽トラックも見ていない。
この時系列での移住者の絶対数が少ないことが、原因だった。
移住者の絶対数が少ない時系列に迷い込んだ耕介たちが、豊富な物資を入手することは不可能。2億年前の物資は、こまめに拾い集めるしかない。
将馬が旧都ハイカンの情勢を話題にする。
「ハイカンは、水が出ないらしいよ。
それに、また火事だ。失火らしいけど、かなりの面積を焼いたらしい。
あの街は、もうダメだね」
耕介は街の住民が気になった。
「住民は?」
将馬の住まいとは距離が近いだけに、ハイカンの情報は豊富だった。
「ハイカンがシンガザリに走った理由だけど、ハイカンは中枢も住民も、どちらも権威に弱いんだ。
強権に指向しやすい。ハイカンは権威を振りかざしてトレウェリを支配してきた。
だが、シンガザリが侵攻してくると、コロッと態度を変えた。弱いものに強く、強いものには卑屈なほど弱いんだ。
で、シンガザリに降った。ところが、トレウェリの多くは反シンガザリで固まった。これは、ハイカンには相当に意外だったらしい。 その影響もあって、ハイカンも反シンガザリ派と親シンガザリ派にわかれて、抗争を始めた。
反シンガザリ派は負けたが、敗残兵が各地で暴れた。
結局、ハイカンは、親か反かは関係なく、トレウェリの全住民から嫌われる。
ハイカンを解囲して、残っている親シンガザリ系住民を追い払おうとしたけど、大好きな王様に殺されるのがイヤでとどまっている。
身動きできず、水はなく、火事が頻発じゃぁ、そう遠くない時期に廃墟になるよ」
耕介は、ホルテレン政権の深意に気付いていた。
「臨時政府は、東エルフィニアの中心としてメルディの海岸部を発展させたいんだ。
そのためには、ハイカンやその他の内陸の街は邪魔になる。トレウェリの旧都であるハイカンは、目の上のたんこぶだよ。
潰したいと思うのは当然。
トレウェリは農産物を生産する寒村の集まりでいいと考えている。そのほうが支配しやすいしね」
太志がさらに深読みする。
「アクセニは南半分がシンガザリに占領されている。虐殺はあったようだけど、住民の多くは逃げた。
難民は困窮している。
トレウェリはアクセニの難民を支援しているけど、恒久的な仕事を手配しないと抜本的な解決にはならない。
ナナリコの計画は、完成までに何年もかかる。難民支援になるよ」
フリッツが心配する。
「建機は、キャリアダンプしかない。
せめて、ブルドーザーがあれば……」
耕介には腹案があった。
「H鋼で梯子形のフレームを作り、1センチ厚の鉄板を溶接してバケットを作る。そのバケットを取り付けた機械式のホイールローダ擬きを作る。
エンジンはトラックから拝借。その他の部品も。タイヤは大型トラック用を使う。後輪をダブルタイヤにすれば、何とか踏ん張るんじゃないか。
部品はある。キャビンなし、メーター類一切なし、灯火類もなくていいから、意外と早くできるよ」
4人はまがい物のホイールローダの設計を始める。これが、初めての新規製作車だった。
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