大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚

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第4章 幸運の地

04-039 環境保護

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 北のフェミ川から南のコフリー川まで、海岸線で南北推定2500キロ、山脈東麓沿いなら2100キロ。北辺で東西700キロ、南辺で900キロの地域は、2億年後の生物相とは根本的に異なる。
 この地域だけは、2億年前の生物相を維持している。ただし、極端に簡易化している。そのため、極めて脆弱だ。わずかな油断で、簡単に本来の環境に飲み込まれてしまう。
 北辺の環境維持がエルフに与えられた根源的な任務だ。同じ役目は、ドワーフが南辺で負う。

 シンガザリにおける内乱は、山脈東麓方向からの環境侵略の余地を生み出していた。
 トロールの侵入は、その顕著な現象だと耕介は考えている。マイケルがこの説を強調していて、調査の必要性を力説している。
 ただ、シンガザリの国内情勢では、不可能だと判断するしかなかった。

 心美とレスティが山脈東麓中腹を南北に縦走して、状況を観察するという計画を立てている。
 耕介はイラついている。ホルテレンにいるので、直接動けないからだ。
 太志とシーラは、シンガザリの情報収集で手一杯。フィオラは、難民支援に奔走している。シルカは、身辺がますます物騒になってきた耕介の護衛。
 フィオラが「ココとレスティに任せたら」と提案したが、耕介は答えなかった。

 心美とレスティは、耕介の決断を待つつもりはなかった。耕介は自分以外の誰もを心配し、なかなか判断しないからだ。
 その気持ちはわかるが、心美はレスティに「何でも背負い込む耕介の態度はよくないよ」と言った。
 レスティは「私たちだけでやる?」と心美に迫り、彼女は「1個班規模のチームが必要だよ」と答えてた。

 山脈の東麓中腹を南北に縦走する探検は、警察隊が興味を示す。
 最上級の保安官から心美が呼ばれた。
 クルナ村の保安官事務所で面会する。
「ココ、中腹を縦走するという噂は本当なのか?」
「そういう計画を立てているよ」
「どこまで行くんだ?
 南はどこまで?」
「ヒトの土地まで。
 できれば、イズラン峠との合流点まで」
「歩いて?」
「違うよ。
 クルマを使う」
「道があることは知っているが、あの狭い道をクルマが通れるのか?」
「ATV、全地形対応車を使う。
 バギーなら走破できる」
「荷物はどうする?
 食糧、寝具、テント、どんな怪物が現れるかわからないから武器だって必要だ」
「バギーにリヤカーを牽引させる」
「リヤカー?」
「ヒトが牽く荷車だよ。
 標準の穀物袋10袋くらいは積めるんだ」
「そんな、荷車、トレウェリにあったか?」
「あるんだ。精油工場とかでは使っているんだけど、クルナ村と周辺の農家でも使われているよ」
「1人で牽けるのか?」
「うん。
 空気入りのタイヤが手に入りにくいから、パンクレスタイヤを使っているんだ」
「ゴムタイヤなのか?」
「そうだよ。
 ゴムタイヤの入手が困難だから、最近まで生産数が少なかったんだ。
 だけど、ドワーフの商人から手に入れることができるようになったので、少しずつ生産数を増やしているんだ」
「実物はどこで見られる?」
「シルカの館にあるよ」
「よし、あとで見に行こう。
 で、探検隊の隊員は集まったのか?」
「8人で行く。
 私とレスティは決まり。あと2人も決まっている。地理と植物の学者だよ。
 護衛兼作業員の4人を探している」
「その4人。
 警察隊が出す。それと、資金と装備も」
「ありがとう。
 そうしてもらえると助かるよ」

 4人乗り乗用型ATV2台による探検隊の編制は、短期間で完了した。このATVはエンジンなど主要部品は2億年前のものだが、シャーシやボディは2億年後に作られた。
 車体後部に狭い荷台がある。この荷台だけでは足りないので、サスペンションを取り付けたリヤカーを牽引していく。

 耕介は、心美やレスティに危険な行為をしてほしくなかった。しかし、それは彼の勝手な願望で、彼女たちは独自に考え独自に行動する。
 無謀でもなければ、怠惰でもない。心美とレスティは十分に臆病で、それゆえ用心深い。
 不慮の事故はある。しかし、心美とレスティは、それを恐れてはいない。注意と警戒を怠らないだけ。

 心美は耕介に怒りを感じることがある。
「30過ぎのおばさんを、子供扱いする」
 耕介にとって、心美は出会ったときの心美のままだった。何十年経っても。

 耕介に報告を届けたのは、レスティだった。
場所は、耕介のホルテレンの私邸。公邸には、ホルテレン政府と議会議長の間者がいる。
 どんな会話も、筒抜けだ。偽情報の流布には、公邸が最適の場所だった。逆に密談は、私邸に限る。小さな民家だが、耕介とフィオラの居室以外に、客室が3室ある。
 レスティは当然、私邸に滞在した。

 夜の私邸には、耕介、フィオラ、レスティがいた。シルカは危険を承知で、街中に部屋を借りている。耕介の敵を誘き寄せるためだ。耕介の護衛であるシルカを倒そうと考える、敵対者は少なからずいる。
 3人は、ダイニングチェアに座る。
 レスティがビールを飲む。そして、説明を始める。
「道の幅は両手を広げた幅程度しかなかったよ。バギー以外での探検は不可能だったね。ウマは可能性はあるけど、飼い葉は嵩張るから……。
 ウマが食べられる植物は、なかったよ。動物も私たちとは違う……。ココは北岸と同じだと言っていた。
 ただ、魔獣はいなかった。山岳地帯だからだと思う。動物は樹上性の小型の種が多かった。地上性の動物も小型ばかり」
 耕介には、不思議に感じていることがあった。
「環境が維持されている理由だけど……。東は大洋、南北は大河が境界になっているけど、西側は何が境界なんだろう、って」
 レスティは、心美の仮説を伝える。
「数十メートル、20メートル以上の落差の断崖があるんだ。最大は100メートルに迫るかもしれない。
 この断崖の上と下で、景色が違うんだ。断崖の上は植物が多いけど、下は大きな石が多くて土がないから植物は少なかった。
 断崖は山脈の北の端から、イズラン峠まで途切れなく続いていたよ」
 耕介にも心当たりがあった。
「ガレ場か?
 一部じゃねぇんだな」
 南北に連なる山脈には、崩れた岩屑が積み重なったガレ場があることは知っていた。見てもいた。ただ、その規模が局所的ではないことは知らなかった。
 イズラン峠のガレ場は、広大な面積になる。耕介には、断崖とガレ場が、生態系を分け、2億年前の環境を維持できる境界の役目だとは思えないが、現象としてはレスティたちが見てきた通りだ。
「東は大洋だが、南北は川1本、西は崖とガレ場が環境を分けているとしたら、かなり脆い。
 わずかな油断や人為的破壊で、エルフ、ヒト、ドワーフの土地は北岸のようになってしまう。
 シンガザリだが、連中がどうなろうが知ったことじゃねぇが、広大な面積が荒れ地になれば、環境が崩れるきっかけになりかねなねぇ。
 環境保護は、我々の生死に直接関わる。
 シンガザリは放置したいが、それはできなねぇ。シンガザリの土地を再生しないと」
 レスティは、耕介の主張は理解できる。だが、シンガザリをどうにかするには、王太子と王弟を倒さなければならない。
「それって、無理だよ」
「かもしんねぇな」

 フィオラは耕介の作戦に反対だった。だが、シルカが賛成している。王太子と王弟の後釜も用意しているが、フィオラは母子を生け贄にしたくなかった。
「あの母子をどうする気?」
 耕介は非情だ。
「男の子は国王に即位させる」
「まだ、10歳なのよ!
 それにお母さんは農家の出なの!
 やっと、離宮から逃げ出せたのに!
 残酷よ!」
「わかるけどね。
 だけど……」
「だけどじゃない!
 私は絶対反対!」

 レスティには、耕介とフィオラの会話の意味がわからなかった。
「シンガザリの王族を捕らえているの?
 まさか、だけど……」
 フィオラが説明する。
「そのまさかなの。
 これ、秘密なんだけど……。
 生死がはっきりしない現王の直系ではなく、先王の最後の妃とその子がクルナ村にいる……。
 現王は他国に迷惑をかける大バカ者だけど、先王は単純に横暴な権力者だったみたい。
 母親には婚約者がいたのだけど、先王に見初められてしまって、婚約者は殺され、彼女は先王に拉致されてしまった……。
 そして、閉じ込められ、弄ばれて、子を産まされた……。
 王太子と王弟の争いの中で、彼女は混乱を利用して先王の離宮から逃げ出したの。先王はすでに逝去していたし、離宮の警護兵はごくわずか。
 彼女の父親が私兵を率いて離宮を攻め、娘を助け出して、交流のあったタイシに預けた……。
 タイシがクルナ村に連れてきて、村の保護下にある……。常時、警察隊が警護している……」
 レスティには心当たりがあった。
「あの母子。友だちが警護しているよ。
 避難民支援と孤児の保護活動をしている女性。実は人気があるんだよね。村役に推す声も強くなっている。
 男の子は学校に通っていて、穏やかでまじめらしいよ。お母さんと一緒に支援活動に参加しているよ。
 で、コウは、その母子をどう使おうと思っているの?」
 耕介は明らかに怯んでいた。レスティの目が批難の色を帯びているからだ。
 耕介が口籠もった一瞬を突いて、フィオラが説明を始めた。
「シンガザリの民って、私たちとは違うでしょ。私たちは指導者を選ぶけど、シンガザリには支配者が必要なの。
 指導者は失敗すれば、交代してもらえばいいだけ。失脚しても、殺されることはないでしょ。
 支配者は統治に失敗すれば、殺されてしまう。本人だけじゃなくて、家族も一緒に。
 シンガザリ王家は何千年も続いているそうだけど……。男系優位で、家系図には母親は書かれない。母親に価値はないわけ。母親は誰でもいいみたいね」
 耕介は、フィオラの説明を黙って聞いている。知らなかったからだ。政治や経済、軍事ばかりに気を取られ、シンガザリ王家のことなど興味がなかった。
 王家の男なら道具に使えるとしか考えていなかった。
 だから、沈黙を続ける。
 そして、フィオラの説明が続く。
「シンガザリでは、代替わりのたびに流血で山と河を赤く染めてきたの。
 国王は後継者を指名するけど、それはたいてい国王の嫡男。でも、指名された後継者が王位に就けるわけじゃないの。
 王位に就いたとしても、反対派を徹底粛正できるかどうかがカギ。できなければ、王位から引きずり下ろされて、殺されて終わり。男の子も殺される。でも、女の子は殺されない。女に価値はないから。
 現在、王太子と王弟が争っているけど、これはお定まりの出来事。
 ただ、コウがいじわるしたから、どちらもヨレヨレ。それが、いつもと違う点。
 そこに、第3の王位継承権者を放り込めば、濡れ手に粟。コウはそれを画策しているの」
 レスティが怒っている。
「かわいそうじゃん。
 優しいお母さんと、おとなしい男の子なんだよ。コウは魔獣と同じだよ」
 耕介は「じゃぁ、どうすんだよ!」と叫びたかったがやめた。
「俺って、悪人だよな」
 自分でも最近はそう思うからだ。
 しかし、この母子を使うのは気が咎めていた。もっと利用しやすい王家の男性がいないか探してみようと考えている。
「つまんねぇ人生を送るのにふさわしいクズが王家にはまだいるはずなんだが……」
 そんな思いから、耕介は母子と面会することにした。

 フィオラの仲介で、シンガザリ王国先代国王の3人目の妻アンフィーサと彼女の子エレメイは、シルカの館で耕介と面会した。
 彼女は、警察隊1個班の護衛を受けていた。

 アンフィーサは、極度に緊張していた。この面会で、彼女と彼女の子の運命が決まるからだ。
「アンフィーサでございます。
 この子は私の子、エレメイでございます」
 アンフィーサは「私の子」に無意識に力を込めていた。それを耕介は聞き逃さなかった。
「コウです。
 現在は、東エルフィニアの議員をしていますが、中身はただのおじさんです。
 今日はアンフィーサさんから情報が欲しくて、お出向きいただきました」
 アンフィーサは何を尋ねられるのかと、さらに緊張する。
「どういったことでしょう?
 議員閣下」
「コウでいいです。閣下は不要です。
 王家、生死がわからないシンガザリ現王の家族の内情です」
「はぁ……?」
「王太子殿下と王弟殿下以外に、シンガザリ国王の座を狙っている人物はいますか?」
 とんでもない質問にアンフィーサは驚いた。答えを間違うと、命取りになるとも考える。
「現王ご家族のことは、よく知りません。
 お目にかかったこともありませんし……。
 現王は子福で40人近いお子がいたと聞いていますが、男子は生まれるとすぐに生命を狙われます。
 運よく成長しても、王位を継承するか死ぬかのどちらかになります。
 王弟殿下も国王陛下から何度も生命を狙われたはず……。国王陛下が即位されて以降は、所在を徹底的に調べられたと思います。
 見つけ出されてしまったら、殺されていたでしょう」
「エレメイくんの場合は?」
「エレメイは産まれる前から生命を狙われましたが、父が雇ってくれていた警護の方々が守ってくれました。
 それに、エレメイが産まれる前に、先王がご崩御されましたので、それ以後は生命の危険だけはございませんでした。
 エレメイには王位継承権がありませんから……」
「なぜ?」
「先王がお隠れになる前に産まれませんでしたので……。
 父親が先王ではない、との噂がございました。この噂は、私の父が流しました。
 私とこの子を守るために……。
 不義の子なら、王位は継げませんので」
「お父上は、反王家?」
「はい。
 父はトレウェリの出身なんです。
 母は私が先王陛下に見初められたことを喜び、調っていた縁談も破棄させようとしました。
 父は私の身を案じ、また私の気持ちを考えて、私を父方の親戚に預けようとしたんです。ですが、母方の親戚に察知されてしまい、私は母方親戚に捕らえられ、無理矢理……。
 必死に抵抗したのですけど……。
 許婚が殺されて、心が折れてしまい……」
「現在、母上は?」
「わかりません。
 私のことで、父と母は完全に対立してしまい、別れてしまいました。
 父は私を取り戻そうと、その後も活動を続け、王太子殿下と王弟殿下との抗争が始まると、先王陛下の離宮から私とこの子を脱出させたんです。
 父の手元には置いておけないので、父の友人に預けられました」
「それが、太志というわけか?
 それで、あなたはどうしたい?」
「穏やかに暮らしたいです。
 父はトレウェリの出身です。トレウェリで暮らしたいのです。この子と一緒に……」
「では、そのようにしましょう。
 護衛が四六時中付くいまの状態では、不便でしょうが、しばらくの間は我慢してください」
「ありがとうございます」
 フィオラがホッとした顔をするが、まだ疑っている。耕介は「俺は非情かもしれないが、悪魔じゃねぇよ」と心の中で呟いた。
「教えてほしいことがあります」
「どんなことでしょう?」
「王家縁の方で、王位継承を望んでいる方をご存じありませんか?」
 アンフィーサは、どう答えるか迷う。また、答えていいものか考え込む。彼女は、知っていることがあった。
 しかし、逡巡は一瞬だった。我が子と安寧に暮らすためなら、シンガザリ王家がどうなろうと知ったことではない。
「先王の三男、コンドラ王子殿下は、一時期、王太子殿下の権威失墜を画策していたと聞いています。王宮内、離宮内の噂に過ぎません。ですが、先王の愛妾リュドミラ様はコンドラ様を国王にしようと権謀を巡らせていたことは事実です。
 彼女は、先王の後継者はコンドラ王子殿下だと言葉にしていました」
「本人、コンドラ王子はどのように?」
「彼は母親に口答えはしません。母親の命令は絶対です」
「あなたから見て、コンドラ王子はどんな人物かな?」
「すべて母親が考え、王子殿下は何も考えません」
「母親の傀儡?」
「完全な操り人形のように感じます」
「本当は母親が王の椅子に座りたい?」
「でしょう。
 コンドラ王子殿下はその道具ではないかなと。そんな王子殿下が幼かった頃はかわいそうだと思いましたが、元服の頃には覇気がないお方だな、と」
「コンドラ王子の戦力は?」
「わかりません。
 住まいはアクセニとの国境に近いグルマング城ですが、大きな城ではないので手勢が40から50ではないかと」
「リュドミラの敬称は?」
「夫人です。
 リュドミラ夫人……」
「誰の夫人なんだか?」
「……。
 噂ですが、子と交わると……」
 フィオラがお茶を噴き出す。
「えぇ~、気持ち悪い」
 アンフィーサは能面のように無表情。
「寝所が同じであることは、確実です。
 侍女たちの噂では、寝所には寝台が1つだと」
「その母子相姦が趣味の気持ち悪い母親を、焚きつけるにはどうしたらいい?」
「焚きつける?」
「あぁ、王太子と王弟を倒して、息子を国王にしてやる。
 その前に息子が国王になれると信じ込ませる必要がある」
「……。
 まずは軍資金かと……」
「いや、もう1つ方法がある。
 グルマング城を調略する」
 アンフィーサが怯え、フィオラが唖然とする。

 グルマング城は本来、アクセニで王を名乗る豪族の居城だった。つまり、コンドラ王子はアクセニの領土を占領している。
 耕介は、アクセニ出身者を中心に義勇兵を募れば、相当数が集まると考えた。

 作戦の立案段階で、耕介は頭を抱えてしまった。
 グルマング城の情報が欲しくて、シルカとシーラに相談したのだが、2人ともこの城については間取りまで知っていた。
 そして、アクセニ出身者だけでなく、シルカやシーラのようにアクセニの似非王家に遺恨があるエルフも集まってきた。
 1個小隊規模の義勇軍の編制を目指していたが、数日で3個小隊規模、1週間後には5個小隊規模まで膨れあがる。
 警察隊や正規軍からの志願者も多い。各地の非正規軍や護衛士など戦闘の経験者が大半を占める。
 相応に強力な部隊になってしまった。
 当然、秘密にはできない。

 東エルフィニア政府と議会が問題にし始めたし、ウクルルでも耕介の策動に疑問を呈する有力者が多くいた。

 耕介が館に戻ってきたシルカに「短期決戦だ!」と叫んだ。
「グズグズしていると、潰されちまう」
 シルカも同感だった。

 太志が調べた限りでは、グルマング城の常備城兵は30程度であることがわかった。
 1個増強中隊規模となる250の大軍で迫れば、籠城以外の選択肢はない。あとは、逃げるか、城に火を放って自決するかだ。

 作戦発起の前、耕介は全兵に訓示した。
「我々はシンガザリとは違う。
 蛮行をしてはならない。
 それは、この部隊の規律だ。犯したものは、死によって購ってもらう。
 農民や商人を殺してはならない。
 入植者は、平和的に立ち去ってもらう。
 城攻めはしない。攻城戦は犠牲が大きいからだ。今回の戦いは、誰も死なず、誰も傷付かないことを目標にする。
 入植者は立ち去るなら何もしない。
 不満か?
 シンガザリ兵を殺したいか?
 そんな考えなら、この場から去ってくれ。
 我々はシンガザリとは違う。
 アクセニの民たち!
 土地を取り返しに行こう!」
 大歓声が上がった。

 シンガザリ占領下のアクセニでは、義勇軍が迫ると、過去にシンガザリ兵が行った虐殺と同じことが行われると信じた入植者たちが逃げ出した。
 自分たちの行為は、他者も行うとヒトとその亜種は容易に信じる。

 義勇軍は完全に機械化されていた。
 その進撃速度は、ウマと歩行〈かち〉の部隊とは大きく違い、圧倒的に速かった。
 恐怖は伝播する。
 シンガザリからアクセニに入植した農民は、逃げ遅れまいと必死に家財と保存していた収穫物を荷馬車に積んだ。
 王太子派と王弟派の内戦によって、誰にも助けを求められないことを知っていたからだ。
 しかし、村や集落単位で抵抗を試みる入植者たちもいた。その場合は迂回する。
 義勇軍は、これらを無視してグルマング城に向けて進撃する。

 グルマング城の周辺は静かだった。
 機械化部隊を見たことがないシンガザリの民は当初、槍や剣、盾を持って抵抗しようとした。彼らが決戦に選んだ街道の周辺に広がるムギ畑に義勇軍は現れなかった。
 迂回されてしまったのだ。
 シンガザリの民は、敵が背後に回ったと悟ると、散り散りになって逃げ出した。
 家族を見捨てて逃げるものも少なくなかった。シンガザリの考え方では、嫡男以外の家族には価値がない。その嫡男も誰かに産ませられるなら、捨ててもいい。

 耕介は1人で、ハンターカブに乗ってグルマング城の城門に向かった。

「争いに来たのではない!
 城主に目通りしたい!」
 いくつもの弓矢が耕介を狙っている。
 耕介も完全装備だ。ヘルメット、ボディアーマーを装着し、拳銃を下げ、長刀を佩く。
 耕介はハンターカブから降り、長刀を地面に置く。これで、敵意のないことを示そうとした。
 城門に変化はなかったが、通用門が開く。高位の文官と兵が2人出てきて、兵が耕介の長刀を拾い、もう1人の兵が耕介の肩を押さえた。
 左胸のダガーナイフと拳銃は奪わない。徹底した武装解除を行わないことで、交渉の意を示したのだ。
 高位の文官が耕介を見る。
「貴殿は何者か?
 まぁ、よい。
 一緒に来られよ」

 城の広間は、広くはない。田舎豪族の居城だったのだから、当然ではある。周囲よりもやや高い土地に築いた石造の城で、周囲に濠はなく、難攻不落ではない。
 それは、彼らも知っている。

 リュドミラ夫人は、耕介が想像していたような女性ではなかった。エルフの年齢はわかりにくいのだが、彼女は見かけでは20歳代後半の外見をしている。
 コンドラ王子は、普通の10歳代後半の男性に見える。利発にも愚鈍にも目視では判断できない。
 ごく普通。
 そのコンドラ王子が命じる。
「このものを殺せ。
 殺して、首を城壁に掲げよ」
 耕介を連行した高位の文官が歩み出る。
「御意に従います。
 ですが、そういたしますと、敵は総攻めとなりましょう。我が城兵は精強にして士気高く、敵を撃退し続けましょう。
 ですが、多勢に無勢。彼我の戦力差は歴然。いずれは王子殿下と母君の首も城壁に飾られることになりましょう」
 王子の目が泳ぐ。
 高位の文官が続ける。
「このものはヒトにございます。
 エルフではございません。
 エルフの軍がヒトを使者に使わした理由だけでも、問われてはいかがでしょうか?」
 王子は不満な顔をするが、この文官には逆らわない。
 リュドミラ夫人が声を発する。
「バルブロ殿、任せよう。
 このものを尋問せよ」
 バルブロは頭〈こうべ〉を垂れたが、その態度には敬意がなかった。
 耕介は咄嗟に「リュドミラも傀儡か!」と判断する。

「そなたは何者か?」
「俺の名はコウ。
 東エルフィニアの議員だ」
 広間がざわつく。
「ヒトのくせに、エルフの国の要人と申すか!
 笑止!」
「俺は、ウクルル選出の議員だ。
 だが、ここに来た理由は東エルフィニアの議員としてではない。
 アクセニと縁のあるエルフからの要請で、シンガザリに占領された土地の奪還に来た。
 すでに、多くの土地を解放し、入植者のほとんどがシンガザリに帰った。
 入植者には、この城の周辺からも立ち退いてもらった。
 あなた方にも、去ってもらいたい」
 バルブロは耕介の言を信じない。
「土地にしがみつく農民が、収穫前の畑を捨てて立ち去るわけがなかろう?
 愚かな!」
「いや、平和裡に立ち去ってくれた。農地の面積に応じて、収穫量と同等のコムギを与えた。
 農民たちは喜んで受け取ったよ。
 それに、いまシンガザリに戻れば、農地は取り放題、早い者勝ちだ。民の多くが逃げるか死ぬかで、農地が余っているからね」
 バルブロは知恵者のようだが、所詮は悪知恵が働く程度。耕介は「俺と似たり寄ったりじゃねぇかな?」と考えていた。
「だが、シンガザリには……」
 咄嗟に口にしたが、バルブロは先を言うほど愚かではなかった。
「大丈夫だ。
 俺たちには灌漑の技術がある。
 農民には灌漑の支援を約束して、再入植する土地の指定もした。そこならば、水を補償する。
 場所は、アクセニと隣接するシンガザリ北部、それとメルディに隣接するシンガザリ東部だ。
 これで、王太子殿下は支配領域の半分、王弟殿下は3割を失う」
 バルブロが目を剥く。
「おまえは、シンガザリを攻めようというのか!」
「いやぁ、そんな気はねぇよ。
 ただ、シンガザリの農民に去ってほしいだけだ。アクセニからね。そのためなら何でもする」
「それで、……」
「コンドラ王子殿下とリュドミラ夫人にもここを去っていただきたい。
 その補償として、新たな城を用意しましょう。シンガザリ領内に。
 シンガザリの民には、国王陛下が必要。コンドラ王子殿下ならば、民にとってよい統治をされると思う」
 バルブロは納得しない。
「王太子殿下と王弟殿下がおられる……」
「王太子と王弟はお終いだね。
 有力な後援者に見放された。
 もう、戦費の調達ができない。野垂れ死ぬしかない」
「その噂は聞いているが……」
「有力後援者、つまり俺がそう言っているんだから間違いはない。
 王太子と王弟の後援者である俺は、今日からコンドラ王子殿下に乗り換える。
 殿下が次のシンガザリ王だ」
 リュドミラ夫人の顔がパッと明るくなり、コンドラ王子は当惑している。
 バルブロは納得しない。
「王太子殿下と王弟殿下の有力な後援者が、ヒトたるおまえとは解せない!
 何のためだ!」
「王太子と王弟が殺し合ってくれれば、シンガザリの国力は徹底的に落ちる。
 実際、そうなっている。
 シンガザリの脅威が減るなら、それは東エルフィニアの利益だ。シンガザリが衰退し、東エルフィニアは栄える。
 戦争するよりも、安上がりだし……。
 何よりも、東エルフィニアの兵が死なずにすむ」

 バルブロは呆然としていた。
 ヒトの振り付けで、シンガザリは踊らされていた。そして、眼前の振り付け師は、コンドラ王子と母のリュドミラ夫人に目を付けた。
 リュドミラ夫人はすでに踊りたがっている。コンドラ王子は戴冠式を夢想している。この2人は、そういう性質だ。
 バルブロには止められない。

 バルブロは後悔していた。
 現王がリュドミラ夫人に飽き始めたとき、彼女から「私を見捨てないで」と懇願され、迂闊にも寝台を共にしてしまった。
 その数カ月後、リュドミラ夫人の懐妊を知る。
 コンドラ王子はバルブロの子だ。そうリュドミラ夫人はバルブロに言った。事実は、彼女も知らないだろう。
 バルブロはリュドミラ夫人の身体に溺れ、妻子を捨てた。
 彼は蟻地獄の中にいる。いままでも、これからも。

 耕介は、エルフの領域の環境が守れるなら、どんなことでもする。少数が不幸になることは仕方ない。
 それで、エルフ、ヒト、ドワーフが生きていけるのだから……。
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この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

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