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異世界編

01-005 騎士でも農民でもなく

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 焚き火は10人以上が囲んでいる。雨露をしのぐため、1棟の大型テント倉庫を移築した。多くがテント住まいで、以前の生活に戻ってはいないが、できることはしている。
 それに、87人の武装集団は、簡単には襲えない。数は力だ。

 翔太は、理解できる答えがほしかった。
「レベッカ、知りたいことがある」
「ショウ様、何でしょう?」
 レベッカの顔は笑っているが、それは不安を隠すための所作であった。
「レベッカ……、きみたちの正体は?
 なぜ、これほどまで苦しめられるんだ?」
「ショウ様、私たちの祖先は、誰よりも古くからこの地に住んでいました」
「先住民、ということ?」
「その言葉の意味はわかりませんが、最初にこの地に住んだ人が、私たちの祖先でした。
 私たちの祖先以前に、ここには人がいませんでした。
 最初は数家族でしたが、子孫は増え、100家族を超えました。
 同時に、私たちの祖先以後にやって来た、いろいろな民族と交わりました。少数の民が、多数の民と争わずにすむよう、努力したのでしょう。
 数百年前、この地に貴族がやって来て、領有を宣言し、税の徴収を始めました。私たちの祖先以外の民族や部族は、徹底抗戦します。
 民族や部族は連携を欠いていたし、一部は抗争していましたから、貴族の巧妙な策略によって、少しずつ切り崩されていったのです。
 私たちの祖先は、税の支払いを拒否しないが、税率を相談したい、と貴族に申し入れました。
 このときまでに、多くの民族や部族を滅ぼしていた貴族は、私たちの祖先も簡単に討ち滅ぼせると考えたのです。
 そして、攻めてきました。
 ですが、私たちの祖先は負けなかった。貴族は甚大な被害を出してしまい、勢力が衰え、隣領の貴族に攻め込まれたのです。
 結局、最初にこの地を治めた貴族は、滅びました。
 攻め込んできた貴族は、私たちの祖先と協定を結びます。
 税は免除する。もし、この地に攻め込んでくる勢力があれば、領主とともに戦う。
 税の免除と引き替えに、領内に限り戦う義務が課せられたのです。
 その後、貴族制度が確立し、私たちは騎士でも、民でもない、特殊な立場になりました。
 そして、一領具足と呼ばれるようになります。一揃いの甲冑を持つもの、という意味です。普段は農民ですが、領地が侵略されたら貴族とともに戦うのです。
 ヴァロワ王国が建国されて以降も、私たちは一領具足のままでした。
 ヴァロワ王国の先王には世継ぎがいませんでした。結果、北で国境を接するダルリアダ王国の国王がヴァロア王国の国王を兼ねることになります。
 ダルリアダとヴァロワの両王家は、縁戚にあったので……。ダルリアダ王国の膨張を恐れる周辺各国の干渉はありましたが、戦火を恐れて積極的な行動に移る国はありませんでした。王家統合に反対する勢力も一枚岩ではなく、割れていました。
 ヴァロワ王国の貴族たちもダルリアダの国王を受け入れます。ですが、ダルリアダ国王は、ヴァロワの貴族を追い出し、彼らの領地をダルリアダの貴族に与えたのです。
 この地の事情を知らないダルリアダ貴族の新しい領主は、納税の義務がない一領具足が理解できませんでした。ダルリアダ王国では、徴兵された農民兵がいたこともあって、理解が難しいのでしょう」
 レベッカがグラスを口にする。彼女は酒豪で、米焼酎を気に入っている。
 翔太の隣に座る他家当主の奥方が、脇腹を突っつく。
「ご当主様、もうレベッカに突っ込んだ?
 尻を出させて、突っ込めばいいだけ。簡単でしょ。早くやりなさい」
 翔太は沈黙したまま。
 レベッカが続ける。
「新しい領主は一領具足との話し合いを求めます。
 そして、前当主、当主、次の当主たる嫡男が領主の城に招かれます。
 そのときの宴席で毒が盛られます。生き残ったのは、下戸の当主1人だけ。彼は城を脱出し、城内での出来事を城外の私たちに伝えます。
 ですが……、混乱したんです。悲しみもありました。親や子を失い、夫を失ったのですから。
 各家が連携した抵抗ができませんでした。
 新しい領主の迫害は徹底していました。男は生まれたばかりの赤子から、寝たきりの老人まで、すべて殺され、女たちの多くは逃げました。
 でも、往生際の悪い私たちは残りました。
 弾圧が続き、暴力に怯えながら、何かを待っていたのです。
 形勢を変える何かが起きることを願って」
 高齢の女性が発言する。
「女は男を産む可能性がある。男が生まれれば、当主になる。当主が1人いれば、女でも当主名代ができる。当主が指名すればいいのだから。
 しかし、一領具足の制度を知らなかったダルリアダの貴族は、男を殺せば終わると考えていたんだ。一領具足の女を侮っていた」
 レベッカが今後のことを話す。
「レイリンの当主はショウ様ですが、私は実家のエスコラ家の当主になりました。
 嫁ぎ先と実家の両方が絶えた場合、女は両家の当主となる。男にはこの権利がないの。
 ショウ様の存在そのものが、一領具足が復活する根拠なの」
 翔太は合点がいかない。
「当主が1人いれば、他家を含めて当主や当主名代を指名できることはわかった。
 だけど、俺は誰も指名していない」
 50歳前の女性が発言。
「指名するしないは、儀礼的なこと。言葉を話す男がいればいいだけ。女は指名されたと言えばいい」
 女性たちが大笑いする。

 主力の武器は、パーカッションロック式ライフルのミニエー銃だが、フリントロック式マスケットのゲーベル銃も使っている。
 勢力圏外に出るときは、ゲーベル銃を携行する。
 一領具足には技術系の家系があり、フリントロック式ゲーベル銃の一部をパーカッションロックに改造し、種子島もパーカッションロックにしてしまった。

 幕末に小藩が揃えた武器は雑多ではあったが、主力のオランダ製ミニエー銃は新品だった。
 それと、レミントンM1858リボルバーとカービンもすべて新品で入手したようだ。
 弾薬を製造する設備もあり、材料さえ入手できれば、弾切れの心配はない。

 王都には、アネルマに替わってヒルマを含む3人が派遣される。
 アネルマは、王都の新聞記者ビルギット・ベーンを伴って帰還する。

 新領主の傭兵のうち手荒な仕事を請け負っている連中は、一領具足の支配領域に侵入できなくなった。本来の領域の3分の1程度だが、レベッカたちは掌握できている。
 この事実は、新領主側には強烈な圧力だった。新領主は財政的な負担が増していた。傭兵への支払いが急増しているのだ。
 傭兵との契約内容はいろいろだが、キュトラ伯爵領に限って、傭兵の雇い賃が10倍近くに跳ね上がっている。
 戦う相手に謎が多いからだ。
 正確な狙撃は射程外からで、対応が難しい。身の隠し方は巧妙で、姿を見ることはほとんどない。
 犠牲が多すぎることから、傭兵の雇い賃が上昇し、その質は低下している。暴力沙汰は当たり前、命令不服従や民家に押し入って略奪したり、性的暴行目的の女性の誘拐も頻繁だった。
 新領主の評判は、悪化の一途だった。

「この子は?」
「パトロールが見つけたんだ。
 1人で道を歩いていた。探したが、親は近くにいなかった」
 明らかに農民の子で、3歳くらいの女の子。
 レベッカは戸惑っていた。
 パトロールの隊長が報告する。
「レベッカ、途中で農家に立ち寄った。
 普通の農家だ。
 私たちと関わらないほうがいいと思ったのだが、手招きされて……。
 罠を期待したが、それもなかった」
「何を言いたいの」
「新しい領主は農民を追い出している」
「え!
 なぜ?」
「その農民が言うには……、ヴァロワの農民を追い出して、ダルリアダの農民を移住させている」
「どうして?」
「農民の次男三男ともなれば、受け継ぐ農地はない。小作人になるか、街へ出るかだ。
 ダルリアダには奴隷がいるので、運が悪ければ奴隷に売られる。
 農民に土地を与えれば領主の株は上がる。そのための土地がキュトラ伯爵領の農民の畑だ」
「……。
 それで?」
「新しい領主を追い出してくれって。
 勝手な願いだけど……、農民たちも必死らしい」

「姉上、叔父上、戻りました」
 アネルマはたくましくなっていた。
 翔太は、隣の女性が気になる。
「あなたは?」
「ビルギット・ベーン、ヴァロワ・タイムスの記者です」
 翔太は、ビルギットの野心的な目を知っていた。
「記者さんか?
 いい記事が書けるといいね」
「失礼ですけど、あなたは?」
 アネルマが紹介する。
「ショウ・レイリン、レイリン家当主にして、一領具足唯一の当代当主」
 ビルギットは、翔太に不審を抱く。
「記者を知っているのですか?」
「あぁ、有能なヤツから無能なヤツまで。ゴミ同然のヤツから、勇敢で反骨精神旺盛なヤツまで、ね」
「どこで?」
「アフリカという土地だ。
 俺は一時期そこで働いていた。難民に医療を提供していたんだ。
 ネタを求めて、たくさんの記者が来た。
 記者は、他人の不幸をネタに飯を食う輩だ。
 あなたがどういう仕事をするか、見守るつもりだ」
 ビルギットは憤慨している。存在を否定するような侮辱を受けたのだから当然だ。
 見返したいと思った。

 ダルリアダの国王たるヴァロワの新国王は、ヴァロワの旧貴族領を細かく分割して、ダルリアダ貴族に分け与えた。
 結果、ヴァロワの貴族の多くは、経済的基盤を失う。困窮するヴァロワ貴族の中には、娘を娼館で働かせるものまで出始めていた。
 ダルリアダ国王は、こういった政策を一気に推し進めるのではなく、少しずつ、柔らかい下腹を選んで巧妙に進める。
 ヴァロワ貴族への災厄が自信の身に降りかかったときには、すでに遅かった。他者の不幸に対する傍観は、自身の運命に転化する。

 キュトラ伯爵は前領主の領地の一部を受け継いだにすぎなかった。受け取った新領の半分は、一領具足の土地だった。だから、まず納税義務のない一領具足を追い出す必要があった。
 ダルリアダ王国は、ヴァロア王国のすべてを乗っ取るつもりだった。

 ビルギットは、一領具足が主張する「ダルリアダ王国がヴァロア王国のすべてを乗っ取る」という考えには懐疑的だ。
 新国王、つまりダルリアダ国王は前ヴァロア国王が都市部住民に課していた税を全廃した。つまり、都市住民は無税となったのだ。
 新国王は、ヴァロワの都市住民を優遇しているのだから、乗っ取り論には無理があると感じている。

 アネルマは、ビルギットが新国王を支持していることが不思議だった。ヴァロワ貴族間の私怨を巧みに操り、領地を没収し、無力化にほぼ成功した。
 ヴァロワの農民からは土地を奪い、ダルリアダの農民に与える政策を進めている。一領具足の殲滅計画は、その間で起きた耕作地略奪の一部であった。
 都市住民をいまは懐柔しているが、そう遠くない時期に住民の家財没収や追放が始まる。
 それをビルギットが理解できない理由はわかる。都市住民は貴族が嫌いなのだ。
 農民は、貴族と接する機会が少ない。だから、農民は貴族の動向に無関心。ヴァロワには貴族領主がいないから、貴族も農民も国王に税を納める。税率が変わらなければ、誰が国王でもよかった。
 農民にとって、国王が死のうが、生きようが、知ったことではない。
 ダルリアダは、ヴァロワ社会の階層的分断を巧妙に突いた政策によって、国家の簒奪に成功しかけている。

 ビルギットは狼狽している。ヴァロワには、支配層である貴族と被支配層の民衆がいる。貴族には農民的貴族と商人的貴族がいる。民衆は、都市住民と農民とに分けられる。
 これが、大雑把な社会階層だ。
 だが、社会階層のどこにも属さない一領具足という戦闘集団のことは聞いたことがない。
 別なこともある。
 ヴァロワでは女性の身分は総じて低い。ダルリアダを含む近隣諸国も同じ。
 だが、一領具足は違うらしい。女性でも当主になれるし、当主名代にもなれる。男性が1人いれば、体制はどうにでもなるとか。
 では、男性がいればいいのかというと、それも違うらしい。言葉が話せる年齢の男性1人は必ず必要。
 ならば、ほぼ平等ではないか!
 実際、現在の一領具足の指導者は、レベッカ。ショウ・レイリンではない。ショウは軍師だ。
 耕作地は、隣家と森によって隔てられているが、ショウは広い道を普請して、収穫物の移動の便を図っている。
 ビルギットは蒸気機関を知っており、蒸気で走る牽引車のトラクションエンジンを見たことがある。
 それに似たものを一領具足が使っている。こんな田舎にこれほどたくさんのトラクションエンジンがあることは不思議に感じたが、自走機械の存在そのものは心理的に受け入れられた。
 だから、強く疑わなかった。

 ビルギットはアネルマに誘われて、パトロールに参加する。武装した女性たちの村の記事を書いたが、事件を目撃したわけではないので、迫真に迫るものではない。送稿もしなかった。
 彼女は“事件”を求めていた。

 ビルギットはギリースーツに驚いた。まるで、森が生んだ怪物のような姿になる。
 狙撃手は、この怪物の姿をする。
 ビルギットは、アネルマと一緒に林の中に隠れる。畑を挟んで農家が見える。
「あの家は、普通の農家だ。
 いま住んでいるヴァロアの農民が追い出され、ダルリアダの農民が移住することになっている」

 しばらく待つと、新領主の傭兵が現れる。
 傭兵は5騎。母屋の中を盛んに調べているが、目当てのものは見つからない。納屋も調べるが、捜し物はないらしい。
 彼らが探しているのは、この家の若妻だ。すでに何度も襲いに来ている。
「いないぞ!」
 大きな声がビルギットが潜むところまで聞こえてくる。
 次の瞬間、想定外のことが起こる。
 家畜小屋から、女性と子供が飛び出してきたのだ。
 女性は手荷物を持っていたが、傭兵に追われて捨てる。子供の手を引き、必死で走る。子供が転び、女性の足が止まる。
 1人の傭兵に行く手を阻まれる。傭兵2人が追い付き、残り2人も加わる。
 女性が子供を抱えて蹲る。

「この付近の人ではないね。
 旅人かな?」
 アネルマの落ち着いた声に、ビルギットがイラ立つ。
「助けてあげないの!」
 小声だが口調は強い。

 子供が引き剥がされて、放り投げられる。女性が傭兵1人に羽交い締めにされる。
 子供が母親に駆け寄ろうと近付こうとするが、大柄な傭兵が子供を蹴飛ばす。

 銃声が1発。子供に再度近付こうとした、大柄な傭兵が後方に吹き飛ぶ。
 傭兵4人の身体が固まる。一瞬、時が止まったように動かなくなった。
 そして、4人とも地に伏せる。小柄な傭兵が女性の髪をつかみ離さない。
 子供は動いているが、立ち上がらない。
 アネルマが叫ぶ。
「女の人!
 動かないで!
 必ず助けるから!」
 アネルマが林から出ると、ビルギットがついてきた。ギリースーツを着た狙撃手は2人。アネルマと行動をともにする仲間が2人。
 さらに4人が援護している。

 アネルマの接近に対して、傭兵は行動しなければならない。長銃はないが、短銃はある。
 アネルマは急な傾斜の草原を登ってくるので、命中させるには身体を起こさなければならない。

 アネルマが拳銃を抜く。アネルマに最も近い傭兵が身体を起こす。
 傭兵よりもアネルマの発射のほうが早かった。傭兵が俯せで倒れる。
 アネルマの発射は、3人の傭兵に勝機を感じさせる。発射すれば、再装填には時間がかかるからだ。
 女性の髪を放し、顔を蹴って1人が立ち上がる。背後からの狙撃で、倒す。もう1人が立ち上がると、至近に着弾し、地面に膝をつかせる。
 もう1人は狙撃しにくい位置にいる。
 アネルマが発射。膝立ちの傭兵に命中。女性の顔を蹴ったもう1人にも発射。これは外れるが、連発に驚いた傭兵が迂闊にも立ち上がり、狙撃される。
 負傷した傭兵が左手で銃を握り、アネルマが連続して2発を発射。傭兵は動いているが、反撃はできそうにない。

 全員が女性の周囲に集まる。同時に、生きている傭兵にとどめを刺す。乾いた銃声が、大気を振動させる。

 ビルギットは、兵士の戦いとは勇気と名誉をかけるものと考えていた。戦争とは殺し合いではなく、勇気と名誉をかけた精神の戦いだと考えていた。
 しかし、彼女が初めて体験した戦闘は、そういったものではなかった。
 女性を追い回す兵士、幼い子を蹴る兵士、姿を見せず撃ち殺す兵士、負傷して動けない敵に平然ととどめを刺す兵士。
 決然と戦い、名誉を求める姿はなかった。その事実に衝撃を受けた。
 殺した敵の身体を調べ、所持金と武器を奪い、書類の類はすべて回収する。敵の死体に対する尊敬は一切示さない。

 帰還の途中、ビルギットは純粋な疑問をアネルマにぶつける。
「騎士と騎士の戦いは見たことあるの?」
「いいや、ない」
「騎士と騎士は正々堂々と戦うんでしょ」
「正々堂々?
 殺し合いに正々堂々はないよ。
 人の醜さ全開で、殺し合うんだから」
「今日の戦い方は、傭兵だから、なんでしょ」
「正規兵相手でも同じだね。
 敵の射程外から狙撃して倒す。敵は、なぜ死ぬのかさえ理解できない。
 そういう戦いが理想だ」
「負傷した敵を殺すなんて……」
「私たちが捕虜になれば、死ぬまで犯される。
 撃ち殺す行為は、人道的だよ。苦しまずに死ねるんだから」
「……、貴族の兵がそんなひどいことをするの?」
「貴族だからやるんだよ。
 貴族の男は、自分たち以外を見下しているからね。貴族の女でも、農家の女でも、捕虜になれば同じだ。何も変わらない」
 ビルギットは納得できなかった。彼女は、軍隊や戦争に美学やロマンがあると信じていた。
 ビルギットの祖先は騎士階級の貴族であったが、男系が途絶えたことから民衆階級になっていた。彼女は、貴族に対して淡い憧があった。
 父親は都市で勃興している新しい市民階級であり、それを良としていたが、娘は少し違った。彼女は、父親が積極的に支持するヴァロワ王国で起きつつある社会体制の変革には懐疑的だった。
 父親は、ヴァロワ王家が途絶えた時点で、共和制への移行を唱えている。新聞の論調は、貴族がどれほど腐敗しているのかを暴くとして、ゴシップばかりを取り上げている。
 娘は父親の方針には反対で、他国の王が即位したとしても、ヴァロワが王国であり続けることを支持している。
 アネルマを取材対象に選んだ理由もここにある。貴族の高貴さと、民衆の下賤さを描きたいと。

 女性の事情聴取は、一番小さいテントで始まる。子供は彼女の子で、軽い脳震盪を起こしている。安静にしていれば、大事にはならない。
 翔太は女性に「頭を打っているけど、安静にしていれば大丈夫だよ」と伝える。
 彼女は泣きながら、感謝する。
 レベッカが核心の質問をする。
「あなたは、どこから来たの。
 この地域の服装ではないけど」
「東から来ました。
 私と夫は、宿場で飯屋を営んでいました。小さな宿場の小さな店です。
 宿場にダルリアダの騎士団がやって来ました。それから、地獄が始まります。騎士団が居座ったのです。
 朝から飲んで食べて、代金は王家のツケにしておけ、と。代金を払ってくれません。
 店を閉めると、押し入ってきて……。
 旅籠で働いていた、農家の娘さんは近くの空き家に連れて行かれて……。
 宿場を仕切っていた親分さんが、我慢できずに騎士団長に苦情を言うと、斬り殺されました。
 最後は、代貸さんと騎士団が戦って、宿場は滅茶苦茶になってしまい、私たちは隙を見て逃げたんです。
 できるだけ遠くに行こうと。
 だけど、3日前……。
 夫がダルリアダの兵士に捕まったんです。兵隊になれって」
 レベッカが呟く。
「ダルリアダの兵士狩りだな」
 翔太が眉をひそめる。
「兵士狩り?」
 レベッカが翔太を見る。
「ダルリアダには、貴族以外の国民を登録する制度がないの。
 そして、ヴァロワと違い、戦いを専門とする組織がない。軍隊は必要に応じて編制される。ヴァロワでは将校になれるのは貴族階級だけだけど、誰でも兵にはなれる。下士官までなら、民の出身でもなれる。
 軍隊も、ヴァロワとダルリアダでは大きく異なる。ダルリアダには登録された民がいないから、戦争になると兵にできそうな男を根こそぎ狩り出す。
 これが、兵士狩り。
 兵士狩りで集められた兵は、装備が貧弱で棒きれ程度しかもたない場合も多い。
 彼らを盾にして、貴族が戦う。兵士狩りで集められた兵が最初に突撃し、敵に少しでも損害を与えたら、騎士が騎馬突撃を仕掛ける。
 その際、兵士狩りの兵が邪魔になれば、容赦なく踏み潰される」
 翔太の隣りにいたビルギットが、小声で「嘘よ」と呟く。
 翔太は、不思議だった。
「それは、お父さんたちから聞いたこと?」
 レベッカがうつむく。
「えぇ、私の父もレイリンの父も同じことを言っていた。
 かわいそう、って」
 翔太は女性に問う。
「宿場で騎士団に抵抗した親分は、博打打ち?」
 女性が頷く。
「代貸さんは、ダルリアダは野蛮人の国だって。親分さんも代貸さんも、決していい人ではなかったけど、ダルリアダの騎士に比べたら、聖人よ」
 アネルマが一部を否定する。
「戦がないときの騎士なんて、やることがないからヴァロワでも大差ないよ。
 騎士が農家に押し入って、女の子にひどいことをするなんてよくあること。
 王都周辺ではできないことでも、田舎でなら平気だ。
 ビルギットを襲ったヤツは、たぶん爵位持ちだ。おもしろ半分に腹を斬ってやった。浅手だけど、運が悪けりゃ七転八倒かな。腹にウンコが漏れていたら死ぬね」
 ビルギットがアネルマを見る。
「貴族だったの?
 盗賊じゃないの?」
 アネルマが小さく笑う。
「あれ、気付いていなかったの?
 辻斬りだよ。あの爵位野郎は、ビルギットの身体で剣の切れ味を試そうとしたんだ。
 護衛はそこそこの腕だった」
 レベッカが裁定する。
「娘さんが回復するまでは、ここにいて。
 その間、東の様子を教えて」

 母娘は行くあてがないらしく、また旅費を兵士狩りの騎士に奪われたこともあり、キャンプに留まった。
 この2人が、この地で保護された最初の難民となった。
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