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異世界編
02-013 泣き寝入りはしない
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ヴァロワ中部東側は、東部国境付近に残るダルリアダ入植者たちの農園を除けば、ヴァロワ人諸勢力の世界。各勢力には思惑があり、各勢力の個々人も個別の事情がある。
1点、共通する事柄がある。
逃げ場がないのだ。
誰にも……。
東部国境と接する一部の国は、ヴァロワからの難民を受け入れている。
だが、西部国境と接する諸国は、国境を固く閉じた。難民の流入を防ぐためだ。
ヴァロワ南部沿岸地帯は、北からのルートを閉鎖した。ダルリアダの侵攻を食い止めるためとは表向きで、やはり難民を排除するためだ。
難民を受け入れている国は、ダルリアダ国王に対して激怒している。短絡的で、時代錯誤で、愚かな統治を行ったために、周辺諸国は大迷惑を被っているからだ。
難民を受け入れていない国は無反応だが、婚姻で強く結ばれた各王家は、内々にダルリアダ王家との絶縁を考え始めていた。
翔太はオリバ準男爵から、まったく考えていなかった提案を受ける。オリバ準男爵の次男は、ドローン操作に長けた15歳の少女に恋をしていた。彼はたびたびコルマール村を訪ねている。
そして、同年代の若者と交流していた。
その中には、麗林梓もいた。彼は梓からエンジンで動く船の話を聞いたのだ。それを父親に話し、父親は「アリエ川のパトロールに使えるぞ。何とか用意しろ」と息子に命じた。父親も同じ話を梓から聞いていた。
息子を仲介者として、この件に関してショウ・レイリンとの会談を申し入れた。場所は、コルマール村。
「アズサ殿の話では、とんでもなく高速の船があるそうだな」
「確かにある。
木造のボートでも船外機を付ければ、パドルで漕ぐよりも何倍も速い」
「ショウ殿、それは手に入るか?」
「あぁ、たぶん。
でも、何に使うんだ?」
「アリエ川の哨戒だ。
アリエ川の航行の安全を確保する。
そうすれば、ダルリアダの連中は簡単には川を渡れない」
翔太は確かにそうだと感じた。
翌日、ロレーヌ準男爵が末娘を連れてやって来た。到着すると貴族の令嬢にしてはおざなりな挨拶をして、彼女はイルメリたちと遊び始める。
「ショウ殿、統治の有り様を考えぬか?
当家の近くに村ができた。王都から逃れてきた人々の村だ。
その村に王都で官吏をしていたカイ・クラミという若い男がいる。
彼の話を聞いてくれないか?」
嶺林翔太は、懇意にしている主だったメンバーを集める。
カイ・クラミは緊張していた。場所は、ロレーヌ準男爵の城。オリバ準男爵、フラン曹長、コンウィ城のベングト・バーリ、そしてビルギット・ベーンもいる。
「あの、すごい方々ばかりで……。
緊張しています。
みんなの政府を作りませんか?
国王の政府でも、農民の政府でも、貴族の政府でも、商人の政府でも、職人の政府でもない、みんなの政府を」
翔太は即答する。
「それはいい考えだ。
代表は選挙で決める。代表を目指すものは立候補する。候補者は選挙運動をして、支持を集める。最も支持者の多いものが代表となる。
選挙は普通選挙でなければならない。18歳以上の男女に選挙権を与える。貧富も関係ない。普通選挙を行うには、選挙人名簿が必要だし、選挙法も決めなくてはならない。
そのためには、暫定政府が必要だ」
オリバ準男爵とロレーヌ準男爵が驚く。
ロレーヌ準男爵が微笑む。
「ショウ殿は、そんなことを考えていたのか?
しかし、よくそんなことを考えたな」
フラン曹長が核心を突く。
「税はどうする?」
「累進課税が適当だ。
収入や資産の多い人は多く納め、収入の低い人からも幅広く集める」
カイ・クラミが慌てている。
「ショウ様は、どこぞの王国の官吏だったのですか?」
翔太が微笑む。
「いいや、そんなことはない。
政府を作るなら、最大公約数的ではあるけど、できるだけ平等がいい。
誰もが満足ではないし、誰もが不満だけど、誰もが我慢できる制度が必要なんだ」
ベングト・バーリが賛成する。
「コンウィ城は賛成する。
我らも税を納める」
ロレーヌ準男爵が顎を掻く。
「貧乏貴族から税を取り立てるのか?
まぁいい。その案に乗るよ」
オリバ準男爵が懸念を示す。
「この地域には、男爵が残っている。勲功爵や騎士は賛成すると思うが、男爵はどうかな?
賛成はしないだろう」
フラン曹長が笑う。
「男爵なんて数人だ。逆らうなら追い出すだけだ。暫定政府ができる前にやってしまえばいい」
カイ・クラミが慌てる。
「では……?」
翔太がカイ・クラミを見る。
「すぐに暫定政府樹立に動いてくれ。
我々が支援する」
ダルリアダ軍は、小船を使って夜間にアリエ川を渡り、無防備な農家や農村を襲撃する作戦を初夏から始める。
このゲリラ攻撃には対処のしようがなく、被害がアリエ川沿岸付近に限定されることから、地域全体の問題とはなりにくかった。
被害を受けた農民たちは「泣き寝入りしたくない」と訴えた。家を焼かれただけでなく、妻を殺され、娘を犯された農民もいるのだから。
一部に報復としてダルリアダの入植者を襲撃すべきだ、との意見があるが、オリバ準男爵などが反対している。
倫理的な問題ではなく、ダルリアダ側に打撃を与えられないからだ。
ダルリアダ国王は、入植者のことなどまったく考えていない。彼は領土拡張以外興味がないのだ。異国で国民がどんな状況に置かれているのか、そんなことには興味ない。
だから、入植者への攻撃は、ダルリアダへの打撃という点では意味がない。
フラン曹長とベングト隊長が作戦を考え、2人がショウ・レイリンに伝えに来た。フラン曹長が言葉を発する。
「筏を作って、装甲車を対岸に渡せないか?
兵10と装甲車で、ダルリアダの兵舎を襲撃する。
どこまでできるかわからないが、ダルリアダには警告になる」
ベングト隊長が補足する。
「深夜に渡り、日の出の1時間前に襲撃する。その時間なら、歩哨は眠気で注意力散漫なはず。
どうだ?」
翔太が思案する。
「装甲車には砲はあるが弾が少ない。ここで、使いたくはない。
大砲を牽引していこう。鹵獲した大砲を扱える兵はいる?」
フラン曹長が即答する。
「いる。
元砲兵の軍曹と伍長がいる」
翔太が別案を提示。
「トラックに大砲を積み込んで、兵舎を襲撃する。
4発か5発撃って逃げる」
フラン曹長が確認する。
「1門で?
5発?」
翔太が答える。
「あぁ」
ロレーヌ準男爵が賛成する。
「それでいこう。
だけど、何で大砲を積んでいくんだ?」
翔太の理由は明確。
「ウマで牽引する大砲は、高速で牽引すると壊れてしまう。
だから、荷台に積んでいく」
無酸素の地下空間は、15分ほど滞在すると三半規管に異常が出る。吐き気もする。
ここに物資を隠した嶺林翔太の高祖父は、相当な期間をかけて銃器を移動させたことは間違いない。
この空間では光は拡散せず、収束気味で視界が悪い。光の強弱に関係なく、ごく一部しか見えない。
ミニエー銃が中心だが、少数のスナイドル銃とゲーベル銃がある。ゲーベル銃は2種類で、フリントロック式とパーカッションロック式がある。種子島まである。
日本刀も大量にある。
ミニエー銃とスナイドル銃は必要量を運び出したが、たくさん残っている。どれほどあるのか、よくわかっていない。
計画的に探索したいが、光はごく短距離で明るさを失う。光を拡散させる照明では、周囲1メートルほどしか照らせない。
厄介な空間だ。
この地下空間を発見してから2年過ぎたが、何があるのか、全容はわかっていない。
アリエ川を静かに渡る。操砲員として、フラン曹長のグループから8人、護衛としてベングト隊長以下コンウィ城から10人が参加、輸送は翔太と5人の仲間が加わった。
暗闇の中に4本のヘッドライトの光芒が伸びる。トラック2輌は、車間を開けて進む。車速は時速40キロほど。荷台には前装式青銅砲が1門ずつ積まれている。
計2門で8発から10発を撃ち込む計画。砲は1門から2門に増やし効果の拡大を目指した。
砲の積み卸しのために、トラック1輌にはユニック車を選んだ。
ダルリアダ軍の基地は、平坦な草原の中にあった。遮蔽物がまったくなく、この日は視界を遮る何ものもなかった。
トラックのヘッドライトは相当な遠距離から、見えるはずだが、ダルリアダ軍は動かなかった。
一方、奇襲部隊は予想以上に開けた地形であることに、当惑している。しかも、ヘッドライトを点灯したまま、敵基地直近まで前進してしまった。
500メートルまで接近し、発射する予定だったが、1000メートルからに変更する。ヘッドライトは点灯したまま、その光を利用して作業する。1輌のルーフには4灯のLEDライトが増備されている。これも点灯して、迅速な作業にあてる。
ダルリアダ軍が何もしないとは思えず、奇襲ではなく強襲になったと誰もが覚悟する。
フラン曹長が「回収できない場合は、砲を破壊する。どうせ、ダルリアダのクソ野郎のものだ」と叫ぶ。
ユニック車のクレーンで2門の砲を降ろし、発射の準備をする。前装式、単脚、駐退復座機なしという旧式砲だが、フラン曹長によれば異世界ではかなりの新式らしい。
大きな仰角をとれないので、地面を掘って単脚後端を穴に落とし、仰角20度で発射する。
初弾を発射。次弾を発射。
ダルリアダ軍からの反撃がない。
気付けば、ベングト隊は護衛でなく砲弾運びで動いていた。
各砲8発を発射すると、ようやく反撃の発砲が始まる。
「弾切れだ。
逃げよう」
フラン曹長の提案に異存はない。
「よし、砲を積むぞ!」
翔太がクレーンを操作し、2門を各トラックに積む。
進撃も速かったが、逃げ足も速い。
ヴァロワ国王たるダルリアダ国王は、ヴァロワ貴族の爵位の廃止と権利を停止した。しかし、そもそも準男爵以下には特権どころか私権制限のほうが多く、男爵以上もヴァロワではそれほどの特権はなかった。
特に勲功爵や騎士は、農地や宅地の所有が認められていない。だが、騎士の家族にはこういった制限がないため、妻名義、娘名義で農地を所有する勲功爵と騎士は多かった。
ヴァロワにおいては過去100年で、爵位は権力の証から単なる家柄を示す称号になっていた。
また、ダルリアダへの反発もあって、ヴァロワの人たちはヴァロワ貴族の称号を呼称から奪わなかった。
オリバ準男爵はアリエ川のパトロールを強化する。従来は日の出から日没までだったが、船外機が4基に増えてからは、24時間の監視に切り替えていた。
ボート2艇で、航行しながら監視するのだが、これには翔太から手に入れたLED強力ライトが使われた。
異世界では、元世界なら何でもない民生品が強力な武器になる。LEDライトもその1つだ。
このパトロールによって、夜間に侵入を試みたダルリアダの小部隊を渡渉中に4隊も発見して、撃退している。
ヴァロワ中部の諸勢力がダルリアダの行為に泣き寝入りしないことを示したことから、ヴァロワ国王たるダルリアダ国王はイラ立ちを募らせていた。
ビルギット・ベーンは、コンウィ城のヘルガ・オーケルにインタビューを行った。
彼女はヘルガに「なぜ、父親に反抗するのか?」と軽く尋ねた。
ビルギットも父親に反抗し、いまだにヴァロワに留まっている。彼女はヘルガの気持ちを理解していると感じていた。
「私はダルリアダ王都の下町で産まれた。母の出自は判然としない。商家の女中だとも、裕福な商家の生まれだったとも。
一説では……。母の父、すなわち母方の祖父はキュトラ伯爵家に資金を用立てていた。
私的に先代のキュトラ伯爵を支援していたのだ。
ある夜、いまのキュトラ伯爵が店を襲い、彼と彼の部下は父と母、それに家人を皆殺しにした。借金を踏み倒すためだ。
そのとき母は、当時は部屋住みだったキュトラ伯爵に犯された。まだ、15歳だった。
首を絞められ失神した母は、幸運にも生き残った。
あるいは、母は住み込み女中であって、災難に巻き込まれたのかもしれない。
店は盗賊に襲われたことにされたが、借金の踏み倒しを狙ったキュトラ伯爵に襲われたことを母は知っていた。
母は不運にも妊娠してしまった。
それが私〈わらわ〉じゃ。
街の片隅で人知れずひっそりと、5歳まで母と暮らした。
いつの頃か、母は生活に困るようになった。貯えがつきたのだろう。働く術のない母は街娼になった。
そして、家督を継いだキュトラ伯爵がやって来た。
私のことをどこかで知ったらしい。
母と私の居所を突き止め、私を連れ去ろうとした。母は激しく抵抗したが、何人もの兵士が相手ではどうにもならなかった。
キュトラ伯爵は、母の顔を切り刻むよう命じた。
私が見たのはそこまで。
ここから先は、聞いた話じゃ。
私が15歳になったとき、ベングト・バーリが私の監視役になった。当時は若かったベングトを誘惑することは簡単じゃった。
以後、ベングトは私の庇護者であり、私の目であり、私の手足なのだ。
ベングトが母のことを調べてくれた。
母は物乞いをしていたが、しばらくして死んだそうだ。母の実家のことも調べたのだが、よくわからぬ。大店〈おおだな〉に嫁に行ったのだとしたら、相応の商家の出身だと思ったのだが違った。
やはり、女中だったのかもしれない。
母は貧乏貴族の娘だったらしい。その貴族のことはわからぬ。家は絶えたらしい。
母の死を知って以来、キュトラ伯爵を我が手で殺すことだけを考えて生きている。
ベングトには悪いのだが、キュトラ伯爵を殺すまでは嫁には行かぬ」
ビルギットは言葉を絞り出した。
「お母様の仇討ち……」
ヘルガが言下に否定する。
「いいや、私がキュトラ伯爵を殺したいのだ。母は人殺しなど望まぬ。
きっと、そういう人ではない」
ヘルガの記事は、久々に周辺諸国に配信された。実の娘に生命を狙われる父親と、その娘が三男を捕らえているのだ。
無関係な読者にとって、これほどおもしろい記事はない。
コルマール村に村最大の建物が建設される。建設資材は南部や中部西側から購入した。棟梁は王都からの難民。
この建物で造るものは銃。
翔太は夕食後、村人に集まってもらう。場所は、テント倉庫。テント倉庫が村の集会場になっている。
「銃を造るための機械を建設中の工場に設置する。
床にはコンクリートを厚く張る。大量のコンクリートを、運ぶのに時間がかかったけど、どうにか量を揃えた。
造る銃だが、2種類。1種類はピエンベニダの銃と基本的に同じ。もう1種類は軽機関銃。
製造機械は、ツァスタバという銃を造る会社が使っていたもので、それを闇市で手に入れた。かなり危険な仕事だった。
ピエンベニダの5連発はモーゼル、軽機関銃はブルーノと別なメーカーなのだが、同じものをツァスタバが作っていた。
このときの製造資料と製造機械を手に入れた。
材料不足だから、それほどたくさんは造れないけど、この村と周辺の人たちを守る程度にはなると思う。
みんなも協力して欲しい」
場が静まりかえっている。
一瞬後、ざわつく。
その後は大騒ぎだった。何しろ単発後装銃でも他勢力は持っていないのだ。それなのに多数の機関銃を配備するなど、到底考えられないこと。
もし、成功すればダルリアダに理由なく殺されることはなくなる。
ロレーヌ準男爵は貴族に多い騎兵ではなく、ライフル銃隊に所属していた。ライフルは装填に時間がかかるため、射程距離の長さや命中精度の高さは理解されていたが、特殊な兵器との認識があった。
軍の主力はマスケットだ。ライフルを使うのは猟師に限られていて、それ故、ライフル兵は猟兵とも呼ばれる。
ロレーヌ準男爵の軍歴は華やかではなく、第8猟兵中隊の小隊長を努めたのち、若くして退役している。
彼は、コルマール村の銃がライフルであることを早くから察知していた。そして、後装銃の威力もよく理解している。
「1挺あれば、同じものを造れるのだが……」
だが彼は、銃は造ることができても、深絞りの技術がなければ、金属薬莢の製造ができないことには気付いていなかった。
紙薬莢では発射ガスが漏れるのだ。金属薬莢は発射時に膨張して、シールドの役目を果たす。
燃えてしまう紙薬莢では、シールドの役目を果たさない。発射ガスが後方に漏れると、射手を傷つける。
レベッカは、ウインチェスターM1873ライフルとコルト・ニューサービスを使っている。彼女は.44-40ウインチェスター弾の消耗を恐れている。この弾薬の製造設備は、翔太の高祖父が残しているが、いまだ地下空間にあった。
アネルマは、薬莢を使わないパーカッションロックの6連発リボルバーなので弾薬の心配はない。
彼女たちは、パーカッションロック6連発カービンの大量採用を主張している。回転弾倉の交換が手早くできることから、交換弾倉を多数用意すれば大幅な戦力増が期待できると主張している。
また、アネルマたち10歳代後半のコルマール村村民は、治安維持とダルリアダ兵の侵入阻止を目的とした街道のパトロールの必要性を主張している。
この主張は、準男爵、勲功爵、騎士などの貴族子弟にもあった。アリエ川のパトロールが有効であることは証明されており、陸上でも同様の作戦が必要だとの意見だ。
若い彼らは頻繁にコルマール村に集まって会合を開き、危機感を示さない大人たちに対して不満をためていった。
麗林梓は同年代のアネルマたちとは親交があったが、必ずしも彼女たちの考えに賛同していなかった。
若者の中にもダルリアダを刺激しないほうが得策と考えるグループがあり、彼女はそれに近かった。
梓とアネルマは対立はしていないが、同心してもいなかった。
そうであるのに、アネルマは梓を対ダルリアダ強硬派の会合に招く。理由ははっきりしていた。アネルマにはそうできる理由を理解できないが、梓は嶺林翔太に強く意見を言える立場にあった。
そうであるなら、アネルマたち強硬派の意見を伝えて欲しかった。
会合の場は、若い熱気とは裏腹に静まりかえっていた。
アネルマが梓に尋ねる。
「私たちの土地を巡回するためのクルマが欲しいんだ。
アズサから、兄上に頼んでくれないか?」
梓は冷たかった。
「自分で頼めば?
同じレイリンなんだから」
アネルマはグッとこらえる。
「私の意見など聞いてはもらえない。
だが、アズサなら……」
梓がテント倉庫の白い天井を見る。
「う~ん。
わかった。
何台欲しいの?」
アネルマが少し動揺する。
「できれば4台。できればトラック……」
梓が微笑む。
「トラックは無理でしょ。
トラックが来たら、レベッカが渡さないよ。
絶対に!
農作業に使うからね」
近くに座る準男爵の次男坊が声を荒げて詰め寄る。
「では、どうすればいいんだ!」
梓は彼を心の中で「童貞のくせに生意気なんだよ」と罵る。
実際に口から出た言葉は「私に考えがある。2日待ってね」だった。
アネルマは梓が若干苦手だった。武器が使えるわけでもないのに、一切の脅しが通用しないからだ。
無酸素の地下空間には、幅170センチ以上の物体を出し入れできない。このサイズを超えるランクル60系は、横倒しにでもしない限り移動させることはできない。
梓1人で地下空間に押し込むなら、車体幅が170センチ以下でないと無理。
梓は姉に無心した。場所はショップの事務所。イルメリが遊びに来ている。
「お姉ちゃん、あのジープ2台とも私にちょうだい?」
梢が疑いの目を向ける。
「あっちに持っていく気?」
「うん」
「アネルマに頼まれた?」
「まぁね。
でも、アネルマの考えに賛成しているわけじゃない」
「では、なぜ?」
「治安の維持は必要だし、何かをやらせないと、あの子たちは落ち着かない」
「お姉さんぶってるね」
「まぁね。
でも、そうでしょ」
梢は梓の意見は間違いではないと感じた。
「下取りのジープだけど、修理には手間とお金がかかる。ただの30年落ちでしかないし、車体の錆がひどいし、売り物にはならないね。
持っていってもいいよ。
それと、25年落ちのボンゴ4WDと30年落ちのタウンエース4WDがある。どちらもワゴンで、車体には細かい傷が多いけど、年式ほど痛んではいないから、まだ使えるでしょ。
どうする?」
「お姉ちゃん、ありがとう。
社長には、私から言う?」
「そうして。
これから、学校に行かなきゃならないし」
梢は看護師資格を取るため、看護学校に通い始めていた。
嶺林翔太は、麗林梓が望んだ古いジープとワンボックス4WDのコルマール村移動に反対しなかった。
ジープは車体の状態から売りにくいし、ワンボックスは廃車しか選択肢がないからだ。廃車にするにも金がかかるのだから、使える場所に持っていくという判断は合理的でもある。
強硬派と呼ばれている若者が、大勢集まっている。ロープを引き、地下空間からクルマを引っ張り出すためだ。
梓は身体がもつか確信できなかったが、今日中に4輌とも移動させたかった。まもなくテストが始まるからだ。
最初はボンゴ4WD、次はタウンエース4WD。異世界の若者たちは、軽のワンボックスを見慣れていたが、はるかに大きい普通車のワンボックスに驚く。
しかもフロントガードが付いていて、ゴツいタイヤを履いている。
次にジープ。
この形式は初見参だ。一時期、ランクルFJ40があったがクローズドボディだった。
運転席の背後に太いロールバーが付いている。
若者たちがざわつく。
「アネルマ、ジープならレベッカに奪われないよ。荷物が積めないし」
アネルマはやや挙動不審だ。
「でも、この大きな箱形のクルマは狙われるよ!」
「なら、どこかに隠すしかないね。
しばらくの間とか」
農家の三男坊が提案する。
「うちには母屋から離れた場所に納屋があるんだ。そこなら、見つからない」
騎士の四男坊が賛成する。
「よし、おまえの家の納屋に隠そう」
血気盛んな若者たちは、ウマ以外の移動手段を手に入れ、気勢を上げた。ウマだって、家長の許可がなければ使えないのだ。
納屋は屋根の一部が壊れているが、壁板はすべて残っている。だが、隙間があり、外から覗くことができる。
彼らよりも幼い世代に見つかり、親に言いつけられる可能性は否定できない。
それでも、当面の隠し場所には最適だった。
まず、梓が発言する。
「4台とも、きちんと整備しないと。
このクルマは社長が、つまりショウ・レイリンが不用と判断したから私たちのものになった。不用とされるほど、痛んでいるんだ。
きちんと整備しないとダメ」
全員が神妙に聞いている。クルマにもウマのような手入れが必要なことはすでに知っている。だが、その方法は知らない。
麗林梓の作戦は、巧妙だった。クルマの初歩的な整備を体験させ、確実に動くようにする。
勲功爵の次男が問う。
「いつから巡回を始める?」
梓が即答する。
「まずは、クルマを使えるように整備する。
それと、グルグル回るだけじゃ意味はないよ。地域の人たちが一番困っていること、移動の手伝いをしよう。
そうすれば巡回警備にもなるし、人助けにもなるし……」
アネルマがジープの運転席から叫ぶ。
「ジープにはたくさんの人を乗せられないよ!」
梓も叫ぶ。
「荷車を牽引すればいいんだ!」
アネルマはブラック塗装にゴールドのストライプがあるジープから降りようとしない。無言で「私の!」と主張している。
麗林梓は、コルマール村が戦火に焼かれることを恐れていた。彼女の心配は、アネルマたちよりもリアルだった。
梓がアネルマたちよりも歴史を知っているからだ。
1点、共通する事柄がある。
逃げ場がないのだ。
誰にも……。
東部国境と接する一部の国は、ヴァロワからの難民を受け入れている。
だが、西部国境と接する諸国は、国境を固く閉じた。難民の流入を防ぐためだ。
ヴァロワ南部沿岸地帯は、北からのルートを閉鎖した。ダルリアダの侵攻を食い止めるためとは表向きで、やはり難民を排除するためだ。
難民を受け入れている国は、ダルリアダ国王に対して激怒している。短絡的で、時代錯誤で、愚かな統治を行ったために、周辺諸国は大迷惑を被っているからだ。
難民を受け入れていない国は無反応だが、婚姻で強く結ばれた各王家は、内々にダルリアダ王家との絶縁を考え始めていた。
翔太はオリバ準男爵から、まったく考えていなかった提案を受ける。オリバ準男爵の次男は、ドローン操作に長けた15歳の少女に恋をしていた。彼はたびたびコルマール村を訪ねている。
そして、同年代の若者と交流していた。
その中には、麗林梓もいた。彼は梓からエンジンで動く船の話を聞いたのだ。それを父親に話し、父親は「アリエ川のパトロールに使えるぞ。何とか用意しろ」と息子に命じた。父親も同じ話を梓から聞いていた。
息子を仲介者として、この件に関してショウ・レイリンとの会談を申し入れた。場所は、コルマール村。
「アズサ殿の話では、とんでもなく高速の船があるそうだな」
「確かにある。
木造のボートでも船外機を付ければ、パドルで漕ぐよりも何倍も速い」
「ショウ殿、それは手に入るか?」
「あぁ、たぶん。
でも、何に使うんだ?」
「アリエ川の哨戒だ。
アリエ川の航行の安全を確保する。
そうすれば、ダルリアダの連中は簡単には川を渡れない」
翔太は確かにそうだと感じた。
翌日、ロレーヌ準男爵が末娘を連れてやって来た。到着すると貴族の令嬢にしてはおざなりな挨拶をして、彼女はイルメリたちと遊び始める。
「ショウ殿、統治の有り様を考えぬか?
当家の近くに村ができた。王都から逃れてきた人々の村だ。
その村に王都で官吏をしていたカイ・クラミという若い男がいる。
彼の話を聞いてくれないか?」
嶺林翔太は、懇意にしている主だったメンバーを集める。
カイ・クラミは緊張していた。場所は、ロレーヌ準男爵の城。オリバ準男爵、フラン曹長、コンウィ城のベングト・バーリ、そしてビルギット・ベーンもいる。
「あの、すごい方々ばかりで……。
緊張しています。
みんなの政府を作りませんか?
国王の政府でも、農民の政府でも、貴族の政府でも、商人の政府でも、職人の政府でもない、みんなの政府を」
翔太は即答する。
「それはいい考えだ。
代表は選挙で決める。代表を目指すものは立候補する。候補者は選挙運動をして、支持を集める。最も支持者の多いものが代表となる。
選挙は普通選挙でなければならない。18歳以上の男女に選挙権を与える。貧富も関係ない。普通選挙を行うには、選挙人名簿が必要だし、選挙法も決めなくてはならない。
そのためには、暫定政府が必要だ」
オリバ準男爵とロレーヌ準男爵が驚く。
ロレーヌ準男爵が微笑む。
「ショウ殿は、そんなことを考えていたのか?
しかし、よくそんなことを考えたな」
フラン曹長が核心を突く。
「税はどうする?」
「累進課税が適当だ。
収入や資産の多い人は多く納め、収入の低い人からも幅広く集める」
カイ・クラミが慌てている。
「ショウ様は、どこぞの王国の官吏だったのですか?」
翔太が微笑む。
「いいや、そんなことはない。
政府を作るなら、最大公約数的ではあるけど、できるだけ平等がいい。
誰もが満足ではないし、誰もが不満だけど、誰もが我慢できる制度が必要なんだ」
ベングト・バーリが賛成する。
「コンウィ城は賛成する。
我らも税を納める」
ロレーヌ準男爵が顎を掻く。
「貧乏貴族から税を取り立てるのか?
まぁいい。その案に乗るよ」
オリバ準男爵が懸念を示す。
「この地域には、男爵が残っている。勲功爵や騎士は賛成すると思うが、男爵はどうかな?
賛成はしないだろう」
フラン曹長が笑う。
「男爵なんて数人だ。逆らうなら追い出すだけだ。暫定政府ができる前にやってしまえばいい」
カイ・クラミが慌てる。
「では……?」
翔太がカイ・クラミを見る。
「すぐに暫定政府樹立に動いてくれ。
我々が支援する」
ダルリアダ軍は、小船を使って夜間にアリエ川を渡り、無防備な農家や農村を襲撃する作戦を初夏から始める。
このゲリラ攻撃には対処のしようがなく、被害がアリエ川沿岸付近に限定されることから、地域全体の問題とはなりにくかった。
被害を受けた農民たちは「泣き寝入りしたくない」と訴えた。家を焼かれただけでなく、妻を殺され、娘を犯された農民もいるのだから。
一部に報復としてダルリアダの入植者を襲撃すべきだ、との意見があるが、オリバ準男爵などが反対している。
倫理的な問題ではなく、ダルリアダ側に打撃を与えられないからだ。
ダルリアダ国王は、入植者のことなどまったく考えていない。彼は領土拡張以外興味がないのだ。異国で国民がどんな状況に置かれているのか、そんなことには興味ない。
だから、入植者への攻撃は、ダルリアダへの打撃という点では意味がない。
フラン曹長とベングト隊長が作戦を考え、2人がショウ・レイリンに伝えに来た。フラン曹長が言葉を発する。
「筏を作って、装甲車を対岸に渡せないか?
兵10と装甲車で、ダルリアダの兵舎を襲撃する。
どこまでできるかわからないが、ダルリアダには警告になる」
ベングト隊長が補足する。
「深夜に渡り、日の出の1時間前に襲撃する。その時間なら、歩哨は眠気で注意力散漫なはず。
どうだ?」
翔太が思案する。
「装甲車には砲はあるが弾が少ない。ここで、使いたくはない。
大砲を牽引していこう。鹵獲した大砲を扱える兵はいる?」
フラン曹長が即答する。
「いる。
元砲兵の軍曹と伍長がいる」
翔太が別案を提示。
「トラックに大砲を積み込んで、兵舎を襲撃する。
4発か5発撃って逃げる」
フラン曹長が確認する。
「1門で?
5発?」
翔太が答える。
「あぁ」
ロレーヌ準男爵が賛成する。
「それでいこう。
だけど、何で大砲を積んでいくんだ?」
翔太の理由は明確。
「ウマで牽引する大砲は、高速で牽引すると壊れてしまう。
だから、荷台に積んでいく」
無酸素の地下空間は、15分ほど滞在すると三半規管に異常が出る。吐き気もする。
ここに物資を隠した嶺林翔太の高祖父は、相当な期間をかけて銃器を移動させたことは間違いない。
この空間では光は拡散せず、収束気味で視界が悪い。光の強弱に関係なく、ごく一部しか見えない。
ミニエー銃が中心だが、少数のスナイドル銃とゲーベル銃がある。ゲーベル銃は2種類で、フリントロック式とパーカッションロック式がある。種子島まである。
日本刀も大量にある。
ミニエー銃とスナイドル銃は必要量を運び出したが、たくさん残っている。どれほどあるのか、よくわかっていない。
計画的に探索したいが、光はごく短距離で明るさを失う。光を拡散させる照明では、周囲1メートルほどしか照らせない。
厄介な空間だ。
この地下空間を発見してから2年過ぎたが、何があるのか、全容はわかっていない。
アリエ川を静かに渡る。操砲員として、フラン曹長のグループから8人、護衛としてベングト隊長以下コンウィ城から10人が参加、輸送は翔太と5人の仲間が加わった。
暗闇の中に4本のヘッドライトの光芒が伸びる。トラック2輌は、車間を開けて進む。車速は時速40キロほど。荷台には前装式青銅砲が1門ずつ積まれている。
計2門で8発から10発を撃ち込む計画。砲は1門から2門に増やし効果の拡大を目指した。
砲の積み卸しのために、トラック1輌にはユニック車を選んだ。
ダルリアダ軍の基地は、平坦な草原の中にあった。遮蔽物がまったくなく、この日は視界を遮る何ものもなかった。
トラックのヘッドライトは相当な遠距離から、見えるはずだが、ダルリアダ軍は動かなかった。
一方、奇襲部隊は予想以上に開けた地形であることに、当惑している。しかも、ヘッドライトを点灯したまま、敵基地直近まで前進してしまった。
500メートルまで接近し、発射する予定だったが、1000メートルからに変更する。ヘッドライトは点灯したまま、その光を利用して作業する。1輌のルーフには4灯のLEDライトが増備されている。これも点灯して、迅速な作業にあてる。
ダルリアダ軍が何もしないとは思えず、奇襲ではなく強襲になったと誰もが覚悟する。
フラン曹長が「回収できない場合は、砲を破壊する。どうせ、ダルリアダのクソ野郎のものだ」と叫ぶ。
ユニック車のクレーンで2門の砲を降ろし、発射の準備をする。前装式、単脚、駐退復座機なしという旧式砲だが、フラン曹長によれば異世界ではかなりの新式らしい。
大きな仰角をとれないので、地面を掘って単脚後端を穴に落とし、仰角20度で発射する。
初弾を発射。次弾を発射。
ダルリアダ軍からの反撃がない。
気付けば、ベングト隊は護衛でなく砲弾運びで動いていた。
各砲8発を発射すると、ようやく反撃の発砲が始まる。
「弾切れだ。
逃げよう」
フラン曹長の提案に異存はない。
「よし、砲を積むぞ!」
翔太がクレーンを操作し、2門を各トラックに積む。
進撃も速かったが、逃げ足も速い。
ヴァロワ国王たるダルリアダ国王は、ヴァロワ貴族の爵位の廃止と権利を停止した。しかし、そもそも準男爵以下には特権どころか私権制限のほうが多く、男爵以上もヴァロワではそれほどの特権はなかった。
特に勲功爵や騎士は、農地や宅地の所有が認められていない。だが、騎士の家族にはこういった制限がないため、妻名義、娘名義で農地を所有する勲功爵と騎士は多かった。
ヴァロワにおいては過去100年で、爵位は権力の証から単なる家柄を示す称号になっていた。
また、ダルリアダへの反発もあって、ヴァロワの人たちはヴァロワ貴族の称号を呼称から奪わなかった。
オリバ準男爵はアリエ川のパトロールを強化する。従来は日の出から日没までだったが、船外機が4基に増えてからは、24時間の監視に切り替えていた。
ボート2艇で、航行しながら監視するのだが、これには翔太から手に入れたLED強力ライトが使われた。
異世界では、元世界なら何でもない民生品が強力な武器になる。LEDライトもその1つだ。
このパトロールによって、夜間に侵入を試みたダルリアダの小部隊を渡渉中に4隊も発見して、撃退している。
ヴァロワ中部の諸勢力がダルリアダの行為に泣き寝入りしないことを示したことから、ヴァロワ国王たるダルリアダ国王はイラ立ちを募らせていた。
ビルギット・ベーンは、コンウィ城のヘルガ・オーケルにインタビューを行った。
彼女はヘルガに「なぜ、父親に反抗するのか?」と軽く尋ねた。
ビルギットも父親に反抗し、いまだにヴァロワに留まっている。彼女はヘルガの気持ちを理解していると感じていた。
「私はダルリアダ王都の下町で産まれた。母の出自は判然としない。商家の女中だとも、裕福な商家の生まれだったとも。
一説では……。母の父、すなわち母方の祖父はキュトラ伯爵家に資金を用立てていた。
私的に先代のキュトラ伯爵を支援していたのだ。
ある夜、いまのキュトラ伯爵が店を襲い、彼と彼の部下は父と母、それに家人を皆殺しにした。借金を踏み倒すためだ。
そのとき母は、当時は部屋住みだったキュトラ伯爵に犯された。まだ、15歳だった。
首を絞められ失神した母は、幸運にも生き残った。
あるいは、母は住み込み女中であって、災難に巻き込まれたのかもしれない。
店は盗賊に襲われたことにされたが、借金の踏み倒しを狙ったキュトラ伯爵に襲われたことを母は知っていた。
母は不運にも妊娠してしまった。
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キュトラ伯爵は、母の顔を切り刻むよう命じた。
私が見たのはそこまで。
ここから先は、聞いた話じゃ。
私が15歳になったとき、ベングト・バーリが私の監視役になった。当時は若かったベングトを誘惑することは簡単じゃった。
以後、ベングトは私の庇護者であり、私の目であり、私の手足なのだ。
ベングトが母のことを調べてくれた。
母は物乞いをしていたが、しばらくして死んだそうだ。母の実家のことも調べたのだが、よくわからぬ。大店〈おおだな〉に嫁に行ったのだとしたら、相応の商家の出身だと思ったのだが違った。
やはり、女中だったのかもしれない。
母は貧乏貴族の娘だったらしい。その貴族のことはわからぬ。家は絶えたらしい。
母の死を知って以来、キュトラ伯爵を我が手で殺すことだけを考えて生きている。
ベングトには悪いのだが、キュトラ伯爵を殺すまでは嫁には行かぬ」
ビルギットは言葉を絞り出した。
「お母様の仇討ち……」
ヘルガが言下に否定する。
「いいや、私がキュトラ伯爵を殺したいのだ。母は人殺しなど望まぬ。
きっと、そういう人ではない」
ヘルガの記事は、久々に周辺諸国に配信された。実の娘に生命を狙われる父親と、その娘が三男を捕らえているのだ。
無関係な読者にとって、これほどおもしろい記事はない。
コルマール村に村最大の建物が建設される。建設資材は南部や中部西側から購入した。棟梁は王都からの難民。
この建物で造るものは銃。
翔太は夕食後、村人に集まってもらう。場所は、テント倉庫。テント倉庫が村の集会場になっている。
「銃を造るための機械を建設中の工場に設置する。
床にはコンクリートを厚く張る。大量のコンクリートを、運ぶのに時間がかかったけど、どうにか量を揃えた。
造る銃だが、2種類。1種類はピエンベニダの銃と基本的に同じ。もう1種類は軽機関銃。
製造機械は、ツァスタバという銃を造る会社が使っていたもので、それを闇市で手に入れた。かなり危険な仕事だった。
ピエンベニダの5連発はモーゼル、軽機関銃はブルーノと別なメーカーなのだが、同じものをツァスタバが作っていた。
このときの製造資料と製造機械を手に入れた。
材料不足だから、それほどたくさんは造れないけど、この村と周辺の人たちを守る程度にはなると思う。
みんなも協力して欲しい」
場が静まりかえっている。
一瞬後、ざわつく。
その後は大騒ぎだった。何しろ単発後装銃でも他勢力は持っていないのだ。それなのに多数の機関銃を配備するなど、到底考えられないこと。
もし、成功すればダルリアダに理由なく殺されることはなくなる。
ロレーヌ準男爵は貴族に多い騎兵ではなく、ライフル銃隊に所属していた。ライフルは装填に時間がかかるため、射程距離の長さや命中精度の高さは理解されていたが、特殊な兵器との認識があった。
軍の主力はマスケットだ。ライフルを使うのは猟師に限られていて、それ故、ライフル兵は猟兵とも呼ばれる。
ロレーヌ準男爵の軍歴は華やかではなく、第8猟兵中隊の小隊長を努めたのち、若くして退役している。
彼は、コルマール村の銃がライフルであることを早くから察知していた。そして、後装銃の威力もよく理解している。
「1挺あれば、同じものを造れるのだが……」
だが彼は、銃は造ることができても、深絞りの技術がなければ、金属薬莢の製造ができないことには気付いていなかった。
紙薬莢では発射ガスが漏れるのだ。金属薬莢は発射時に膨張して、シールドの役目を果たす。
燃えてしまう紙薬莢では、シールドの役目を果たさない。発射ガスが後方に漏れると、射手を傷つける。
レベッカは、ウインチェスターM1873ライフルとコルト・ニューサービスを使っている。彼女は.44-40ウインチェスター弾の消耗を恐れている。この弾薬の製造設備は、翔太の高祖父が残しているが、いまだ地下空間にあった。
アネルマは、薬莢を使わないパーカッションロックの6連発リボルバーなので弾薬の心配はない。
彼女たちは、パーカッションロック6連発カービンの大量採用を主張している。回転弾倉の交換が手早くできることから、交換弾倉を多数用意すれば大幅な戦力増が期待できると主張している。
また、アネルマたち10歳代後半のコルマール村村民は、治安維持とダルリアダ兵の侵入阻止を目的とした街道のパトロールの必要性を主張している。
この主張は、準男爵、勲功爵、騎士などの貴族子弟にもあった。アリエ川のパトロールが有効であることは証明されており、陸上でも同様の作戦が必要だとの意見だ。
若い彼らは頻繁にコルマール村に集まって会合を開き、危機感を示さない大人たちに対して不満をためていった。
麗林梓は同年代のアネルマたちとは親交があったが、必ずしも彼女たちの考えに賛同していなかった。
若者の中にもダルリアダを刺激しないほうが得策と考えるグループがあり、彼女はそれに近かった。
梓とアネルマは対立はしていないが、同心してもいなかった。
そうであるのに、アネルマは梓を対ダルリアダ強硬派の会合に招く。理由ははっきりしていた。アネルマにはそうできる理由を理解できないが、梓は嶺林翔太に強く意見を言える立場にあった。
そうであるなら、アネルマたち強硬派の意見を伝えて欲しかった。
会合の場は、若い熱気とは裏腹に静まりかえっていた。
アネルマが梓に尋ねる。
「私たちの土地を巡回するためのクルマが欲しいんだ。
アズサから、兄上に頼んでくれないか?」
梓は冷たかった。
「自分で頼めば?
同じレイリンなんだから」
アネルマはグッとこらえる。
「私の意見など聞いてはもらえない。
だが、アズサなら……」
梓がテント倉庫の白い天井を見る。
「う~ん。
わかった。
何台欲しいの?」
アネルマが少し動揺する。
「できれば4台。できればトラック……」
梓が微笑む。
「トラックは無理でしょ。
トラックが来たら、レベッカが渡さないよ。
絶対に!
農作業に使うからね」
近くに座る準男爵の次男坊が声を荒げて詰め寄る。
「では、どうすればいいんだ!」
梓は彼を心の中で「童貞のくせに生意気なんだよ」と罵る。
実際に口から出た言葉は「私に考えがある。2日待ってね」だった。
アネルマは梓が若干苦手だった。武器が使えるわけでもないのに、一切の脅しが通用しないからだ。
無酸素の地下空間には、幅170センチ以上の物体を出し入れできない。このサイズを超えるランクル60系は、横倒しにでもしない限り移動させることはできない。
梓1人で地下空間に押し込むなら、車体幅が170センチ以下でないと無理。
梓は姉に無心した。場所はショップの事務所。イルメリが遊びに来ている。
「お姉ちゃん、あのジープ2台とも私にちょうだい?」
梢が疑いの目を向ける。
「あっちに持っていく気?」
「うん」
「アネルマに頼まれた?」
「まぁね。
でも、アネルマの考えに賛成しているわけじゃない」
「では、なぜ?」
「治安の維持は必要だし、何かをやらせないと、あの子たちは落ち着かない」
「お姉さんぶってるね」
「まぁね。
でも、そうでしょ」
梢は梓の意見は間違いではないと感じた。
「下取りのジープだけど、修理には手間とお金がかかる。ただの30年落ちでしかないし、車体の錆がひどいし、売り物にはならないね。
持っていってもいいよ。
それと、25年落ちのボンゴ4WDと30年落ちのタウンエース4WDがある。どちらもワゴンで、車体には細かい傷が多いけど、年式ほど痛んではいないから、まだ使えるでしょ。
どうする?」
「お姉ちゃん、ありがとう。
社長には、私から言う?」
「そうして。
これから、学校に行かなきゃならないし」
梢は看護師資格を取るため、看護学校に通い始めていた。
嶺林翔太は、麗林梓が望んだ古いジープとワンボックス4WDのコルマール村移動に反対しなかった。
ジープは車体の状態から売りにくいし、ワンボックスは廃車しか選択肢がないからだ。廃車にするにも金がかかるのだから、使える場所に持っていくという判断は合理的でもある。
強硬派と呼ばれている若者が、大勢集まっている。ロープを引き、地下空間からクルマを引っ張り出すためだ。
梓は身体がもつか確信できなかったが、今日中に4輌とも移動させたかった。まもなくテストが始まるからだ。
最初はボンゴ4WD、次はタウンエース4WD。異世界の若者たちは、軽のワンボックスを見慣れていたが、はるかに大きい普通車のワンボックスに驚く。
しかもフロントガードが付いていて、ゴツいタイヤを履いている。
次にジープ。
この形式は初見参だ。一時期、ランクルFJ40があったがクローズドボディだった。
運転席の背後に太いロールバーが付いている。
若者たちがざわつく。
「アネルマ、ジープならレベッカに奪われないよ。荷物が積めないし」
アネルマはやや挙動不審だ。
「でも、この大きな箱形のクルマは狙われるよ!」
「なら、どこかに隠すしかないね。
しばらくの間とか」
農家の三男坊が提案する。
「うちには母屋から離れた場所に納屋があるんだ。そこなら、見つからない」
騎士の四男坊が賛成する。
「よし、おまえの家の納屋に隠そう」
血気盛んな若者たちは、ウマ以外の移動手段を手に入れ、気勢を上げた。ウマだって、家長の許可がなければ使えないのだ。
納屋は屋根の一部が壊れているが、壁板はすべて残っている。だが、隙間があり、外から覗くことができる。
彼らよりも幼い世代に見つかり、親に言いつけられる可能性は否定できない。
それでも、当面の隠し場所には最適だった。
まず、梓が発言する。
「4台とも、きちんと整備しないと。
このクルマは社長が、つまりショウ・レイリンが不用と判断したから私たちのものになった。不用とされるほど、痛んでいるんだ。
きちんと整備しないとダメ」
全員が神妙に聞いている。クルマにもウマのような手入れが必要なことはすでに知っている。だが、その方法は知らない。
麗林梓の作戦は、巧妙だった。クルマの初歩的な整備を体験させ、確実に動くようにする。
勲功爵の次男が問う。
「いつから巡回を始める?」
梓が即答する。
「まずは、クルマを使えるように整備する。
それと、グルグル回るだけじゃ意味はないよ。地域の人たちが一番困っていること、移動の手伝いをしよう。
そうすれば巡回警備にもなるし、人助けにもなるし……」
アネルマがジープの運転席から叫ぶ。
「ジープにはたくさんの人を乗せられないよ!」
梓も叫ぶ。
「荷車を牽引すればいいんだ!」
アネルマはブラック塗装にゴールドのストライプがあるジープから降りようとしない。無言で「私の!」と主張している。
麗林梓は、コルマール村が戦火に焼かれることを恐れていた。彼女の心配は、アネルマたちよりもリアルだった。
梓がアネルマたちよりも歴史を知っているからだ。
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